天体制圧用最終彼女   作:にわとり肉

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第三話 交渉

 耳をつく電子音が静止する。

 

 「私の名前はゼットン。あなた方が私を呼び出した、ということですか」

 

 清らかなのに、恐ろしく平坦な声の自己紹介が、会議室の中にいる人間の鼓膜を揺らした。

 卓を囲んでいるのは、ボーダー本部で最も“力”を持った者たち。ボーダーの隊員であれば勿論、一般の大衆ですら、その押し潰してきそうな雰囲気に圧倒されてしまいそうなものである。

 しかし、ゼットンという“非常識”は、会議室の堅い内装を、脇目も振らずにキョロキョロ見回すことができるのであった。

 

 (近界民(ネイバー)風情が……!)

 

 しかし、鬼怒田は眉をびくつかせることしかできないのである。

 

 「そうだ。……迅から“ボーダー”の概括は説明されているな」

 

 城戸の荘厳な言に、ゼットンは見回すことをやめ、縦に首を振って意思表示を行う。

 城戸の、冷たいナイフの煌めきのような瞳が、さらにその傾向を強める。

 

 「では、君をこの場に呼び出した理由の検討は」

 

 突きつけられた喉元のナイフに意を解さず、像のように立ち尽くすゼットンは、

 

 「私の処遇(・・)を決める。そう予測がついていますが」

 

 と、いとも容易く言った。

 

 「そうだ。……」

 

 城戸の矛を受け取ったのは、忍田であった。

 一つ息をついた彼は、謹厳実直な表情を、空の椅子の前で立ち尽くしているゼットンに正対させる。

 

 「本部長の忍田だ。無論、君の意見も反映させる____」

 「私の要求は一つです」

 

 会議室に緊張が走る。

 

 「今後一切、監視なども含め私に対しての干渉はしない。これだけです」

 「冗談を言うな!」

 

 その瞬間、堰を切ったかのように、机に拳を叩きつけたのは、歯軋りをして憤る鬼怒田である。

 いきり立った彼は、親の仇のようにゼットンを指差し、

 

 「情報提供もろくに行わない、まして、奴の“予知”もある!そんな不確定な存在を野放しにしておけるか!!大体、貴様は近界民(ネイバー)なのだからな!!」

 

 深い皺を寄せる鬼怒田とは裏腹に、ゼットンの表情には一部の変化も見られない。

 彼女は再び、真一文字に閉じられていた小さな口を開く。

 

 「私はただ、この星の現住知的生命である人を観察し、学び、体験したいだけです。それに、私には自発的に攻撃を与える権限は与えられていません。あなた方の心配は不要と考えます」

 「大有りですよ」

 

 しかし、彼女の論理に待ったをかけたのは、ボーダーメディア対策室室長――根付英蔵(ねつき えいぞう)

 彼は、じっとりとした視線をゼットンに合わせ、呆れ混じりにため息を吐く。

 

 「君を野放しにすれば、対応を行わないボーダー自体の信用に関わる。最悪の場合、近界民(ネイバー)に加担していると取られてもおかしくありませんからねえ」

 「そうなれば、ボーダーの運営どころか、国からボーダーの解体を宣告されてもおかしくないですね」

 

 「ま、信用第一、ですから」そう付け加えた、薄ら笑いを湛える男は、ボーダー外務・営業部長――唐沢克己(からさわ かつみ)である。

 

 「……これが事実だ。しかし、我々の提示する条件に同調してくれるのであれば、制限付きで君の行動を許可できる」

 

 そう場を締めた忍田を、爛々と輝く金色の瞳で見つめたゼットンは、

 初めて、ぶら下がっていた両手を握りしめた。

 ゼットンの周囲の気温が、極低音にまで下がった。

 

 「理解できません」

 

 しかし、彼女の声色は、やはり起伏が全くないのである。

 

 「人は、互いに信頼しあって社会を形成し、発展してきた、と私は記憶しています。だというのに、なぜあなた方は私を信頼しないのですか」

 

 ゼットンの言い分に、忍田がすぐさま口を開こうとした瞬間、

 

 「お前の言うことは、間違ってはいない」

 (……!)

 

 先んじて動いたのは、近界民(ネイバー)の排斥派のトップ、城戸であった。

 左目から頬にかけて、縦に入った古傷を撫でた彼は、刺々しい視線をゼットンへ突き刺した。

 

 「だが、正しくはない」

 「……」

 

 黙りこくったゼットンに対して、城戸は、まるで聞き分けのない子供を叱りつけるかのように続ける。

 

 「信頼の前に、人は“妥協”をするのだ。お互いが一歩も譲らずにいれば対立するだけ、そもそも協力関係などあり得ないのだから」

 

 ゼットンのぎりぎりと握られた拳が、強張りを解く。

 

 「互いにとって一番良い落とし所を見つけ、ようやく“信頼”が生まれるのに、お前はどうだ。自身の正体を明かさず、我々の掲示する条件も聞かずに一方的に要求を押し付けているだけだ。そこに信頼などありはしない」

 

 ゼットンの手は、いつのまにか完全に脱力していた。その脇で、鬼怒田はうんうんと頷くばかりである。

 

 「これから我々が掲示するのは、いつ三門市を、世界を滅ぼすかもわからない正体不明の近界民(ネイバー)である君の要求を汲んだ、最大限の“妥協”だ。これが受け入れられないのであれば」

 

 城戸は、あえてここで言葉を切った。何故ならば、ゼットンが静かに俯いたからである。

 そんな彼女が抱いていたのは、新たな知見を得られた“喜び”

 

 「それが、社会」

 

 そよ風のような呟きは、確かな充足感が込められたものであった。




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