表紙


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オリ主、学生MASHIRO、イメージイラスト


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創作しているシリーズの短編。
このお話だけでも十分楽しめる内容です。



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2110年2月
監視官、狡噛慎也の公安局退局。
そして矯正施設への送還―――


残された実の妹を気にかけるのは宜野座伸元をはじめ、公安局刑事課の面々達。

潜在犯の兄を持つ人間として阻害される妹。
兄妹を繋ぐ縁。信じる妹、突き放す兄―――


様々な視点で心情を描いていきます。

後半は少しコメディ、bl!?要素あり??


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1 / 1
相反する心

 

 

 

 

 

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「……やめてよ…やめて!お兄ちゃん!!」

「……ッ……クソっ………あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

室内に響く物が壊れる音。

見たことも、想像したこともないほどに荒れ狂う兄の姿。瞳は獣のように鋭く、炯々と光を宿していた。

 

昨晩、帰宅したと思えば今日の夕方まで姿を見せず、途端に部屋で暴れだした。そこにはいつもの優しい兄の姿は既に無く、知らない"男"が錯乱状態に陥っていたのだ。

 

 

 

妹―――舞白は恐怖のあまり、部屋の隅で両手で頭を覆い、蹲る。手はガクガクと震え、心臓はドクドクと大きく脈打つ。

 

 

 

 

―――"怖い"

ただその感情だけが脳裏を駆け巡り、無意識に涙が零れ落ちていた。

 

 

 

「…お願いっ!!お兄ちゃん!!やめてーーーー!!!」

 

勇気を出して、兄の体にしがみつく舞白。

しかし、それはいとも簡単に振り払われ、鋭い眼光が舞白に向けられる―――

 

 

 

 

 

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「狡噛!やめるんだ!!」

部屋に飛び込む宜野座。広がる目の前の光景に眉を顰める。

 

―――通報によって駆けつけた一係の面々達。

しかしあまりにも酷い状況に全員が唖然としていた。

 

 

「コウ!!ッ…落ち着け!落ち着くんだ!!」

錯乱し、舞白の首に掴みかかっていた狡噛を引き剥がす征陸。

 

「監視官!舞白ちゃんの手当ては私が――」

気を失い、だらりと体の力を抜かす舞白を抱え、救護ドローンで処置を行っていく六合塚。

 

 

 

 

 

 

「……お前……何をやってるんだ!!!」

 

 

同期の荒れ果てた姿。

宜野座は狡噛に掴みかかり、怒りを露わにする―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

2110年2月――

――狡噛慎也、サイコパス悪化により退局

足立区立サイコパス矯正医療センター入所――

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……狡噛」

「…………」

 

 

透明の壁で隔てられた面会室。

その向かいに居るのは、つい先日、大幅なサイコパス悪化によって施設に送還された"元同期"の姿。

 

底知れぬ絶望と哀しみ。

暗い淵に引きずり込まれたような虚脱感。

 

顔を伏せたきりで口も利けないように打ちひしがれている様子だった。

 

 

「……おい、お前がそのままだと…」

 

"妹は、舞白は――"

という言葉を口にしようとしたが、宜野座はギュッと口を紡ぐ。

 

どうやら、今の狡噛にはまだ響きそうにない――

 

 

 

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『――シェパード2、先行しすぎだ!今どこにいる!?』

 

「ハウンド4が……佐々山が見つからない

どうなってる!?あいつはどこに行った!」

 

暗闇に浮かぶ廃棄区画の電光。

その合間合間をドミネーター片手に駆け抜ける狡噛。

 

共に行動していた佐々山の姿が消えた。

 

 

 

嫌な予感しかしない――

 

 

 

『落ち着け狡噛。

状況がつかめない、一旦戻れ!』

 

「……ッ……佐々山を連れ戻す!」

 

 

無我夢中で駆ける狡噛。

それを必死に制止する宜野座。

 

 

 

 

「佐々山……」

 

 

"標本事件"

プラスティネーション――

死体に樹脂を浸透させ、保存可能な標本にする技術

 

それを活用した猟奇殺人事件

 

 

一係執行官、佐々山光留。

その体は、無惨にもバラバラに切り開かれ、プラスティネーションにて標本化されたのだった。

 

そしてそれを第一に発見した狡噛。

色相悪化、犯罪係数の急上昇は当然の結果だった――

 

 

 

 

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「……もう来ないでって言ったよね。」

 

 

右の目元には痣、首にも微かな痕が確認できる。

あの日、暴れた兄によって傷つけられた痕―――

 

全てを拒否するような、不機嫌そうな少女の瞳。そしてその顔は日を追う事に窶れ、元から細い線の体は更に細く、微かに青白さを増す。

少女―――狡噛舞白。

狡噛慎也の実の妹。

 

歳は15。

思春期は過ぎ、青年期真っ只中。しかし、彼女は元々精神的に大人びており、思春期らしい行動は正直全くと言っていいほど見られなかった。

 

兄のサイコパス悪化からの公安局を退局。事件後に錯乱した兄、そして矯正施設へと送還された後から舞白の様子は大きく変化した。

歳不相応だった"落ち着いた、大人びた性格、様子"

それが打って変わり、まるで思春期が遅れて現れたような―――

 

 

「帰ってよ。」

「………」

「……ねえ、帰って。"ノブ兄"―――」

 

自宅扉の前に佇む男―――ノブ兄こと宜野座伸元

目の前で"鬱陶しい"と言わんばかりの表情を向けられても引き下がらない。彼女のその鋭い目付き。今のそれはまさに狡噛と同じだった。

 

獣の如く、まるで狼のような鋭い目付き。舞白がこんな目付きをするなんて――初めての事だった。

昔から舞白のことをよく知る宜野座。

目の前にいる少女は、本当に舞白なのか?と疑うほどに様子が違いすぎる。

 

全てを拒絶する、その冷たい瞳。

 

 

 

 

 

「お前、学校は?」

「………」

「ここ数日欠席してるだろう。」

「何でそこまで干渉するの?私の勝手でしょ…」

「親戚から連絡は?」

「……もういいから……帰って!」

 

舞白は右腕を伸ばすと、宜野座の胸元を強く押し飛ばす。それと同時に、勢いよく強引に閉じられる扉、そして鍵が閉められる鈍い音。

 

 

「……全く…。兄妹揃って…お前らは―――」

 

ビュウッと強い冷たい風が吹くと、手に持っていたビニール袋がガサガサと音を鳴らしていた。その袋をドアノブに引っ掛けると、宜野座は扉の前から立ち去る。

 

 

「((…4日目、今日はなんとか部屋の前までは辿り着けた))」

 

1日目はインターホンを鳴らしても反応無し。2日目は応答はあったものの、オートロックの解除がなくマンションのエントランスで足止め。昨日も同じくエントランスには入れたものの、そこから先のオートロックは相変わらず解除されず、部屋の前にも辿り着けなかった。

 

しかし今日。

さすがに連続で現れた自分を憐れんでなのか、舞白は部屋の前まで自分を受け入れてくれた。

 

 

「俺は諦めないぞ。舞白―――」

 

"お前に対しては、良い意味で意地が悪いからな"なんて呟けば、外からマンションを見上げる。海辺の低層マンションということもあり、冬の冷たい風はかなり堪える。

 

こんな寒い日の夜、たった1人。唯一の家族でもある兄の帰宅がないまま、まだ幼い少女は何を思っているのだろうか。

 

自分も過去に類似する経験があった。だからこそ分かる。

 

実の父親が潜在犯認定され、周りに阻害されたあの日々。友人にも、親族にも忌み嫌われたあの日々を―――

 

自分にはまだ母親という存在があった。しかし、舞白に至っては"独り"なのだ。彼女の気持ちは理解出来る、だがそれ以上に計り知れない孤独があるはずだ。

 

 

 

 

 

 

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「……………」

 

密かにベランダから外を見下ろす舞白。

宜野座の自家用車がマンションの敷地から出ていくのを確認すると、そのまま玄関へと駆け、ゆっくりと扉を開ける。

 

その瞬間、ガサッと何かが落ちた音。

ドアノブに引っ掛けられた宜野座からの"何か"。

 

「………」

 

それを拾い上げ、再び室内へと戻り、リビングのテーブルにそっと袋を載せる。冷たい風に当てられたビニール袋はすっかり冷たくなっており、中身も同じく、かなり冷えきっているようだった。

 

 

「…別に…わざわざ持ってこなくたって、オートサーバーもあるんだし自分で作って食べれるよ…」

 

 

ガサガサと袋から中身を取り出していく。

中には腫れ薬や目元を覆う眼帯とは別に、"宜野座が買わなそうなもの"が複数入っていた。

 

可愛らしくデコレーションされた菓子パンや、自分が好きだと伝えたことのあるお菓子。簡単に食べられる惣菜。

 

そして何かを作ろうとしてくれたのだろうか、生鮮食品なども複数入っていた。その中には"この世でいちばん嫌いな食べ物"のニンジンも…。

 

 

「……ニンジン、嫌いだって知ってるくせに…」

 

無意識に口角が持ち上がる。笑ったのは久しぶりだ。舞白はそのままペタンと床に腰を降ろす。

 

 

宜野座は公安局の仕事で忙しいはず。しかも同僚でもある狡噛も居なければ、頼りにしていた佐々山も居ない。そして事件捜査―――

 

 

なのに、何で…

 

 

 

 

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翌日、午前7時―――

―――公安局刑事課一係オフィス

 

 

 

 

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「………」

 

まだ始業前にも関わらず、オフィスの監視官デスクには宜野座の姿があった。カタカタとキーボードに触れる音、時たまメガネを外し眉間を押さえる仕草を見せる。

 

 

狡噛は施設送り、佐々山の殉職、解決しない事件。

そして人手不足の一係…

 

「…こんなんじゃ、俺の色相も悪化の一途を辿るな、…狡噛」

 

ふと空席の隣のデスクへ視線を向ける。

狡噛のデスクはその当時のまま。無造作に散乱した書類、そしてモニターの傍らには舞白と写る写真が飾られていた。

 

生真面目で、誰よりも正義を貫く狡噛。傍から見ればクールで冷たさを感じさせるその姿。しかしその反面、誰もが想像できないほどに、あいつは妹想いの"良い兄貴"なんだ。

 

まだ狡噛が三係にいた頃、そのギャップに当時の執行官"天利"や"弓削"達によく茶化されていた姿を目にしたことがある。

 

それほどまでに大切な妹を…お前は何で―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早いな、伸元。」

「……馴れ馴れしく名前を呼ぶなと言ってるだろう。」

「悪い悪い…"宜野座監視官"―――」

 

オフィスに現れたのは刑事課一係執行官、征陸智己。

宜野座の実の父親でもあり"潜在犯"。

 

疲れた様子は見せまいと、再びメガネをかけ直し、モニターへ視線を戻す。しかし、父親である征陸がその様子を見逃すはずが無い。明らかに疲労困憊の息子にそっと視線を向けては、宜野座のデスクへと近づく。

 

 

 

 

 

「舞白ちゃん。どうだった?」

「昨日もダメだった。…それに、相変わらず学校にも行ってない。親族も保護受け入れを拒否してるみたいだ。」

「やっぱりダメか。……サイコパスは?」

「最終測定値の色相は"ゴーストホワイト"、犯罪係数もアンダー値だ。問題ない。」

「……相変わらず、強靭なサイコパスだな。」

 

モニターに映し出される舞白のサイコパスデータ。

兄が潜在犯落ち、そして佐々山の死を知ったその時のサイコパスの値は微かに上昇の兆しを見せたものの、直ぐに落ち着いていた。それでも最高値はたったの37。色相はせいぜい"パウダーブルー"。

普通であれば、もっと悪化するのが一般的だ。元々濁りにくい体質だとは知っていたが、ここまで強靭だとは思ってもみなかった。

 

 

 

「これ以上、登校拒否に親族からの支援もなければ、舞白ちゃんも施設行きだぞ。まだ15歳だからな。―――最悪、俺も狡噛の親族に…」

「あんたが出たところで、余計に荒波を立てるだけだ。……舞白の件は、俺が何とかする。」

 

 

「悠長に待っていられないだろう?それに、お前も少しは休息をだな…」

「悠長に待っていられないからこそだ。…舞白の事は俺が1番分かってる。―――俺も似たような経験をしたからな」

「………そりゃ悪かったよ。"監視官"」

 

キッと睨みつけられれば、征陸は両手を上げ、ゆらゆらと揺らす仕草を見せ、自身のデスクへと戻る。

 

 

"俺も似たような経験をした"

その言葉に、征陸は何も言い返すことなんて出来ない。まさに、今舞白が置かれている状況は幼少期の宜野座と同じ状況。そしてその原因は自分にあるのだから、と―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます。宜野座監視官、征陸執行官。」

 

オフィスに重い空気が流れる中、現れたのは執行官の"六合塚弥生"。まだ配属されて半年ほどしか経っていないが、執行官としての素質は本物。スカウトをしたのは狡噛。しかし、その本人が今は不在という人員不足悪化のこの状況に、六合塚もまた疲労が溜まっている様子だった。

 

しかし、彼女も同じく舞白の心配をしていた。

ジャケットや仕事道具を自分のデスクに置き、真っ直ぐと宜野座のデスクへと歩み寄る。

 

 

 

 

「監視官。舞白ちゃんの様子は?昨日も会いに行ったんでしょ?それに怪我も…」

「サイコパスは問題無し。怪我の様子も落ち着いてた。だが…問題はそこじゃなくてな。」

 

舞白のデータの備考欄。

そこには狡噛家に関わる親族の名前がずらりと並んでいた。

 

しかし、その補足欄にも"拒否"もしくは"音信不通"文字。

 

 

「……親族が保護受け入れを拒否。」

「ああ。知っての通り、狡噛兄妹の両親は既に他界。唯一、良好な関係を築いていた母方の祖母は重い心臓病で入院中、祖父は3年前に他界。父方の親族とはもともと不仲…」

 

母方の祖母が舞白を養育する能力はない。そもそも、ほかの親族と狡噛の支援があって生活をしているような状況なのだ。

 

そして問題の父方の親族。詳しくは知らないが、両親が事故死した後、兄妹に支援はあったものの何やら大揉めしたらしく、狡噛が公安局に入局した段階で縁を切った…と言うような話を狡噛本人から聞いたことがあった。

 

そんな状況で、父方の親族が快く支援する事など考えられない。

 

自ら縁を切った狡噛、そして潜在犯になり、独り身になった妹の養護を依頼する…なんて都合が良すぎる。

そして何より、"潜在犯の妹"。そのような肩書きを背負うことになった舞白に手を貸すわけが無い。

 

 

 

「潜在犯に関する血縁者の受け入れ拒否。…珍しい話では無いですが、舞白ちゃんはまだ15歳、このままだと…」

「舞白も施設送りだ。…狡噛もあんな状態だからな。今の時代、少年法などがある訳では無いが、さすがに15歳だと"未成年扱い"なのは変わらない。以ての外、収入がある訳でもないからな。……一番は、実兄の狡噛が正気を取り戻すことだ。」

 

「正気?」

「……あいつ、舞白と縁を切るつもりだ。将来のある舞白の未来を潰したくないとかで、施設に入れることを望んでる。……正気じゃないだろう?」

「……らしいというか、意外というか。あんなに大切にしていた実の妹を切り離すなんて。」

 

六合塚は腕を組み、より一層険しい顔付きを見せる。あの狡噛が、誰よりも大切にしていた妹との縁を切る。どんな時も、一番の優先順位は舞白だった。その言動は、六合塚と同じくいつも目にしていた事―――

 

 

 

 

 

 

 

"もう、俺に関わらせたくない。……お前なら分かるだろう、ギノ。"

 

一方的な狡噛の考え。

しかし、それが全く理解できないという訳ではなかった。潜在犯の実の兄が居るという事実に、今後舞白は一生付き合っていかなければならない。

 

幸運にも、舞白はサイコパスが濁りにくい。となれば、縁を切って施設に入る…それが一番の最善なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、一番大切なことは―――

 

 

―――実の妹である、舞白の想いなのだ。

それを無視することは絶対に許されない。―――

 

 

 

 

 

「"大切だからこそ"…そう考えているのかもしれん。だが、舞白の考えも何も分からない以上、俺はその選択は許せない。一方的に突きつけられた側のその気持ちは、一生消えない。言わば"呪縛"みたいなものだろう。」

「……そうね。」

「とにかく、俺たちの仕事は"事件の解決"。佐々山を殺した犯人をさっさと捕らえるぞ。……舞白の件は俺が担う。」

 

「了解。監視官―――」

 

 

 

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「舞白のお兄さん、潜在犯になった"らしい"よ」

「えーー、それ"本当?"」

「舞白の家に公安局の関係者の人が入っていったって。」

「それ、私も聞いた!手錠かけられた男の人が連行されていったって。」

「あの包帯に眼帯…もしかして実のお兄さんに暴行されたとか?」

 

「「こわーーい!」」

 

 

「―――もう近づかない方がいいよ。私たちにも伝染する"かも"しれないし」

 

 

コソコソと周りから聞こえてくる会話。

舞白はいても立ってもいられなくなり、教室から飛び出す。

 

 

"噂"って怖い。〜らしい、〜かも、不確実な憶測がどこからとも無く突然現れて、ある事ないことが広まっていく。

"人の噂も七十五日"なんていう言葉があるが、この件に関しては七十五日なんかでは終わるはずは無い。

 

"家族の誰かが潜在犯になった"。そんな状況に陥った人たちを幾度となく目にしてきた。その人たちに待っているのは、言い方はキツいが正に"迫害"。シビュラシステムが導入された最初の頃に比べると、それはかなりマシになったらしいが、それでも人の目は"潜在犯の家族"という意味合いで向けられる。

 

幸いにも"イジメ"というものは目にしたことは無いが、それでも冷たい視線が向けられてしまうのは確か。感じる疎外感、差別、冷ややかな目―――それに耐えられない人はこの学校を去っていった。というより、確実にその人たちは学校に来なくなっていた。

 

 

まさか、自分が"そっち側"になるなんて思わなかったし、そうなったとしても耐えられると思ってた。それは自分の兄が公安局刑事課の監視官、刑事である事を理解した上で、兄が危険な仕事をしている以上、潜在犯になる可能性がある事は十分に理解していたし、覚悟もしていた。

 

でも、やっぱり現実はしんどい。そんなことを考えられていたうちは、やはり他人事だった。実際に自分がそんな状況になると、耐えられなくなる―――

 

 

 

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「……ねえ?一緒にお昼―――」

「ごめーん、舞白。

…向こうの子達に誘われてて…」

 

走り去っていく友達。

 

 

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「キーボードが壊れちゃったみたいで、悪いんだけど少し貸してくれない?」

「……………」

 

 

仲の良い隣の席の男友達。

声をかけても、聞こえてない振り。

 

 

 

 

だんだんと、自分が居なくなっていく感覚に心が病んでいく。

 

皆の声も、音も、聞こえない。食事をしても味を感じない。先生の授業の内容も頭に入ってこない。歩いていても、ふわふわと地に足が着いていないような感覚。

 

 

 

透明人間になっていく―――

 

 

 

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それ以来、学校には行けていない。

小学校からのエスカレーター式の学校で、仲間たちとはかなり長く深い縁を築けていると思っていた。

 

だが、どうだろうか。昨日まで友達だった子達は、全員が手のひらを返す。後ろ指を指され、ヒソヒソと何かを話す友人"だった"人達。

 

 

「………う……」

 

深く考えすぎると頭が痛い。ズキズキと痛む目元を押さえ、小さくため息を吐く。

 

 

今日も昼前に起きて、そのまま何気なく本を読んで、日が暮れたらお風呂に入って、また本を読んで。夜中にふらっと海辺を散歩して、帰って本を読んで、夜明け前に就寝―――

 

 

ソファの周りに積み上げられた本。

テーブルにはお茶の入ったコップと宜野座が持ってきてくれた塗り薬の箱が無造作に置かれていた。

 

そして兄が以前、誕生日プレゼントにと贈ってくれたデバイスには複数の通知を知らせる音が鳴り響いていた。自分の担任の教師をはじめ、六合塚さん、征陸さん、唐之杜さん、青柳さん…そしてノブ兄。

 

友達や、勿論兄からの連絡は一切入らない。

そっとデバイスに触れ、メッセージを確認していく。

 

 

 

"舞白ちゃん。怪我の具合はどう?明日、宜野座が薬を―――"

 

"何かあったらいつでも連絡してくるんだぞ。老耄の話なんざ、面白くないかもしれないが―――"

 

"お姉さんのセクシーショット送っちゃう♡"

 

"舞白ちゃん。必要なものがあればいつでも言って?仕事の合間にはなるけど―――"

 

 

 

「……優しいな…」

 

今の心の支え、それは公安局の皆だった。

"分かってくれている"、ただそれだけでも心がホッと休まっていく。

 

 

 

"痕は引いてきたか?"

"病院に行くなら言え、連れていく"

"午後からは雪が降るみたいだ、短パンはそろそろやめろ"

"ちゃんと食べてるのか?"

"ニンジンも食え"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"今日はお前が好きなカレーを作ってやる"

 

 

 

 

「…だから、来なくていいって言ってるのに。」

 

腕時計型のデバイスをテーブルにポンっと投げ置くと、ソファに体を預け、ふと壁掛け型の時計に視線を向ける。

 

 

時刻は18時過ぎ。

そろそろ現れるだろう―――

 

 

 

 

"ピンポーーン"

 

 

刹那、舞白の予想通りインターホンが鳴り響く。ソファから体を起こし、モニターに視線を向けると違和感を覚える。

何か変だ、……映し出された場所がマンションのエントランスではなく、部屋の前。しかもまさかの公安局のマークの入ったかんし感ジャケットを身につけたまま…

 

 

 

裏工作をしてエントランスのオートロックは抜けてきたのだろう。このマンションは部屋の前は完全に外だ、それに予報通り今日は大雪…

 

 

 

 

『来たぞ。』

「なんで部屋の外にいるの。オートロックなのに。」

『ほかの住人がたまたま前にいてな。それに乗じて侵入した。』

「帰って。」

『帰らない。』

「…………」

『どうせ何も食ってないんだろ。今日はお前の好きなカレー…』

「いいから帰ってよ!…私に関わらないで。どうせ、このままいけば私は施設行きでしょ?……もういいから、帰って。」

『帰らない、と言ってるだろう。それに俺は明日休みだ、いつまでも待ってやる。』

 

今日はどうやら引かないらしい。明日が休みだから、いくらでも相手になってやるぞ、と言わんばかりの強気な発言に、舞白はグッと唇を噛み締める。

 

 

「―――勝手にすれば。」

 

冷たい言葉を放つ―――

インターホンの電源を切ると、再びソファに身を預け、クッションを頭に乗せる。音を遮断するかのように、自身の頭にクッションを更に押し込めば、モヤモヤとした変な気持ちが込み上げてきた。

 

 

こんな寒い日に、せっかくの明日の休みを無駄にしてまでここに来る理由が分からない。

 

なぜ、兄があそこまで荒れ狂ったのか、その引き金となった事件は知らない。宜野座はそれに責任を感じて、妹の自分にそこまで干渉してくるのか、それともただ単に心配なのか、全く訳が分からない。

 

仕事着のジャケットを脱ぐことさえも忘れ、おそらく職場からそのままやってきたのだろうか。

 

……本当に考えられない…

 

 

┈┈┈

┈┈┈

 

 

 

悶々とした気持ちを抑えながら、ひたすらに時が過ぎるのを待つ。さすがにこんな大雪の日に、ずっと外で待っているはずがない。さすがにそこまでの無茶苦茶な行動は起こさないはずだ。

 

 

クッションをずらし、時計に視線を向ける。

宜野座が現れて40分が経過。さすがにもう帰っているだろう…なんて考えながら、舞白はリビングから玄関に向かい、足音を立てないようにそっと覗き穴から部屋の外を確認する。

 

視界に映るのは扉にもたれ掛かり、蹲る宜野座の姿。外は吹雪、どう考えても常人じゃない、寒さで死ぬ……

 

 

「((……まだ帰らないの……?ていうか…寒くて死んじゃ―――))」

 

 

自分の稚拙な予想をはるかに上回る宜野座の行動。

するとその瞬間、宜野座の体がパタンと倒れる光景が覗き穴から伺えると、舞白は思わず両手で口を塞ぐ。

 

 

 

 

「ちょ…ちょっと!ノブ兄!!」

 

"ガチャ"っと鍵を開ける音。

扉に伸し掛る宜野座の体をなんとか押し込み、部屋の扉を大きく開く。外の冷たい吹雪が強く吹き荒れる中、宜野座の体を掴み、部屋の中へと引き摺り込んでいく―――

 

 

「ノブ兄!!起きて!!……どうしよう……凍死なんて―――」

 

扉を閉め、玄関の壁に座る形で、もたれ掛かる宜野座の目の前にしゃがみ込むと必死に声をかける。閉じられた瞳、…心音は?

 

「……ッ…」

 

宜野座の胸元に耳を宛てがう。

 

 

 

 

 

「―――やっぱりお前は甘いな。」

 

その瞬間、宜野座の声がハッキリと聞こえると、そのまま胸に引き寄せられる形でグイッと抱き寄せる。わしゃわしゃと頭を雑に撫でられると長い黒髪が四方八方に、バサバサと荒れていく―――

 

 

 

 

 

 

 

「……狡い、騙したんだ。」

「死ぬかと思ったさ。」

「…………」

 

舞白は両手を突き出し、宜野座から離れる。どこか気まずそうな様子の舞白の姿。昨日ぶりとはいえ、更に痩せたような姿を目にすると、宜野座は目を伏せ、ため息を吐く。

 

「"本当に"、嫌なら外で待ってる。お前の気が変わるまで。」

 

嫌なら"帰る"という選択はないらしい。

意地でも待ち続けると、宜野座の真っ直ぐな視線が向けられる。

 

 

「狡いよ。」

「何がだ。」

「………私が、なんて言うか分かってるんでしょ。」

「さあな。」

 

"フッ"と、まるで自分を嘲笑うかのように向けられる視線。何をしても、どれだけ拒絶しても、目の前のこの男は決して折れない。ほんとうにこのまま追い出せば、おそらく凍死は確実。

引き下がれないであろう状況に追い込まれる舞白。

間違いなく、相手は2枚も3枚も上手の策士だ。

 

 

 

 

 

「…もういいよ。寒いし、風邪ひくから。」

「……舞白」

「風邪ひいて、私のせいにされたくないし。それにその"ジャケット"。また変な噂流されるから厄介なの。」

「フッ……」

 

狙って着てきたのか!?と舞白は宜野座を睨みつける。2人はやっとその場から立ち上がり、リビングへと歩き向かう。

 

 

 

「で、なんでお前は真冬に半袖短パンなんだ。あれほどやめろと…」

「暑がりだからいいの。」

「……何か病気なんじゃないか?」

「もー、うるさい!ガミガミ言うのやめてよ。」

 

いつもの"ガミガミ宜野座"

でも何でだろうか、不思議といつもの調子が戻ってくるような感覚。ハッキリと会話もできるし、表情が綻んでいくのが分かる。

 

 

「読んだ本は片付けろ。…にしても、お前ここ数日何も食べてないだろう?」

「食欲無いからいいの。」

「…………」

「ちょっと、何じっと見てるの!変態!」

「……女性は、ある程度肉付きがないと…」

「あー!セクハラ!征陸さんにチクるから!」

「言っても無駄だ。なんせ俺は監視官だからな。」

「うわー、職務乱用。……だったら青柳さんに全部報告―――」

「それはやめろ」

 

 

普段はそんなことをあまり口にしない宜野座に舞白は調子を狂わされていく。不思議なことに、誰とも会話をまともに交わさなかったこの数日間。それが嘘のようにポンポンポンと次から次へといつもと変わらない様子で言葉が飛び出していく。

 

そして無意識に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「存外、元気そうで安心した。やっと表情が戻ったな。」

「…え?」

 

宜野座はつんつんと自身の口元を指さす仕草を見せる。無意識に綻んだ口元、頬。両手のひらを頬にあてがい、その間隔をつかむようにグリグリとマッサージするように手元を動かす。

 

 

「お前が落ち込んでいると、皆不思議と気分が削がれる。俺も、一係の奴らも……お前の兄貴もだ。」

「……でも、…お兄ちゃんは―――」

「話は後だ。――ほら、お前はさっさと部屋を片付けろ。その間に晩メシを作ってやる。」

 

慣れた様子でキッチンに向かう宜野座。次々と調理器具を出していけば、早速調理に取り掛かる。久しぶりに誰かがいる空間に、舞白はひそかに高揚感を感じていた。積み重ねられた本を棚にしまいつつ、柔らかな香りに不思議と食欲も湧き始めていた―――

 

 

 

 

 

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「この目元の痕は殴られたわけじゃないの。むしろこれが引き金になっちゃったというか…」

 

 

ダイニングテーブルを挟み、向かい合う2人。宜野座が作ったカレーを少しづつ口に運び込みながら、あの時のことを話し始める。

 

「お兄ちゃんを落ち着かせようと、止めに入った時に振り払われて…。その時に、棚に右目をぶつけたの。それで私が倒れ込んで、そこから……お兄ちゃんは私に謝り続けて…気づいたら首に手をかけられてた。」

 

「もうそれ以上その事を口にしなくていい、濁るぞ。…当時のあいつのサイコパスはオーバー200だった。錯乱状態でもあったからな。」

 

「……お兄ちゃん、どうしてるの?」

 

「あいつは今―――」

 

 

サイコパス矯正センター。

ピーク時よりかは色相、犯罪係数ともに落ち着いてきたものの、100以下に下がる兆しは見られない。監視官に戻る可能性はほぼゼロだと言われ、執行官として戻るのが最善の方法。

 

佐々山が殉職した"あの事件"。手がかりはゼロ。しかし、狡噛がそのまま放置するとは考えにくい。…だとすれば、執行官として再び公安局に戻ってくることは予想されるが、実の妹に関しては―――

 

 

 

 

「……お前とは縁を切りたい、の一点張りでな。勿論お前の将来を考えてのことだ。」

「……………」

 

スプーンを持つ手が止まり、じっと手元を見据える。その様子を、宜野座も手を止めれば、心配そうな眼差しで舞白を見守っていた。

 

「お前に手をかけたこと。親族が頼りにならない事も考えて、それが最善だと…」

「お兄ちゃんらしいね。相変わらず。」

「……落胆しないのか?」

 

意外とあっけらかんとした様子。もっと悲観するのかと思いきや、むしろ困ったような呆れたような、曖昧な表情で笑みをこぼしていた。

 

「私は縁を切るつもりなんてない。…正直、凄くしんどいけど。…阻害される気分ってこんな感じなんだなって、身をもって感じたよ。」

「それが要因で、学校に行くのを躊躇ってるのか?」

「……恥ずかしながら、そういうこと。弱いよね、こんな事で…登校できないなんて…自分でも驚いてる。」

「恥ずべきことじゃない。そう考えるのは当たり前だ。……俺も口煩く、学校学校と…悪かったな。」

 

 

学校でどんな目にあっているのか、そこまで聞く気もなければ、だいたい想像が着いた。宜野座も過去に学生生活で受けた、辛い現実を思い出す。

 

"潜在犯の父を持つ可哀想な奴"と周りから冷ややかな視線を向けられ、毎日が苦痛だった。暴言や暴力、嫌がらせも幾度となく受けてきた。その度に、自分を見失っていく感覚に何度襲われる―――

 

だが、そんな中でも狡噛だけが自分をを"宜野座伸元"というひとりの人間として捉えてくれていた。そして差別を受けていた自分に颯爽と手を差し伸べ救い出し、当時は大きな希望になった。

 

 

必ず、誰かが見てくれている。

そして手を差し伸べてくれる。

 

 

 

「舞白。今は本当に辛いと思う。…それは、俺も理解してる。」

「うん」

 

舞白は視線を手元に向けたまま、小さく呟く。

宜野座は諦めることなく、必死に声をかけ続ける。

 

 

「でも……諦めないで欲しい。必ず、お前の味方になる人間がどこかに居ることを信じるんだ。…必死に食らいつけば、必ず何かが起こる。」

「………うん」

「それに―――」

 

舞白の右手にそっと手を伸ばし、優しくその手を撫でれば、虚ろな舞白の視線がやっと自分に向けられる。同時に、様々な思いを乗せた笑みを向け、言葉を続ける―――

 

「お前を大切に思っている人間が沢山いる事を忘れるんじゃない。お前は独りじゃない。…俺も、征陸も六合塚も…青柳も唐之杜も……、狡噛…お前の兄貴もついてる。」

 

"そうだろう?"と最後に付け加えれば、舞白の瞳からポロポロと涙が溢れ出す。フッと、胸に重苦しく絡んでいた鎖が解かれていくような、そんな感覚。ずっと言って欲しかった言葉。独りじゃない、と分かっていたことだが、やはりそれを誰かの口から直接言われると、やっと安心できたのか全てが解かれていくように、涙が止まらない。

 

 

 

右目の眼帯を取り外し、ついには嗚咽しながら、わんわんと更に涙を流していた。

 

「…う…ッ……うう…」

「……舞白…」

 

ここまで涙を流す彼女を見るのは初めてだった。どちらかというと、舞白は兄同様に強い心の持ち主で、隙を見せない性格。涙など滅多に見せない、鋼の精神を持っている人間、だなんて思っていた。

しかし、どうやらそれは違ったらしい。過信していた。彼女は年相応の普通の少女だった。

 

「…ほら、涙を拭くんだ…」

 

慌てた様子で立ち上がり、近くのティッシュケースを片手に舞白の隣に腰を下ろす。ぽたぽたと流れ続ける涙を必死に拭えば、優しく背中を摩ってやる。

 

 

細くて丸い、女性らしい背中。

あんなに幼かった少女が、気がつけば大人へと少しずつ近づいていく。そして彼女に重くのしかかる現実。体の成長とともに、その様子をヒシヒシと感じている宜野座は、その姿にどうしようもない"愛しさ"を感じていた。

 

恋愛感情では無い。ただただ愛おしい―――

兄妹というのは、こういう気持ちなのだろうか、と。

 

 

 

その分、やはり狡噛の言葉は許せないという気持ちが強くなっていた。妹の本心、兄と縁を切りたいという考えは一切見られない。"縁を切りたくない"とはっきり口にしたのだ。例え自分自身の状況が辛くて過酷だとしても、妹は兄を信じていると、ずっと一緒にいたいんだと。

 

 

「……お前の気持ちは、俺が受け取った。あとは任せろ―――」

 

すっぽりと自身の胸に舞白を収め、優しく抱きしめる。そして舞白の頭部に、自身の顎を乗せ、呼吸のスピードに合わせて、トン…トン…と幼子をあやす様に優しく叩く。

 

 

愛おしい、…愛しい。

そんな曖昧な、擽ったい感情が、宜野座の心を包んでいく―――

 

 

 

 

 

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「お早う。舞白。」

「……おはよ…ノブ兄…」

「お前…制服―――」

 

当たり前のようにキッチンに立つ宜野座。

朝食の準備をしていると、現れた舞白の姿に目を見開く。

 

既に身支度は終えられており、いつもの制服を纏う舞白。長い黒髪は綺麗にポニーテールに結われており、眼帯をしているものの、キリッと切れ長の瞳に、矯正な顔つき…、いつもの舞白だったのだ。

 

 

「行くのか、学校に。」

「うん。」

「…もし、昨日の俺の言葉が、お前を無理強い…」

「違うよ、自分の意思。私が行くって決めたの。」

 

紺ソックスをその場で履くと、朝食を作る宜野座の横に向かう。そして背丈の高い相手を見上げると、爛漫な笑顔を見せる。

 

 

「ありがとう。…それとごめんなさい。ノブ兄。」

「別に、感謝されるようなことも、謝られる様なことも何もしてない。」

 

相変わらずのツンケンした態度。

そして久しぶりに見たメガネをしていない宜野座の姿は、やっぱりカッコイイ…なんて、密かに考えてしまう。

 

 

 

「仕事も忙しいのに、毎日毎日来てくれて。でも、私はそれを何度も突き放して、嫌な思いをさせて…」

「嫌な思いなんてしていない。俺が望んでやった事だ。」

 

間髪入れずに返される返答。決して舞白を咎めることなく、その言葉に宜野座の優しさがハッキリと伺える。

 

 

「時間が許す限り、これからも顔を出す。…お前がちゃんと食事を摂っているか確認も兼ねてな?」

「でも疲れちゃうよ?それに、ダイムが寂しいんじゃ…」

「ダイムも連れてくる。あいつも、お前に会えて嬉しいだろうからな」

 

じゅうううう〜、と美味しそうな目玉焼きの音と匂いとは別に、宜野座は冷蔵庫からウインナーを取り出すと手際よくあるものを作っていく。

 

 

「たこさんウィンナー?」

「学校行くなら弁当が必要だろう?ついでだ、作ってやる。」

「お弁当にニンジン入れないでね。」

「……今日だけだぞ、そのワガママは。」

「やった〜!」

 

ぴょんっぴょんっと嬉しさを身体で表現する舞白に、宜野座はフッと笑みを向ければ、復活し始めるその姿に安堵していた。

 

"天真爛漫"

やはり、彼女にはその言葉が一番似合う―――

 

 

 

 

 

「…ちょっと待て、スカートの丈が短すぎるんじゃないか?」

「別にこれくらい普通だよ?スカート丈の校則は無いし…」

「いや…前より短くなってないか?」

「身長が伸びたからじゃない?大人に近づいてる証拠だよね〜」

 

"ノブ兄に届くかも"なんて口にしつつ、自分の背丈と宜野座の背丈をまるで比べるように手をのばす。すると、フフンと怪しげな笑みを舞白に向けると、意地悪そうに口を開く。

 

 

「ほう。そんなお前が昨晩は"添い寝してくれ、手を握れ"と甘えてきたのは幻か?まだまだお子様だ、お前は。」

「ちょっ…、うっ……うるさい!しーーっ!しーーーっ!だからね?絶対誰にも言わないでね!?」

「……お子様、に関しては否定はしないんだな…」

「………………」

 

顔に恥じらいの色が溢れ、スカートの裾をギュッと掴み、唇を噛み締める。

 

舞白は昨晩の自分の行動を悔いていた。昔のように、大好きな宜野座の傍で眠りたい……だなんて、そんな事をついつい考えてしまった挙句、その優しさについつい甘えてしまった。去年の誕生日のときから、やけに宜野座を意識してしまう自分。

 

兄よりも、そして世の中の同年代の女子の中でも比較的身長の高い自分より、更に高身長な宜野座。メガネをかけている時は何となく野暮ったいイメージを抱くが、その下の顔は整っており、所謂"イケメン"というものに分類されるであろうか。手際よく料理をするその手元、骨ばった男らしい大きな手、指。

 

"舞白"と呼ぶその"声"に、微かに胸がドキッと高揚する。

 

小さい頃に抱いていた感情とは違う、この気持ち……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……変態」

「はっ、…はあ?」

「そんなにジロジロと……」

「違う違う!ていうか、スカートの丈を指摘してきたノブ兄に言われたくないし!」

 

 

ケラケラと笑い合う2人。

歳が離れていようが、互いに歳を重ねていこうが、幾ら時が経ってもこの関係性は変わらない。

 

実の兄とは違う安心感。

この人がいてよかった、と。

心の拠り所、心の支え、間違いなく宜野座はそんな存在だった。

 

 

 

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同じ制服を纏う生徒たちで溢れる通学路。

たった数日ぶりに訪れるが、やはり酷く緊張してしまう。

 

 

 

「無理はするな。引き返してもいいんだぞ。」

「…………ふー……」

 

運転席から舞白の様子を伺う。酷く緊張しているのか微かに手が震えていた。学校が近づくにつれて、ドクドクと心音が大きく耳元で鳴り響く感覚、できるなら、この場から逃げてしまいたい―――

そんな葛藤をする彼女の姿に、宜野座も見覚えがある。そしてその状況を一番理解していた。

 

彼女は必死に前に進もうとしている―――

 

 

 

「……よしっ……行ってくる!!」

 

パチンっ!と両頬を叩き、自分を奮い立たせる。車の扉を開け、学生鞄とお弁当が入れられたランチバッグを手に取ると、そっとコンクリートの地面に足をつける。

何年も通っている場所なのに、まるで初めてこの場所を訪れるような緊張感。

 

「((お兄ちゃんだって1人で頑張ってる。……私もそれに負けないように、踏み出さないと……))」

 

 

キリッとした瞳を学校に向ければ、1歩1歩と歩き始める舞白。学生の波に飛び込んでいくその後ろ姿を、宜野座は見えなくなるまで―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、思いきや。舞白は"ハッ!!"とした表情を向けると、再び車へと駆け戻ってくる。

 

まさか"臆したか……"なんて宜野座は脳裏に浮かべるも、再び開けられた助手席側の扉から、満面の笑みを浮かべた舞白がひょっこりと顔を覗かせる。

 

 

 

 

 

 

 

「言い忘れちゃった。

―――大好きだよ!ノブ兄!」

 

 

「……は……?舞白―――」

 

それだけを口にして再び学校へと向かい始める舞白。宜野座は呆気にとられたように、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。15歳のまだまだ青い少女の可愛らしい発言。

天真爛漫で、明るくて可愛らしいその性格は変わっていないことに安心していた。

 

切り替えの早い彼女の精神力は、自分より遥かに強かった。

 

……彼女なら、きっと大丈夫だろう。

どんな困難がこの先に待ち受けていても、きっと乗り越えられる、と。

 

 

宜野座は、そんな彼女が見えなくなるまで

そっと見送ったのであった。

 

 

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同日 午後―――

 

 

―――足立区立サイコパス矯正医療センター

面会室―――

 

 

 

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「―――という事だ。

それでもお前は、あいつと縁を切るって言うのか。」

 

 

透明の壁の先に、少しは"正気"を取り戻したらしい狡噛の姿があった。悪化していた色相や犯罪係数は、勿論潜在犯のラインを記録しているものの、数日前に比べて落ち着いていた。

 

心做しか、その瞳も若干の人間らしさを感じる。

 

 

「身元引受け人に俺が声を挙げたが、やはり却下された。お前達の親族全員に声をかけ続けているが、どいつもこいつもまともな返事は無い。……もう、悠長に待っていられない、いつ施設側から声がかかるか分からないぞ。狡噛。」

 

「………――りだ………」

「なんだ?」

 

眉を引っ提げ、ボソッと呟く狡噛の言葉は聞こえない。宜野座は食い気味に壁越しの相手に寄れば、今度はハッキリと狡噛の言葉が聞こえる。

 

 

「無理だ。……それに、俺が舞白に関われる資格はもうないだろう。……俺はあいつを殺しかけた、その時の……あいつの細い首を掴む感触が、恐怖に怯える瞳が………頭から離れない。」

 

「…………は?」

 

気づけば、両手拳を強く握りしめていた。

この壁が無ければ、間違いなく目の前のこの男を殴り飛ばしていただろう。

 

憤りに似た感情が突き上げてくる。

言いようのない憤りで、体が震え始める。

 

 

「…………お前は、最低なクソ兄貴だ。」

「どうとでも言え、お前の言う通―――」

「舞白が、この数日間、たった1人で!……どんな気持ちで過ごしていたのかお前には分からないだろうな!」

 

ここまで狡噛に怒鳴り散らすような行動を起こすのは、恐らく初めてだ。さすがの狡噛も宜野座が怒りに震える姿に驚きが隠せない。

 

「学校でも蔑まされ、それに独りで耐え続けて、食事もまともに喉を通らず、家でたった1人、時計を眺めて、1人で時が過ぎるのをただただ待ち続ける。……その空白の、自分を憐れむその時間、…お前は分からんだろうな!」

「―――ッ」

「お前が突き放しても舞白はお前を信じ続けて、漸く1歩踏み出したんだ。体が震えるほど恐怖におののきながら、あいつは前へ進むと決めた。―――何故だか分かるか?」

 

宜野座は椅子から腰を持ち上げ、壁を1発強く叩きつける。これでもか、と言わんばかりに強く拳を握りしめると、その拳は白く染まっていく様子が伺える。

 

「…………お前を信じてるからだ。お前もこの場所で独りで戦ってると。―――たった1人の血の繋がりを持ったお前を、健気にあいつは信じ続けてるんだ。」

「……くっ…………」

 

狡噛の表情が酷く苦しそうに歪んでいく。

自分が落ちぶれていっても、実の妹は自分を信じ続けている。あんな酷い目に合わせてしまったのに、……それでも尚、兄を信じ続けている。

 

 

 

「それを、お前は本当に裏切るのか?"裏切れるのか?"」

「…………それは……」

「……"知識"だけじゃ幸せにはなれない。一番は肉親の"愛情"だ。想ってやる心だ」

「………」

 

 

狡噛が過去に舞白に向けての想いを口にしていた。

 

 

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"知識は力なり、そう言うだろう?人間の知識と力は一致する、

舞白は父親と母親からの世間一般的な愛情というものはほとんど受けていない。兄の俺にも出来ることは限られてる。…だったら俺らしく、あいつに何か残せるなら、それは知識だと思ってる"

 

 

 

"将来、あいつが困らないように

普通の生活を、普通の人生を

そうでなくなったとしても、最終的に幸せになってくれれば

それでいい、兄としての本望だ―――"

 

 

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「あの時の言葉、あながち間違っていない。……だが、"今の"舞白にはお前が必要なんだ。"才覚を持て"、こういう事はケースバイケースなんだよ。……お前が考え直すなら、こっちも上に掛け合ってやる。お前の嗅覚は執行官にピッタリだろう。―――」

 

 

 

 

心を動かされたのだろうか、微かに狡噛の様子が変わっていくことに気づく。

その表情はあとひと押し、という決意のような、迷いのようなものをみなぎらせていた。

 

 

「連絡。待ってるぞ。」

 

"じゃあな"と口にすると手荷物とコートを手に取り、部屋から出ていく。

 

もう、これ以上の言葉を狡噛にはかけられない。自分の気持ちも、舞白の気持ちも代弁したつもりだ。

―――これで、こいつが一切何も変わらないのであれば"そこまでだった"

。それでいい―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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同日 午後12時過ぎ―――

―――新麻布中等教育学校

 

 

 

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「うーーん……やっぱり、私は除け者か。」

 

久しぶりに登校するも状況は何一つ変わっていない。むしろ、ある事ないこと広まっている噂は更に酷いものになっており、コソコソと聞こえる会話から思わず耳を背けたくなる。

 

しかし、それは噂だ。真実では無い。

―――諦めるな―――

昨日の宜野座の言葉が繰り返し脳裏に再生される。

 

 

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"諦めないで欲しい。必ず、お前の味方になる人間がどこかに居ることを信じるんだ。…必死に食らいつけば、必ず何かが起こる"

 

 

 

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それに、自分は独りじゃない。

お兄ちゃんもノブ兄も……公安局の皆も、そばに居る。

 

 

 

 

「((こうなったら、勉強でもなんでも、我武者羅に今まで以上に取り組んで、皆をビビらせてやるんだから))」

 

"次の考査も、満点通過で日本一記録のポイントたたき出してやるわ"なんて自分を奮起させると、ランチバッグを手に取り教室から出ていく。食堂ならば、多少は冷たい視線も感じにくい、他の学年や他のクラスにも恐らくは噂が広まっているのは重々承知しているが……

 

コソコソと逃げてばかりじゃ性にあわない。

堂々と人前に出てやる、と強く決心するのであった。

 

 

 

 

 

 

「……ほらあの子でしょ?潜在犯の―――」

「俺だったら絶対無理だわ。普通退学するだろ?」

「頭良くても、身内に潜在犯がいたら将来なくない?シビュラにどんな職能適性診断されるんだろうね?」

「近づいたら色相濁るってー―――」

 

 

 

聞くな、見るな。

外野のことなんて放っておけばいい。

 

―――でも、少しでも気を抜いたら、たまらなく怖くなってしまいそうで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ?一緒に食べていい?」

 

 

 

 

突如、自分の目の前の椅子に座る"美少女"。栗色のふわふわとした髪の毛に、長いまつ毛……正に"イマドキ"の女の子。それに……ふんわりと甘い良い香りもする―――

 

 

 

「…構わないけど、私のそばに寄らない方がいいと思うよ?変な目で見られるし―――」

「変な目?そんなの気にしないけど?あんなのほっとけばいいのよ。」

 

"おじゃましま〜す"と学食のオムライスが乗った皿を置き、ニコニコと笑みを向ける美少女。

……そしてみんなの視線は、舞白ではなくその美少女に向けられ始める。

 

 

「ねぇ、ちょっと……本当に離れた方が―――」

「私もね、入学当初は色々周りから言われたの。社長令嬢がこのエリート校に入れるなんて、お金詰んだとか、裏口入学したーとか」

「……はい?」

 

パクパクとオムライスを口に運んでは、手元のスプーンをゆらゆらと揺らし語り始める美少女。……そういえば、この子……どこかで見た気も―――

 

 

 

 

 

 

 

「……その時、あなたが助けてくれたのに、覚えてないの?」

 

私がこの美少女を助けた?

……記憶になくて、思わず考え込んでしまう。

ニコニコと表情を変えないその相手は、舞白の反応に可笑しそうに声を挙げれば、じっと自分を見据えてくる。

 

 

「"この学校が、不正やお金で入学を許可するような三流校だと思ってるの?"って。コソコソ文句を言ってた人達にすれ違いざまに放ったあの言葉―――かっこよかったな〜〜」

 

…………あー……なんとなく

思い出したような。(ほぼ覚えてない)

 

 

「それからクラスは一緒にならなかったし、ここ生徒数多いじゃない?だから接点もなくて声もかけられなかったしさ……、いつも取り巻きに囲まれてたし?狡噛さん。」

「取り巻き?」

「……狡噛さんって、実は少し天然なの?鈍感?」

 

確かに近づいてくる女の子たちはやたら多かったけど。

……あれは取り巻きだったのか?

 

ボーッと目の前の美少女を眺めていると、刹那、その美少女の友達と思われる人達が現れる。

 

「"咲良"。こっちおいでよ?……その子、あの噂の子だよ?」

「そうだよそうだよ。色相濁っちゃうし、咲良も被害―――」

 

「え?なんの事?……私の色相濁ってないでしょ?―――ほら、"ペールピンク"。……ていうか、色相が好転してるんだけど!」

 

自分のサイコパス情報をデバイスを通して見せつける"サクラ"と呼ばれる美少女。どうやら、本当か嘘かは知らないが、色相が好転したらしい。

 

 

「私、今日は狡噛さんとお昼ご飯食べるって決めてたの。だからごめんね〜!」

 

パチンっと両手を合わせ謝る仕草を見せる。

その姿に周りの友人達は戸惑う様子を見せつつ、自分たちから離れていく。

すると再びデバイスを懐に戻し、ニコニコと笑みを向けられる―――

 

 

「狡噛舞白さん。舞白ちゃんって呼んでいい?」

「別に構わないけど―――」

 

グイグイと距離を縮めてくる相手に、珍しく押され気味な自分。

 

 

「……気をつけた方がいいよ?私の兄の潜在犯の話は本当だし。それにあなたの友達も―――」

「決めるのは周りの目じゃない。自分自身でしょ?私はあなたとお昼ご飯食べたいな〜って思ったから声をかけただけなんだけど。何か問題ある?」

「……ナイデス」

「はい、問題なし!って……自己紹介してなかったね?私の名前は"花橋咲良"。気軽に好きに呼んでね?」

 

スっと手を差し出されると"握手♩握手♩"と口ずさむ"咲良"。自分以上に天真爛漫な彼女に、舞白は心を開いていく。距離感ゼロの相手の言動に、思わず無意識に笑みをこぼしていた。

 

「それと、私は花橋コーポレーションの社長令嬢。この国の未来を担うドローンの開発のために、私も私で情報収集をしてるの。―――考査の日本一のポイントを叩き出してる舞白ちゃんに、ぜひ助言を貰いたくて。」

「……ふふっ……普通その事をわざわざ言う?敵作りやすいでしょ、咲良ちゃん。」

「どうでもいいの。自分は自分、あなたはあなた。それ以上のものは無い、そうでしょ?他人の言うことなんてほっとけばいいの。」

 

良く言えばポジティブ

悪く言えば……多分この子は天然……

 

気づけば敵を作ってるタイプ。だけどそれを気にしない性格なのだろうか。でも、何故だろう、嫌いになれない。むしろこの明るい性格に、舞白も惹かれ、つられてしまう。

 

 

相手が口にするオムライスを見ると、自分もグウっとお腹を鳴らす。テーブルに乗せた自分の弁当箱の蓋を開くと、色とりどりの可愛らしい中身が目に入る。

 

有り合わせといえど、しっかりと栄養配分が考えられた宜野座のお弁当に、舞白は頬を緩ませる。……ニンジンは約束通入れられてない。

 

 

「うわ〜!お弁当おいしそう!自分で作ったの?お母さん?」

「ううん。自分でも、お母さんでもなくて…」

「ということはお父さん?すごーい!」

 

「……それも違くて」

 

 

「と、いうことは…

……実は彼氏がいたり???」

 

 

普通この流れだと、次の候補は普通祖父母の名前が出るはずなのだが。何故か"彼氏"というワードが出されると、つい相手の言動に再び声を出して笑ってしまう。

 

「ふふふっ……飛びすぎでしょ?それに彼氏じゃなくて、……まあ幼なじみのお兄さんっていうか……」

「え!?何その関係性!…お兄さんってことは年上の男の人って事でしょ?めちゃくちゃ気になるんだけど―――」

 

 

「咲良〜、なんの話ししてるの?」

「舞白ちゃんの極秘情報暴いてるの。」

「何それ?面白そう。……えっと、あなたは確か……狡噛さん?だよね?―――」

 

 

 

他に比べ明らかに盛り上がる自分たちのテーブル。すると、咲良の人柄の良さなのか、明るい空気感なのかは不明だが、不思議と人が集まってくる。集まる人の中には自分の噂を知らない人も、知ってる人も混ざっているだろう。

 

でも、なんだか気にならなくなってしまった。

自分は自分、……そうだよね。彼女の言う通り―――

 

 

 

 

"必ず、誰かが見てくれている

そして手を差し伸べてくれる―――"

 

 

それは彼女、……花橋咲良なのかもしれない。

宜野座がかつて、狡噛に救われたように。

 

舞白も彼女に救われたのだ。

 

 

 

 

 

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2120年8月―――

―――外務省東京本庁 トレーニングルーム

 

 

午後18時過ぎ―――

 

 

 

 

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「……ッ……まし……、ろ」

「……っ……ぐ……う……」

「ぁ……ぐ……はぁ……、やめ……ろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マットが敷かれているトレーニングルームの一角。

宜野座は舞白に背を取られ、後ろ手に組まされると床にねじ伏せられていた。容赦なく背に乗りかかる舞白の長身。体重は軽くとも、筋力は女性離れした力を持っていた。グググッ……と、さらに力が込められると、宜野座は更に苦しげに表情を歪ませる―――

 

 

 

 

 

「―――そこまでだ。舞白の勝ち。」

 

そして狡噛の審判が下ると、舞白は体を離し、飛び跳ねながら喜びを全身で表現していた。

 

 

「やった〜!3勝1敗!」

「…………はぁ……はぁ……」

「伸元さん、弱すぎ。手抜いてない?」

「……本気だ、本気……」

 

 

2人はタオルで汗を拭き、水分の補給を行う。そして狡噛は半ば呆れたような様子で、宜野座にある指摘を漏らす。

 

 

「ギノ……あんまり変な声出すな。声だけ聞いてたら―――」

「あのな狡噛……ッ……俺はそんなつもりは無いし、むしろ苦しんでたんだが。」

 

宜野座の苦しむ艶のある声。

声だけ聞くと、必ず全員が勘違いをしているだろう。

 

 

「伸元さんって艶のある声質だから、下手したら何でもかんでも色っぽい声になるよね?」

「……やめろ、舞白。」

 

へへへ〜、と呑気に笑い、傍らのベンチに腰を下ろす。続いて狡噛と宜野座も舞白を挟む形で隣に腰を下ろす。不意に2人を交互に見上げると、率直に思ったことを口にする。

 

 

「……2人の関係性っていいよね」

「どうした急に。」

「俺と狡噛の、という事だよな?」

「うん。」

 

 

何十年も連れ添った親友。

狡噛は監視官、執行官、そして逃亡犯に捜査官。宜野座は監視官、執行官、そして捜査官。

 

1度姿を消した親友の狡噛と、こうやって再び外務省特別捜査官として再びタッグを組んで……

本当に、2人は切れない縁で繋がっているんだなあ……なんて思う。

 

 

「お前も刑事課の課長と仲が良いだろ。それと一緒だ。」

「まあ、それはそうなんだけど……。ほら、昔からの地元の友達っていうか、昔から自分を知る親友ってすごいな〜って」

 

舞白に至っては1度は蔑まされた経験はあるものの、咲良の登場によって友達も増えた。

しかしその後、"あの事件"に巻き込まれ、結局海外へ姿を消し、誰とも連絡を取ることもできなかった。そして"今も"、友達と呼べるのは霜月しかいない。

 

 

「どんな時も、昔からそばに居てくれる"相棒"って感じ。……何かあると必ず2人が一緒になって助けてくれるし。それに、お兄ちゃんが大変だった時も、相棒の伸元さんが救ってくれて……」

 

「ほとんど、振り回されていたのは俺だがな。」

「そりゃ悪かったな、ギノ。」

「……私を挟んで啀み合うのはやめて欲しいんだけど……」

 

グイッと左右に座る2人の胸を押す。いくつになっても変わらない2人組は、やはり羨ましく感じる。昔から、互いを助け合う親友。……自分も、もし咲良が生きていたら……と想いをめぐらせていた。

 

すると、その様子に気づいた狡噛と宜野座は、瞬時に視線を合わせれば、一緒になって舞白の頭をクシャクシャと撫で回す。

 

 

 

 

「ちょっ……2人とも……」

 

"やめて!"と2人の手を振り払い、ベンチから立ち上がると腰に手を添え、キッと睨みつける。

 

 

「らしくないこと言うんじゃない舞白。……全く、お前ら兄妹は手を焼…」

 

 

「そうやってすぐに"兄妹"で括り付けるのはやめろ。」

「そうそう、"ガミガミ伸元さん"―――」

 

やいやい、と口うるさい宜野座に向かって言葉を吐く狡噛兄妹。そしてその2人は視線を向けると、息ピッタリで声を合わせる。

 

 

「な?」

「ね?」

 

 

似た目元の2人に視線を向けられる。

かつて、バラバラになりかけた目の前のこの兄妹が、今こうやって目の前にいる光景。

 

狡噛と宜野座もだが、狡噛と舞白も結局は切れることの無い縁で繋がっていた。

 

"相反する感情や考え方"は人間誰しもが抱えていること。肯定的な感情・否定的な感情……、しかし同時に人間は心を持っている。

 

最終的に、相反する感情が併存していたとしても、"愛情や人情"が人を動かす。心、感情、気持ち、……想い合うその気持ちがあったからこそ、この兄妹は今ここにいる。

 

それは、俺と狡噛も同じだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「舞白、今夜はニンジン料理を振舞ってやろう。」

「それは勘弁してください。」

「じゃあ、俺もお邪魔しよう。須郷も誘って、お前達の家で久しぶりに晩飯を食いたい。」

「あと少しで海外の長期任務だし、良いかもね?ニンジンは嫌だけど…」

「狡噛、須郷に連絡しておいてくれ、俺と舞白は先に食材調達を」

「ねぇ、聞いてる?伸元さん―――」

 

 

トレーニングルームを出て、廊下に響く3人の楽しげな声。

 

願わくば、この縁が切れぬことを―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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翌日―――早朝

―――トレーニングルーム

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……狡噛……もう"ムリ"だ……」

「甘いんだよ。……ほら、もっと力抜け―――」

「ぐっ…………ぁ……あ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トレーニングルームの外。

扉を開いた瞬間、宜野座さんの艶のある声が聞こえた。

 

 

 

 

須郷徹平、御歳30。

確かに、狡噛さんも宜野座さんも昔からの仲とはいえ距離が近いとは知っていたが―――

 

「((昨夜もそうだった。宜野座夫妻の家に招かれ、酒も飲んで……酔っ払った宜野座さんを寝室に慣れた手つきで運んでいたのは狡噛さん。……いや、舞白さんという妻が居ながら……というより、舞白さんも黙認しているのでは……))」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝手に妄想を広げる須郷。

扉は全て開けることができないまま、ただ扉から漏れる宜野座の声に"勘違い"している様子だった。

 

 

「((……ここは立ち去ろう。気づかれないようにそっと―――))」

 

 

須郷は立ち去ろうとしたが、気配はしっかりと残していた。狡噛と宜野座はトレーニングルームの外に誰かがいると察すと、視線を一点に向け、狡噛が声をかける。

 

 

 

「おい!誰かいるのか?」

 

 

その瞬間、ビクッと体を跳ねさせる須郷。

持っていたミネラルウォーターのペットボトルをその場に落とすと、一気に走り去る。

 

 

 

「……のっ……覗いてませんから!

お邪魔しましたあああああああああ!!」

 

須郷の慌てようと、何となく察した2人。

ストレッチをしていた2人は慌てて声を張り上げる。

 

 

「「違う!!」」

 

 

 

 

 

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「……須郷さん。元気ないけど大丈夫?」

 

日中、須郷と任務の兼ね合いで2人で防衛省に向かう車内にて。

ハンドルを握る須郷の表情が、どこかいつもと違う様子だと気づいた舞白は助手席から顔をのぞき込む。

 

 

「舞白さん。」

「はい?」

「……宜野座さんって……その、……あの……、狡噛さんと仲がよろしいようで―――それを黙認されているのでしょうか。」

「……はい?」

 

言葉の意味も、よく分からない言葉の繋ぎ合わせも、全くもって意味不明すぎる須郷に首を傾げる。

 

 

「宜野座さん……確かに色っぽくて艶のある方ですもんね……」

 

「……はい?」

 

「その、もし、なにか……困ったことがあれば……俺にいつでも言ってくださいね。舞白さん。」

 

「――――――はい?」

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

それからというもの、何故か須郷は狡噛と宜野座を目の前にすると、やけに動揺する様子を見せたとか。

 

そして須郷が勘違いしていた事を知った時、あまりの恥ずかしさに半日寝込んだらしい―――

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

ambivalent heart―――

―――【【完】】

 

 

 

 

 

 

 


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