転生しても戦争だった  ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~   作:ガンスリンガー中年

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ちょっとこの戦争の舞台裏を、ドイツ人視点より……





第21話 ドイツ人は、イタリア人の為には戦わない

 

 

 

 政治とは時折、酷く複雑奇怪である。

 1940年10月28日、エジプトに攻め込みながらイタリア人は、突如としてエーゲ海を挟んだ隣国”ギリシャ”へと侵攻した。

 

 無謀とも取れる行動だが、案の定、イタリア人の想像よりずっと精強だったギリシャ軍の返り討ちにあい、ついでに北アフリカでは”コンパス作戦”を発動させた英軍にボコボコにされながら、どっちもドイツ人の介入で押し返すという体たらくを見せていたのだが……

 

 ここで我々の知る歴史では有り得ない状況が起きた。

 英国がギリシャに中東軍の一部を分派して援軍として送り込むのに呼応して、日本皇国も同じく外交ルートを展開しギリシャ政府と軍事協定を結び、遣中東軍の一部を”クレタ島(・・・・)”に分派し、英国の後方支援基地兼万が一にも備えてのギリシャの最終防衛ラインとすべく要塞化することを決定したのだった。

 この背景には、あまり有名ではないがギリシャという国が、実は欧州でも有数の親日国というものがある。

 これは第一次世界大戦直後に勃発した希土戦争(ギリシャトルコ戦争)のとある人道的な出来事に起因するのだが……少なくとも日本人が「再び救いの手を差し伸べる」のは、不思議も疑問もなかった。

 であるならば、島一つくらい無期限に貸し出すくらいなんてことはない。

 

 英国人相手とは態度が違いすぎるって?

 ギリシャ人の目の前で、ドイツ人に連戦連敗してどんどん南へ押し込まれる方が悪い。

 それに、英国人が人道という言葉さえ二枚舌で喋り舌先三寸で転がすのは、欧州で暮らす人間なら誰でも知っている。降伏してすぐにドイツ人相手に武器売却を含めた商売を始めたフランス人のポールジョイント構造の掌と同じく言わば常識の範疇だ。

 因みにドイツ人に侵攻を受けてる最中に、武器を満載した貨物船が商売相手に向け出航したのは割と有名な話だ。

 

 実はギリシャ人も、ついでにトルコ人もフィンランド人も、「純朴な日本人が性格の悪い英国人に騙されてるんじゃないか? じゃなければ、90年も英国人相手に同盟関係なんて続けられない」と内心心配しているが、それは杞憂である。

 日本人はそれなりに、英国人がどういう相手かわかった上でつるんでいるのだ。

 

 重要なのは信じすぎないこと、適度な距離感を保つことだ。

 人同士だろうと国同士だろうとそれは同じことで、全幅の信頼やらべったりな関係など互いに害毒にしかならない。当たり前だが、誰しも我が身が一番かわいいのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 さて、史実を紐解けば、この時にドイツがイタリアを支援したためにロシア侵攻を遅延せざる得なくなり、これが結局、冬季の消耗戦を招いたとされる。

 しかし、少なくとも”この世界線”では、それは事実と少々異なる。

 

 元々、ドイツは頭部へ進軍するとしても、「雪解けの泥濘が完全に固まる5月以降」を予定しており、また「冬に戦う意味」もよく理解していた。

 そもそも、戦略目標も違うのではあるが……

 ちなみに史実では、大きな意味ではイタリアのギリシャ侵攻を助成したためではあるが、正確に言うとその最中にユーゴスラビアがクーデターで連合国側(あるいはソ連側)に寝返ったため、不安定化したユーゴスラビアを平定するためにソ連領侵攻を延期したというのが正解らしい。

 

 実はこの世界線でも、ユーゴスラビアの寝返りはあったのであるが、総統閣下は一言、

 

『捨て置け』

 

 とのことだった。彼に言わせれば、ユーゴスラビアはドイツ(こちら)から攻め込めば抵抗運動(パルチザン)化して脅威になるが、自ら外征軍を編成して国外へ打って出る国力はなく、仮に今回のクーデターが赤色勢力が裏で糸を引いていたものであったとしても、周囲がドイツの友好国あるいは強い影響下にある国に囲まれている以上、現状でソ連を含めては大きな支援は難しいだろうという意見だ。

 

『そもそもユーゴスラビア王国(当時)は、セルビア人・クロアチア人・スロベニア人の寄り合い所帯だ。こちらから攻め込めば共通の敵ができたことで民族の垣根を超え一致団結するかもしれんが、放置すれば勝手に民族問題に火がつく。こんな不安定な状態なのにおまけに今回の軍事クーデター……1918年に生まれた若い国が背負うには、少々過酷な試練だとは思わないかね?』

 

 そして、

 

『そもそも、我々は既にアフリカとギリシャに派兵しているのだ。東部侵攻を控えた今、余計な消耗は避けるべきだろう』

 

 もっとも本音としては、「なぜドイツがわざわざチトーが頭角を現す機会を作ってやらねばならん?」なのだろうが。

 どうも総統は、チトーをできれば活動家の一人程度にしたかったようだ。

 

 

 

 話を戻すと、ユーゴスラビアが使えなくともバルカン半島東岸、黒海側より……ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアと迂回すれば、ギリシャの侵攻支援も大きな問題はないと判断された。

 むしろ、疑問となるのはここまで考えているドイツが、なぜある程度の消耗を覚悟のうえでギリシャ侵攻に踏み切ったのか?だ。

 

 無論、旨味があったからだ。

 まず、ギリシャが枢軸(ドイツ)側に落ちれば黒海とエーゲ海、その先にある地中海を完全に分断できる。

 タラントがイタリア主力艦隊ごと壊滅したせいで、半ば地中海は日英の浴槽となった。

 ソ連侵攻に向けて黒海を自らの領域としたいドイツにとり、その意味は極めて大きい。

 

 加えて、「ソ連に怪しまれることなく自然に、ギリシャのイタリア軍支援を名目(・・)に、”ルーマニアの配備兵力を極大化”できる」ことも二重の意味で意義があるのだ。

 一つは、ルーマニアも来るべき東方侵攻の一大軍事拠点となること。もう一つは、ドイツの文字通りの生命線である”プロイェシュティ油田”の防衛力を強化できることだ。

 現在、黒海の他の油田を手にできていないドイツが自由に使える油田は、ここしかないのだ。

 ここを攻め落とされては、ドイツは完全に詰んでしまうのだ。

 

 逆に、イタリア軍が攻め込んだことによりギリシャが反枢軸となったことが確定的であり、支援で乗り込んできた英軍によりギリシャが抑えられた目も当てられない。

 陸路でプロイェシュティ油田に攻め込まれるのも冗談ではないし、黒海にまで日英の強力な艦隊が暴れだしたら悪夢以外何物でもない。

 

 本来なら、枢軸寄りの中立だったギリシャに攻め込むなど愚の骨頂ではあるのだが、こうなってしまった以上、ドイツはこの戦争で最大の利益を上げるしかない。

 

 良くも悪くも、この世界線のドイツは誰に入れ知恵や影響か知らないが、生粋の機会主義者の素養があった。

 

 リビアと同じく、いや地理的に近いせいもありそれ以上に「イタリア人を名目に、自分たちの都合で」ドイツ人はギリシャ人や英国人と戦っていたのだ。

 

 

 

 誤解の無いように言っておくが、ドイツはイタリア人が気づかぬように、イタリアという国家には詰め腹を切らせるつもりだ。

 リビアでは日本人をトブルクに繋ぎ留めておく鎖の役目を与えた(その見張りの為のドイツアフリカ軍団だ)ように、「ギリシャの防衛を、その土地を力で奪ったイタリア人に一任」する腹積もりだった。

 早い話が、イギリス軍をエーゲ海に叩き落したら、転身してすぐにルーマニアで再編と休養を行う予定だ。

 

 アフリカに続いてギリシャまで尻拭いを(建前では)させられたのだ。この程度の要求は当然だろう。

 他にもアフリカと今回の戦費は、金銭ではなく目に見える見えないにかかわらず様々な形で返済させる予定だ。

 

 無論、ドイツとてイタリア人がいつまでもギリシャを掌握できるとは思っていない。

 だが、せめてロシア人相手の戦争が落ち着くまでは、何とか持ちこたえて欲しいとは思っている。

 後はどうなっても別に構わないが。

 

 

 

 

 

 だが、ギリシャという国はまだ完全に終わった訳ではない。

 繰り返すが、クレタ島という立派なギリシャの一部には、未だ無傷の日本皇国軍が存在していたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、我々の知る歴史とは表面的には似ていても、どうもその根底に流れる物はそこそこ違いそうですよ?



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