転生しても戦争だった ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~ 作:ガンスリンガー中年
なお、これを装甲戦と呼んでいいかどうかは個人の見解で分かれるところでして……
戦争は続くよ、どこまでも。
ん? この状態って確かに(一応は)戦争なんだけど……なんか釈然としないのは何故だろう?
さて、ポテンツァからサレルノまでは約90㎞。
しかも非常に整備された道幅広い街道が西へと延び、ほぼ直線で行ける。
皇国軍機甲部隊の進軍速度なら頑張れば1日、ポテンツァをベースキャンプ化して車両整備/燃料補給などの準備を整える時間を入れても上陸六日目の午前中には到達できるだろう。
事実、そうなったのだが…………
「またか……」
キューポラから身を乗り出して私物の双眼鏡を覗いていた日本皇国陸軍装甲将校”西住虎次郎”少佐は、がっくりと肩を落とし明らかに落胆していた。
サレルノの街並みに翻るは白旗ばかり。
いや、状況は理解しているのだ。
おそらく、先行していた皇国海軍とその陸戦隊が強襲揚陸作戦を開始した途端に白旗を掲げたのだろう。
街郊外の高射砲陣地……の跡地があちこちに見えるから、空爆を食らった時点で抵抗をあきらめたように見える。
本来の計画なら、重厚な艦砲射撃の火力支援を受けれる海軍陸戦隊の強襲上陸が実は牽制で、陸戦隊の迎撃に手勢を割いている間に戦車隊が背後を突き、半包囲で圧し潰す算段だったが……その必要はもうないようだ。
よく見れば、銃声や砲声は既に止み、陸戦隊が治安活動に駆り出されているようだ。
ナポリには揚陸作戦は予定されていない(サレルノとナポリの距離が40㎞程度と近い上に、この二都市は太い街道で繋がっている)ので、おそらく陸戦隊はこのままサレルノで拠点づくりをするつもりなのだろう。
なんだか疲れた顔をした西住は、先遣隊としてそのままサレルノへと入り、陸戦隊や海軍と打ち合わせする事にした。
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結局、西住たちは補給と簡易整備を済ませてそのまま上陸から7日目の朝にナポリへと進軍する事にした。
サレルノと北西40㎞程にある港町ナポリは、前述の通り古代ローマ時代より整備された太い街道で妻がっていた。
ちなみにその中継点には火砕流で埋もれて歴史から消えた街”ポンペイ”と、古代ポンペイを火山噴火で瞬く間に滅ぼしたヴェスヴィオ山(今は休火山)がある。
ヴェスヴィオ山の山側からナポリに抜けるか海側から抜けるかだが、サレルノからの進軍ならアングリ→トレカーゼ経由の海側一択だろう。
そもそもこちらの方が進撃路を広くとれる。
これまで人類が運用してきたあらゆる陸戦兵器の大半よりより大きく重い現代機甲戦力の展開には、移動する土地の広さと固さが非常に重要なのだった。
西住に言わせれば、強行軍というほどではない。
地雷で擱座した友軍もおらず、それどころかスポッティングライフルの1発も撃ってないのだ。
問題が出るとしたら駆動系や足回り、履帯の摩耗なのだが……ちゃんとメンテされている上に元々三式中戦車は余力を持たせた設計なので、これぐらいで故障率が上がることはない。
史実のドイツ戦車がカタログスペックと引き換えに、稼働率や故障率に反映されるアキレス腱を抱えていたことに比べると対照的だ。
そして……
「こういうのでいいんだよ……こういうのでなあぁっ!! そうだろうっ!? なあっ!!」
少しキャラ崩壊気味にキューポラから半身乗り出し叫ぶ西住。
よほどフラストレーション溜まっていたんだろうか?
だが、無理もない。
何しろようやく待望の敵装甲戦力、それもP40重戦車やイタリア装甲車両の中で唯一、「三式中戦車を撃破できる
その正体は”黒シャツ隊”。史実ドイツなら武装親衛隊(Waffen-SS)に相当するムッソリーニあるいはファシスト党の親衛隊だ。
どうやら黒シャツ隊はナポリ南方前面、ヴェスヴィオ山の麓であるトレデルグレコ付近を戦場に選んだようだ。
なるほど。ここなら麓から海まで2~3㎞ほどしかなく、装甲兵力は展開できるがかと言って大軍は展開できない。
西住のいるこの作戦にために編成された西竹善少将率いる”皇国陸軍遣伊第1増強機甲師団”3万全てを一気に展開することはできず、旅団規模と思われる黒シャツ隊の数的不利をいくらか補えるかもしれない。
そして、この狭さなら三式中戦車自慢の機動力も活かしきれないだろう。
だが、
「距離2000で発砲開始! 弾種は高速徹甲弾(APCR)! 距離1500m以下になり次第、弾種をAPCBC-HE(徹甲榴弾)に変更っ!!」
足を止めての撃ち合いなら、むしろ西住の望むところだった。
三式中戦車の75㎜53口径長砲、英国式には砲弾重量をとって14ポンド砲は1000mでAPCRなら140㎜、APCBC-HEでも100㎜の傾斜装甲を射貫ける。また装甲は砲塔正面で127㎜、車体正面で105㎜、ザウコップタイプの防盾部分は実に155㎜に達し、いずれも傾斜している。
対してP40重戦車の75㎜砲の貫通力は、徹甲弾の質的悪さも相俟って「100mで100㎜の垂直装甲板を貫通」でしかなく、理論上は零距離でも三式中戦車の砲塔/車体の正面装甲を撃ち抜けないことになる。
また装甲は傾斜しているとはいえ砲塔正面で60㎜、車体正面で50㎜と三式中戦車の半分以下でしかなく、しかも溶接でも鋳造でもなく旧態依然としたリベット留め装甲だ。
そもそも重戦車と銘打っておきながら、P40の全備重量は26tでしかなく、対して三式中戦車は
しかもエンジン出力も330馬力 vs 550馬力と1.5倍以上三式が勝るのだ。
三式中戦車はAPCBC-HEでも1500mの距離で、APCRなら理論上2500mの距離でもP40重戦車のあらゆる部分を貫通できる計算になる。
西住は主に照準精度の問題から2000mでの発砲を命じたに過ぎないのだ。
またセモヴェンテM41M da90/53の90㎜砲でも500m以下でないと車体正面でも厳しいし、何よりオープントップの固定砲身式対戦車自走砲なので装甲防御が無いに等しく、砲の指向も砲塔ではなく車体ごと旋回させねばならない。
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それは戦闘というより、”一方的な殺戮劇”と呼ぶ方が遥かにしっくりくる戦いだった。
”ラ・マンチャの男”のように突っ込んできて、必死で距離を詰めようとするイタリア戦車隊。
無論、その前段階として日本の機甲師団を狙うイタリア空爆隊がやって来たが、それらは彩雲やサレルノ……いや、”
更にイタリアの装甲化黒シャツ隊を襲ったのは皇国戦車だけではない。
自走砲を含む重砲、そして爆撃機。
それもあって、イタリア戦車隊は距離を最高速で遮二無二に詰める必要があったのだ。
日本戦車との距離が近くなれば、誤射や誤爆を恐れて迂闊に砲撃も爆撃もできなくなるはずだった。
実際、多大な犠牲を払いながらもその目論見は成功するのだが……いかんせん、肝心の皇国の”三式中戦車”が強すぎた。
足を止め、どっしりと腰を据えた風情のある三式の停車砲撃は、二軸安定化合致式照準器と一軸ガンスタビライザー、この二つの射撃軸線が一致したときに発砲するオートスレイブ式撃発装置距離の合わせ技で、2000mという距離でもこの時代の戦車としては驚異的な命中精度を魅せた。魅せつけた。
P40重戦車のようなリベット留め装甲は貫通しなくても着弾の強烈な衝撃で装甲を繋いでいるリベットが折れて車内を弾丸の跳弾のように跳ね回り乗員を殺傷するという弱点があるのだが……どこもかしこも貫通されてしまうので関係はない。
むしろ三式中戦車のような鋳造装甲は下手に作ると”硬くなり過ぎて”粘りを失って脆くなり、着弾の衝撃で砲塔の内側が割れて飛散する”ホプキンソン効果”を誘発する可能性があるが……
いや、素材不足で自動車のスクラップまで溶かして鋳造素材に使う羽目になってる品質が悪いソ連鋳造品ならいざ知らず、日本のそれは装甲材用に調整された「炭素鋼鋳鋼」や「合金鋼鋳鋼」を用いているので、「硬いだけでなく強い靭性を確保した鋳造鋼」となっており、英独が開発しているそれ用の粘着榴弾(HESH)、それも100㎜口径以上のよほど強力な物でも使わない限り
そう、これらの数値化できる差が幾重にも重なり大差となり、それが決して覆ることのない圧倒的な戦力差として現出したのだ。
また、黒シャツ隊はこの地に有力な対戦車地雷源を(自分達が誤って踏み込むことを考慮し)埋設しなかった事が裏目に出ていた。
破壊することはできなくとも、擱座させられる可能性は確かにあったのだろう。
まあ、元々対戦車地雷の数が少ない上に日本人の進撃が速すぎて、工兵隊が間に合わなかったという理由もあるだろうが。
史実のイタリアは対戦車地雷に関しては遅れていて、アフリカ戦線には”タイプ9
無論、史実でも今生でもモンロー・ノイマン効果を利用した上等な対戦車地雷なんて上等な物はイタリアには無かったが。
完全な蛇足だが……
三式中戦車は日本戦車の完成形ではない。
むしろ、「戦争に間に合わせる為の過度期的な”繋ぎ手”の戦車」であり、本命は空虚重量で45tに迫るとされる”長砲身17ポンド砲と700馬力を超える過給機付きディーゼルエンジン”を組み合わせた”(仮称)四式戦車”だ。
また、四式戦車の開発や配備が遅れた場合を想定し、三式戦車自体にも保険的改修プラン”三式改”が存在しており、噂では富士機甲学校で試製四式戦車共々テストに入っているらしい。
どちらもイタリアに姿を現していないことは幸いだっただろう。まあ、誤差の範囲でしかないかもしれないが。
☆☆☆
ところで艦上機による航空支援はあるのに、艦砲射撃による砲撃支援が無いのは何故かと言うと……
勿論、戦車のようにちょろちょろ動く(艦船に比べたら)小さな移動物体を艦砲で撃つのは非効率というのもあるが、実はイタリア軍? 黒シャツ隊?の”動かない砲兵陣地”には戦艦や巡洋艦たちはナポリ市民に見せつけるようにドカスカと景気よく撃ち込んでいるのだ。
しかも制空権を完全異掌握してるから、弾着観測機付きで、着弾修正もバッチリと。
はっきり言って通常榴弾と、日本人が大好きな三式弾の亜種のような様々な弾子を空中、ないし地表でばら撒く対人/対軽装甲用の”薄殻拡散榴散弾”を交互に撃たれたら、白旗なんて掲げた途端に消し飛ばされるだろう。
そしてナポリ市民ならず、辛うじて残っていたイタリア軍ナポリ守備隊を絶望させたのは、艦砲射撃にまるで”添え物”のように加わっていたのが、ナポリに停泊していた頃はあれほどの「優雅な威容」を放っていた戦艦”ローマ”だったことだ。
敵方の戦列に加わっていたことがショックなのではない。
まるで”ローマ”を守るように居並ぶ6隻の皇国16in砲戦艦に比べ、”ローマ”があまりに小さく見えたことがショックなのだ。
わざわざナポリの岸壁から見える位置に陣取り、悠々と放たれる轟音の途切れない響き……ナポリ市民の心を折るには充分な光景であった。
うん。少佐殿は鬱憤が溜まってたんだよ(挨拶
まあ、ただでさえイタリアがまともな装甲戦力持ってないわ、レアなイタ公装甲車両も先兵であるはずの海軍陸戦隊が返り討ちにして食い散らかすわで散々だったので。
そう言えば、ギリシャでもまともな機甲戦なかったような……
あれ? 西住さん、ギリシャでブラックラグ〇ンごっこやってた弘之(不死身モドキ)よりスカされてね?w
という訳で、「イタリア最強の装甲戦力を有していた史実のSSモドキの黒シャツ隊」は、ムッソリーニに忠誠を抱いたまま、あるいは白旗を掲げる暇なく全滅しました。
軍隊用語の全滅ではなく、多分、言葉通りの全滅です。
その間、皇国海軍16in砲戦艦部隊+戦艦”ローマ”は、わざわざ「ナポリ沖」から黒シャツ隊の後方砲兵陣地に艦砲射撃を撃ち込んでたみたいですねぇ~。
いや、ホンマえげつない”
さて、次回はどうやら大きく事態が動くみたいですよ?
それでは次回もよろしくお願いいたします。