無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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100.英雄試練祭6

想像していたのは、例えば海底から巨大な龍種が出現するとか、大量のモンスターが陸に上がって来るとか。そんな様子。

先程までの話的に恐らく前者が正しいのだろうと身構え、二丁銃をしまって代わりに大銃を構えていたのだが、しかしリゼのその良過ぎる目に最初に映ったのは意外にも龍でもモンスターでもなく人間だった。

全身黒で着込んだ男かも女かも分からない人物が、尋常ではない速さで船を動かしこちらに向かって来ている。それだけを見れば単に祭で浮かれているのか何かかと思ったのだが、リゼが固まっていたのは実際それだけではなかったから。

一直線にこちらに向かって来る船の背後には明らかに異様に膨らみ、迫って来ている巨大な波の姿。しかもその中には黒い巨体も映り込んでいて、それこそが今回の標的であり、先程から海洋全体に響くのではないかと思うほどに凄まじい怨嗟の声を出している者の正体であると、誰もが理解する。

 

「チッ、面倒な!!」

 

「なっ!?そんないきなり!!」

 

ラフォーレが巨大な炎弾を空中に出現させ、リゼの静止など聞く価値もないと切り捨てて、問答無用で撃ち放つ。標的は当然ながら船とそれに乗っている人物であり、直撃すれば中位の探索者でも大怪我は免れないと思えるほどに凄まじい威力と速度を伴った一撃だった。

 

ーーーー!!

 

「なっ!?」

 

しかし船に乗っていたその人物は、直撃しかけた巨大な炎弾を何らかの手段によって蹴り返した。本来ならば接触した瞬間に爆発を引き起こすそれが何故か起爆することがなかった。……魔法の反射、そんなものがあるとはリゼは聞いたこともない。しかし現実的にそれは起きているし、反射された炎弾はこちらに迫って来ている。

 

「ク、クリア!!」

 

「うん、任せて。【水……」

 

「馬鹿正直に迎え撃つな!!全員さっさと退避しろ!!」

 

「え!?わ、分かった……!!」

 

リゼはスズハを担いで、レイナはクリアを担いで、ラフォーレが走っていく後を追っていく。実際のところ反射された炎弾などに構っていられる余裕はなく、船に乗った黒衣の男を追うようにして凄まじい高さの波と共にそれは迫って来ているのだ。海岸に隣接した林の中に逃げ込み、なるべく強靭な木を見つけなければならない。そうでもなければ、戦う以前に飲み込まれる。

 

「クリアスター!!最大威力の水弾をここに置け!!タイミングを見計らって波と相殺しろ!!出来るな!?」

 

「おけ、任せて」

 

「相殺した後は水壁を引け!リゼは視覚強化をしてあの男の動向を把握しろ!絶対に見失うな!スズハはとにかく炎弾を波目掛けて射出しろ!波にさえ当たれば問題ない!難しいことは考えるな!レイナはそのまま待機!スズハの魔法の補助をしながらリゼと情報を共有してあの男の対処に備えろ!!」

 

「「「「は、はい!!」」」」

 

ラフォーレの指示のもと、各々が自分のすべきことをしながら林の中へと突っ込んでいく。山育ちで鍛えた木登り技術は本当にリゼをよく助けてくれる。6階層以降で高速戦闘を練習していた甲斐もあって、レイナもスズハを抱えながらスルスルと木を登っていた。これは意外かどうかは意見が分かれるところではあるが、ラフォーレもまた、なんならリゼよりスムーズに木を登っていた。

 

「【視覚強化】」

 

リゼは視覚強化のスフィアを使い、例の船に乗っていた男に目を合わせる。男は陸に座礁した船を既に降りており、寸前まで迫った背後の波にも特に反応を示すことなく、衣嚢に手を突っ込みながらゆったりとこちらに目掛けて歩いて来ていた。そこには焦りや混乱といったものは微塵も存在していなくて、彼はただ一度、波を纏った何かが直撃するその瞬間にスフィアを一つ発動させた。

 

「来るぞ!!【炎弾】解放!!」

 

「【水弾】解放」

 

「え、えっと、これ押せばいいのよね!?」

 

「そうです、そのまま杖を向けて前に弾を発射するイメージを作って下さい。ラフォーレさん達みたいにスフィア名を言葉にしながら発射するとやり易いですよ。とにかく可能な限り撃ちまくって下さい」

 

「わ、分かったわ。え、【炎弾】!!」

 

男が波に飲み込まれた直後、やはり予想通りに凄まじい大きさの波がこちら目掛けて襲い掛かって来た。事前に指示があった通りに用意していたクリアとラフォーレの各3つの巨大な水弾と炎弾が、交互になるような綺麗な隊列を組んでそれに対抗する。圧倒的な質量に対して、威力に任せた一点突破で対抗する。

レイナに使い方を教わりながらも、レベル1にしては十分な威力の炎弾を放ち続けるスズハ。そんなスズハとは比べ物にならない小型の隕石のような凄まじい炎弾を、秘石に付けた3つの炎弾のスフィアを使って乱射し続けるラフォーレ。最後にクリアが水壁のスフィアを使用したことで、ようやく5人はその大津波から身を守ることが出来た。そこまでやらなければ、あの波に飲まれていた。そこまでして波に飲まれることを拒んだ理由としては、やはりリゼ達のパーティの基礎の足りなさが理由になる。そもそも彼等はまだ11階層以降の水没地帯をまともに探索したこともないのだ、水辺での戦闘には慣れていない。故にラフォーレは確実に散らばることのないように、この策を選んだのだろう。

 

「よくやった」

 

クリアが水壁越しに周囲の様子を見る。

一帯の木々は薙ぎ倒され、徐々に引き始めているとは言え周囲は水浸し。しかもそれだけでなく、1番の問題は……

 

「………なんなんだ、あの大きさは」

 

海岸に乗り上げ、その大きな身体を巻く凄まじい威圧感と雰囲気を持つ一体の竜。頭部からは赤白い髭の様な鰓を大量に生やしており、一般的な龍種とは異なり、鱗と呼べるものが存在しない。真っ黒な全身は鋼の筋肉とも言うべきか、強靭で引き締まった肉体が脈動しており、目にするだけでも身体が震えるような巨大で鋭い歯と爪は、あまりにも死という言葉を体現している。

 

「………レイン・クロイン」

 

「レイン、クロイン……?」

 

怒り故なのか真っ白に染まった鋭い両眼に貫かれながら、リゼはラフォーレの言葉に反応する。正直リゼの身体は恐怖で震えている。これは強化種と相対した時と同じ感覚だ。その身体は強化種ワイアームより少し大きいが、この明らかに普通の階層主とは異なる明確な殺意とも言うべき物。これだけはいつまで経っても慣れることはない。慣れることが出来ない。

 

「世界の南端たるこの『無限の海』において伝説とも呼ばれる海竜の名だ。龍種や邪龍という括りではなく、世界の4端に住み着く王たるモンスターの一角だと定義されている」

 

「そ、そんなモンスターが居るのか……!」

 

「か、勝てるんですか?これってその、私達だけで何とかなる相手では……」

 

「安心しろ、恐らく相手は成体ではない。過去に確認された個体はオルテミスが作り上げた全長200mの探索船を頭部だけで沈めている。……少なくともコイツは邪龍や邪龍候補ほどどうにもならない相手ではない」

 

「……おかしいでしょ、この世界」

 

こんな生物が平気で存在していることにも、成体ではないとは言えそんな生物を相手にしようとしている探索者という者達も。異世界から来たスズハとしては信じられない。元の世界ではここまで頭のおかしい生物は居なかったし、仮に居たとしても歩兵がどうにかしようなどとは絶対に考えない。軍や戦艦を持って来て、きっとそういう対処をするだろう。

けれど彼等は実際にその邪龍を一体討伐しているし、邪龍候補も被害を抑えて討伐に成功している。そうやって解決して来た実績があるのだ。本当に意味が分からない。

 

「リゼ、あの男は何処に行った?」

 

「波に飲まれて、その後は一切見当たらなくなってしまった。ただ波に飲まれる直前に無属性のスフィアを発動していた、巻き込まれて命を落としたというのは考え難い」

 

「……なるほど、本当にこいつをここに連れて来るだけの役割だったということだ。レイン・クロインも見失っている、その怒りの矛先まで擦りつけられたと言ったところか」

 

「なんて迷惑な……」

 

であるならば、腹を括るしかないだろう。

というより、元よりそれ以外の選択肢などない。

ここまでの力を持ったモンスターを放置しておくなど出来るはずもない。そもそも海竜でありながら地上でも活動が可能な存在なのだから、怒りのままに人間の居るオルテミスに追い討ちをかけに行く可能性は十分に考えられるし、やはりここで討伐するしかないだろう。討伐は出来なくとも、足止めくらいは。

 

「レイナ、私と来い。近距離〜中距離で奴の注意を引く。基本的には回避に徹し、ダメージは後方に任せろ」

 

「わ、分かりました」

 

「リゼ、貴様は狙撃に徹しろ。ただし常に移動し続け、貴様の存在を敵に意識させ続けろ。意識を割かせながら着実にダメージを与えろ」

 

「分かった、任せて欲しい」

 

「クリア、スズハ、お前達は支援と分析だ。成体ではなくとも基本的には格上だ、どんな手を使ってでも勝てればいい。……以前のマドカの講義を覚えているな?」

 

「……あれと同じことを戦闘中にってのは現実的じゃないと思うんだけど」

 

「現実的だろうが非現実的だろうがやれ。分かっているか?オルテミスの壁上に兵士が居ない、つまりは既に街の中でも事が起きているということだ。魔法砲による援護射撃どころか、このままでは増援が来るかどうかも怪しい。下手に足止めをするより多少の危険を犯しても処理をする方が可能性はある」

 

「………」

 

「出来るな?」

 

「………やってみるわ」

 

「それでいい」

 

強引で、無理矢理で、ほとんど強制。無理矢理に責任と役割を押し付けられ、きっと出来なければ彼女の言う通りになるのだろうと想像出来る。

本音を言えば逃げ出したい。全部放り投げて都市に戻り、多少の被害を覚悟してでも全員でやるべきなのではないかとも思う。……ただ、こういう選択をするからこそ、この世界の人間達は未だに滅びる事なく生き残っているのだろうとも思う。こういう人達が居るからこそ、自分も守られて生きていけるのだろうとスズハは思う。だったら自分も勇気を出して、精一杯戦ってみるべきだろう。少なくともリゼやレイナ達の様に、本当の意味で殺し合いをするのではないのだから。自分にも戦える場所があるというだけで、きっと幸せなのだから。

 

「……ラフォーレ」

 

「なんだ」

 

「貴女はやはりカッコいいな、最近よくそう思うようになった」

 

「……そろそろ動かなければレイン・クロインが痺れを切らす。奴は今はこちらに警戒して動いていないだけだ」

 

「ああ、すまない、こんな時に。……ただ、正直今は貴女にも憧れている。貴女の様な探索者になりたいとも、そう思っている」

 

「ならば先ずは役割を果たせ。私は前に出る、指示を出すのはここからは貴様の役割だ。下手な指揮をするようであれば容赦なく殴り飛ばすからな」

 

「分かっている。……ありがとう、貴女は本来前線を張るタイプではないだろうに」

 

「単にこれが一番最適な手段だけだっただけだ。良い加減にまともな前衛を引き入れるんだな、まだ貴様等は使い物にならん」

 

「ああ、努力するよ」

 

 

 

――――――――――――――ッッ!!!!!!

 

 

 

「「!!」」

 

「来ます!!」

 

そこが制限時間だった。

レイン・クロイン、その幼体。

仮にラフォーレの話が真実であったとすれば、その成体はもしかすれば邪龍に匹敵する存在なのではないかとすら思うような存在。頭部のみで大型船を破壊したほどの巨体を持つそれだ、その幼体であれば確かにこの大きさも頷ける。姿形は違えど、強化種カイザーサーペントくらいもあるこの大きさ。そして咆哮と共に増したこの威圧感もまた、強化種特有のあれに近い。故に強化種など見たこともないレイナは唇を少し噛み、額に皺を作りながらラフォーレと共に走っていくし、スズハに至ってはクリアに半分しがみ付いていなければ立てなくなっているほどだ。

……それでも、それでもリゼは違う。

 

 

「私が切り開く」

 

 

そうだ、何度も考えた。

カイザーサーペントと対峙した時に、自分の狙撃を敵は見切ってきた。それは単にカイザーサーペントの知覚能力が特別に優れていたからという理由は確かにあったが、そもそもの話、それをそのままにしておいてはいけないのだ。これから階層を進めていくに連れて敵はどんどん強くなる、そしてこの大銃の破壊力はそれでもなお通用するかもしれないが、例えカイザーサーペント相手でも確実に直撃させることが出来る方法……つまりは技術が必要だと。

 

ラフォーレが言っていたのはそういうことだ。

 

変なことにうつつを抜かしている暇があれば、この大銃を確実に敵に当てることの出来る努力をしろと。その真意に気付いてから、別に猟銃を作ったことに後悔はしていなくとも、その分の努力は上乗せしてするべきだと思ったのだ。‥‥そして同時にまた、ラフォーレのことを尊敬した。滅茶苦茶で、好き勝手している人だけれど、やはり探索者としての彼女は優れているのだと。

 

だから。

 

 

「ぃぃぃいギィイァアアッッ!!!!!」

 

 

全身に力を振り絞る。

全力で歯を噛み締め、筋肉を総動員させてその銃口を足元から一気に振り上げる。設定した威力は最大、それを狙撃に必要な照準を一切行うことなく引金を引く。やったことはそれだけだ。

それは正しくレイナと初めて会った日に、彼女を助けるために必死になっていた際に試した殆ど偶然の産物。足で銃口を蹴り上げ、ハウンドハンターの群れとパワーベアを一度に貫いた。あの時は最小の威力の行使であったけれど、あれが成功したからこそ今の自分達が生きているというのは間違いないから。……あれをもし最大威力でも射出することが出来たのなら、それこそ。

 

 

―――――――――ギィィァァァアアイィィィァァィイィィィィイイィイ!!?!?!?!?!?

 

 

カイザーサーペントだって、貫ける。

 

 

 

 

 

「………あ、あはは。流石にズレたかな」

 

 

 

「リゼさん……すごい……」

 

 

「本当に馬鹿だな、アイツは」

 

 

レイン・クロインの下顎が半分吹き飛ぶ。

 

同時にリゼもまた大きく後方へ吹き飛ばされる。

 

右肩が外れた、いくつか筋肉が断裂している。

けれどそれを無理矢理に直して、ポーションで治療する。

 

……まだ制御は出来ていない。

こんなものは短時間に2度も出来るものではない。そもそも最大威力の狙撃が今の身体では連続で出来るものではないのだから。それにこれではまだ足りない、いずれは以前のように銃口を蹴り上げての狙撃が出来なければならない。これでは射撃までの初動が遅過ぎるし、敵に僅かながらでも警戒する隙を与えてしまう。

 

それでも、今日ばかりは。

 

「今日は弾を節約する気はないよ。……さあ、存分に警戒して欲しい。威力は下げざるを得ないけれど、それでも絶対に当てて見せよう」

 

もうその威圧感だって、3度目だ。

最初に強化ワイアームから受けたアレと比べればこんなもの……心を折るには至らない。

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