転生しても戦争だった ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~ 作:ガンスリンガー中年
さて、モロッコ奪還作戦”トーチ作戦”における自由フランス軍側の総司令官は、史実とは逆にアンドレ・ジローではなく”シャルマン・ド・ゴール”が選出された。
これには少々(史実と状況が異なる)特殊な事情、ぶっちゃけアメリカ側の都合があった。
まず、ケベックに本拠を置く自由フランス軍の作戦参加人数だが、フランス式の旅団最大定員10000名ほど。
参考までに書いておくとこの時代、米軍の通常師団編成は16000~18000名ほどだ。
人口800万人ほどのケベック・フランスにしてはよく抽出したものだが、その規模だとちょうど階級が旅団将軍(少将待遇)であったド・ゴールがちょうどよかったということだった。
ただ、これは表向きの理由だ。
対抗馬であるアンドレ・ジローのフランス軍時代採取階級は上級大将(しかも、パリ返還直後に正規手続きで米国に亡命者として入国、自由フランス軍に合流している)で、米陸軍の基準に合わせると複数師団からなる軍団、あるいはそれより上の方面軍司令官だ。
史実のような、北アフリカ全体を攻撃対象とする”トーチ作戦”ならともかく、モロッコを削り取るだけの「足掛かりを作る作戦」に、ジローに適正な規模の戦力を付けて参戦させるのは無駄が多すぎた。
何よりこれが大きな理由なのだが……
米軍が嫌がったのだ。
具体的には、自由フランス軍の指揮下に入るのを忌避した。
基本、今生の”トーチ作戦”はあくまで「主役は自由フランス軍、米国は協力者」だ。
義勇軍という大義名分だとはいえ、米国が「ケベック・フランスを正統なるフランス」と認める以上、自由フランス軍は「フランスの正規軍」であり義勇軍扱いの米国は階級を無視するわけにはいかないのだ。
そして、その危惧をぶちまけた急先鋒が、”トーチ作戦”米国義勇兵団陸海統合司令官に任命された”ドナルド・アイゼンハワー”大将閣下だ。
史実であれば、ジローの調整能力に期待したアイゼンハワーだが、今生では状況が何もかも違い過ぎた。
何しろ、米軍は自由フランス軍を
だが、現在フィリピンで方面軍司令官として日がな一日コーンパイプをくねらせているだろうマッカーサーの尻拭いから解放されたら、今度はド・ゴールのお守だ。
この男、つくづく苦労人気質というか……出世はしても、運がない。
ちなみに実質的に1個軍団(5万人)を率いることとなった”生粋の軍人”、今回の任務につき臨時昇進することになった”ジャック・パットン”中将も同じ意見であった。
ちなみにパットン、史実でも今生でも反共で、彼の急死(事故死)には暗殺説が付きまとっている。
そして、「ケベック・フレンチに海軍を動かす技術がないことを感謝する」と安堵していたのが、戦艦7隻、空母3隻からなる第機動部隊を丸投げされた米海軍義勇艦隊提督”ビル・ハルゼー”中将だ。
一応、名目上は自由フランス軍所属の旧式駆逐艦5隻がいることは、綺麗に記憶から抹消されていた。
ちなみに史実のハルゼーは、「KILL JAPS, KILL JAPS, KILL MORE JAPS. You will help to kill the yellow bastards if you do your job well.(日本人を殺せ、日本人を殺せ、日本人をもっと殺せ。任務を首尾よく遂行するならば、黄色いやつらを殺すことができる)」と中々に素敵な言葉を残している反日家だ。
他にも、「皇居も軍事目標か」と問われ「ヒロヒトの白馬は死なせたくない、そいつに俺が乗ってやりたいからな(I'd hate to have them kill Hirohito's white horse, because I want to ride it)」などがある。
何というか、色々とやってくれそうな期待が高まる人選だ。
ハルゼー本人としては”
アイゼンハワーを筆頭に、中々のタレント揃いの米軍義勇兵団であるが、何というか政治臭の強すぎるこの作戦に、彼らは活路を見出せるのだろうか?
それにしても……ド・ゴールだけでも頭痛の種であるというのに、頑固者のパットンと問題児のハルゼーを率いる羽目になり、頭痛と胃痛で味方に戦死させられそうな気がするアイゼンハワーの明日はどっちだ?
もしかしたら一度、お祓いでも受けた方が良いかもしれない。
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さて、あと数日ももすれば米(偽)仏連合軍がカサブランカを攻撃圏内に収めようとしたタイミングで……
カサブランカ港が爆発した!
いや、カサブランカだけではない。
ラバト、アル・ジャディーダ、サフィ、エッサウィラなど輸送船が荷揚げできそうな港で次々と爆発が起きたのだ。
桟橋や埠頭、隣接する倉庫街が爆発し、荷下ろし用のガントリークレーンが自重を支えられず倒れる。
次いで燃料タンクが吹き飛び、流れ出た重油に引火し、それが広がると同時に港のあちこちを延焼させる。
既に「米軍来襲!」の知らせは出ていたので、外国船籍の船を中心に退去していたので船舶への大きな被害はないが、モロッコ大西洋沿岸の主要港は、総じて港としての機能のことごとくを失ったのだ。
いや、爆発炎上が起きたのは港だけではない。
例えば、大規模な発電設備はまだモロッコには無かったが、それでも(フランス人が不自由しないように)都市部に電力を供給する小規模な火力発電所はあり、そこのことごとくが爆発し、また石炭倉庫に火がかけられた。
主に灌漑用水に使われるダムが爆発物により亀裂が入り、水圧に耐えられずに決壊、これは雨季を目の前にして後に深刻なダメージをモロッコ農業に与えた。
あちこちで橋が爆破され、穀物倉庫に火が放たれた。
そう、言うまでもなくラヴァルが指揮をとりパリ政府がモロッコに仕掛けた大規模な”
自由フランスや米国にとって腹立たしいのは、実は都市部などの民間人居住地には、一切破壊活動を行っていない。
つまり、この時代にありがちな「民間人虐殺」が起きていないので、”モロッコの人口が丸々残っている”のだ。
さて、実はこのラヴァルの計略は、既に”ケベック・フランス”成立の時から準備が始まっていた。
そう、如何に歴史の大きな流れはちがっても自由フランス軍と米ソが結託している以上、ラヴァルは遠からず「
いずれにせよ、内海である地中海の外側を防衛するだけの余力が今のフランスにないことを理解していたラヴァルは、フランス中から、あるいは必要なら輸入までして破壊工作に使う各種高性能爆薬を段階的にかき集めたのだ。
その努力の甲斐あり数量は、爆弾換算ではなく爆薬換算で2万トンを超えた。
そして、設備の保守点検名目で各地インフラに在モロッコ・フランス軍の工兵隊、それでも足りなければ「荒事を行える公的機関」まで動員して”来るべき時”に備えて準備を重ねたのだ。
ちなみに焦土作戦と言えば、第二次世界大戦のソ連が有名だが、それ以前(なんなら紀元前から)も以後も歴史上何度も行われており、軍事作戦としては割とポピュラーなのだ。
そして、ラヴァルの行ったそれは、森林や住居に手を出さなかった分、まだマイルドな方だ。
いや、正確には「侵略者共が食わせなければならない飢えた住民を一人でも多く確保」する為に結果としてマイルドになったと言うべきか?
そして、その総決算となる爆破作業は、在モロッコ仏陸軍の準備万端な”速やかなる撤退”と並行して行われた。
まず、最初に起きたのは市民の混乱とそれに伴う治安の悪化だ。
何しろ、防衛よりも治安が主任務だったフランス軍はもういないのだ。
その最中、”備蓄食料の大半が失われ、貯水池が雨季を前にして壊滅した”たという噂が「何故か異常な速度で流布」した。
そして起こるのがお決まりの不安に駆られた市民暴動だ。
無論、モロッコ王とそのシンパ、モロッコ独立派の自警団諸兄や現地治安組織が指を加えていた訳ではない。
だが、暴徒鎮圧というのは非正規戦などとは別のノウハウが居る。
そして、その教育が十分だったかと言うと……
また市内各所には、第一次世界大戦の残留物と言える旧式のフランス軍装備が、「持ち出せなかった」という理由で無造作に放置されていた。
結果、治安組織の民衆に向けての発砲という最悪の結果を招くことになる。
その後どうなるかは、歴史が証明していた。
そして、モロッコの状態異常の報告を確認すべく米国空母から飛び立った偵察機のカメラに映ったのは、港としての機能を喪失したカサブランカ港とあちこちで火の手が上がるカサブランカ市内という……端的に言えば”地獄絵図”だった。
アイゼンハワーさん、マジでエクソシストでも雇った方が良いのでは?(挨拶
マッカーサーの次はド・ゴールのお守、そして部下にはパットンとハルゼー……絶対に貧乏クジだろ、これw
そして、感想を頂いた皆様の予想通り”モロッコの焦土作戦(ソフト)”発動です。
まあ、まだ街とか森とか畑とか焼かないし、住民虐殺とかやってないので歴代焦土作戦の中ではソフト路線です。
港湾施設と燃料施設と発電設備と治水設備と食糧備蓄庫は徹底的に焼き払い、橋は落としまくりましたが。
ついでに旧式武器を無造作放置ですw
勿論、これで「ラヴァルの嫌がらせ」は終わるわけじゃありませんよ?
次回もよろしくお願いします。