転生しても戦争だった ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~ 作:ガンスリンガー中年
だけど、戦争というのは「戦闘が終わればそこで終了」というものでなく、終わらすなら終わらすでそれなりの手順と手続きが必要なわけでして……
とりあえず、近衛首相も掘り下げてみましょうか。
唐突ではあるが、史実におけるイタリアの戦死者は同じ枢軸国の日独に比べて、かなり少ない。
統計によると当時のイタリアの人口は約4440万人、戦死者は軍民問わずに約45万4600人で人口比率から言うと1%程度だ。
参考までに言うと、大日本帝国は人口7140万人で戦死者は統計により異なるらしいが最大で312万人、人口比率で4%台前半。
ドイツは本国のみの計算で人口6930万人で戦死者は最大690万人、総人口の1割が戦死した計算になる。
参考までに書いておくとソ連は人口1億6800万人で戦死者は最大で2400万人、実に総人口の14%以上になる。
無論、このデータがどこまで信用できるか怪しい部分はあるが……
対して極端に少ないのがアメリカで、人口1億3100万人で、戦死者は41万8500人、総人口の0.3%程度に過ぎない。
そりゃあ日本が負けるわけである。
英国は連邦全体ではなく本土だけ見れば人口は4776万人で戦死者は約45万人、人口比率でやはり1%を割っている。
だが、”この世界線”では何もかも違う。
この場合、『正式に第二次世界大戦に参戦していないアメリカ』は史実との比較に不適切なので除外する。
まず、史実より確実に戦死者が減っているのは、日英独の三カ国だ。
日本は米国と戦っていないし、本土もどこの国からも爆撃は行われていない。
英国は、そもそも欧州本土に派兵もしてないのでダンケルクもなく、日英同盟で日本と戦うこともなく、早期に終結した”バトル・オブ・ブリテン”以降はドイツとの停戦も成立した。
現状、英国は近々の「ジブラルタルで惹起した突発的な防衛戦」を除けば、ドイツとの停戦以降は戦争らしい戦争はしておらず、むしろアフリカを中心に拡大した”コモンスウェル”の経営に心血を注いでいるようだ。
ドイツは、単純に「史実より遥かにソ連に勝っている」上にイタリアを損切りし、日英同盟と停戦を成立させ、ユーゴスラヴィアにもちょっかいをかけていない。
意外な事にあれだけ派手に負け戦が続いているのに史実より「数字的には史実と大差ない」ように見えるのがソ連だ。
これにはからくりがあり、”この世界線”のドイツは住民虐殺の物理的面倒とやってしまえば確実に起きる後の政治的面倒を嫌い、ソ連の都市を陥落させても、降伏後には住民を丸々放逐する事を積極的にやっているからだ。
つまり、基本的には「戦闘時に(まきこまれて)発生した戦死者」が民間人の戦死者ではあるが……それにも関わらず史実と大差ないペースで戦死者を増産しているという意味を考えると、随分と面白い側面が見えてくる。
つまり、原則として「民間人が死ななかった分、軍人が死んでいる」とも言えるんじゃないだろうか?
さて、では本来の話題であるイタリアに戻ろう。
まず、この時点ではいわゆる”北伐”、北部イタリアの平定は公式に「戦争ではなく警察行動」とされているが、統計がまとめられた戦後では、「”北伐”まで含めて第二次世界大戦における対イタリア戦とみなす」のが普通の見解となっている事をご容赦願いたい。
そして、この区分の時代におけるイタリアの戦死者は、軍民含めて史実の3倍近い”120万人”に達するとされている。
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しかしながら詳細を見ていくと、中々に興味深い事実が見えてくる。
実は日英同盟との”軍人同士の衝突(正規戦)”で戦死したイタリア人は、むしろ史実のイタリア人戦死者より少ないぐらいなのだ。
まあ、降伏が相次いだからだというのは……まあ、ある意味史実通りだったかもしれないが。
日英同盟以外に発生した戦死としては主にギリシャとアルバニアの共産ゲリコマとか、ユーゴスラヴィアとかで発生したようだ。
そして戦死者が増えた最大の理由は、『民間人の戦死者』が極端に増大したからだ。
史実におけるイタリア人戦死者45万6000人の内訳は、軍人が30万で民間人がその約半分の15万人ちょっとだ。
だが、”この世界線”は……120万の戦死者のうち、軍人は約40万人(それでも史実より多いのは、ドイツ人が見限ったせいもある)。民間人戦死者がそのほぼ倍の80万人と逆転しているのだ。
そして、その80万人の犠牲者のうち、その8割近い60万人以上の犠牲者が生まれたのがムッソリーニの死後、”北イタリア社会主義共和国”発生後だと言われている。
これも考えてみれば当たり前の話で、皇国軍はハーグ条約ならびにジュネーブ条約を遵守し、民間人居住区のある都市部への戦略爆撃機は原則として行っていないのだ。
つまり、その多くは”赤化したイタリア人の粛清”が原因だと思われる。
いや、厳密には《”国籍剝奪並びに破門通知。および指名手配書”に記載され国籍剝奪をされた300人を除けば、”北イタリア社会主義共和国”の構成員も大半がイタリア国籍を持ち軍人ではない以上は「テロリストであっても民間人の戦死者区分」になる(これはテロリスト認定の”北イタリア社会主義共和国”構成員の被害集計がまだ明確化されていないせいもある)ので、純粋な”民間人戦死者”は50万人程度というのが戦後の通説だが、それでも史実の3倍以上で、軍人の戦死者より多いのだ。
そして隠しようの無いことに、その純粋な民間人の戦死者はその多くがローマ以北で確認されていたのだ。
こうして数字でまとめてみると、改めて”対伊戦”の本質が見えてくる。
そう、「サヴォイアの先王からアオスタ王への平和裏での王位の禅譲」が達成できなかった時点で、実は日本皇国の戦争目的や大義は(勝利条件の達成が不可能となり)瓦解しているのだ。
しかも、”北イタリア社会主義共和国”の実効支配地域のイタリア北部を中心に「赤色勢力による非赤化民間人虐殺」をまんまと許してしまう結果となった。
”北イタリア社会主義共和国”の構成員を含めなくとも、「民間人犠牲者50万人」は皇国政府が
”日本皇国軍の歴史的敗北(作戦失敗)、皇国政府の政治的敗北”
を言いだすのに(少なくとも
いや、独ソ戦と比較すると感覚が麻痺しそうだが、「120万人の戦死者のうち、純粋な民間人死者が50万人。しかもそのほとんどが戦時下で発生した赤化した叛徒の犠牲者」というのは、こう……まともな政府としては、とてもやるせないものだ。
安易なセンチメンタリズムではなく、戦争が政治の一形態であり、同時に軍がシビリアンコントロールを受けている以上、これは皇国政府が全体として反省すべき点が多々あったということを示していた。
しかもタチが悪いのは、この手の件は『これが正解』あるいは『最適解』というのが往々にして存在しないものだ。
後出しならいくらでも言えるだろうが、当事者となれば、事態が現在進行形で動いているのであれば見えない、対処できないことも多いのだ。
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「やれやれ。ようやく、終わりって事でいいのかねぇ」
日本皇国”帝都”の永田町、首相官邸の執務室で近衛公麿はそう呟いた。
「残るは”根伐り”。残党掃討だけでしょうから、ある程度は王国軍に任せていいでしょう」
そう返したのは官房長官の広田剛毅だ。
「まあ、後は原案に従って”政治的落としどころ”って奴の詳細を詰めるってとこか」
心底面倒臭そうな顔をする近衛だが、広田は表情を緩め、
「近衛君、それが我々の仕事というものさ」
口調を近衛が好む気安い物に変え好々爺という風体で笑う政界の先輩は、前首相でもあるという実績を雰囲気で語っていた。
「そりゃそうなんだけどな。和仁殿下も『ソフトランディング・ポイントを探ってる』とか言ってたし。とはいえ……」
近衛は少し難しい顔で、
「あの御方も皇族だからな。色々”規格外”だし、油断はできんさ」
「まあ、そうかもしれんな」
そう広田は苦笑いするが、
「しかし、それこそ国民意識を穏健なままで終わらせるには、殿下のご婚約・ご成婚が最適解ではあるのも確かだ」
「広田サン、今回の事態、結局のところ尻拭いの一端を皇族外交に頼らざるをえないって部分には、正直、政治家としては”忸怩たる想い”ってのはあるんだぜ? なんせ”勅”まで出されちまったんだ……陛下は『皇国政府だけでは手に負えない』、そう判断されたってことなんだぜ?」
その言葉に噓はないという表情で、
「本来はさ、皇族の方々なんざ現世政治は”高みの見物”でもしてりゃあいいって存在なのさ。そのぐらい状況がヤバかったってのは分かるが、正直、皇族外交を『正規の外交手段』で使うなんて禁じ手もいいとこだぜ」
かつて近衛は「アカなんて素っ頓狂なモンに傾奇かぶれたイタ公の血がどんだけ流れようが、皇国の知ったこっちゃねえ」と発言していたが、それは紛れもなく本音だ。
事実、前世の記憶がある転生者でありながら近衛はイタリア人の戦死者、特に民間人の死者が「史実より遥かに上回る」としても気に掛ける事は無い。
転生者である故に前世(おそらく史実と大差ない)の大日本帝国の戦死者と、そこに占める民間人の割合を知る近衛にしてみれば、「戦争とは
” 火垂るの墓”や”この世界の片隅に”をアニメ化して劇場公開し、それがヒット作となる国民性や国民気質を甘く見るべきではない。
であるならば……近衛の言う”忸怩たる想い”、別の言い方をすれば「敗北感」を感じてるのは、「関わらなくても良い現世の荒事に、”やんごときなき御方”を関わらせてしまった」という”臣下の嘆き”なのかもしれない。
「やれやれ。相変わらずの”愛国者”っぷりだね、君は。まさに『皇国臣民かくあるべき』という姿だ」
広田は何故か微笑ましげに近衛を見るが、
「違ぇよ、広田サン。俺っちは、日本が
ちょっと拗ねたように見えるのは気のせいだろうか?
「私も皇国臣民である以上、気持ちはわからないではないけどね。しかし、今回は仕方ない部分はあると思ってるよ」
広田は言葉を選ぶように、
「『明確に勝利すべき相手が勝手に自滅した』んだ。つまり国民にとり誰にも分かる、『元は国民に使われるべき税金を戦費に転じ、それに見合うだけ結果』を政治家には求められる」
「だけど、その『国民にとり理解しやすい結果』、『ムッソリーニの打倒とファシスト・イタリアへの戦勝』ってのが叶わなくなっちまった。文字通り、『”アカいトンビ”に油揚げさらわれる』って余にも間抜けな顛末でな」
「かと言って軍部を責めることはできないだろ? 実際、彼らはできる範囲の事を最大限にやってのけた」
「わかっちゃいるさ。イタリアでの戦争、いや”闘争”か?は、スコアとして見るならこれこの上ねぇよ。味方の戦死者は少なく、最低限度の戦闘を見せつけただけで『戦わずして次々に敵を降伏させた』……むしろ最上の軍功だったと言ってもいいさ」
近衛は苦虫を嚙み潰したような顔で、
「しかし、打倒すべき敵は既に亡く、『アオスタ王朝が統治する新しいイタリア王国』は、皇国が擁護して生まれた……文字通りの”生粋の友好国”さ。そいつらに筒先を向ける道理はねえ。だが、戦勝の代替として皇国民にアピールできるのが……」
「”ロイヤル・ウェディング”。和仁殿下は親王位を捨てる代わりに伊先王の血を引く伯爵令嬢を娶り、サヴォイアの名と公爵位を得ることになる。皇国臣民の反応は『国境の壁を越え、かつての敵国の王族と成熟した”世紀のラブロマンス”』おおむね好意的だ。結構なことじゃないか?」
「やっぱ広田サンは器はでけぇな。俺っちにはそこまで割り切れるもんじゃねぇよ」
「祝福できないと?」
「祝福じ自体は俺もしてるさ。だがな……」
近衛は天を見上げ、
「陛下と和仁殿下に俺達政治家の尻拭いさせちまったって感覚が、どうしても消えねぇのさ」
という訳で、被害確認と反省会(反省回?)でした。
イタリアの被害、戦死者は史実の3倍近く、その増えた分の多くは民間人。ただし、「軍人ではない」という理由で書類上は民間戦死者に入れられている”北イタリア社会主義共和国”構成員を差し引いたとしても、民間人の被害はざっと50万人で、こちらは確実に史実の3倍以上。
そして、民間人死者の8割以上は、先王とムッソリーニの処刑後、あるいは”北イタリア社会主義共和国”発足後とされている……
まあ、これだけでも「イタリアとの戦争の実態と実像」が見えてくる感じです。
皇国政府としても、素直に喜べるリザルトではないのですが……これだけ増えてもでも史実の大日本帝国の最小戦死者統計(総戦死者262万)半分以下のというのだから、思わず天を仰ぎたくなります。
一言言うとしたら……
”大体、アカが悪い”
でしょうか?
ただし、近衛が憂鬱になってるのは予想外に増えたイタリアン戦死者ではなく、
「倒すべき狙いを定めた敵を結局は、アカトンビにさらわれて斃すことができず、勝利条件は永遠に未達成&国民の望んだ戦勝をあげることかなわず」
であり、その代替として、(自分を含めた皇国政府の力不足を補うように)「やんごとなき方々」のお出ましする状況を作ってしまったことの方が大きいようです。
場違いな発言ですが、皇族、特に陛下が絡むと近衛が少し可愛くなってしまう気がするw
まあ、近衛が照仁陛下をどことなく苦手としてるのは、「(現実感を失いかけるほどに)この世の御方とは思えない」からで、それはもしかしたら「現人神に対する畏怖にも似た素直なアミニズム」の表れかも?
とりあえず次回からはボチボチと「イタリアの戦後処理パート」を初めて行こうかと。
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