負完全ウマ娘   作:−4

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最近文章の書き方が分からなくなってきたので、良いなと思った文章にはお手数ですが「ここすき」をお願いします!!(ダイマ)



第−19箱 故に『負完全』

日本ダービーは『最も運の良いウマ娘が勝つ』。

そう言われ始めた原因は、圧倒的に外枠が不利になるコースだからだ。それに加えて、実際に外枠発走で勝ったウマ娘がいない。

 

つまり何が言いたいかと言えば、6枠12番の私と5枠10番のスクリプトは他の3人に比べて不利である、と言うことだ。更に追い討ちを掛けるように、皐月賞ウマ娘のキングと5戦5勝のエルが1枠を引いた。

 

はっきり言って状況は最悪。スクリプトは何をしでかすか分からないし、キングには『王威』がある。エルは5人の中で自力が1番高いし、スペちゃんはもはや別人。私だって完璧に調整してきたけれど、やはり皆も調整は完璧だ。毛艶で分かる。

 

正直なことを言ってしまうと、グラスを含めた〈黄金世代〉で自力が最も低いのは間違いなく私だ。そうで無かったとしても、私はそう思っている。きっと私はスクリプトにさえ劣るだろう。

 

私にあそこまでの『現実を受け入れる才能』はない。

 

きっと今日、私は勝てない。

体では分かっている。

頭でも分かっている。

 

──だけど、心は納得していない。

 

多分、走る理由なんてそれだけでいいんだ。

待ってなよみんな。今日の私は一味違う。

だって珍しく体が火照ってるんだ。いつもなら着くはずのない火が着いている。心が燃えている。

 

心臓はドクンドクンと音を立てていて五月蝿いし、こうして立っているだけでも気が触れそうだ。

 

緊張のせいか喉だって乾いてきたし、体が何かを求めて勝手に震える。足が疼いてくすぐったい。まるで自分の体を制御できていない証だ。

 

感情は際限なく昂り、普段ならば嫌悪感すら感じるゲートが小憎たらしくて、それでもどこか愛らしい。自分が自分でないようだ。というより、既に自分ではない。

 

トレーニングばかりしていたせいで、感情のコントロールの仕方を忘れてしまった。いつもなら周りを観察して策を考えていただろうに、今はそれすらできていない。

 

頭が痛い。胸が痛い。目が痛い。耳が痛い。足が痛い。心が痛い。出来る事なら今すぐにでも帰って寝ていたい。

 

それでも、ここに居たいと願う自分がいる。

 

 

「つまり、ベストコンディションだ。」

 

 

セイウンスカイにはゴールしか見えていなかった。

 

 

──────────

 

 

きっと、皐月賞のようにはいかない。

やはりここまでやって来てもなお、世間の声の方が正しいと言う他ないだろう。私にとって2,400mは()()()()

 

運良く内枠を取れたとはいえ、得意な作戦が『差し』である以上あまり有利に働くとは思えない。スタートを上手く決めてしまえば後ろからの圧に晒され続ける事になるし、スタートをわざと遅らせるなんてそもそも論外。最後まで追いつけずに掲示板外に沈むのがオチ。

 

もともとスカイさんのように策を練るタイプでもなければ、エルさんのように自力で相手を捻り潰すタイプでもない。スクリプトさんのように他人の弱さを知り尽くしているわけでもないし、スペシャルウィークさんのように様々な技術を吸収出来るわけでもない。

 

正直な話、この東京優駿の舞台でグラスさんを含めた〈黄金世代〉の中で、実力を最も発揮できないのは私。きっと今日の私はスクリプトさんにさえ劣る。

 

私にあそこまでの『場所を選ばない才能』はない。

 

きっと今日、私は勝てない。

この体が「走れない」と告げる。

この心が「不可能だ」と告げる。

 

──だけど、この誇り(Pride)が諦めなど認めない。

 

多分、走る理由なんてそれだけでいい。

もしかしたら追い抜けないかもしれない。

もしかしたら追い抜かされるかもしれない。

だけどこの体は火照っている。いつも通りに私の誇りが体を燃やす。心を奮わせる。

 

全身が緊張で強張る。いつもなら保てているはずの余裕の表情が保てない。きっと走り始めれば無様を晒すハメになる。

 

暴れ出したくなるほど体が熱いけれど、しかしそれでも頭だけは冷め切って冴えている。自分が自分でないかのように錯覚してしまう。

 

自尊心はすっかり消え去り、代わりに勝負欲が今の私を形作っている。いつもならば煩わしく感じるゲートでさえ、今の私にはただの鉄塊にしか感じられない。明らかにおかしい。錯覚ではなく、今の私はいつもの私ではない。

 

心が私を責め立てる。きっとお前は親の顔に泥を塗る。自らも泥に塗れ、王としての権威は失墜するだろう。なんと愚かなのだろう。世界中の歴史を紐解いても、きっとお前が最も愚かな王なのだろう、と。

 

耳を塞ぎたかった。目を塞ぎたかった。過去ばかり見て、後悔して、楽をしたかった。しかしそれでも、どうしても走りたかったのだ。やらずに後悔するより、やって後悔した方がよっぽどマシだから。だから心の言う通りに走るのだ。

 

だが(キング)は、自らの心にさえ(いな)と告げた。

 

 

「今日という日を後悔したくないもの。」

 

 

キングヘイローにはゴールしか見えていなかった。

 

 

──────────

 

 

芝の上に立ってなお、私の心に巣食う不安感は消えなかった。マスクも被っているというのに、誰よりも厳しいトレーニングをしてきたという自信もあるのに、今この瞬間に私が、このエルコンドルパサーこそが()()()()()()()()()()()()()()()

 

きっと私が一番早い(速い)。きっと私が一番運がいい。

けれど、やはりそれでも()()()()()()()()()()。一番人気の私は、ヘイトを向けるにはちょうど良すぎる的だろう。万が一にも無いとは思うが、他のみんなが結束したら私に勝ち目はない。

 

私はセイちゃんのように色々と考えるタイプじゃないし、キングのように絶対に曲がらない"我"があるわけでもない。スクリプトのように常に平静でいられるわけでもないし、スペちゃんのような凄まじい速度の成長を出来るわけでもない。

 

多分だけど、グラスを含めた〈黄金世代〉の中で、最も揺さぶられやすいのは私。他の子ならともかく、5人にとっては私を揺さぶるなど容易いことだろう。こと精神勝負において、私はスクリプトにも劣る。

 

私にあそこまでの『腹の中を隠し通す才能』はない。

 

だけど今日、私は負けない。

準備は万端。

体調も完璧。

 

──そして今日、きっと私は最幸(最高)だ。

 

多分、走る理由なんてそれだけでいい。

今日はなんだか気分が乗ったから。

今日はなんだか調子が良かったから。

いつも通りに私の体は火照っている。本能が走れと叫ぶ。理性が走れと囁く。

 

知らず知らずのうちに口角が上がる。期待が抑えきれない。きっと今日のレースは最高すぎるほどに最高で、尚且つ一筋縄ではいかないという確信がある。

 

今すぐにでも走り出してしまいたいほどに頭も心も煮え滾り、心臓の鼓動が大きくなる。有体に言えば、今の私は掛かっている。まるで冷静ではない。

 

でも大丈夫だ。きっと私は大丈夫。走れるのであれば、それがどこであれ私が勝つ。いつも敵だと思っていたゲートは、今日に限ってなんだか包容力があるように…いや、やはりこれは拘束具だ。できる事ならこれに入りたくはない、邪魔だ。

 

しかしここまで来ても、私の根元にある弱気な心は消えてくれない。心も体も走れと叫ぶ一方で、私自身は未だに不安感に苛まれていた。4人以外に負ける事はないにせよ、その4人こそに大敗を喫したら一体私はどうやって明日から生きていこう。しかし同時にこうも思う。今を楽しみたい、とも思う。

 

白状しよう。今日は逆境の日だと思っている。今まで戦って来た相手は…言葉は悪いが格下だった。それが今日はどうだろう。同格が4人もいるではないか。きっと今日のレースは私にとっては些か厳しいものとなるだろう。だけど諦められない。諦めてなんかやらない。

 

きっとこの先に『世界最強』は待っているから。

 

 

「私は、『世界最強(ヒーロー)』になりたいんだ。」

 

 

エルコンドルパサーにはゴールしか見えていなかった。

 

 

──────────

 

 

緊張はしているけれど、さして取り立てるほどに緊張していると言うわけでもなく。簡潔にまとめるなら、きっと私は平常心だった。少しの緊張と少しの慎重と多くの平常。いつもの私なら臆病風に吹かれていたと思うけれど、今日の私は凪いでいた。桶屋さん、ごめんなさい。

 

だけど今日この場に、油断できるような相手はいない。否、()()()()()()()()()。いつだってどこでだって全身全霊。それが私、スペシャルウィークなのだと、ここ最近ようやく気がついた。スクリプトさんに言わせれば『遅すぎる』らしいけれど。

 

私はスカイさんほど頭は良くないし、エルちゃんほど気は強くない。キングさんほど誇り高くもないし、スクリプトさんほど達観しているわけでもない。

 

たぶんグラスちゃんを含めた〈黄金世代〉の中で、1番人々の目に残る特徴が薄いのが私。要するに、多少影が薄い。人の目に留まる事において、私はスクリプトさんにさえ劣る。

 

私にあそこまでの『人の目を引く才能』はない。

 

きっと今日、私は勝つ。

理由なんてない。

理屈も理論も理想もない。

 

──それでも、私が勝つと確信している。

 

多分、走る理由なんてそれだけでいい。

負けることなんて考えなくていい。

勝つことすらも考えなくていい。

自分の夢を目指せ。足を止めてもいい。けれど最後には必ず夢を掴め。夢を踏み越えて、そして夢すら過去にしろ。

 

頭は冴える。心は燃える。体は温まる。寒いわけでもないのに鳥肌が立って全身がぶるりと震えた。成程、これが武者震い。さして面白いことでもないというのに、何故だか今の私には酷く可笑しく思えた。

 

みんな、みんなみんなみんな。私より格上だ。人気が自分より低くても、油断していいことの理由にはならない。みんなは私を追いかけるかもしれないけれど、私はみんなを追いかける。そんないたちごっこをしよう。先に追いかけるのを止めた方の負けだ。

 

スクリプトさんに教えられてゲートとは友達になったけれど、それでもやはりどこか憂鬱だ。こんなにも早く走りたいのに、それを止める友達を果たして友達と呼んでもいいのだろうか?ふとそんな考えが脳裏をよぎった。

 

そろそろ人生一度きりの大舞台である日本ダービーが始まるというのに、私は菊花賞の事を考えていた。多分スカイさんの独壇場になるだろうな、と。別に諦めているわけでもなければ斜に構えているわけでもない。なんだか不意にそう思っただけだ。

 

さて、そろそろスタートする頃合いだろう。最後に一つ、自分に言い聞かせておくとしようか。大きな事を成す前には、大仰な事をしておかないと釣り合いが取れない。さあさあご来場の皆皆様、これよりご覧頂くは私スペシャルウィークにとって、一世一代の大舞台。きっと忘れられないレースになる事間違いなし。……よし、やるぞ。私らしく走ってやる。

 

誰にでもできることなんてつまんない。

 

 

「私は、私にしかできないことをやろう。」

 

 

スペシャルウィークにはゴールしか見えていなかった。

 

 

──────────

 

 

まったく、揃いも揃って意気込みすぎるほどに意気込んじまってさ。ちょっとは僕のことも考えて欲しいもんだぜ。これじゃあ僕が考えなしの才能なしの能なしじゃあないか。自分で言ってて悲しくなってくるぜ。

 

僕に君たちほどの才能なんて一つもありはしない。まして、君たちが僕に劣っているところなど一つたりともありはしない。強いて言うなら、僕は君たちよりも『負完全さ』という点で優れている。要するに、『完全さ』が欠けている。故に『負完全(マイナス)』なのだけれど。

 

きっと君たちのことだから、それぞれがそれぞれの走る理由を見つけちまったんだろう。だからこそ、僕は敢えて言わせてもらう。

 

くっだらねえ。何それガキの戯言かよ。

 

ってね。そもそもの話だが、人間が何かをする事に理由なんて必要じゃねえんだぜ。そもそも大体が『何となく』で生きてんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だからこうも言わせてもらおうか。と言っても、これは他人の受け売りだけどさ。横流ししてるわけだから、受け売りというより、寧ろこれは転売になるのかな。

 

──走る理由がない。だから走る。

 

走る理由なんて案外こんなもんさ。

そこに理論だの理屈だの心だの体だの、そんな現実的で幻想的で概念的で抽象的な漠然としたものは必要ない。()()()()()()()()()()

 

いやそれにしても、ゲートって落ち着くな。この狭さ、この肌寒さ、この無機質さ。まるで鏡写しの僕を見ている感覚に近い。『負完全(マイナス)』と『負完全(マイナス)』が()()()()()()()強大な何かになったかのような感覚を得られる。まあどうでもいい事だし、強大な何かとか曖昧すぎて吐き気がするが。

 

さて、長々と考え込むのは性に合わねえし、ここら辺で一度締めくくるとしよう。僕といえばあのセリフだし、ここは一つファンサービスついでに一言言わせてもらおうか。

 

今日君たちが負けたとしても、それは君たちの責任だぜ。

 

 

『僕は悪くない。』

 

 

スクリプトロンガー(球磨川禊)にはゴールしか見えていなかった。

 

 

──────────

 

 

「ねえねえトレーナー。トレーナーはさ、誰が勝つと思う〜?ボクはね、スペちゃんが勝つと思うんだけどな〜」

 

「そりゃあ…そうであって欲しいとは思うぜ。ただ、今回はヤベエぞ。今の条件で〈黄金世代〉の面子を相手にして、それでもダービーを勝てる奴は…それこそシンボリルドルフくらいだろうな」

 

沖野は顔を顰めた。それもそのはず、出走者のうち4人が既に『領域』を有しているこのレースは、誰が勝つかなど到底予想できたものではなかった。もっとも、テイオーからすれば質問と回答がずれていたので顰めっ面だったが。

 

「スペちゃん…スクリプト…楽しめるといいけど…」

 

「おーうスズカさんよお、先輩だってんなら心配より先に信頼してやるべきだろうよ。少なくとも朕はそう思うぜ」

 

「ゴールドシップさん、あなたちょっと一人称が尊大すぎると思うのですけれど…」

 

『別にアタシがどんな一人称使おうと勝手だろ?』

 

「うわあっ!?急にスクリプトさんの真似なんかしないでください心臓に悪すぎますわ!!」

 

「なんでマックイーンってあんなにスクリプト先輩苦手なんだろうな〜」

 

「アタシはあの人を得意な人なんていないと思うけれど」

 

「それもそうか」

 

多少漂い始めていたシリアスな空気は、無事チーム〈スピカ〉によって中和された。真剣にやっても長続きしないという事なので、沖野はトレーニング内容の変更をこの時決めたという。流石は中央屈指のトレーナーだ。

 

「で?実際みんなは誰が勝つと思ってんの?」

 

「「「「「「スペシャルウィーク」」」」」」

 

「だよねー…」

 

何というか、スクリプト(球磨川)の立つ瀬が無かった。

可哀想に。

 

 

──────────

 

 

準備は整い、ファンファーレが鳴り響く。

観客はそれを静聴した後、押さえ込んだ熱気を再び爆発させた。ここまでの熱気は近年稀に見るものだった。

 

18名の優駿が、その身を進めてゲートへと入っていく。無事ゲートインしただけでもその都度観客は興奮していた。

 

誰一人として話さない。誰一人として気を抜かない。日本ダービーは()()()()()()()()()()()()。だからここで動くとするならば、やはりあの2人しかいなかった。皆それを警戒していた。だからきっと大丈夫…のはずだった。

 

偶然、その声が重ならなければ。

 

「『はあ、帰りた〜い…セイちゃん(スクリプト)、一緒に帰る?』」

 

瞬間、あまりに突飛な出来事に、あまりに日常的すぎる会話に多くのウマ娘が気を取られた。この場合の『多く』というのはG()1()()()()()という意味である。

 

その数、1人。

 

《日本ダービー、今スタートしましたっ!さあ誰が先頭に躍り出るのか!?》

 

残り16人。

 

横一線の綺麗なスタートとなったが、徐々に前に出てセイウンスカイがハナを取る。キングヘイローが直前で作戦を変更し先行策へ。つける位置はセイウンスカイの後ろ。『王威』で牽制。スペシャルウィークは前目に着けて自分らしく走る。脚を溜めて直線に備える。エルコンドルパサーはその後ろに不気味に控えている。恐らくスペシャルウィークが進出を開始した後に動くつもりだろう。

 

要するに、それぞれが自分のレースをしていた。

自分の勝ちパターンへと持って行こうとしていた。

スクリプト(球磨川)の後ろがどうだったかは分からないが、少なくとも前にいる娘は今この瞬間。確かに全員が自分の中で最も良いと考える走りをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『領域』の条件は満たされた。

 

 

そして、スクリプト(球磨川)が嗤い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが『負完全(マイナス)』に飲み込まれた。

 

 

残り4人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────

 

 

「──なっ!?これはまさか…『領域』!?まだ序盤も序盤でしょう!?」

 

キングヘイローが喚く。無理もないことだろう。なぜなら其処は完全なる暗闇というわけでは無かったからだ。

 

微かに、本当に微かではあるが、視線の先には一筋の…いや、一粒の光があった。ならばそこを目指すのが道理だろう。(キング)は困惑からの復活も早かった。

 

(この手の『領域』はまず間違い無くスクリプトさんのもの…だとすれば、今までのあれは本当に『領域』では無かったということ…?)

 

そんな事を考えながら走るが…やはり、何かがおかしい。いくら2,400mが適正外であるとはいえ、()()()()()()()()()()()

 

理屈で説明できないという事は、即ち『領域』によるものであるという事だ。つまり、この異様すぎる程に異様な倦怠感はスクリプト(球磨川)の『領域』の効果で間違いない。

 

ちなみにここまでで、体感1,200mほど走っている。いくら何でも『領域』の持続が長すぎやしないだろうか。明らかに常軌を逸している。

 

そこまで考えた所で、次の疑問が浮かんできた。それは『一体他のみんなはどこに行ったのか?』である。

 

 

残り3人。

 

 

その時、ふと隣に誰かの気配を感じた。恐る恐るそちらを向くと、そこには知らないウマ娘がいた。見た目はいかにもゆるい感じで頭には菊の髪飾りが付いていて、それでいて、一目で限界だと分かるほどに疲弊していた。

 

というか、セイウンスカイだった。

 

「スカイさん!?どうしてあなたがここに…それに、いくら何でも疲れすぎじゃないの!?」

 

「……卑怯だ卑怯だよ何だあれ対応できるわけないだろ持ってる奴勝ちとかふざけるなよ……!!」

 

セイウンスカイは泣いていた。まだレースは第3コーナーに入った辺りだと言うのに、既に負けを認めて泣いていた。キングヘイローは当然混乱した。

 

「えっと…他のみんなは何処かしら?」

 

「他のみんな、他のみんな…あの3人ならとっくに前に行ったよ。もう追いつけないくらい前に」

 

「この『領域』の効果は?」

 

「聞いたって無駄だと思うけれど…多分これは、自分らしく走ることが原因だよ。自分らしく走るとスタミナを削られて、だからといって自分らしさを捨てたら勝てなくなる…だからスタミナの浪費を覚悟で走るしかない」

 

大凡ではあるが、セイウンスカイの見解は当たっている。スクリプト(球磨川)の『領域』は他者を封殺する。文字通り、他人を封じ込めて個性を殺す。

 

しかし、それでもなお、キングヘイローは自分らしさを捨てない。捨てたらまた、前の自分に戻ってしまうから。口だけは達者だった、高慢ちきなだけの前の自分に。

 

だから(キング)は膝をつかない。顔を下げない。自分を曲げない。彼女にできる事はただ自分を信じて進むだけだから。キングヘイローは皐月賞の時のように『領域』を発動した。彼女の身から『王威』が噴出する。

 

「それじゃあスカイさん、私は行こうと思うのだけど…あなたは行かないのかしら?」

 

「あー…ちょっと今の私はスタミナ切れのヘロヘロセイちゃんだから…私の意思はキングに託そうかな」

 

「託す?意思を?バカ言わないでちょうだい。それはあなたが背負うべきものでしょう。勝手に私に押し付けて1人で楽になろうとしないで」

 

そう言うと、キングヘイローはあっさりとセイウンスカイの前から姿を消し、前にいる3人を追いかけて行った。

 

 

「どうしてみんな、そんなに強いんだよ……」

 

 

今日のセイウンスカイは、いつもより少し小さく見えた。

 

 

──────────

 

 

『あれっ、キングちゃん?てっきりセイちゃんが来るものかと思っていたんだが。』

 

「生憎ね。このキングが脇目も振らずに一直線であなたの所までやって来てあげたのよ。感謝なさい」

 

どうにか誇り(Pride)で取り繕ってはいたが、それでも見る奴が見ればあっさり見抜かれるほどに綻んでいた。要するに、見栄を張っているのがバレバレだった。

 

『さて、そろそろ勝負も大詰め、見えてないだろうから教えてやるけど今僕たちは第4コーナーにいる。ここいらでひとつ、僕の『領域』のネタバラシでもしようか。大体分かってると』

 

「いつまでも喋ってないでさっさと教えてくださいスクリプト!!私達3人とっくに限界なんデスから!!」

 

「………」

 

「スペシャルウィークさんっ、やけに静かじゃない!限界が近いのかしら!!」

 

流石は『異常(アブノーマル)』と言ったところか。どれだけ今が異常であっても貫き通せるほど我が強い。もはや説明してやる義理も道理も無いのだが、どうしても自分の『領域』をひけらかして心を折ってやりたいのか、スクリプト(球磨川)は説明を再開した。

 

『もう大体分かってるとは思うんだけどさ。僕の『領域』の効果は結構単純なんだぜ。そうだなぁ、言うなれば…。』

 

 

『自分らしさをなかったことにする能力。』

 

 

『発動条件は『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()』さ。いかにも『負完全(マイナス)』って感じの、他人の足を引っ張ることしか考えてない『領域』で笑っちまうぜ。』

 

『自分らしく走ろうとしている間はスタミナが削られ続け、勝つ事を諦めるまでこの『過負荷(マイナス)』…ああいや、『領域』は続く。動き始めたら止まらない、要するに欠陥品さ。僕の『領域』にはブレーキがない。』

 

『僕では制御不能。故に『負完全(マイナス)』なんだけどね。』

 

それを聞いてなお、キングヘイローは下を見なかった。前だけ見ていた。最終直線までよくぞ踏ん張った。歯を食いしばって食い下がった。

 

しかしそれでも、彼女には長すぎた。

 

「まだッ…!こんな所で終われない…!」

 

『最後まで諦めないあたり、流石と言わざるを得ないよ。だけどキングちゃん。本当によく第4コーナーまで保ったもんだ。だけど君はここまでだ。』

 

その言葉を最後に、キングヘイローは引き離された。

 

 

残り2人。

 

 

『ふう。圧迫感もなくなって走りやすくなったぜ。っと、エルちゃん。僕は知ってるぜ?君は最終直線まで余力を残しておかなきゃ『領域』を使えないって事を。』

 

「そんなに私を研究したなんて…照れちゃいますッ、ねっ!!」

 

そう言うと同時にエルコンドルパサーが進出を開始する。きっとこれは、限界なんてとうに超えている走りだ。『領域』なんて関係なく、気持ちの力だけで『領域』を凌駕している。が、しかし。それも長く保つとは言えない。

 

だってエルコンドルパサーは息も絶え絶えだし変な汗だってかいている。どこを見たって満身創痍。一歩間違えば大怪我間違いなしの大博打。打って出た結果、スペシャルウィークの前に出ることに成功した。

 

が、しかし。これもやはり()()()()()()()

 

〈狩人〉は〈怪鳥〉が動くのを待っていたのだから。

 

エルコンドルパサーはスクリプト(球磨川)の対応に精一杯になりすぎたせいで、スペシャルウィークの威圧の事を完全に忘れていた。

 

「ぅぐっ…」

 

見ている方が心配になるくらいに顔を青くしたエルコンドルパサーは、少しだけ泡を吹きながら後退した。

 

残り1人。

 

しかし、やはり今日もスクリプト(球磨川)は勝てなさそうだった。それはなぜか?そりゃあ、ここから向こうが切ってくるカードなんて一つしかないだろうよ。

 

 

『領域』の条件は満たされた。

 

 

そして、スペシャルウィークが笑い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇は、星に照らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スクリプトさん。私の星の輝きがあなたの混沌を上回った以上、今回は私の勝ちですよね。それで、いいですよね?私は、『日本一のウマ娘』になれるんですよね?」

 

『うん。君が日本一だよ。はぁ、まあこうなるってのは分かってた事なんだけどさ。それでもなまじゴールが見えてただけに、やはり悔しい気持ちというのは際限なく湧いてくる。ここから切れるカードが非人道的手段しか無い以上、やっぱり僕はまだまだ実力も経験も運も不足しているらしい。』

 

『また勝てなかった。』

 

「それでも、初めて会ったときに比べて大分丸くなりましたね。きっと昔のスクリプトさんなら『過負荷(マイナス)』でも『領域』でもなんでも使って勝ちに来ていたんでしょうけれど」

 

『僕だってプライドの一つや二つあるさ。今回は気分が乗らないからやってないだけで、次回以降は全身釘刺しにしてやるぜ。』

 

 

──────────

 

 

こうして、日本ダービーは決着を迎えた。

1着、スペシャルウィーク。

2着、スクリプトロンガー(球磨川禊)。1バ身差。

3着、エルコンドルパサー。3バ身差。

4着、キングヘイロー。3と2分の1バ身差。

5着、セイウンスカイ。ハナ差。

 

大方の予想通り、〈黄金世代〉のメンバーが掲示板を独占する結果となった。これはこれで前評判通りすぎてつまらない、という言葉もちらほら散見されたようだが、しかしそれでも、今年のダービーは近年稀に見る大盛況だった。

 

スペシャルウィークは泣いて喜び、スクリプト(球磨川)は珍しくそれを純粋に祝福した。キングヘイローは自らを再び鍛える事を心に決め、エルコンドルパサーは悔し涙をのみ、必ずリベンジする事を誓った。セイウンスカイは……。

 

そう、セイウンスカイだ。

彼女は第3コーナー入口時点で既にスタミナが切れ、後ろへと下がっていったはずなのだが、最終的に4着のキングヘイローにハナ差まで迫っている。これは明らかにおかしい。

 

違和感でしかなく、また違和感しか感じないはずなのだが…ダービー直後で浮き足立っていたせいか、その異変に気付いたものは誰1人としていなかった。

 

気付いていれば、菊花賞の勝者はスクリプト(球磨川)だったかもしれなかったというのに、気付かないうちにそのチャンスを逃してしまっていた。

 

故に『負完全(マイナス)』なのだろう。

いかにも球磨川くんらしいことだ。

 

ちなみに余談なのだが。

チーム〈スピカ〉の打ち上げは、それはもうひどいものだったという。スペシャルウィークはずっと笑顔で泣いていたし、スズカはそれを見て泣いていた。ウオッカとスカーレットもそれを見て泣いていたし、ゴルシもテイオーもマックイーンも沖野でさえも泣いていた。

 

涙を全く流さなかったスクリプト(球磨川)はあまりの疎外感に、勝手に抜け出して帰ってきたらしい。ついでに後日、スピカは全員スペシャルウィークを応援していた事を知って泣いていた。

 

泣けてよかったじゃないか。




変な演出を考えついたせいで書くのにめちゃくちゃ時間がかかってしまいました。マジ大変でした。

ちなみに最初の5人のセリフには元ネタがあります。分かったらニヤけてください。

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