転生しても戦争だった ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~ 作:ガンスリンガー中年
「強襲上陸作戦の筈が、まさかいきなり治安回復任務になるとはな……」
米国義勇兵団陸海統合司令官であるアイゼンハワーは呟いたという。
港がどう見ても使い物にならない以上、当初の計画通りに上陸ポイントに指定された砂浜から揚がるしかなかった。
いや確かに砂浜からのアサルトランディングは作戦の内だが、揚陸艦や上陸揚舟艇はともかく、後続のリバティ船を中心とする輸送船団を当面洋上待機させねばならないのが頭が痛い。
先ずは海兵隊を揚げて橋頭保を確保、そして本体の陸軍揚陸部隊を揚げてモロッコ市内の治安を回復しつつ、工兵隊を入れて最低でも積み荷の陸揚げができるだけの港の機能復旧をさせねばならない。
何度慎重に偵察しても上陸地点には抵抗拠点のような陣地は確認できず、航空攻撃や艦砲射撃のような”地ならし”は不要なようだが、モロッコは事実上の内戦状態に陥っていた。
だが、まさに先鋒である海兵隊がモロッコの浜辺に一歩を刻むべく勤しんでいた真っ最中に”彼ら”はやって来た。
そう、モロッコとアルジェリアの国境線に、無数の航空基地を作っていたフランス軍だ。
さて、この世界線のフランス空軍、ドイツの強烈なテコ入れや”
いや、むしろ戦前よりも『遥かに高効率化』が政府主導で行われてきた。
ハッキリ言えば、1930年代のフランスは「1年以上政権が持てば上出来」なグダグダっぷりで、政府主導の兵器開発などまともにできる状態では無かった。
何しろ、政権が変わる度に仕様書が二転三転するのが日常茶飯事だったのだ。
これじゃあ開発企業もたまった物じゃないだろう。
特に航空機開発と戦車開発はそれが顕著で、五月雨式という表現がぴったりだった。
そんな状況の中、ドイツとの敗戦を好機ととらえたピエトロ・ラヴァルは、フランスの再軍備を急がせたいドイツと強く連携を取り、パリ返還前から業界再編に大鉈を振るった。
まず、限られたリソースを活用するために航空機用生産エンジンを2系列に絞った。
イスパノ・スイザの液冷V型12気筒の12Y最終型の生産とその発展型である12Zシリーズ開発継続と量産、そして空冷星形14気筒のノームローン現行型14Nと発展型の14Rの改良と改善、生産の本格化だ。
そして、以後生産されるフランス軍用機は、そのいずれかを採用することと取り決めた。
つまり、高性能機は前述の”VG39bis”だけではない。
その代表例を挙げていこう。
12Yの最終発展型で1100馬力を発生するY-51を搭載され、フランス戦闘機で最も早く本格再生産が始まったのが、以前にもチラッと出てきた”D520bis”だ。
武装こそ変化ない物のエンジンの換装により最高速は戦闘重量で550㎞/hを叩きだし、航続距離は1.000㎞を超える。
確かに同条件で最高速650㎞/h以上、航続距離1.500㎞のVG39bisに比べれば流石に一世代前の性能だが、レーダー地上管制を受けて航続距離の短さを穴埋めできる防空任務に徹するなら、この時期の米軍機にそうそう見劣りすることは無いだろう。
そして、実はフランスはドイツに侵攻される前は「双発爆撃機天国」だった事は意外と知られていない。
この分野は新型機に関しては1500馬力以上を発生する空冷星形14気筒の14シリーズ独壇場であり、即時生産可能な14N系エンジンを積んだ双発爆撃機だけでも多く、現在のフランスでは
・LeO451
・アミオ354
・MB.175(偵察機兼用)
が集中生産されている。
特に上の2機種は、航続距離2.000km以上、爆弾搭載量1.000kg以上である。
そして、より最新の14Rは試作機のテスト時に時速700㎞/h以上を出した次世代迎撃機(日本風に言うなら局地戦闘機)”MB.157”の生産に向けて動いていた。
そしてこの時、合衆国”義勇”艦隊船団上空に現れたのは、VG39bisに護衛されたコンバットボックスを組むLeO451とアミオ354の200機からなる大編隊であった。
アルジェリア/モロッコ国境の基地から大西洋沿岸部までは精々500~600㎞、爆撃機だけではなくフランス機にしては航続距離の長いVG39bisなら何とか護衛できる距離だ。
無論、米海軍、いや提督のハルゼーはまだ全力配備が終わってない最新鋭艦上戦闘機”ヘルキャット”、初期生産型のF6F-3や”ワイルドキャット”の最終型であるFM-2を慌てて発艦させた。
だが、どうにも精細さを欠いていたのは否めない。
油断なく上空警戒にスカウト装備のSBD”ドーントレス”を上げていたのにも関わらず、敵機発見がやや遅かった。
これにはいくつかの理由がある。
まず、レーダーの性能不足。
史実の大日本帝国は、米軍のレーダーにそりゃあ酷い目に合わされたが、実は大戦勃発まで別にアメリカはレーダー先進国だったという訳ではない。
HF/DFと呼ばれていた時代から先行していたのは英国であり、八木式アンテナや真空マグネトロンなどは実は日本で開発された物だ。
英国に関しては更に事例があり魚雷・機雷用の強烈な水中爆薬(米HBX爆薬は英国トーペックスが元)、海中音響探信儀のソナーの元は第一次世界大戦前に英国で開発された”アズデック”であり、近接信管(VT信管)すらも英国の協力なしには開発できなかったらしい。
そしてこの世界線、世界中で赤色浸透工作が猛威を振るった30年代はともかく、英国でもケンブリッジVをはじめとするレッドパージが進み、英米関係が険悪化した40年代において技術協力など起きるはずもなく、米国はレーダーにせよソナーにせよ開発こそ行われているが、性能的には史実よりも年単位で遅れているようだ。
まあ、いずれ何食わぬ顔で追いつきそうなのが
そして、単純な技術勝負よりも著しく不足していたのが、”実戦経験”だ。
史実の1943年の米軍は、太平洋で血みどろの戦いをしながら戦訓を稼いでいた。
だが、今の米海軍は参戦していないからこそ、経験値が0に近い。
ハッキリ言えば、航空機の大群に艦隊が襲われた経験がない。
それらの要素が重なり合い、致命的な反応の遅れへと繋がっていた。
つまり米国は特にソ連からのレンドリースの見返りの実戦データのフィードバックが圧倒的に不足していた海において、「自分達が戦場となった海で何が足りてないか?」を把握できていなかったのだ。
☆☆☆
米義勇艦隊に押し寄せるフランス航空部隊。
発見が遅れたのは確かだが、
「腐れフレンチフライ共は、一体何をやってやがるんだっ!?」
そうハルゼーは激昂する。
まず我慢ならないのは、”ワイルドキャット”のみならず最新鋭の”ヘルキャット”すらもいともたやすく叩き落されてしまった事だ。
そう、上げる側から撃墜される。当り前である。発艦したてのエネルギー状態の艦上機など「撃ってください」と言ってるようなものなのだ。
おまけにこの時期、米海軍は
実用的な油圧カタパルトが実装されるのは、この世界線ではいまだ姿を現していないエセックス級からだ。
ついでに言うと、スチームカタパルトの実用化に世界で初めて成功したのは意外なことにドイツ(大型水上機や飛行艇用)だ。
アメリカ海軍の空母用スチームカタパルトは、史実だとイギリス海軍で考案されアメリカ海軍において実用化された流れなので、少なくともこの世界線では最低でも戦時中では無理だろう。
だが、不思議に思わないだろうか?
艦隊が空襲を受けているのに、どうして発艦可能なのだろうか?
答えはシンプルであった。
フランス爆撃機隊は戦艦や空母などの大物どころか今にも上陸揚舟艇(LCVP)を吐き出しそうな揚陸艦にさえも目もくれずにフライパス、積み荷の陸揚げ準備している輸送船団を爆撃している……いや、これも語弊がある。
特に鈍足なリバティ船団の周辺に”航空機雷”を集中的に落としているのだ。
仏航空機雷は1発の威力ではなく数で勝負の重量100~250kg程度の半浮遊型(浮力調整して水深2~5mを漂うタイプ)、軍事機密など使っていないオーソドックスな接触/水圧起爆方式で、船に触れれば爆発するし、掃海艇が海面から引き上げようとすれば爆発する。無論、直接甲板に落ちても爆発するので、普通の爆弾だと思われ更に混乱が広がった。
無論、こんな厭らしい計画やら作戦やらを考えるのはピエトロ・ラヴァル以外に居ない。
『再建途中の仏軍で、誘導装置もついていない爆弾で精密爆撃とか無理だろう? なら、嫌がらせに徹するだけさ。なんで最初から上陸予想地点に機雷敷設しなかったのかって? 決まってるだろ? 米国のことだ。どうせ腐るほど掃海部隊引き連れてるんだ。処理されること前提の敷設なんて無駄でしかない』
そう、ラヴァルは所詮は民間あがりの船乗りが大半のリバティ船の乗組員が、機雷対策など知らない事を予想していた。いやリバティ船その物に対して全般的に”
正確には、「航空機から守るべき輸送船の周辺に機雷がばらまかれた場合」に急場で対応できる米国海軍軍人などもこの時点ではいないだろうが。
結局、味方の船の触雷に驚き、機雷を避けようと右往左往している間に接触事故が続発。そしてまた触雷のループだ。
加えてリバティ船(戦時標準船)は新造ばかりで乗組員は船の特性を理解しているとは言い難く、基本的に鈍足で舵の利きも悪い。
本来、輸送船というのは中古でない限りはオーダーで作られるのがこの時代の普通で、同じフォーマットで規格化された船がまとまって海に浮かんでいれば、それはさぞかし上空から見たら目立つに違いない。
しかも、正確に爆弾を船に命中させるのではなく、その周辺にばらまけばよいというのなら、ミッション難易度は大幅に下がるだろう。
更にこの時、アメリカ人はリバティ船の構造欠陥に気づいていなかった。
ブルジョワなアメリカ人らしく、「輸送船として5年も使えれば御の字。その分、早く大量に作れ」というルーズベルトの大号令の元、ブロック工法と溶接での接合が大規模に用いられた。
まあ、これ自体は日英独など他国の軍艦にもすでに取り入れられているもので問題ないが……史実でのリバティ船は船体折損事故(使ってるうちに勝手に壊れる自然崩壊)を7隻も起こし、大小様々な規模での船体破損が頻発したのだ。その理由というのも……
・鋼板の低温脆性(溶接に向かない鋼材の使用)
・溶接手法の不備(溶接工が未熟)
・応力集中による破壊の進行(設計ミス)
と、”粗雑乱造”を地で行っていたのだ。
無論、ダメージコントロールとか浸水時の復元性なんて軍艦の必須要素は考えられていない。
そりゃあ戦時中に2700隻以上建造をすればこうもなるよと言いたくなるが、その結果として全長135m/10,000DWT(載貨重量10.000トン)の大きな船が、飛行機に積める程度の機雷で沈没するというケースが多発したのだ。
重い航空機雷を投げ捨て悠々と帰投する双発機の群れとその守護騎士たる妙にスタイリッシュな液冷戦闘達……
「必ず目に物見せてくれるっ!!」
ハルゼーはそう硬く心に誓ったのだった。
ただし、米戦艦自慢の16インチ砲の有効射程内どころか届く範囲に、いかなる敵影も確認できなかったが。
という訳で、ハルゼー艦隊の戦闘艦を無視して、リバティ船団を集中的に狙う、それも大型爆弾や魚雷の直撃で撃沈を狙うんじゃなくて、命中しなくてもいいから投網みたいに航空浮遊機雷をばらまいて自滅を狙う、まさに「嫌がらせのための攻撃」でしたw
そして、文字通りアルジェリアの配備された新型双発爆撃機の飛行可能なを全機投入した全力攻撃を嫌がらせのためだけに使う厭らしさよ。
しかもタイミングが揚陸作業が始まった頃で、一番艦隊も輸送船団も身動きが取りづらい時間帯という。
いや~、フレンチなのに強襲揚陸作戦や建造したアメリカ人もまだ気付いていないリバティ船の急所を知ってるくさいラヴァルは何者なんでしょうね~(スットボケー
でもハルゼーどん、自分の艦隊が攻撃喰らってないからって空襲の最中に要撃機上げただめでしょうw
カタパルト使っても発艦したてホヤホヤで位置エネルギーの低い艦上機なんて、ぶっちゃけ機種に関わらず的でしかないし。
もしかしたら、後に明らかになった戦果に一番びっくりしたのは、仕掛けた側のフランス航空隊だったりしてw
次回もよろしくお願いします。