転生しても戦争だった  ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~   作:ガンスリンガー中年

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さて、次なる戦場は……






第18章 オマージュ・オブ・クルスク in 1943? ただし戦場がクルスクとは言ってない
第318話 脳を焼かれたヴァトさんと要塞都市ノブゴロド


 

 

 

 さて、視点も時間も変えよう。

 場所は赤道直下のジブラルタルから遥か北のサンクトペテルブルグ……ではなく、その南南東にあるノブゴロド(・・・・・)”。

 時期はクソ寒い1943年の2月、ちょうど1年前に国際的な大恥をかいた”ルーズベルトが何か珍妙なことを言い出した”頃だ。

 

「フハハハハハハハハッ!! ”蒼き聖なる花十字(Синий святой цветочный крест)”に誉れあれっ!!」

 

 元赤軍のディフェンスに定評のある名将の1人にして、”ヴォロネジ”にて降伏してドイツ軍の捕虜となり、紆余曲折の後にサンクトペテルブルグ預かりとなった人物。

 そして、サンクトペテルブルグ大公フォン・クルスになぜか在りし日の”敬愛する上官(トハチェフスキー)”の面影を見出し、新たな使えるべき主人を見定めた男。

 

 要塞化したノブゴロドの守護者として駐留する”サンクトペテルブルグ市民軍(ミリシャ)”と、工兵隊が中心となる後方支援特化の精鋭”バルト三国義勇兵団(リガ・ミリティア)”……合計20万まで膨れ上がった『フォン・クルスの私兵』とも呼べる集団を束ねる男こそが、

 

「”蒼き聖なる花十字(Синий святой цветочный крест)”に誉れあれっ!!」

 

 ”ニコラス・ヴァトゥーチン”中将であった。

 まあ、なんかちょっと壊れている気もするが……ま、まあ無理もない。

 ヴァトゥーチンもまた、『フォン・クルスに脳を焼かれた元赤色同盟の会』の幹部に出世(?)しているのだから無理もない。

 

 そう、赤軍時代の最終階級と同じ中将という地位を与えられたヴァトゥーチンは、クルス直々に『ノブゴロド防衛総司令官』に任命されていた。

 ただ、ポンと気軽に命じられた訳ではない。

 彼に与えられた戦力こそが、クルスからの信頼と期待の証……そう思えるほどに、赤軍時代からは考えられない『状態の良い装備』が必要なだけ揃えられていたのだ。

 航空機は、ヴァトゥーチンの専門外なので割愛しよう。

 いや、スモレンスク同様に要塞化されたノブゴロドにも飛行場はあるが、それはあくまで連絡機や輸送機、哨戒機、弾着観測機などがメインで、剣となる戦闘機(VG39輸出仕様×200)や爆撃機、攻撃機の主要基地は、より設備の整ったサンクトペテルブルグに設営されていた。

 何しろ、サンクトペテルブルグとノブゴロドは160㎞も離れていない。具体的に言えば東京都心から福島県のいわき市までの直線距離よりも近い。

 レシプロ戦闘機の巡航速度でも30分とかからずにノブゴロド上空に来れるので、サンクトペテルブルグに航空基地を置けばノブゴロドは十分に防空圏内だ。

 そもそもスモレンスクのように『後方のベラルーシがアテに出来ず、サボタージュにより孤立化する可能性がある』という特殊事情があるのでなければ、砲弾が飛んでくる前線要塞都市のど真ん中に、わざわざ整地して防空戦闘機隊が常駐する大規模な飛行場は作らないだろう。

 もっとも敵の弾着観測機などを要撃と味方弾着観測機の護衛を行う防空戦闘機や近接航空支援(CAS)用の対地攻撃機が皆無かといえばそういうわけでもなく、都市内部にブンカー型格納庫が備えられた野戦飛行場があり、ドイツ北方軍集団より分派された16機のBf109Gと24機のJu87E(この世界線ではロケット弾搭載能力を付与されたJu87D)が常駐している。

 これはノブゴロド防衛管轄がサンクトペテルブルグ大公領に移管される前から存在していた、ノブゴロド直上防空隊がそのまま継承されたという形になっている。

 その為、前線航空統制は未だにルフトバッフェからの出向組が担っていた。

 

 

 

 装甲戦力についてはいずれ後述しよう。

 まずはベーシックとなる火砲からだ。ヴァトゥーチンはロシア人の例に漏れず、大砲が大好きだった。

 ノブゴロドにはまずサンクトペテルブルグで大量生産され、搬入しやすい牽引砲の運び込みから始まった。

 ・ZiS-3/76.2mm野砲

 ・52-K/85mm高射砲

 ・M-60/107mmカノン砲

 ・M-30/122mm榴弾砲

 ・ML-20/152mm重榴弾砲

 

 という定番に加え、85㎜高射砲を原型に開発された対戦車砲、

 

 ・ZiS-5/85㎜対戦車砲

 

 も新たにサンクトペテルブルグ火砲ファミリーに追加された。

 これはサンクトペテルブルグで生産され、市民軍(ミリシャ)の主力戦車でもある”KSP-34/42(Kampfpanzer Sankt Petersburg-34t/42年式)”の主砲と砲弾共通であり、装薬や雷管の改善とドイツ式の高精度/高性能砲弾技術の導入により、いわゆる強装弾化した通常徹甲弾(APCBC)で傾斜30度の102㎜、高速徹甲弾(APCR)で同条件の141㎜の装甲を貫通できる性能がある。

 そして、更にはスモレンスクにも配備されていた固定式の要塞砲が配備されている。

 Br18/305㎜重榴弾要塞砲(最大射程:16,580m)とBr17/210mm重カノン要塞砲(最大射程:29,360m)の二種類だ。

 実はこれ、史実ではソ連に持っていかれた旧チェコのシュコダ社の製品で、ソ連の重砲として戦場に登場していた。しかし、今生ではドイツがチェコを併合した際に全てのチェコ企業を保護対象として一切、会社も技術もソ連に渡さなかったので、こうしてドイツ側の定番固定砲としてストロングポイントに設置されていたのだ。

 

 加えてBM-8/82㎜多連装ロケット弾やBM-13/132㎜多連装ロケット弾などの”カチューシャ”システム、PM-38/120㎜重迫撃砲、BM-37/82㎜迫撃砲、RM-39/50㎜軽迫撃砲、DShK38/12.7㎜重機関銃などの定番に加え、旧ソ連時代の製造設備の改装と再稼働が可能となり72-K/25mm対空機関砲、61-K/37mm対空砲などの新顔の生産も始まり、生産され次第ノブゴロドに持ち込まれていた。

 

 そう、サンクトペテルブルグは全てを網羅しているわけでは無いが、ソ連系の火砲/火器を大量生産し、それらの系統の兵器の扱いになれたバルト三国やウクライナなどソ連から分離独立しドイツと同盟を組んだ国家への武器製造工場の役割を担っていた。

 

 しかも単なる再生産品ではない。

 例えば、加工精度や基準はドイツ規格に適合するまで品質が向上しており、それこそ冶金技術から底上げされているので、どうしても生産数が優先され粗雑乱造という部分が否めなかったソ連時代よりも命中精度や動作の確実性などがかなり上昇していた。

 そのような”緩い”精度でも動作するように設計されているのがソ連系兵器の良いところだが、それをまともな精度で作ればどうなるか?を示した好例である。

 そして、できる改良は卒なくしてある。

 例えば、85㎜高射砲はドイツのアハトアハト高射砲のように、パラメトロンを用いた新”Zuse”型射撃統制装置とレーダーを組み合わせた「発展型ヒンメルベッド式高射システム」に連動可能となり、ノブゴロドにいわゆる「カムフーバー・ライン」を形成することに成功していた。

 おまけにこの高射砲弾には当然のように電波式近接信管が搭載されている。

 それを補完するように37㎜対空砲や25㎜対空機関砲が配されていた。

 

 また、特に長射程の重砲には同じく弾道計算機用に設計されたZuse型演算機を導入している。

 他にもZuse型演算機は索敵レーダー、前線航空管制レーダーにも最近ドイツにも導入され始めたPPIスコープ共々導入されている。

 どうやら軍事に限れば、ドイツは真空管だけでなくここ1年で急速に中々のパラメトロン大国になってきたようだ。

 まあ、そう言う意味では英国も真空管もパラメトロンの大規模生産国&使用国だが。

 そして開発元の日本皇国ではそろそろ30年代に「とある趣味人転生者がエレキギター/ベース用のトランジスタ・アンプを作りたくて」開発が始まったトランジスタが、極秘裏に軍事利用されていそうな気がするが……

 

 

 

 それはさておき、今のノブゴロドのレーダー警戒網や電子・電機システムはベルリンやサンクトペテルブルグの防衛システムに匹敵する。

 パラメトロンは演算時の熱量が大きくそれに比例して電力使用量が大きい(また回路を冷却するシステムが必要になる場合もある)が、それを安定的に供給できるだけの多重化された電力ネットワークがノブゴロドに構築されていた。

 送電元であるサンクトペテルブルグは、かつてソ連の電力供給の8割を担っていたとされていて、大小さまざまな発電所からなる巨大な発電施設群があり、その多くが再稼働に成功しており、また新規開発も計画されている。

 地上送電線も、埋設された地中送電線も完備され、変電所も整備されている。

 そして、それだけでなく元々あった小規模火力発電所に加え、いくつもの非常用ディーゼル発電機が持ち込まれ、地下防空壕(ブンカー)に設置されいざという時はスタンディングアローンで軍事施設への電力供給が可能だ。

 

 

 

 そして、重要なのは……

 現在のノブゴロドには、「民間人が公式に存在していない(・・・・・・・)」事だ。

 誤解されないように言っておくが、かつてのソ連系住人が全員殺された訳ではない。

 ノブゴロドがドイツ軍に掌握されたのは”バルバロッサ作戦”発動の初期、レニングラード陥落(サンクトペテルブルグ解放)の前だが、その際に身分に関係なく住民には家財道具を持ち出す時間的猶予を与えたうえで全員退去勧告が出したのだ。

 また、この時に出た捕虜も武装解除した上で、無条件に市外へと放逐していた。

 ある意味、破格の待遇だが……逆に退去制限時間を過ぎて街に残留する者は「便衣兵となり破壊工作を行う可能性大として対処する」と通告し、そしてそれは厳格に実行された。NSR(ドイツ国家保安情報部)お抱えの濡れ仕事専門職、武装紳士諸君の出番であった。それなんてGSG9?

 このような処置を行った背景には、ノブゴロドを可能な限り早急に防御拠点として押さえねばならない理由があったからだ。

 無論、レニングラード攻略の布石でもあったが、ノブゴロドはモスクワとレニングラードの中間点であり、レニングラードがサンクトペテルブルグになった暁には、まさに関所となる立地だった。

 ヒトラーがレニングラード陥落直後に、

 

『サンクトペテルブルグが洛陽だとすれば、ノブゴロドはまさに虎牢関だろうな』

 

 と妙に転生者臭い言葉を残しているが、つまりはそういう認識だったのだろう。

 洛陽もサンクトペテルブルグも、まあ時代は違えど旧帝都という共通項はあるが。

 ただし呂布の代わりにヴァトゥーチン、董卓の代わりにクルスが居座っているが。

 

 

 

 長々とノブゴロドという要塞都市その物が持つ火力を書いてきたが……結局何が言いたいかと言えば、ヴァトゥーチンはその半生(キャリア)の中で、赤軍時代を含めて過去最大最強の戦力をその手にしており、軍歴の絶頂に居ると言ってよかった。

 

 要塞化した大都市に、サンクトペテルブルグ市民軍(ミリシャ)約15万、サポート戦力のバルト三国義勇兵団(リガ・ミリティア)が約5万。

 無論、これだけが「ノブゴロドの周辺に展開している軍事力の全てではない(・・・・・・)」が、その防衛の中核こそがヴァトゥーチンの率いる軍勢であることは間違いが無かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここ、攻めたくねぇなぁ~(挨拶

という訳で、お久しぶりのヴァトさんことヴァトゥーチン中将です。
○チコマはセットで出てきませんがw

ま、まあちょっとはしゃいでますが兵力数はともかく、装備的には「堅守の将として本懐であるっ!」状態なのでご容赦を。
史実と違い寝返り者なヴァトさんですが、滅茶苦茶幸運値高そうなのは何故でしょう?
アイクにお裾分けしてあげてくださいw

まあ、ここまでガチガチにノブゴロドの守りを固めているということは……もうご想像できましたよね?

この章では、ちょっと長めにタイムテーブルを設定して、大公領とソ連、それぞれの準備から追ってみようかな~と。
そう、ドイツ軍でもウクライナ軍でもフィンランド軍でもなく、サンクトペテルブルグ市民軍(ミリシャ)の初陣です。
それも結構、ガチな感じで。

どこか能天気なド・ゴールと日差しの眩しいアフリカと違い、土地柄と気候風土のせいなのか何やら陰惨な戦いの予感が……

どうか新章もよろしくお願いいたします。



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