ウマ娘新アニメ、最高でしたね。
4話と言わずに12話フルでやって欲しい……
大感謝祭が終わった数日後、チーム〈スピカ〉一行は毎日王冠の観戦に来ていた。
スピカからはスズカが、リギルからはグラスとエルがそれぞれ出走する今年の毎日王冠は、G2のレースであるとは思えないほどに観客の熱気で満ち満ちていた。
そしてその熱気の中、正座して座り込んでいるウマ娘と、それに向かって呆れた表情で説教をするウマ娘が──というか、
「で、スクリプトさん。どうしてわざわざグラスちゃんに喧嘩を売ったんですか?」
『いやいやちょっと待っておくれよスペちゃん!あれには山よりも……』
「いいえ、高くはないし深くもありません。『グラスちゃんのために』とか『僕のために』とか、そういう言い訳はいらないので喧嘩を売った本当の訳を教えてください」
『だってそっちの方が面白いじゃん。』
「なんでスクリプトさんはいっつも後先考えずにその場のノリで動いちゃうんですか!?見てくださいよあのグラスちゃんの顔!なんか、その……ほら、何かをして来た目をしてるじゃないですか!」
スペシャルウィークが指差した方向には、ゲート前で何かを睨みつけるような表情をしたグラスがいた。あまりの剣幕に、他のウマ娘たちは若干距離を置いているように見えた。
『おやおや、ちょっと言葉で
「その反応って事は『
『折りはしていないけれど砕きはしたよ。そこから打ち直せるかは……まあ本人の気質とか性格とか、結局はグラスちゃん自身の問題だぜ。』
『心を折る』も『心を砕く』のもさしてニュアンスは変わらないのだが、
「それって結局心を折ったのと大差無いのでは?」
『いや?スペちゃんにやったのと同じかそれ以下の事しかやってないよ。』
「じゃあ折ってるじゃないですかぁ!!」
スペシャルウィークの渾身の叫びは響き渡る事はなく、目の前にいる
そんなしょうもない気遣いをする前に、
と、そこで先ほどまでゲートを睨みつけていたグラスが、突然
『……おや、グラスちゃんがこっち見てるぜ。手でも振ってみる?』
「うーん……やめておきます。今日の私たちはスズカさんの応援ですし、それに
『言えてるね、グラスちゃんはどうやら僕にご執心らしい。なんだろ、恋でもしてるとか?いやーモテモテで困っちまうぜ。』
「絶対モテてるとかじゃないと思います……」
グラスの笑みは愛しい人に向けるもののそれではなく、どちらかといえば『獲物を見つけた狩人の笑み』という表現の方が、よっぽど正しく感じられた。
『さて、じゃあ見させてもらおうか。このレースでスズカちゃんに負ける君は、今日何を学ぶのかをね。』
そしてそれは、グラスワンダーにとっても同じ事だった。
──────────
ファンファーレが鳴り響き、各ウマ娘がゲートに入っていく。本来であればグラスやエルにも注がれるであろう敵意の視線は、しかし今日に限ってスズカ一人に向けられていた。
(誰もアタシとグラスには注目してませんね……舐められてるみたいな気分になるけど、これはこれで好都合デス!)
「今日は、今日こそは勝ちマース!」
エルはダービーでの失態を思い出し、再び気合を入れる。今度こそ、自らが最強であることを証明するために。しかし、エルには一つだけ気掛かりなことがあった。
(グラス……いつもだったらもっとメラメラ燃えてる感覚がするのに、今日はやけに落ち着いて……いや、凪いでマスね……)
チームメイトでもありルームメイトでもありライバルでもあるグラスが、やけに消沈している、もとい平静であることだ。
普段から大和撫子然としているグラスであるが、レースを前にして昂らないことは今まで一度だってなかったというのに、一体どうしたのだろう。
(10ヶ月ぶりのレースで緊張している……ってわけでも無さそうデスね。まあこれ以上グラスのことを考えてもしょうがないデスし、今は目の前のレースに集中!)
ライバルと言っても所詮は他人。他人のことに思考を割くよりも、自分のレース展開を考えた方が有益だと考え、ゲートが開くのを集中して待つことにした。
そうして数秒。鉄の扉が無機質な音を立てて開き、エルは一目散に飛び出した。誰が見ても完璧なスタートだった。
出走ウマ娘を含む全ての人の視線は、完璧なスタートを決めたエルよりも3バ身は前にいる『
「なっ……んでそんな前にいるんデスか!?」
「……」
エルはスズカの意識を逸らすためにも話しかけてみるが、すでに『自分だけの景色』に入りかかっているスズカに、エルの声は届かない。
(まだバックストレッチの入り口終わりなのに3〜4バ身……このままだと誰もスズカ先輩に追いつけずに終わる……だったら!)
「ここから前に出る……!」
エルコンドルパサーは狂気の1,400mロングスパートに打って出る。スズカの『領域』は先頭でなければ発動しない以上、早めにハナを取らなければ手がつけられなくなるからだ。
後方に睨みを効かせ、足音を敢えて大きくし、ここから先しばらくの妨害を許さない構えを取った。他の出走ウマ娘は多少怯み、エルと一定の距離をキープすることにしたようだ。
(よし!これで形としては一対一……徐々にペースを上げていけば勝機はある!この直線で少しずつ近づいてコーナー前で仕掛けれ……ば?)
ここでエルは気づく。先ほどから徐々に速度を上げているにも関わらず、スズカとの距離が一切縮んでいないことに。つまり、スズカも徐々に速度を上げているということに。
(んなっ……正気デスか!?そんなペースで逃げたら最終直線で絶対バテて垂れちゃいマスよ!?もしそうなればアタシがわざわざ無理して前に出た意味が無くなる……!)
エルの内心や観客のどよめきの声など全く意に介さず、スズカは逃げる。逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて、逃げ切ろうともまだ逃げる。そうしてエルと4バ身の差をキープしたまま第3コーナーへと到達した。さらに、速度は一切下げないまま突っ込んでいく。
(もう滅茶苦茶デス!!なんなんデスかあのコーナリング!?左回りが得意なのは知っていたけれど、一歩間違えば柵と激突する距離デスよ!?)
スズカは観客が悲鳴を上げてしまうほどの至近距離でコーナリングを行った。その綺麗な顔と柵の間には、目測10cmほどの隙間しか存在しておらず、少しでも体がブレれば大怪我では済まないことは容易に想像できた。
しかしスズカは、心配がいっそバカバカしくなるような笑顔をその顔に浮かべており、本人はあくまで走ることを純粋に楽しんでいるようだった。
こうなってしまえば、後はスズカの一人舞台だ。最終直線まで先頭をキープされてしまえば『領域』が発動し、万が一にもエルの勝ちは有り得ない。
(あんなにインを突かれたらコーナーで仕掛けるのは不可能……結局最終直線で、絶好調のスズカ先輩を差し切らなきゃいけない……勝ち目はかなり薄いけれど、それでも!!)
「諦めて、たまるかぁッ!!」
10,000回やっても有り得ないというなら、10,001回やればいい。その一回こそが勝ちを運んでくるものだということを、エルは知りすぎるほどに知っている。
(まだ余力はある、それなら勝てる!!スペちゃん、スクリプト、見ていてくださいッ!!)
そしてエルの体から闘気が噴出し、『領域』は発動した。
──────────
『僕が思うにさ、エルちゃんって結構策士だと思うんだよね。』
「どうしたんですかいきなり?」
『いやさ、スタート直後にスズカちゃんが自分より前にいるのを見て、すぐに自分の作戦を軌道修正、早めに詰め寄って前に出ることを選んだじゃん。』
「まあ見た限りではそうでしたね。直後に後ろから詰め寄られないように威圧もしてましたし、即座にスズカさんと一対一に持っていきましたし……対応は早かったと思います」
『そして今だってスズカちゃんのイかれたコーナリングを見てこのままじゃ勝てないと考え、再び意識を切り替えて作戦を組み直した。考える早さも覚悟を決める肝の強さも持ち合わせてる。そしてそれを実行に移せる身体能力も。』
「こうして色々考えると、エルさんって私たちの中でも際立って強いですね……。それこそなんで勝てたのか分からないくらい」
『いいや、分かり切ったことさ。それこそ、誰にでも簡単に分かる弱点が一つあるからね。僕たちはそこを突いただけに過ぎない。』
スペシャルウィークの言葉に、
「そこを突いたって……私はそんな事した自覚ありませんよ?」
『いいや、突いていたさ。ほら、エルちゃんが前に出た瞬間にスペちゃんは威圧をぶつけただろう?あの時だよ。』
「ああ……あの時はなんか刺さりそうだったので……って、まさかあのタイミングが弱点って事ですか!?私、全然気づきませんでしたよ!?」
『正解ではないけどかなり近いね。スペちゃんの言う通り、エルちゃんの弱点には普通じゃ気付けない。』
そこまで言うと
そこには。
そこにいたのは。
「グラスちゃん……?」
ゾッとするほど
それを見た
口角を三日月のように吊り上げて嗤った。
──────────
「────あ?」
違和感。
今自分が向いているのはどっち?
そもそもどこに向かっている?
「この瞬間を待っていました」
違和感。
後ろにいるのは一体誰?
そもそも、いつから後ろにいた?
「エルはここが弱いんですから気をつけないと」
違和感。
どうしてそんなに親しげに話せる?
どうしてそんなに殺気を向ける?
「それじゃあ、お休みなさい」
感。
この感覚は何?この焦りは何?この怯えは何?何もかもが分からない。不明。不能。不安。不穏。不快。不可解。不明瞭。不可思議。不知案内。不得要領。
しかし既存の言葉では説明できない。理解できない。どんな形であっても、自分の後ろで殺気を研ぎ澄ませる何者かに関わりたくなかった。
そして薙刀が振り下ろされ、エルの頸が斬り飛ばされる光景をエル自身が幻視した辺りで、ようやく後ろにいたのがグラスワンダーその人であったと理解した。
それと同時に、今のグラスを表現する言葉が一つだけ、たった一つだけある事を思い出した。
最終直線に入り、スズカもまた『領域』を発動。グラスの『領域』は呆気なく押し返される。一度押し返されたことにより
「一つでダメならッ……
この土壇場で、グラスは10ヶ月間燃やし続けた心の炎を解き放ち、新たな『領域』を創り出した。すると左手に杖のようなものが現れ、その杖の先端から光が溢れ出した。溢れ出した緑色の光によって持久力が回復し、そのまま一つ目の『領域』の出力を強めていく。
グラスの速度はぐんぐんと上がり、今までのグラスのトップスピードはとうに超えている。しかし、それでもスズカとの距離はほとんど縮まない。
「これでも……まだ遠い……!」
完全に自分の『領域』を使いこなしているスズカと、10ヶ月のブランクがあるグラスでは、やはり天と地ほどの差があった。スズカと戦うためにはここがスタートラインであり、ここまでやってもスタートラインに立っただけだった。
睨みを効かせようが『
もうグラスワンダーに打つ手は無い。
一つ目の『領域』ではスズカの速度に追いつくので精一杯。二つ目の『領域』は一つ目の『領域』の補助に使っているのでどうにもならない。
ならばどうする?ここからスズカに勝つために、グラスに何ができる?ゴールまでは後200mほどしか無い。考えて考えて考えに考え抜いて……グラスは
(私は、やる事をやり切っていない……死ぬほど苦しんでいない……スクリプトはあの夜、私にそう言っていましたね)
脳裏に浮かぶのは、自身を散々否定され、自信を打ち砕かれたあの夜。憔悴しきった精神に追い打ちをかけるかのように『まだ足りない。』と言われたあの夜。そして──。
(まだ、という事は
恐らくこれはヒントだ。
『
(私が必死に走っているのに、こうも余裕綽々でいられると、なんだか無性に腹が立ちますね──
そしてグラスは、とある事に気づいた。
トレセン学園に入学してから、自分以外の誰かに猛烈な怒りをぶつけた経験がない事に。
その瞬間に今までの疑問が一気に氷解、というより砕け散って消滅した。
(成程、成程成程成程、私は今まで、無意識に他人に遠慮していたのか!!スクリプトがあんな事をしたのは私が遠慮なく怒りをぶつけるちょうどいい的になるため……!いっつも分かりにく過ぎるんですよあなたは!!)
グラスは、なんだか久しぶりに他人に向けて怒りを覚えた気がした。しかし今はレース中だ。レースに集中しなくては……と思ったところで、ふと思いついた。
(この怒り……
例えばそう、『領域』とか。
(……やるだけ、やってみますか)
グラスは渾身の怒りを込めて前進し始めた。
まだ足りない。
二歩。
まだ足りない。
三歩。
四歩五歩六歩七歩八歩九歩十歩十一十二十三十四十五十六十七十八十九二十二十一二十二二十三二十四二十五歩。
グラスは射程範囲にスズカを捉え、自分の怒りを解放した。そこでようやく、スズカが後ろのグラスに振り向いて見せた、その表情は。
心底楽しそうな笑顔だった。
『未知の領域』が開闢され──
るより先に、サイレンススズカがゴール板を踏んだ。
大歓声が響き渡り、グラスは己が負けた事を実感する。しかしその表情は悔しがるでもなく落ち込むでもなく、獰猛な笑みに彩られていた。
「届かなかった……けど、答えは掴みました……!」
1着、サイレンススズカ。
2着、グラスワンダー。
その差は半バ身差。のちに『伝説のG2』と呼ばれる激戦は、こうして幕を閉じた。
エルコンドルパサー、6着。
彼女はいつまでも、掲示板を見つめて呆然としていた。
──────────
レース終わりの地下バ道で、グラスは
『……どうやら完全に吹っ切れたらしい。けれど、君がやってる事は僕に喧嘩を売ってるって事になるんだぜ。『
『ちょっとちょっとグラスちゃん!?いくら何でもそれは大胆過ぎるんじゃあ無いかい!?』
「いいえ、いいえ。私があなたに抱く想いはこんなものでは到底足りません。本当なら今すぐにでも走りで雌雄を決したいくらいなんですよ?」
『ああ……そっちね。』
グラスワンダーの長い髪に遮られて
「それに、覚悟はとうに決めました。あの日あの夜、あなたに私という存在を一度壊された日から。毎日毎日スクリプトのことばかり考えてしまうんです。寝ても覚めても、それこそ四六時中」
『へぇ、そこまで僕のことを考えてくれるとは光栄だね。しかしグラスちゃん、それは僕の問いに対する答えだとすれば50点だぜ。』
「であれば、残りの50点は今から貰います。さっき私は四六時中あなたのことを考えていると言いましたよね。それで思いついたんです……まあ思い出したのはついさっきなのですけれど」
グラスは相変わらず、恐ろしいほど綺麗な笑顔を浮かべて
「スクリプトさん、あなた……トレセン学園に入学してから、本気で悔しがったこと……ありますか?」
『はぁ、いやまあ、そりゃあ無いだろうけど。』
「そうでしょう。皐月賞でキングちゃんに大敗を喫した時も、ダービーでスペちゃんに突き放された時も、あなたは悔しがる振りはすれど、本気で悔しがっている節が全く無かった。あなたにボロボロにされて失意のどん底にいた私は、それに気づいた時、こう思ったんです」
グラスの腕に、更に力が込められる。体温が上がったのか頬は赤くなってきたし、掛かっているのを抑えきれていないのか先ほどよりも顔の距離が近くなっていた。
「スクリプト。私は、あなたが本気で悔しがっている顔が見たい。あなたが振りではなく本気で怒っている顔が見たい。私を一度壊したあなたを、同じように壊してしまいたい。誰も見たことが無いあなたの表情を引き出したい。そのためにはどうすればいいか?そうだ、こうしてみよう」
グラスの瞳孔が絞られ、プレッシャーが一段と増し、空間が軋む。その重さは、
そしてグラスワンダーは、決定的な一言を口にした。
「いつも『勝てなかった』と口にしている貴女のやり方で私が勝てば、きっと貴女は本気で悔しがるでしょう?」
『OK、もう一回ぶっ壊してやるから今のうちにチームメンバーにお別れの挨拶をしておいた方がいいぜ。』
地下バ道には二人の笑い声が響き、二人の威圧のぶつかり合いで空気が揺れた。並大抵のウマ娘であれば、ここに近づくだけで気分が悪くなったり失神したりするだろう。
並大抵のウマ娘でなければ問題ないということだが。
「えっと、スクリプトと……グラス?あの、こういうところで、そういうことは……」
そこに来たのは、ウイニングライブの準備に向かうスズカだった。突然声をかけられた事により、二人は驚きながら急いで立ち上がった。
「えっあっ違いますっ!!いやあの、スズカ先輩信じてください私とスクリプトはそういう仲ではなくって」
『そうだぜスズカちゃんまずは落ち着いて聞いて欲しい今僕とグラスちゃんは有馬記念で一緒に走ってそこで雌雄を決しようという話をしていただけでやましい事はフクキタルちゃんに誓って一切していない!』
「二人して必死に弁明されると逆に怪しく見えるし、どうしてそこでフクキタルが出てくるのかも分からないけれど……まあ、二人とも、ほどほどにね」
そう言うとスズカは小走りで去って行ってしまった。残されたのは
「絶対、誤解解けてないですよね……すいません……」
『グラスちゃん、今度からはああいうことはちゃんと周りに人いない時にしてね。』
「いやもう二度としませんからね!?」
先程まで一触即発といった空気感だったというのに、終わってしまえばそこにいたのは、友人同士なだけの、普通の二人の学生だった。
どちらともなく笑い出し、再び地下バ道に二人の笑い声が響く。今度の笑い声はプレッシャーも恐怖も感じさせないような、明朗で快活な、二人の仲の良さが伝わる笑い声だった。
そろそろ学校が忙しくなるので、マジで次から更新は遅くなります。
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