転生しても戦争だった  ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~   作:ガンスリンガー中年

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英国は、割と悪くない人選をしたみたいですよ?




第315話 ジブラルタル総督『パイソンのような”モンティ”』

 

 

 

 さて、英国軍には”ジブラルタル総督”という役職がある。

 イギリス海外領土、英領ジブラルタルにおけるイギリス君主の代行者だ。

 イギリス政府の助言によりイギリスの君主が任命し、総督は事実上のジブラルタルの元首であると同時にジブラルタルの防衛と安全保障に関する最高責任者でもある。

 18世紀初頭のルーク卿より続く歴史ある役職で、上記のような高い権限を持つゆえに英国高級軍人が務めるのが慣例であった。

 

 しかし、史実の1942年5月31日~1944年2月14日までのジブラルタル総督は、何というか……とても残念な人物だった。

 その男の名は、”フランク・ノエル・メイソン=マクファーレン”。

 一言で言えば、”赤軍大好きアカのシンパ。ついでにチャーチルとイタリア国王が嫌いで、ルーズベルトが大好き”。

 彼の行動を示すこんな一節がある。

 「1941年7月14日にモスクワに到着し、クレムリンでヨシフ・スターリンに主賓として迎えられた。英ソ協力に大きな期待を抱いていたが、外国人排斥主義のソ連政権が自分自身をスパイと見なしていることを知って、その期待はすぐに打ち砕かれた」

 しかし、それでもソ連を支援するために懸命に働いた。

 

 更に英国政府は降伏後のイタリアで、イタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレⅢ世の謁見に半袖半ズボンで現れ「不敬である!」と激怒され、挙句連合国に対し、「イタリア国民に極めて不人気」という理由でヴィットーリオ・エマヌエーレ3世国王に退位を強制し、息子のウンベルト皇太子に王位を譲らせるよう勧告した。

 滅茶苦茶な内政干渉っぷりである。

 また、当時の米国は戦後イタリアの社会改革と共和制を、英国が改革に反対し王政の維持を望むというスタンスだったが、案の定、マクファーレンは米国に同調した。

 そして、具体的に王朝を維持できないように動いた。

 イタリアの社会主義者や共産主義者に牛耳られたメディアが国王を「公然と不当に信用を失墜させ、攻撃する」状況に置くことを許したとされる。

 例えば、国王がサヴォイア家に対する批判を検閲するという約束を求めたが、マクファーレンはこれを完全に拒否したという。

 更には社会主義者がイタリアの首相になる事を積極的に後押ししたりもしている。

 極めつけは、戦後退役したマクファーレンは”英国労働党(・・・)”の議員として出馬している。

 そう、史実で腹の中まで真っ赤かな初めて政権を取った頃の労働党だ。

 

 ちなみに史実でのチャーチルとの関係は最悪で、チャーチルは「(マクファーレンが)軍事的もしくは政治的に少しでも責任のある役職に就くのを阻止する」とまで言っている。

 

 

 

 しかし、ルーズベルトにとりとても残念なことに、この世界線では30年代末期に吹き荒れた「”ケンブリッジ・ファイブのこの世からの処理”を象徴とする英国版レッドパージ」により、今生でのマクファーレンは”内患”とみなされ、40年代に入る前に軍籍を剝奪の上に不名誉除隊となっていた。

 43年現在、”民間人として”スパイ容疑で逮捕投獄されているようだ。

 そして、今生での43年時点でのジブラルタル総督は……

 

「ふん。待ちに待った”ロイヤルオーダー”の時間だな」

 

 そう老獪さと力強さを感じるマッチョ初老、

 

「さて、”フレンチ崩れの砂漠鼠”共に、戦争の何たるかを教えてやるとするか」

 

”モントゴメリー”閣下、これは戦争ではなくテロ組織支配地域でのテロリスト殲滅と拠点占領です」

 

 そう訂正する副官に、

 

「なに。気分の問題さ」

 

 英国陸軍大将にしてジブラルタル総督”バーモント・ロウ・モントゴメリー”は漢臭い笑みを浮かべた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 そう、良くも悪くも頭の中身も英国式男根主義(マッチョ)な、あの”モンティ”なのだ。

 英国が誇るブラックユーモア”モンティパイソン”の元ネタ(ガチ)でもある。

 そして、史実ではパットンやアイゼンハワーと並々ならぬ因縁(特にアイゼンハワーと)があり、全く反りが合わない人物でもある。

 そして幸いなことに、今生では敵味方(?)であるらしい。

 

 史実では、諸事情があり”マーケット・ガーデン作戦”でやらかしてはいるが……本来は十分な軍備を整えた上で作戦行動に移ることを基本方針としたため、批判もされたが確実な勝利を得る堅実さで部下の士気を高めたという。

 例えば、「彼我の相対戦力比が1:15にならないとドイツ軍に殴り掛からない」とまで言われている。

 モントゴメリーとジューコフは、両者とも第二次大戦中最も成功した「守備的な将軍」だという評価もある。

 事実、”エル・アラメインの戦い”で装甲闘将ロンメルを打ち破った勝利者は、間違いなくモントゴメリーなのだ。

 史実とは比べ物にならない”ジブラルタル海峡南北岸に膨大な海外領地”を持つ今の英国にとり、ある意味において適任な男でもあった。

 ちなみに政治的に難しいとされるアレクサンドリアや紅海を含む政治的に難しい英国東アフリカ・中東方面軍の総司令官は粘り強さに定評のある名将アレグザンダー大将なので、バランスは取れているのだろう。

 

 さて、ディフェンスに定評のある、攻勢作戦には慎重なモントゴメリーではあったが、別に攻勢作戦が特段苦手という訳でもなければ、慎重であっても戦意に欠けるという訳でもない(むしろ戦意は有り余っている)。

 何よりモントゴメリーをその気にさせたのは、ジブラルタル英軍の総戦力が『”自由フランス・モロッコ駐留軍”との兵力差が15倍なんてもんじゃなかった』からだ。

 まず、元々ジブラルタルの南岸だけで地上兵力は3個軍団12万人規模、つまり南岸だけで方面軍クラスだ。

 しかも機甲予備扱いの北岸にも2個軍団8万人超の兵力が控えていたのだ。

 独ソ戦を見てると感覚がマヒしそうになるが、たかだか一方面で陸軍単独兵力20万はかなり大所帯だ。

 

 ちなみに今年後半のイタリア攻略戦を控えた皇国軍は、地中海・アフリカ方面全体の展開兵力は陸海空のひっくるめで72万人を少し越える程度とされていて、実は史実の関東軍(最大戦力時74万人)よりも少ない。

 これでも予備役招集して何とか兵站補給を持たせているのが現状だった。

 この地域全体の全体配備兵力はイタリアをどうにかすれば戦争が落ち着くまで58万人程度が適正配置数とされていて、戦後という時代が来れば段階的に削減し、将来的にはなんとか15万人以下(可能なら10万以下)まで減らしたいらしい。

 完全に地中海から足抜けできないと諦観してあるあたり、鼠算式に面倒を見る土地が増えている現状が透けて見えて涙を誘う……

 

 ちなみに史実の大日本帝国は1941年開戦時に兵力陸軍240万人、海軍130万人とされているが、日本皇国は領土の大きさや食糧事情の史実に比べての大幅な改善、海外への移民禁止などの影響で史実の大日本帝国より人口はかなり多い(史実の同じ年代の日本本土+台湾島の総人口より3割以上多い総人口1億人越えという話も)ようだ。

 だが、対して1943年1月時点の最新データで皇国総兵力は新兵や招集された予備役含めて総兵力330万人とされていて……現代の感覚では割と無理して戦力をかき集めているのがよくわかる。

 何しろ2025年現在、平時(?)ではあるが人口約3億3500万人のアメリカでさえ、総兵力は150万人以下。戦時とはいえ皇国は、人口1/3で2倍以上の軍隊を抱えている計算になる。

 戦死による消耗が史実とは比べ物ならないくらい低いのと、計算方法によりけりではあるが総合的国力が最大値で米国の半分(最低値でも1/3)ほどあるのが救いと言えば救いではあるが、赤紙一枚一銭五厘の徴兵ができた大日本帝国とは天と地ほども意識の差があり、この世界線の日本皇国にとり国力に直結する有益な労働力(せいじんだんせい)をトレードオフしなければならない兵士は「とても高額」なのだ。

 

 

 

 それはさておき、モントゴメリーは「王命において」ジブラルタル南岸軍を一気に動かした。

 ララシュの駐留部隊は、北のアシラーなどから南下してきた部隊と合流。一部部隊を兵站線維持に残し、大半は防衛線力が激減したケニトラを目指したのだ。

 その制圧戦は、まさに鎧袖一触だった。

 クサール・アルケビールの部隊は一部を守備に残し、デルダラにてシャウエンの部隊と合流。南進してウェザーン→メクネスを落とすべく動く。

 アルホセイマの英軍はタウナートの駐留部隊と合流し、そのまま南へ下り古都(旧王都)のフェスを掌握すべく動いた。

 その制圧戦は、まさに鎧袖一触だった。

 

 同じ表現が並ぶがそれも仕方がない。ララシュで装甲部隊の主力を完膚無きにまで粉砕され、事実上戦力を半減以下(機甲戦力・航空戦力は壊滅)させていた自由フランス軍は英国軍の侵攻を押さえる力はなく、またムハマドV世との交渉で手に入れた「現地モロッコ人外人部隊(ややこしい)」は、そもそも軍隊としての体裁を成していなかったので、組織的な抵抗などできるはずもなかった。

 フランスと言えば外人部隊と市民抵抗運動(パルチザン)だが、抵抗運動は地元で土地勘や地域の繋がりがあるから成り立つところがあり、モロッコの住民が抵抗運動に立ち上がるのならともかく、所詮は「フランス人と地元民でないモロッコ人傭兵 vs 英国人の戦い」という目線でしか一般市民は見ておらず、自分たちに火の粉がかからなければ……英国人がよほど無体なことをしないかぎり、どこか他人事として見ていた。

 結局、自由フランス人は嫌われるほどにさえ至らず、繋がりを持てないでいた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 瞬く間にケニトラ、メクネス、フェスの外人部隊を含めた自由フランス軍は瓦解し各個撃破され、イギリス人の手に落ちた。

 そんな中でも特異なケースが存在した。

 英領ジブラルタル南岸の東端にはナドールという街がある。

 その郊外には英国人以外にも日本人の部隊が駐留していた。

 それも陸軍でも空軍でもなく、海軍の陸戦隊だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳で、英国式脳筋(マッチョ)将軍”モントゴメリー”の登場ですw

数いる英国の将官の中でも、トップクラスにキャラが濃いのってこの人なんじゃないでしょうか?

ちなみにアメリカでは評価が低いそうな。
というのもマーケットガーデン作戦の失敗などがあげられますが、根本的には(アメリカの英雄の)アイゼンハワーやパットンともめまくったからだそうです。

なのでせっかく、モロッコにアイクやパットンが来ているので、史実で因縁深いモンティのご登場願おうかと。
まあ、今回は英米は開戦してないとはいえ、どう見ても敵同士という立ち位置でw

まあ、モントゴメリー将軍って本来は確かにジェーコフと同じディフェンス型の将軍なんですよね~。
なんのかんの言って、ロンメル相手に”粘り勝ち”した人ですし。

ただ、調べてみるとこの時期のジブラルタル総督の人選がまあ、酷いこと酷いことw

確かに「適材適所の人事」ってのは歴史的に日本人の苦手分野ですが、英国もマジに時々派手な人選ミスやらかしますますよね~。
イタリア国王に問題あったのは事実ですが、イタリア王国って王室と国体を潰した張本人の1人がこのマクファーレンです。
そして戦後は”あの”労働党議員。腹の中まで真っ赤っかじゃねーか!?というね。
ケンブリッジファイブと言い史実の英国ってマジで赤色汚染が酷いことになってたって好例です。

まあ、「自軍優位の圧倒的な戦力差を手に入れたモンティ」が本気を出して疾風迅雷やったら、まあトンデモネー事になるだろうな~と思ったら早速、ナレ死都市が続出w
いや、だって自由フランス軍、ララシュで機甲部隊と航空隊溶かしたのでもう戦力無いしw

次回はアイクさん目線も少し入れようかと。

どうか次回もよろしくお願いします。







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