天体制圧用最終彼女   作:にわとり肉

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 鳥瑠さん、誤字報告ありがとうございます!


第十五話 歩み寄り、そして

 鉛色の空が、その灰色をさらに濃く、重くし、身震いする冷気が強まりを見せていた。

 

 「トリガー、解除(オン)

 

 右手にトリガーを握り、そう呟いた瞬間、有機的な動きをするプラズマが下から上へ登り、異形を呈していた少女――ゼットンの身体が、黒いTシャツにジーンズ姿の、いたって普通な姿に変わる。

 そうして、本部直通の通路を抜け、数多くの隊員が集う憩いの場、開放的なラウンジに出た瀬戸を待っていたのは、学校の制服姿の黒江、大人の芳香を漂わせる加古、そして、

 

 「……忍田」

 

 瀬戸の目の前に居たのは、かっちりとスーツを決めた、ボーダー本部長――忍田真史であった。

 彼の表情は、怒り、苛立ちを孕んだものではなく、穏やかな笑みであった。

 

 「防衛任務に参加したと聞いた時は驚いたが……活躍は聞いた、しかも隊員を助けてくれたと聞いている。本部長として礼を言う。ありがとう、……瀬戸くん」

 

 再び、瀬戸は胸の高鳴りを覚えた。忍田の顔を再度一瞥した彼女は、少しうつむき気味になるのだった。

 忍田は、隣でヘラヘラしている加古に目をやり、

 

 「加古、お前からみて彼女はどうだ?」

 「聞くまでもないでしょう?忍田さんも超気に入ってるくせに」

 

 互いに顔を見合わせた両者は、途端に笑いを噛み殺した。

 その脇で、黒江は瀬戸の方をじっと見つめていた。

 鋭く、猫のような視線ではあるが、そこには疑念の光はなかったのである。

 

 「しかし、このまま手放しにしておくのは、鬼怒田さんや根付さんが許さないだろう。申し訳ないが、再び私と共にきてもらう」

 

 と、忍田の言葉に、瀬戸は微かに頷く。

 しかし、この発言を聞いた瞬間、頬を不満げに膨らませた者がいた。

 無論、加古である。

 

 「えー?これから私が炒飯ご馳走しようと思ってたのに」

 

 そう文句を言いつつも、上の決定が覆ることがないことをうんと知っている彼女は、黒江の二つ結びの髪の毛の柔らかさを堪能するに留まっていた。

 大きくため息をついた彼女は、

 

 「まーいいわ。瀬戸ちゃん!後で隊室(ウチ)きてね」

 

 と、瀬戸のサラサラとした髪の頭に手を伸ばし、犬を撫でるようにわしゃわしゃとした。

 そして、満足したようにその場を後にし、一礼をした黒江が続く。

 

 「んー!給料もハントできたし新たな出会いもあったし、今日はいい日ねぇ」

 「……隊長、今日作る炒飯には何を入れるんですか?」

 「あ、そういえば冷蔵庫すっからかんじゃない……後で買いにいきましょうか」

 

 そんな声が人混みに交じって、遠ざかっていくのを見つめていた瀬戸に、

 

 『給料もハントできたし____』

 

 ふと、鋭い電流が駆け巡った。

 

 「……」

 

 加古の何気ない発言が反芻された次は、自身の親指がめり込んだゲーム機のコントローラーであった。

 流石に世間知らずな彼女でも、あの時の寺島が、一瞬だけ“三輪と同じぐらいの刺々しさ”に変わったのを覚えているのである。

 

 「さ、ついてきてくれ」

 「忍田」

 

 本部上階に続くエレベーターを目指そうと歩き出した忍田を呼び止めた彼女の表情は、無表情の中に、いつになく感情を有していた。

 

 「私は近界民(ネイバー)を計31体破壊しています」

 「あぁ、バムスター16体にバンダー12体、モールモッド3体の大漁と聞いているな」

 

 瀬戸は、要領を得ない忍田に詰め寄り、

 

 「それ、給料出るのですか」

 

 一瞬虚を突かれたようにして、すぐにハッとしたような表情を浮かべた忍田は、緩やかに顔を顰め、うーんと唸ってしまう。

 

 「そう、だな……、道理の上では支払われて然るべきなのだろうが、君はボーダーの正隊員ではない____」

 「わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ボーダーに入る!?貴様が!?何故!?」

 「正当に私が稼いだお金が欲しいからです」

 

 またしても招集された最高幹部の中で、さも当然のように言い放たれた瀬戸の言葉に反応したのは、意外にも鬼怒田唯一人であった。その事実にも、彼の隈の深い顔は驚懼に染まった。

 

 「私は大いに歓迎したい。街の防衛に積極的に貢献してくれているのだから、近界民(ネイバー)だろうと我々の仲間だ」

 「……既に、正隊員には情報が行き届いてしまっています。ならば、この状況に乗るしかないでしょうねぇ……そうでしょう?唐沢さん」

 「えぇ、同意します」

 

 順に、忍田、根付、唐沢の三人である。この場に林藤がいたとするなら、これで4対2の構図となるのは明白であった。

 言葉を失った鬼怒田の最後の砦は、手を組んで卓に肘をつく、ボーダー最高司令官。

 

 「……私のボーダーに、ルールを守れない者はいらない」

 

 厳かな声が場を満たす。全員の視線は、その声の主、城戸の堅い表情へ向けられた。

 

 「君は、これからボーダーに入るとして、規定を破らないと言えるのかね」

 

 城戸の鈍色の眼光が、透き通った琥珀色の瞳と重なる。

 

 「約束します」

 

 たった一言、瀬戸の口から言い放たれた。

 城戸は静かに目を閉じ、

 

 「……なら、異論はない。君ほどの戦力が、正式に我々の傘に入るのであれば心強い」

 「なっ……!!」

 

 鬼怒田は、城戸が了解を示したにも関わらず、強情であった。

 それは、彼が“ゼットン”の解析を行なって、未だに調査が停滞している、という事実による技術屋としての危惧。

 

 「ただし、君に掛けられた制限に変更は無い。わかっているな」

 「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瀬戸が退出した会議室にて、ようやく鬼怒田は口を開く。

 

 「わかっているのか……!?アレには本当に、本当にこの星を容易に滅ぼす力が秘められているのだぞ!その力がいつ、どのように発揮されるかも、そのメカニズムすら何も判明していない状態で……!開発室長として、到底容認____」

 「鬼怒田さん」

 

 鬼怒田を制止したのは、毅然とした態度の忍田。

 

 「そうやって我々は怖がってきたが、今の今まで、彼女が我々に反抗したことがないのが現実なのです。そろそろ、我々が彼女に信頼を見せるべきなのでは?」

 「……ま、信頼云々はともかくとして、記憶封印処理ではもう間に合いませんよ。我々がシナリオの調整をしますから」

 

 と、うんざりとした表情ではあるが、根付まで忍田に付き、唐沢は薄ら笑いを湛え、静かに座しているだけである。

 

 「……」

 

 再び閉口した鬼怒田は、力無く椅子にへたり込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「加古、瀬戸です」

 

 とある隊室のドアの目の前に立ち、インターホンを押してつぶやいた瞬間、扉が横にスライドする。

 その奥に広がっていたのは、妙に生活感あふれるレイアウトとなっている部屋。

 目の前の机の椅子に座っていたのは、気だるそうにスマホを弄っていた黒江、そして、

 人と猫の中間をとったような、よくわからない生き物。

 

 「……」

 「……」

 

 瀬戸とそれの目が合う。

 パチクリと瞬きした後、それは椅子から降り、ヨタヨタと瀬戸の目の前に移動、そして、腹を見せて寝転がった。

 

 「……」

 

 無意識に、瀬戸はしゃがみこんでいた。

 そして、両手が糸に吊られたように、それのお腹に落とされた。

 もちもちしているような、ふわふわしているような、不思議な感覚であった。

 

 「……真衣さんが自ら行くなんて、やるわね、あなた」

 「?」

 

 何故か目元をキリッとさせ、賞賛の言葉を吐く黒江に、瀬戸は困惑を隠さずに首を傾げる。

 すると、部屋の仕切りの奥から、包容力のある笑みを浮かべた加古が顔を覗かせた。

 

 「いらっしゃい!……ま、これからまた出かけるけどねー」

 「ちょうど良かったです。私も行きたいところがありました。ゲーム機のコントローラーが売っている店に行きたいのです」

 

 部屋へ出てきた加古は、一言「わかったわ」とだけ呟いた後、瀬戸の手でなされるがままとなり、ゴロゴロと喉を鳴らすものに、

 

 「じゃ、杏と留守番頼むわね、真衣ちゃん」

 「わかった」

 「喋れるのですか」

 

 瀬戸の切実な確認に、そのもの――喜多川真衣(きたがわ まい)は、のっぺりした口を歪ませ、身体に対して不自然に巨大な手で、静かにピースするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ところで、なんでコントローラーを?」

 「実は____」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「遅いな……」

 

 開発室の壁にかけられた時計は、既に七時を指し示している。防衛任務は6時上がりと聞いていた寺島は、“ゼットン”のデータ翻訳に勤しむ手を止め、背もたれに寄りかかった。

 加古にやられるほど弱いやつではない。何か別の理由なんだろう。

 では、何故戻ってこないんだろう。

 

 「……」

 

 『星を滅ぼした時、どう思った?』

 

 なんとなく、アレは失言だった。意地の悪い質問であったと確信していた。

 一番ゼットンと接してきた彼だからこそ、二週間程度という短い期間といえど、わかることはあるのである。

 

 「故意なわけないんだよなー、アイツが」

 

 ある意味で、移ろわない天井のような奴なのである。

 そして、そもそも寺島にとって、彼女がかつてどんな存在であったか、という事実すら、別にどうでもいいことだったのである。

 

 「……」

 

 その時、ゴソゴソと物音がした。

 

 「寺島」

 

 ゾク、と肩が震えた。噂をすればなんとやら、というのを実証してしまったのである。

 回転軸のついた椅子を入り口の方へ向け、顔を戻した彼の目線の先に立っていたのは、小学六年生のようなファッションセンスの瀬戸であった。

 

 「おかえり」

 

 と、極めて平静に言った彼は、瀬戸が手に持っていた箱に目がいった。

 

 「……それは」

 

 見紛うわけがなかった。

 

 「コントローラー、壊してごめんなさい」

 

 ずいと差し出されたのは、まさしく瀬戸が衝動的に破壊したコントローラーだったのである。

 手に取った寺島は、無表情の瀬戸とコントローラー、双方を交互に見て、耐えようもない安堵のため息を吐くのだった。

 

 「……お前、本当にいい奴だよ。ありがとう」

 

 寺島の表情は、とても普段は見せることのないものであった。

 

 「……」

 

 瀬戸は一言も喋らなかった。

 しかし、その口元は、初めて薄い孤を描いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「では、また出かけてきます」

 「どこいくの?」

 「加古が炒飯を食べさせてくれるので、加古隊の隊室に」

 「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、加古が作ったのは、“納豆ケーキ炒飯”という、なんとも創造的な炒飯であった。

 瀬戸は、加古に対して、生まれて初めて憎悪を覚えた。




 正隊員になってなければ本部が吹き飛んでました。

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