「ゼットンに渡したトリガーから、トリオン体消失の反応があった。これは、ゼットンのトリオン体がなんらかの要因で“破壊”された状況を示している……」
「奴のトリガーは不可逆だ。一度起動すれば、トリオン切れか、破壊されるかでしか解除することはできんからな」
「ゼットンの目撃情報が多数報告されてます。ま、大多数は“賞賛”の声とともに、ですが……彼女の姿、能力の一端が市井に晒されたという事実には変わりありませんねぇ」
最高幹部の会議が頻繁に開かれることは無い。それ故に、この短期間に招集が立て続けに起こるというのは、まさしく異常事態という他ないのである。
卓を囲む者の一人、根付は、大きくため息を吐いて頭を抱え、
「ボーダーの新開発した戦力、として広まっているのは幸いですねぇ」
「迅の仕業だろう!!まだ奴のことについて分かっていることも少ないというのに……!だからこそ、正体を明かさんが為に、精鋭による監視を徹底させた筈だったのに……!」
苛立ちも頂点に達した鬼怒田の怒りが、机に振動として伝わる。
「まぁ、これで“ゼットン”という巨大な戦力を動かしやすくなった、という考えもできなくは無いのでは?」
この状況を肯定的に捉えているのは、経営筋の唐沢であった。
「ゼットンを“いざとなる時の決戦兵器”として扱うのではなく、普段使いできるコマとして扱えれば、それだけ有益なことは無いでしょう。市民の目も肯定的なものが多い訳ですから」
「私も、唐沢さんの意見に同調する」
と言った瞬間、目の前二人の視線が険しくなったのを軽く流した忍田は、
「彼女は我々に協力的だ。それに、迅がゼットンを動かしやすいようにする為に仕向けた、とするなら、ゼットンでなければ対抗できない何かが、この先三門市に襲来すると考えることも出来る」
忍田の予測に、会議の場が静まりを見せた。
ただの予測である。しかし、既にゼットンという理解不能な存在がこの世界に来訪している以上、むしろ高い確率であり得る未来だと、その場の全員が思えたのである。
「取り敢えず、現段階において彼女の処遇に対して変更を加える必要は無いと考える」
ジロリ、と忍田の視線を受けた城戸は、無言で佇むことで返答とした。
「よかったじゃん、特に規則が追加されることもなくて」
「……」
清潔な雰囲気を持たせる研究室の一角に、その場に似合わない賑やかな音が奏でられている。
手元にコントローラー、目の前の対戦ゲームの画面に金色の瞳を釘付けている、黒字のTシャツ姿の少女――
「それは、それで良いのです。……しかし、あの場で動いてしまった時の私が不可解で」
瀬戸の操るキャラは余裕が残っているが、対する寺島のキャラは、既に三途の川が見えているような状況であった。
「半ば何も考えないで行動していたのです。これも人間ならば普通なのでしょうか」
「……」
瀬戸のキャラの猛攻が始まるが、寺島が操るキャラは、人が変わったように動きが変わり、全ての攻撃を適切にいなしていく。
「その辺は……俺にはよくわからないけども」
「……」
いつの間にやら、ゼットンのキャラクターからは盛んに水蒸気が噴き出るようになっていた。
少し微笑んだ寺島は、
「でも、それを聞いて安心したよ。お前は____」
『GAME SET!』
「チッ」
グシャ、と瀬戸の手元から音がした。
即座に振り向いた雷蔵が見たのは、何を考えているのかわからない瀬戸の顔。
「……」
「あっ、ごめんなさい。またです。わかりません……何故こんな事をしてしまったのでしょう」
瀬戸は、自らの親指がめり込み、完全にとどめを刺したコントローラーを眺めて、先ほど味わった、しかし、あの商店街での一幕とはまた違う、えもいわれぬ熱い感覚に首をかしげるのだった。
(そういえば、コイツ知性を得てから二週間も経ってないんだったか……)
彼は、瞬きが露骨に速くなっていた。
「やっぱ、危ないんじゃね?」
と、万感の思いを込め小声でつぶやいた寺島、五千円近くの出費追加である。
翌日。瀬戸は外出を希望しなかった。
「本部内の探索をしてきます」
そう言ったきり、彼女は朝から研究室を出ていた。そのため、寺島は一人で、ライフワークと化していた“ゼットン”の研究を続けていた。
その時、彼は後方で物音を捉えた。
「寺島、奴のことでわかったことはあったか」
その声の主は、連日の事務作業のひと段落がついた、隈の深い鬼怒田であった。
上司の方を振り返るとこともなく、寺島はふとましい頬に手をつき、だらしなく机に肘をたて、
「身体構造の解析は全く、目処すら立ってません。ただ、ブラックボックスの解析は進展がありましたよ」
「見せてみろ」
ずい、とこれまたふとましい顔面が突き出される中、ジュースを啜りながら、寺島はマウスカーソルをとあるファイルに合わせ、ダブルクリック。
そこへ映し出されたのは、殆どが文字化けのように崩壊した文字列。
「ゼットンの脳組織から吸い出した情報をそのまま文字に起こしたものです」
「これは……」
「プロテクトにより吸い出せた情報は少ない上、殆どが“人外未知の言語”でした。翻訳するのに骨が折れましたよ」
「うむ……これが光の星の言語、ということか」
不明の文字列が閉じられ、その隣のファイルが開かれる。
「これが翻訳の結果です」
そこにあったのは、たった11秒程度の動画。
寺島は、その動画の再生ボタンにカーソルをあわせ、
戸惑いなくクリックした。
『――』
息を呑む音が、寺島の真隣で鳴った。
それは、一つの星が崩壊していく様子。
そして、まるで立ち向かうように迫ってくる、細身の黒い身体に、バイザーのような黄色の眼を光らせる存在が、全て真紅の焔の槍に貫かれ、墜落していく様子。
「おそらく、これはゼットンの記憶だと思われます」
「……この状況が指し示すのは」
「間違いなく、
「……!……
「……あなたは」
時を同じくして、瀬戸は、通路にて最悪な相手に遭遇していた。
「……ふーん。あれが、ね」