天体制圧用最終彼女   作:にわとり肉

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第十一話 天使(あくま)

 四年半前、三門市中心部に、地響きと轟音が鳴り響いた。

 晴天の空から、黒い雷が落ちてきたのである。

 黒雷は、着弾点の空間を穿ち、円形の“(ゲート)”をこじ開けた。

 そして、(ゲート)から這い出てきたのは、これまでの常識を根本から塗り替えてくる存在――近界民(ネイバー)

 口の中に奇しく白光する眼を携えた化け物は、三門市に出現すると共に、問答無用で“蹂躙”を開始した。

 巨大な体躯で四足歩行の白い近界民(ネイバー)は、緩慢な動作で、しかし、人よりも少し(・・)素早い動きで道路を踏み割りながら進み、逃げ惑う人々を“捕食”した。

 自動車ほどの体躯、紫色の体色で、三対の腕を収納している近界民(ネイバー)は、抵抗する者に、容赦なく腕のブレードを突き立て、それは、戦車の装甲板ですら例外では無かった。

 白い巨躯の中でも、一際首の長い近髪民(ネイバー)は、人を捕食し、三門市に集結した自衛隊の空戦力に対して、ビームによる砲撃を行った。

 彼らに対して、既存の攻撃手段は何一つ役に立たなかった。

 三門市の住人は、近界民(ネイバー)に対してなすすべが無かった。

 逃げるしか無かった。

 その日、彼女はいつも通り、レジで店番をしていた。

 

 『早く逃げろ!!』

 『わかってるよ!!』

 

 着の身着のままで逃げ出した途端、彼女は絶句した。

 硝煙の香り、立ち上る黒煙、悲鳴、地響き、全てが想定していない事態。

 

 『こんな、こんなのってないよ!!』

 『あぁ……!!くそ、自衛隊は何やっているんだ!?』

 

 上空を見てみれば、翠色の閃光が飛び交い、青空に花火が爆ぜた音が何倍にも膨れ上がったような轟音が響き渡っていた。

 その瞬間であった。

 制御を失ったヘリコプターの迷彩柄が、段々と大きさを増しているのが見えたのは。

 

 『あっ』

 

 彼女は呆けてしまった。

 全てが終わったと思ってしまった。

 現実から逃げてしまった。

 諦めてしまった。

 

 『バカっ!!!!』

 『はっ!!』

 

 後ろに突き飛ばされ、彼女はようやく正気を取り戻した。

 そして、視界が全て白に染まった。

 

 『アンタ____』

 

 目に焼き付いたのは、爆風に飲まれた彼女の夫であった。

 激しい光と爆音が、彼女の目と耳を使い物にならなくした。

 それでも、彼女は半ば確信してしまっていた。

 

 『……あ、あぁ』

 

 全身が傷んでいた。酷い耳鳴りがした。目は未だにチカチカと点滅しているようであった。

 しかし、彼女は這いずりながら、呻きのような慟哭を垂れ流しながら、炎上しているヘリコプターの残骸に向かおうとした。

 その瞬間、激しい地響きで彼女の体が浮いた。

 獣の唸り声のような音が、耳鳴りの治らない耳に入った。

 振り返った先にいたのは、美しき白い体躯で迫ってきた一つ目。

 

 『はっ』

 

 胸が跳ねた。

 

 『はっ』

 

 脂汗がジワリと滲み出た。

 

 『あぁっ』

 

 血塗れの膝を無理に動かして、彼女は立ち上がった。

 そして、よたよたと走り出した。

 

 『アアアア!!!!』

 

 大口を開いて、彼女は叫んだ。

 夫の死骸を確認する勇気もなかった自分を、恥ずかしいと思ったから。

 自分の行動で夫を殺したという事実から、逃げ出したいから。

 しかし、死にたくないから。

 

 『はあっはあっはあっ』

 

 地響きが近づいてくる。振り返る余裕もない。

 その瞬間、後方から獣の悲鳴が鳴った。

 

 『へっ……』

 

 振り返ってみれば、そこには、眼を切り裂かれた獣の死骸と、発光する刀身の刀を抜いた人間がいた。

 その者たち――ボーダーの活躍により、三門市に作り出された地獄――大規模侵攻は集結を迎えた。

 

 『貴方のお子様は……』

 

 のちに、彼女が病院で聞かされたのは、自身の子供が行方不明となってしまったことであった。

 生きる意味を失ったと思った。しかし、死ぬことは出来なかった。

 怖いからである。

 しかし、生きることも辛く、彼女は死以外の救いを求めた。

 そして、彼女が縋ったのは、再び肉屋の経営を行う、ということであった。

 家族三人で温かな家庭を築いていたその店を、心の拠り所としたのである。

 彼女にとって店は、自分が自分でいられるための唯一であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警報のサイレンが、周囲にうるさくなり続けている。

 

 「ふざけるんじゃないよ!!ここにくるな!!」

 

 肉を捌くための巨大な包丁を店の入り口で振り回す女店主は、目の前にて「ギチギチ」と音を鳴らしている近界民(ネイバー)――モールモッドを前に、完全に狂乱状態となっていた。

 モールモッドは、まるで痛ぶるかのように、ゆっくりと一歩踏み出した。

 

 「何やっとる!!逃げろ!店はまた建て直せばいいだろう!!!」

 「なんで警戒区域外に!ボーダーはまだか!?」

 「逃げろー!」

 

 しかし、正気の沙汰ではない彼女の耳に、老人の精一杯の叫び、喧騒は届かなかった。

 モールモッドは、さらに一歩踏み出した。

 

 「やめろ……!」

 

 さらに一歩。

 

 「やめてくれ……!」

 

 さらに一歩。

 嘲笑うかのように、モールモッドは口を大きく開いた。

 その瞬間、店主の震えていた口の両端が吊り上がった。

 

 「このォォォ!!!!」

 

 ピュン、と音を立て、店主の太い腕から包丁が射出された。

 鈍色の光を放ち、空気を押し退けて進むそれは、モールモッドの目への直撃コースの軌道に乗っていたのである。

 

 (お前らは“眼”が弱点なんだろ……!!!)

 

 モールモッドは、さらに一歩踏み出した。

 

 「死ねぇッ……!!?」

 

 ガキン、と金属が金属とぶつかり合うような、耳触りの悪い音がした。

 店主は、飛んできた包丁の刃(・・・・)が、顔の真横を飛んでいき、後方で壁に突き刺さる音を覚えた。

 

 「ギチチ……」

 

 モールモッドの眼は、全くの無傷であった。

 また一歩踏み出し、モールモッドは店主の顔面を覗き込むようにした。

 

 「あぁ……」

 

 店主は、何かが崩れ落ちていく音が聞こえた。

 それは、自分の心であった。

 

 「……」

 

 店主は項垂れ、膝をついた。

 それは、まるで処刑を待つ受刑者のような、惨たらしい風貌であった。

 

 「……」

 

 絶望しか、彼女の心の残骸には無かったのである。

 

 「ギチチぃ」

 

 モールモッドは、収納していた腕の一つを展開し、黄色に発光するブレードを振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あぁお嬢ちゃん……!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつまで経っても、その時が来なかった。

 店主は、うっすらと目を開け、上を向いた。

 その瞬間、彼女は、顔に水が浴びせられたような感覚を覚えた。

 

 「無事なようで、安心しました」

 

 目を疑った。

 

 「……ぁ、あんた」

 

 モールモッドの凶撃は、受け止められていた。

 オレンジのラインが前髪に一筋走った黒髪の少女の柔肌を貫いて、その胸から突き出る形で。

 その瞬間、色々な記憶が、店主の脳内で暴れ出した。

 

 「はっ……あっあ、何やっ……」

 「ごめんなさい」

 

 “トリオン供給器官、破損”

 

 刹那、黒髪の少女――瀬戸めぐり(ゼットン)の仮初の姿に、蜘蛛の巣状にヒビが走り、

 

 「うわっ」

 

 耐えかねたように破裂、白煙が辺りに立ち込めた。

 

 「大丈夫、私は大丈夫です」

 

 “ピポポポポポ……ピポポポポポ……”

 

 電子音、そして、蝉が鳴いているかのような音が、煙が広がるのと同じようにして、周囲の人々に澄み渡っていく。

 そして、肉屋を中心にして、強烈な風が煙を吹き飛ばした。

 

 「えっ……!?」

 

 再び、店主は目を疑うことになった。

 何故ならば、とっくに事切れていたはずの少女の風貌が、全く別物に変化していたからである。

 その者の手には、少女を貫いていたはずの刃が握られていた。

 

 「すぐに、終わらせます」

 

 二対の角、そして、空な砲口を側頭部に携えた、ドレス姿のような装甲を纏った少女――ゼットン(瀬戸めぐり)は、柔らかな無表情を店主へ向けた後、

 改めて、モールモッドの三つ目を、琥珀色の眼で刺し殺した。

 

 「ギチチ!!?!?」

 

 生物兵器に過ぎない彼の本能は、ゼットンから逃げ出そうと決意した。

 しかし、動かない。動けない。

 万力をゆうに超えるゼットンの握力は、弱まるどころか強まりを見せていた。

 そして、モールモッドのブレードは、とうとう悲鳴を上げ始めた。

 

 「ギィィ!!!」

 

 たまらず、残った5本の腕全てを展開し、彼は目の前の“バケモノ”へ振り抜いた。

 しかし、ゼットンの凍てつくような雰囲気に変わりはなかった。

 

 「ギッ」

 

 何かが砕けた、甲高い音が鳴り響いた。

 ゼットンの電磁バリアに触れたブレード全てが、粉々になって地面に降り注いだ音であった。

 

 “ピポポポポポ……ピポポポポポ……”

 

 「ギィ____」

 

 モールモッドが恐怖を感じることはなかった。

 次の感情が噴き上がる頃には、彼の目玉に、ゼットンの細い腕が突き刺さっていたからである。

 

 「……」

 

 念には念を、とゼットンは握っていた刃を握りつぶし(・・・・・)、そして、生暖かい感触を嫌うように腕を引き抜いた。

 その瞬間、ゼットンの全身に、血のようにトリオンの緑色の濁流が降り注いだ。

 

 「お、おお……」

 

 その場に居合わせた人々は、その姿を見て、言葉を失った。

 そこにあるのは、ひたすらに“畏敬”。

 

 「……」

 

 そして、店主は、オレンジの前髪、胸部を発光させるゼットンを見上げ、驚きと困惑を隠さずに、

 

 「何者なんだい、アンタ……!」

 

 見下ろすゼットンは、喋ろうとして、しかし、うまく声が出なかった。

 話したら、どうなるのだろう。

 悪意に晒されるのは初めてではないというのに、ここに来て、生まれて初めて、ゼットンは“恐怖”を抱いたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「瀬戸くぅーん!大丈夫かー!!?」

 「「「!!?」」」

 

 その時、どこからともなく軽薄な男の声がしたかと思えば、青い隊服を身につけ、ブリッジ部のないサングラスをかけた男が、モールモッドの死骸の上へ着地した。

 

 「……迅さ____」

 「なっ……!お前それ使ったのか!この分を見るに、問題なく起動できたようだな……」

 

 喋りかける間も無く、凄まじいスピードでゼットンの両肩に掴みかかり、鬼気迫る表情で捲し立てる男――迅を前にして、ゼットンは口を出す暇が無い。

 

 「そ、そこのお若いの……ボーダーなんじゃろ……?」

 

 その時、後方から嗄れた弱々しい声が聞こえた。振り返れば、死骸のそばから、10人の老人が覗き込んできている。

 彼らの血走った瞳は、一様に不安に濡れていた。

 

 「そ、其奴はなんなんじゃ?わしらを助けてくれたのじゃ……」

 

 その時、迅が微かに笑みを浮かべたのを、ゼットンは見逃さなかった。

 ぐるりと体全体で振り向いた彼は、聴き取りやすいように、ゆっくりと“説明”を始める。

 

 「実は、“ボーダーで新規開発していた試作トリガーのテストベッド”でして、彼女……近々性能評価試験の手筈だったのですが、その前に、近頃多発していた“イレギュラー(ゲート)”の原因究明の為に、二人で調査しておりまして……この子ったらそのトリガー持ち出してたみたいで、こんなふうに勝手に起動しちゃったんですよ〜」

 

 と、一息に話を終えた迅へ、老人達は胸を撫で下ろして、

 

 「よく解らんが……敵ではないということじゃな……良かった……」

 「お嬢ちゃん……守ってくれてありがとうなぁ」

 

 思い思いの言葉を口にする老人達を眺めていた店主は、改めてゼットンを見上げ、

 

 「アンタ……ボーダーの人だったんだね……」

 「……」

 

 ゼットンは喋らなかった。否、喋れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ありがとう、この店を守ってくれて」

 「……!!」

 

 しかしその瞬間、ゼットンは初めて、無表情を驚懼に染めた。

 そして、思わず胸に手をやった。

 全てを焼き尽くす焔ではなく、別の何か。穏やかな感覚が、彼女の心臓を優しく撫でているように思えたからである。

 

 「じゃ、後処理は他の方がやってくれますので、我々はこれでっ」

 「わっ」

 

 がし、と腰に手を回されたゼットンは、何が起こったのかを把握する前に、上空へ跳ね上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何故、あんな嘘を」

 「あの人が今君の正体を知ったら、間違いなく拒絶されるよ」

 

 迅に抱えられ、人目につかない位置の本部直通通路に逃げ込んだゼットンは、過ぎ去る天井のライトも、かつん、かつん、と響く足音も気にならなかった。

 迅は、隣で張り詰めたような雰囲気を見せているゼットンを見て、ガシガシと頭を掻きむしった。

 

 「真実が明かされる、それがいいことって訳じゃないよ」

 

 迅は、丁寧にゼットンという風船を処理していく。

 

 「今は“人を救った”って事実だけが明かされる。それでいいんだ。これから、もっと君が救いたい人を救って、自分が皆に受け入れられた時に明かせば良い。そうしなければ、お互いに苦しくなるだけだ」

 

 そして、迅は更に、

 

 「それになぁ、人間墓場まで持ってく嘘は、どんなに良い人でも十個や二十個持ってるもんだよ」

 「……そういうものでしょうか」

 「そういうものなの」

 

 ちらり、と横目に見えるゼットンの心の風船は、小さな穴が空いたように萎んでいた。

 

 「嘘、ついてしまいました」

 

 しかし、それは悲観した声ではなかったのである。




 小南の服は展開の犠牲になりました

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