転生しても戦争だった ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~ 作:ガンスリンガー中年
ホントに読んでくれている皆様に感謝を。
まあ、サブタイからお察しの通り、今回は久しぶりに”英国で一番偉い夫婦”の登場です。
相変わらずラブラブなのは確かなんですが……こう物騒というかやべぇというか。
とりあえず、時間帯的に深夜アップがしっくりくる内容なので、ご注意くださいw
あと、久しぶりに5000字超えと長いです。
さて、クリスマスの本場……というのが的確かは不明だが、この時代でも華やかなクリスマスを誇るのは、英国だろう。
まあ、所得の高低や社会的身分の上下を問わず、あらゆる民が全力で楽しもうとするのが英国でのクリスマスだ。
現実の日本で言うと、「クリスマスと正月を合わせたようなお祭り」だろうか?
とはいえ、全ての英国民あるいは”
「やっぱり戦後インドは、”インド藩王国連合(Maharajah Union of India:MUI)”がベストよ♪ 英国のインド直接統治領の段階的割譲とカースト制は”インド独自の文化”という名目の保護……この二つをちらつかせれば、マハラジャ達もまさか嫌とは言わないでしょう♪」
口が裂けても”返還”という言葉を使わないあたり、実に覇権主義の残り香が色濃い”この世界線”の英国王妃らしい気もするが……クリスマスの夜も絶好調ドロシー嬢である。
ここは1943年12月24日の夜のファッキ……バッキンガム宮殿。
その中にある英国王室に割り振られたクリスマス・イベント終えた英国王リチャードIV世と妃のドロシーの執務室やベッドルームも含めたプライベート・エリアである。
英国王室のクリスマスと言えば「ノーフォーク州のサンドリンガムハウス」で過ごすのが現代だが、それはエリザベスⅡ世女王の時代からであり、どうやらこの夫婦はバッキンガム宮殿でのんびりするようだ……ん? のんびり?
「”ガンディー”は甘い夢に更けて……”ボース”は
何やらクリスマスの夜だというのに、夫婦の会話内容は『来るべく戦後英国の国家戦略』なようだ。
実質的に英国は第二次世界大戦からほとんど足抜けしている状態で、今はアフリカを中心に急速に参加国(傘下国?)が増えた”
とりあえず、普段は黒い下着が多いドロシーが赤くて可愛い下着を身に付けているあたり、クリスマスっぽい演出を感じなくもないが……格好と内容が全く釣り合っていない。
というか……もっと特筆すべきは、珍しくドロシーの
ぶっちゃけ、かなりレアな姿と言えよう。
「ああ、”ガンディー”はちゃんと晩年も『腐って』いるか。ふん。”
そう英今上国王、リチャードIV世は満足そうに頷いた。
何の話をしているかと言うと……話題としているのはインド独立の父とされている二人、史実で言う”マハトマ・ガンディー(ガンジー)”と”チャンドラ・ボース”の事だろう。
さて、史実のガンジー、”モーハンダース・カラムチャンド・ガーンディー”は「35歳までの青年期に自身の性欲と嫉妬心に悩まされて36歳から禁欲生活を始めた」と本人自身が語っているという。
その後、紆余曲折があり「非暴力不服従」というインド独立の核となる流れに向かっていくのだが……
だが、19世紀中期から末の社会的上位に居た英国系転生者、おそらくは英領インド帝国と思わしき一派が”やらかした”のだ。
ガンディーが、若かりし頃にロンドンに留学し、弁護士として資格を得て、南アフリカ連邦で弁護士として開業するが……
元々、ガンディーはインド・ポールバンダル藩王国の宰相カラムチャンド・ガーンディーとその夫人プタリーバーイーの四男(末っ子)として生まれた。つまり血統的には名門の出自、サラブレッドもいいところだ。
更にはインド幼児婚の慣習に13歳で結婚している。
ちなみに幼少期はかなりの素行不良、いわゆるクソガキだったらしい。
そして、インド在住の
報酬の高い、安定した公的役職を与えて「性欲と嫉妬心」を満たす事にしたのである。
そう、”この世界線”でも13歳で結婚したインドは古来よりカーストの上位、特にマハラジャなどを含む裕福な”
その結果、どうなったのか?
英国は、『ガンディーを生かし、”マハトマを殺した”』のだ。
”マハトマ(マハートマー)”とはサンスクリット語で”偉大なる魂”という意味で、尊称だ。そして、”この世界線”のガンディーは腹黒達の陰謀により「物欲と淫欲で魂を腐らせた」のだ。
だが、”この世界線”のガンディー家の末っ子は、今は「引退した元英領インド帝国の高級官僚」でしかない。
つまり、ばっちり「隠居した体制派」である。
そして、”ボース”だ。
史実のボースは、1921年にマハトマ・ガンディー指導の反英非協力運動に身を投じた。
だが、”この世界線”のガンディーは上記の通り、現役時代は英領インド帝国の高級官僚である。
付け加えると実は史実のボースも1920年には英領インド帝国の高級官僚選抜試験であるインド高等文官試験を受験しているのだ。
そして、”この世界線”ではあっさり高等文官試験に合格してしまったのだ。
実はボースも父親が弁護士という知識人階層の生まれだった。
ボースを語る前に重要な事実を付け加えると、「どこが」と一言では言えないが、どうも”この世界線”の英国人によるインド統治は、どうも史実に比べて”全体的にそこはかとなく緩い”のだ。
別に”セポイの乱(インド大反乱)”じみた行動が全くなかったわけでは無いが……
具体例を挙げると、先ほどドロシーが話題にしていた”カースト制”、ご当地インドで言う”ヴァルナ・ジャーティ制”は大きく分けて四つ、あるいは五つの”
一つは、カースト制度の頂点にあるバラモン教やヒンドゥー教の司祭階級の”バラモン”。
一つは、第二位階層である前述の王侯貴族や武門の将軍の家系である”クシャトリヤ”。
一つは、第三位階層であるいわゆる庶民枠の”ヴァイシャ”。
一つは、第四位階層で隷属民(貧民枠)である”シュードラ”。
基本、カースト制ではこの四つの社会階層が定義されているが、さらにその下に”
公式にカーストには存在しない、否、「カーストに組み込むことも憚られる触れてはならぬと拒絶された民」という階層が存在していた。
そして英国は、このカースト制を非常に重要視していた。
英国国教会はキリスト教であるにも関わらず、バラモン教やヒンドゥー教を含めカースト制を「インドの文化・風習の一環」という名目で黙認して、その実は「社会秩序の維持管理システム」として肯定してきたのだ。
むしろ、英国のインド支配は「支配の円滑化」を大義名分とし全般的にカースト制を「暗に強化」する方向性、明確に”バラモン”や”クシャトリヤ”を優遇・厚遇する方針となっていた。
恐ろしい事実を告げよう。
「今後生まれる全ての職業をカースト(ヴァルナ)に組み込むことを明文化・法定化」するようにインド人の保守派知識人階層を使って進言したのは、どうも英国のようなのだ。
史実のボースがインド独立運動に走った根源は、弁護士である父が「イギリス人により過酷な扱いを受けていたインド人の人権を擁護することがしばしばあった」という幼児体験であるかららしい。
だが、”この世界線”の英国人のインド支配は、そこまで苛烈な物ではない……いや、より”狡猾だった”というべきだろう。
そんな”緩い支配体制”の中で育ったボースが、史実のように独立運動にひた走るのはかなり難しい。
そして、高級官僚の大先輩としてボースを「英領インド帝国の行政府」に迎えたのは、老獪さを円熟させた「”この世界線”のガンディー」だった……
さて、ついでのインド独立のもう一人の雄、インド初代首相”ジャワハルラール・ネルー”、正確には”この世界線”における彼に少しだけ触れておこう。
史実でのネルーは、「富裕な”バラモン”の家柄」の出自である。
そして独立の志は、父親が”インド国民会議”派の独立運動家だったからであるという。
しかし、上記の理由で”バラモン”は……
おまけに、彼に多大な影響を与えたとされる”アニー・ベサント”と出会っていない。
ちなみに史実のベサントは「アイルランド人の社会主義者で、、アイルランドおよびインドの自治支援者。ついでに神智学協会第2代会長、英国フリーメイソンの国際組織ル・ドロワ・ユメン創設者」であり、インド国民会議派議長にまでなっている。
さて、”この世界線”の英国が、果たしてこんな存在を放置しておくだろうか?
あるのは”この世界線”のベサント女史は、「英国本土外に出ることなく19世紀中に没した」という事実がのみだ。
そう、ドロシーの”インド藩王国連合(Maharajah Union of India:MUI)”は荒唐無稽でも何でもない。
十分の実現可能な”未来”であり、それだけの準備を英国はインドで積み上げてきたのだ。
☆☆☆
「私は骨の髄までブリksだから、”
舞台を寝室に移動し、四つん這いでそう楽しそうに”前世の未来”に舌を出す、あるいは中指立てるドロシーだった。
つまり、”史実のようなインド独立”を徹底的に潰そうとするのは、その一環と言える。
この女、言動はかなりアレではあるが、その中身はただの銭ゲバ王妃ではない。幼くして”この世界線”のケインズと「共著を残す」ほどの”
「それに関しては完全に同意だな。戦後インドは藩王連合で済ますとして、”パキスタン”はどうする?」
「独立を言いだすなら切り捨てましょう。ねえリチャード……”コモンウェルス”に反動的ムスリム国家とか欲しい?」
「いや、いらんな」
さて、皆様はパキスタンという国名の語源をご存知だろうか?
元々はイスラム教徒の多い英領インド帝国の北西部、パンジャブ Punjab)のP、カイバルなどの北西辺境州(アフガン州)のA、カシミールのK、シンドのS、バルチスタンのTANを由来とする物で、史実では1933年の”パキスタン宣言”で初めて出てくる言葉だ。
”この世界線”でも、今から10年前に”パキスタン宣言”は出されていたが……
「なら、戦後に独立を言い出したら即座に”切り離せる”ようにマハラジャ達にも根回ししとかなきゃね♪」
要するにドロシー得意の”損切り”思想のようである。
「独立戦争なんかは必要ないわ。独立したいならさせてあげる♪ ただし、独立したら金輪際、”
「ほう? そこまで徹底的にやるなら今生でも”鉄の兄弟(巴鉄)”とやらが見れるかもしれないな」
まあ、その根底には中印戦争や印パ戦争などがあるのだが……
「それはそれで見物よね~。前世の”中パ経済回廊(CPEC)”の顛末を知ってる身としては♪」
なんて獰猛な笑みを浮かべる
この合法ロリ、その属性は基本的には”悪”なんだと思う。
「ねえ、せっかくの
ふとドロシーは、笑みの種類を妖艶な物に変えて……
「リチャード、そろそろお
小さな尻を突き出し振って、獅子の夫を誘いだした。
「またえらく煽るな?」
「だってぇ♡ お胎の中にリチャードとの赤ちゃんがいなくて寂しいんだもん♡ お胎の中に赤ちゃんがいるとね、いつでもリチャードを感じられて嬉しいのぉ♡」
そう、ドロシーが孕んでない理由は、晩秋に出産したばかりだからだ。
流石は『”
「お前……覚悟しておけよ? 手加減とかできそうもないから、明日の朝には”壊れ”てても知らんぞ」
するとドロシーはドロリと淫蕩で青い瞳を濁らせて……
「いっぱいいっぱい、乱暴に滅茶苦茶にボロボロにしてぇ♡」
こうして、英国王家夫妻のクリスマスの夜は更けてゆく……何やらオールナイトになりそうな気配もするが。
明日のクリスマス礼拝とか大丈夫だろうか?
「リチャードからお胎にいっぱいいっぱいクリスマス・プレゼントもらっちゃったぁ♡」
やっぱりこの英国産転生者夫婦、別の方向性でどっちもヤベーよ(挨拶
ドロシーちゃん、チャーチルとは違う意味で”宰相ポジ”だよなぁ~と。
いや、英国民的には王家の直系血筋を絶やさないように生みまくる”孕みっ娘”ってだけでも十分なんでしょうが……
いや、ホントにドロシー、生涯で何人産むんだろ?
ドロシーと比べると、前話に出てきたホーエンツォレルンのアホの娘がとても善良に見えてくる不思議w
それはさておき、既に第二次世界大戦から半脱却状態の英国、その近い将来像と国家戦略の一部が明かされました。
北アイルランドといい、パキスタンといい、「思想的に相容れない、治安コストを考えるなら赤字確定」な土地を切り捨てるのに躊躇の無い英国です。
文字通りの”
まあ、衰退未来の回避は、
でも、書きたかった「英国のインドネタ」を書けたので、結構満足していたりw
さて、次回は……まだプロット作ってないので未定ですが、そろそろイタリアに戻っても良い頃合いかなと。
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次回もどうかよろしくお願いいたします。