転生しても戦争だった  ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~   作:ガンスリンガー中年

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高評価を入れてくださった皆様、応援本当にありがとうございました。

事態は、いよいよ動き出します。





第310話 ド・ゴールはフランス伝統の”外人部隊”を用意しアップを始めました。でも、誰も止めるつもりはないみたいですよ?

 

 

 

 さて、日英が順調にジブラルタルへの配備兵力を増強していた頃、自由フランス軍の誇る名将(迷将?)シャルマン・ド・ゴールは、順調に”準備”を重ねていた。

 まず、簡単にモロッコの地形をおさらいしてみよう。

 国の南北を隔てるように東西にアトラス山脈が走っている。

 東部のウジュダからはじめ西へ、イフラン、ベニ・メラル、マラケシュ、大西洋岸のエッサウィラのラインはまさにアトラス山脈の北側の尾根にある街だった。

 つまりそれより”内側”でないと、まともな機甲展開は不可能だろう。

 そして少し細かく英領ジブラルタル南岸との国境を見ると、同じく東からサンゴ礁で有名なナドール、ドリオウチュ、シャウエン、クサール・アルケビール、大西洋岸の港町ララシュへと繋がる。

 

 そこが国境となるのだが……そこに補填が行われて回復したド・ゴール麾下の11000名弱の軍勢の内、中核となる装甲部隊4800名がシュワファアウとアルバウワに集結していた。

 どちらもララシュから南へ30㎞ほどのところであり、ララシュへ向かう時代を考えればよく整備された街道が延びていた。

 戦車、特にこの時代の戦車は舗装地と未舗装地ではかなり速度差が出てしまうのが常であり、戦闘時ならともかく移動なら舗装地を使うのが一般的だ。

 そして同時に2万人からなるモロッコ王国からの徴用兵が集結していた。

 

 ただ、この純粋な歩兵集団は”モロッコ王国軍”を名乗ることは赦されていない。

 当然である。

 現在のモロッコは、王都ラバトが自由フランス軍の実行支配下にあるが、正式には”米仏共同(・・・・)の戦時統治下”にあり、米軍の許可なく「正式な軍隊」を動かすことは出来ない。

 というよりムハマドV世に公的に保有が許されているのは、そもそも小規模な治安部隊だけで軍勢と呼べるものでは無い。

 つまり、

 

『ド・ゴールの招集に応じてムハマドV世のコネで集めた”モロッコ人主体の外人部隊(・・・・)

 

 という扱いになる。

 つまりは、『自由フランス軍が現地徴用した民兵』だ。

 そして、このあたりの事をムハマドV世は密使(特使ではない)をアイゼンハワーに送り、ド・ゴールの行動の是非を説いた。

 そして、返ってきた書簡には、

 

『自由フランスは米国が”唯一認める正統なフランス政府”であり、フランスが法的に外人部隊を是とするなら、その管理地においてその権利を行使するのなら内政干渉するつもりはない』

 

 と記してあった。

 要約すれば、『黙認する。ただし米国は関係なく、自由フランスの独断でやってるというのが公式見解』だ。

 ムハマドV世は実に典雅な笑みを浮かべた。

 その後も書簡のやり取りは続き、”ラバト陥落時の行動確認”などが取りなされたようだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 さて、準備を進めるド・ゴールだが、完全に装甲化(いや、自動車化か?)された……と思い込んでいる自由フランス軍と、基本は第一次世界大戦装備の純粋なる歩兵部隊である現地兵団を同時行軍させるつもりは無かった。

 フランス軍の中では機甲戦に長けたド・ゴールは、下手に歩兵と足並みを揃えることで肝心の機動力が損なわれることを恐れたのだ。

 現地徴用兵はあくまで占領や後方の抑えに必要なサポートだと割り切っていた。

 

 だが、とある問題については意図的に無視していた部分がある。

 そう、火砲不足だ。

 対戦車砲として用意されていたのは40年に実用化されたM3/37mm砲だけだ。

 そして意外なことに、米軍は40年代に入るまで野砲はフランス製のライセンス生産品が多かったのだ。

 

 ・M1897/75mm野砲(第一次世界大戦にフランスから購入。後にMナンバーが付きライセンス生産)

 ・M1917/155mmカノン砲(第一次世界大戦の仏GPF155mmカノン砲のライセンス生産品)

 ・M1918/155mm榴弾砲(第一次世界大戦の仏シュナイダーM1917C/155mm榴弾砲のライセンス生産品)

 

 そして上記の牽引砲は、今は慌てて更新を進めており、

 

 ・M1897/75mm野砲→M101/105mm榴弾砲

 ・M1917/155mmカノン砲→M59/155mmカノン砲(いわゆるロングトム)

 ・M1918/155mm榴弾砲→M114/155mm榴弾砲

 

 になっているが、驚くべきことに上の三つは第二次世界大戦にも投入されている。

 アメリカは意外と物持ちが良いのだ。時にはそれが仇になることもあるのだが……

 そして下の三つは、ようやく米陸軍に配備が始まり、アイゼンハワーの直轄部隊にさえ、ほぼほぼ先行配備に近い形で数が揃えられた物だ。

 当然、自由フランス軍には旧式の上記三種の砲しか供与されておらず、つまりモロッコでかき集められたフランス軍の置き土産と基本的には同じ砲が揃っただけだった。

 これはこれで、砲弾をはじめ共用できるのだからメリットはあるし、ある意味、自由フランス軍の古参兵には扱いなれた装備でにわか兵士にも扱いが教えやすいという利点もあった。

 まあ、それでも米国陸軍砲兵隊に比べれば、まったく門数が足りてないのだが……

 

 そして、それを補うべく賢いド・ゴールが考えたのは、「戦闘機に爆装させよう」だ。

 自由フランス軍に供与されている航空機で(主に運用における人材面で)専門の爆撃機は無い。しかし、供与されているP-39Q”エアラコブラ”やP-40E”ウォーホーク”は500ポンド(225kg)の爆装能力がある。

 保有する50機すべてを爆装させる訳にはいかないが、その内20機をエアカバーに回し残る30機に爆装させれば7t以上の投射量だ。

 都市一つ落とすには十分すぎる戦力だとド・ゴールは判断していた。

 

 

 

 一応、言っておくと……

 ド・ゴールがララシュ(アライシュと呼ばれることもあり。ローマ字表記だとLarache)を標的に定めたのはちゃんとした理由がある。

 自由フランス軍の拠点であるケニトラから北に100㎞程にあり、しかも道中にこれと言った要害が無く攻撃しやすいと判断されたから。

 他に自由フランス軍が押さえてる都市拠点のメクネスやフェスからは英国ジブラルタル拠点への距離が遠く(メクネス→クサール・アルケビール:130㎞、フェス→シャウエン:120㎞)、また街道も整備されておらず途中適度な集結ポイントも無かった。

 また、ウジュダからナドールまでは同じく100㎞ほどだが、今度は兵力集結拠点である大西洋岸からウジュダの距離が離れすぎて(ケニトラ→ウジュダ:400㎞以上)おり、兵力をそこまで陸上移動させることは現実的では無いと判断された。

 さすがの自由フランス軍も赤軍の真似をする気はなかったようだ。

 つまり兵力集結点や兵站補給まで考えて選ばれたのがララシュという事だ。

 それにララシュに配備されている兵力は通常旅団規模(6000~8000名)というのも判明していた。

 いや、まあララシュ周辺の配備兵力という意味では間違ってはいないのだが……

 ただし、ララシュは港町、市街北部にはポート・ララシュという戦車揚陸艦も停泊できる立派な港がある。世の中には機甲予備という言葉があるのだ。

 勿論、現状にて領空に突入する強行航空偵察などは行われていない。

 やってもいいが、英国領空などに入ろうものなら即時撃墜命令が出る。

 なのでド・ゴールは町人や漁師に紛れている諜報員からの情報を頼るしかなかった。

 

 ただ、現状では遠目に見る限り、あるいは領空に入らない距離からの航空写真を見る限り、その情報はド・ゴールを裏切っていなかった。

 ララシュを守る防衛線は、都市南部郊外1㎞からぐるりと半円状に都市を取り囲むようにその端はルーコス川(川幅100m以上)の都市に一番近い湾曲部に繋がる。

 ただし、その防衛線自体は見る限り古式ゆかしい第一次世界大戦由来のそれで、”チェコの針鼠”のようなものはなく鉄条網と対戦車壕、対戦車地雷源で形成された外堀に歩兵が潜む塹壕線、ダグインしてトーチカとして使う気満々の皇国の一式戦車と同じ75㎜45口径長砲を搭載したチャーチルMk.VI歩兵戦車×16両、50口径ないし7.7㎜のヴィッカース水冷機関銃が据え付けられた機関銃座、6ポンド対戦車砲陣地、その後ろにはBL7.2インチ榴弾砲、BL5.5インチ砲、QF25ポンド砲などが並ぶ砲兵陣地があった。

 他にもQF3インチ20cwt高射砲、QF3.7インチ高射砲が据えられた高射砲陣地もあった。

 基本、配されているのは英軍主体なので武装も英国式で、規模は小さくとも比較的新しい過不足無い中々の粒ぞろいだ。

 無論、機動的に運用する戦力として6ポンド砲搭載の最新鋭巡航戦車”クロムウェルMk.I”×24両が配備されていた。

 

 蛇足だが史実でも問題化した「徹甲弾も榴弾も撃てる75㎜戦車砲不足」は、日本皇国が一式/一式改中戦車用に生産していた75㎜45口径長砲の現物と製造機械一式を英国に供与する事によりこの世界線では42年に入る頃には一応の解決を見て、”75㎜11ポンド砲”という名称で鋭意生産中だ。

 まあ、この戦車砲は九〇式野砲(75㎜38.5口径長)を原型に単肉自己緊縮製法(オートフレッタージ)で長砲身化、強装弾に対応する為の薬室の構造強化と砲身内クロームメッキ処理、ダブルバッファ型砲口制退器の採用などの改造を施し戦車砲化したもので、榴弾発砲になんの問題もなかった。

 ちなみに英国が17ポンド砲が完成するなり、そのデータや製造法を日本皇国に譲渡したのは、これのトレードだと思われる。

 威力はちょうどIV号戦車の75㎜43口径長砲と48口径砲の中間ぐらいである。

 ちなみにより強力な日本皇国の”三式戦車”の主砲、75㎜53口径長砲(英国式表記:75㎜14ポンド砲)が選ばれなかったのは、時期的に14ポンド砲がまだ本格生産される前だった事と、この戦車砲の原型が日本がライセンス生産契約を結んでいるスウェーデン・ボフォース社の”luftvärnskanon m/29 75㎜高射砲”であり、日本生まれの九〇式野砲由来の11ポンド砲と違って英国がライセンス生産しようとすると権利関係がややこしかったからと言われている。

 まあ、当時の英国は17ポンド砲の開発を既に始めており、強力な次世代戦車砲/対戦車砲の目途が立っていたので、手っ取り早く即納できる砲以外に用はなかったということだろう。

 

 

 

 

 

 とは言え、ララシュ防衛線の幅はそこまで幅広さがある物ではなく、要塞都市化した”スモレンスク”などとは比べるべくもない。

 しかし、それでも返り討ちする気分と準備に不足は無かった。

 要するに手薬煉引いて待ってる状態だった。 

 結局、ド・ゴールは英国人や日本人、アメリカ人という物をよく分かっていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳でド・ゴール閣下、大砲かき集めて、それでも足りないなら戦闘機に爆装させて火力を確保し、いよいよ「自分が考案したのにドイツに先に使われた電撃戦」を成すべく、準備に余念がないみたいです。
さあ、果たして上手くいくのでしょうか?(ララシュの装備に目線を反らしながら

とりあえず、ララシュに配備されてる英軍の頭数? 正面兵力?はそこまで多くはないようなのですが……
質的には、少なくとも75㎜戦車砲問題が、皇国からリビアやギリシャで猛威を振るった一式戦車の75㎜45口径長砲の現物と製造装置一式を丸っと輸入したお陰で、42年には解決していたようです。
これで44年初旬に配備予定の17ポンド砲装備戦車が戦場に出てくるまでの繋ぎは十分ではないかな~と。
イタリア攻略戦を控えている日本と違って、とりあえず43年度は英国は大きな攻勢作戦は無いようですし。
今は(フランスからの領土移譲などで)急拡大したコモンスウェルの再編と整理に忙しく、戦争どころではないのかも?

次回、いよいよ何かが始まります。
どうかよろしくお願いいたします。




改めて高評価を入れて応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
お陰様でモチベーションも少し持ち直し、数話先ですがまずは何とかモロッコ・ジブラルタルの騒ぎは終わらせられそうです。

お礼と言ってはなんですが、この先のタイムテーブルだと日本皇国のイタリア攻略戦が43年後半にありまして、その前に欧州戦線で大きな動きがあるようです。
そう、押し込まれていた赤い大国が、反攻の機会を伺っているみたいなんですね。

まだまだ先の長い、史実ではバグラチオンとノルマンディーが起きた「不透明な44年」がありますので最低でも500話くらいにはなる予定ですが、お付き合い頂ければ嬉しく思います。
どうかよろしくお願いいたします。


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