無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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102.英雄試練祭7

突如として街の中に出現したモンスター達、果たしてそれに対して冷静に対応出来た人間が一体どれくらい居ただろうか。数だけのモンスターではない、それなりの数のモンスターが、それなりの質で存在している。既に怪我人は多く出てしまっており、こうなってしまえば死人が出ているのは当然と言っても良い。元々この祭の間は"聖の丘"の団員を中心とした探索者達が見回りをしていたし、そうでなくとも一般の探索者達も普通に参加していた。マドカへの挑戦権を得るために昼までずっと観戦をしていたリゼが良い例だ、彼女の様な探索者は実際それなりの数が居た。しかし彼等がリゼとは違ったのは、自分の武器を持って来ていなかったということだろう。というより、リゼもまた一度は部屋に戻って武器を取りに行っていた。それに対してラフォーレから一言二言と嫌味を言われたりはしていたが、しかしそれも仕方のないこと。だからこそ、彼等はかなりの苦戦を強いられている。モンスターを倒すのではなく、モンスター達を食い止めることに重きを置き始めるくらいには。

 

「ォォォオオオオ!!!!」

 

「はぁっ!」

 

そんな彼等の合間を縫う様に走り斬っていく少女と、それなりの巨体がある相手にも関わらず、ただの一撃でそれを叩き潰す青年。硬めのモンスターは彼が、群れを成している様なモンスターは彼女が。それぞれに処理を続けて、とある方角へ向けて走って行く。全員を助けられる訳ではない、しかし目に付いた人々を助けずにはいられないのが彼等の良い点でもあり、悪癖でもあると言えるだろう。

 

「マドカ!本当にこっちでいいのか!?これでは街の外に出てしまうだろう!」

 

「それで構いません!恐らくアルファさんは街の中には居ませんから!それよりベインさん!あのモンスターだけは確実に潰して下さい!アレは人体に子供を寄生させるモンスターです!増殖を始めれば取り返しのつかないことになります!!」

 

「なんというモンスターを……!!【闇斬】!!」

 

植物と昆虫を混ぜて巨大化させた様な歪な姿をしたそれに向けて、ベインは鋼塊のような分厚い剣に闇属性を纏わせて突貫する。マドカの言った通りにそのモンスターは先に管のようなものを付けた触手を勢い良く放って来たが、彼はその巨体からはイメージ出来ない様な繊細な剣捌きでその全てを撃ち落とし、全身全霊の一撃を叩き込む。縦に真っ二つにされたそのモンスターは自身の身体を灰に変え、霧散した。厄介なモンスターではあったのだろうが、防御力という点ではそれほど大した存在ではなかったらしい。しかしベインは思う。マドカがこのモンスターについて知っていたから対処出来たが、仮に全く知らない実力不足の探索者がこれと出会してしまったらどうなるだろうかと。しかしマドカはそんなベインの杞憂を見抜いたようにして声を掛ける。……相変わらず彼女を思い起こさせるような美しい青の瞳をこちらに向けて。

 

「恐らく既に何人かが犠牲になっているとは思いますが、カナディアさんもあのモンスターについては知っています。その対処に必要な薬品も以前に治療院が完成させています、それほどの被害は出ないでしょう」

 

「そうか、それは良かった。しかし仕方のないことではあるが人手が足りていないな、ダンジョンに居る探索者達にはまだ伝わっていないのか?」

 

「いえ、そういう訳ではないと思います。……もうすぐ1分ですね、これを見て下さい」

 

「!!」

 

マドカが使用したのは投影のスフィア、つまりは同じスフィアを使っている者の視界が映し出される、探索者であれば誰もが持っているそれだ。走っている彼女の秘石から前方の床に向けて映し出されたそこには、確かにダンジョンの中の様子が映し出されていた。

 

「モンスターの大群……!?この量は街の比じゃないぞ!」

 

「この量のモンスターを街へ出さないために必死に止めているんでしょう、中に強化種らしきモンスターもいくつか見当たります。それに気付いましたか?クロノスさんやレンドさんを含めた上級探索者がここには1人も居ません」

 

「!!英雄アタラクシアも……!」

 

「十中八九、このモンスターの大群以外の異常事態も起きています。私としてはそっちの方が心配です。……強化種程度で済むといいのですが」

 

もしかすれば自分達は今からでもダンジョンに向かった方が良いのかもしれない、ベインは一瞬そう思う。主犯と思われるアルファを追ったとしても、彼としては既に仕込みは終えていると考えるのが妥当だ。今更に捕えたとしても、この状況が止まるとは思えない。ならば少しでも死人が減る様に立ち回るべきではないのかと。

 

「なっ!?なんだあれは!?」

 

「!!……なるほど、リゼさん達の方にはレイン・クロインを当てて来ましたか。あれは厄介ですね」

 

しかし直後に噴き上がった潮水に一瞬足を止めて目を向けてみれば、そこには街から少し離れた海岸線に現れた凄まじい巨体を持った海竜の姿。普通に考えればあんなもの、龍の飛翔と同等の戦力を揃えなければ対処することなど出来ないだろう。……しかし当然、現状ここにそんな余裕など何処にもない。そう、どこもがギリギリなのだ。ギリギリの戦力で戦っている。否、そうしなければならないようにさせられている。そうしなければ勝つことすら出来ないように仕組まれている。

 

「ベインさん、ここでアルファさんを逃すのは簡単です。ただ私達がアルファさんのところへ行くことで出来ることもあります」

 

「出来ること……?」

 

「恐らくは街中のモンスター達、何らかの手段で操られているんです」

 

「なっ、人間がモンスターを操れるのか!?」

 

「本来なら無理ですが、今の今まで息を潜めていたことを考えるに、そしてさっき見た一連の動きを見るに、間違いありません。私達がアルファさんの元へ行ってそれを止めるだけで、かなり戦況はマシになるはずです。モンスター同士の共喰いを誘発出来るようになりますから」

 

「なるほど……」

 

確かに、あれほど様々な種類のモンスターがいるというのに、異様に互いのことを意識していなかったことを思い出す。それこそ寄生するあのモンスターも、その生態からすれば人間だけではなく他のモンスターに対しても攻撃して当然だろう。しかしそんな素振りすら無かったし、なんだったら協力はしなくとも同じ対象に一緒に攻撃しているところも見かけた。それは間違いなく異常だ。

 

「街の中がひと段落すれば、他の場所に戦力を回す余裕が出来ます。恐らくは戦力的に何処も拮抗するのではないかと私は思いますが、これからの私達の行動次第でそれを崩すことが出来るんです」

 

「それならば俺達が今からリゼ達の支援に向かった方が早いんじゃないか?」

 

「そうなればアルファさんは介入して来ると思います。彼の目的は探索者達の実力の底上げ、つまりは苦しい戦闘をして欲しいんです。そのためなら無理矢理にでも拮抗する状況を作り出して来る筈です。だから私たちは目立ってはいけないんです、目立つことなくモンスターを操る術について探って阻止します」

 

「……俺たちはまだ見つかっていないのだろうか?」

 

「ええ、恐らくは。結局のところ、メインの戦場はダンジョンと海岸線ですからね。彼も人間ですから、3箇所同時に目を向けることなんて出来ませんよ。そしてだからこそ、アルファさんが居る場所も想像が付きます」

 

そう言って取り出したのは、この街の周辺の地形をかなり詳細に書いてある小さな地図。そこには何本もの線が引かれており、少し離れた場所にある小さな丘に赤丸が描かれている。他にも赤丸はいくつかあるものの、その部分だけがより強調されて記されている様に見える。

 

「カナディアさんに作って貰いました。この周辺の地形の中から、街と海岸線の両方を見ることの出来る高い場所を絞って貰ったんです。その中から特に事前に目星を付けていた海岸を見ることの出来る場所を私が選びました。ここなら片手間に街の様子を見ることも出来ます。………それに、そろそろ」

 

「!なんだこれは……!!」

 

マドカが投影のスフィアを何回か叩き、映像の視点を切り替える。殆どの視点は探索者達が必死になってモンスターを押し返している様子を映しているものだったが、その中に一つだけあった異質な映像。明らかに草原地帯に存在していてはいけないような異形な龍種に対する探索者達の様子を、その映像は天井付近から撮影している。一体誰がこのような形でこの様子を見ているのか、まず間違いなくアルファの手の者だろう。そしてその対する龍種が一体どんな存在であるのか、少なくとも龍の飛翔に参加したことのある探索者であれば簡単に理解出来るだろう。あれはダンジョンの階層主として存在する龍種とは違う、龍の飛翔において生まれ出て来るタイプの龍種だ。……つまりはパーティ単位の討伐ではなく、街単位で対処が必要になる類の存在。

 

「これがダンジョン内で起きている様子ですか、少し不味いですね」

 

「……マドカ、まさかこの龍種は」

 

「邪龍候補、かどうかまでは分かりません。ただ軽く見た限りでは、アタラクシアさんの攻撃が全く通じていません」

 

「英雄アタラクシアの攻撃が通じない相手……」

 

「とは言え、向こうには大半の上級探索者が集まっていますから。信じるしかありません。致突使いのエミさんが居ないのは辛いですが、イデルさんとシセイさんが居るのが幸いです。前衛も揃っていますし、レンドさんなら上手くやってくれるでしょう」

 

「……そうだな、それより俺達は俺達でこれから戦う相手のことを考えるべきか」

 

「そうですね、こちらも戦力が足りていないという前提で動きましょう」

 

投影のスフィアを一度切り、マドカはスフィアを再び入れ替える。ベインもスフィアの編成を変えようかとも思ったが、正直どういう組合せが最適なのかが分からないので、一先ずいつも通りの編成のまま望むことにした。スフィアに関するミスについて、今のベインほど恐れている者も存在しないだろうから。

むしろああして戦闘中にもポンポンとスフィアを変えるマドカの方がベインからしてみれば信じられないことだ。同じように"聖の丘"のカナディアの弟子でもあるセルフィ・ノルシアも戦闘中にスフィアをよく変えるが、そもそも見た目は殆ど変わらないスフィアを殆ど見て確認もせずに、よくもまあ変えられる物だと。彼女達のバッグの中身はどういう整理になっているのか気になりもするが、そこは一先ず置いておく。ベインには一生関係のない話であるのだろうから。

 

 

「………見つけました」

 

「なに?本当か?」

 

「ええ、あそこ見えますか?豆粒程度ですけど」

 

「……よく見つけたな、この距離から」

 

「この距離から見つけないと察知される可能性もありましたから。スフィアを全て感覚強化の物に変えて、時間効率と安全性から最善と思われるルートを辿りました。ちなみにこのルートはカナディアさんが作ってくれた物の一つです、若干風向きなどで改変はしましたが」

 

「……ただ強いのが上級探索者ではないということか、勉強になる」

 

「都市防衛を考える以上、聖の丘ほど都市周辺の地形に精通している組織も居ないでしょうし。カナディアさんにお願いして正解でしたね」

 

「……まだまだ未熟だな、俺も」

 

まさか久しぶりに部屋から連れ出されて、祭に行き、知らない少女達に囲まれて……こんな事に巻き込まれるなどと。一体だれが想像したろうか。

それこそ今日は本当にこれまで色々と気にかけてくれたマドカの顔を立てて、一通り祭りを見たら帰ろうと、それくらいの気持ちで出て来ただけだと言うのに。……こんな風にまた剣を持ってモンスターと対峙し、走り、落ち込む暇すら与えてくれない。

 

「ベインさん」

 

「うん?」

 

「ベインさんは大丈夫ですよ」

 

「!」

 

「ベインさんはきっと立ち上がれます」

 

大切な仲間達を失った。

ただの仲間ではない、この人生を変えてくれた者達だ。無くてはならない2人だった。それを失ってしまって、理解してしまって、何も考えられなくなった。何も考えたくなくなった。心に穴が空いたで済まされる話ではない。

……彼女は自分を光の世界に引き上げてくれた。

……彼は自分を光の世界に馴染ませてくれた。

どうしようもない屑であった自分に、ここにいてもいいのだと教えてくれた大切な家族だった。唯一の家族だった。だからそんな2人を失って、助けられなくて、どうして立つことなどできるのかと。どうやって立てばいいのかと。

 

「ベインさんは、困った人達を見捨てられません」

 

「……違う、俺はそんな高尚な人間ではない。俺は」

 

「そういう人に、なったんですよ」

 

「!」

 

「ルミナさんが言っていました。出会ったばかりの時のベインさんは、どうしようもない凶犬だったと」

 

「きょ……」

 

「だから自分とルフトさんで、真人間にしたんだそうです。おかげで今では自慢の好青年に育ったと、かっこいい男になったんだと」

 

「……かっこいい、男」

 

彼女が知らないところで自分のことをそんな風に表現していたなど、知らない。あの少年と一緒になって、自分のことをそんな風にしようとしていたなどと。当然知らない。

けれどだからこそ、それこそが間違いようのない答えでもある。

 

「過去のベインさんがどうだったかは知りません、ですが……」

 

「……今の俺は、あの2人に変えられた俺は」

 

「ええ、立ち上がれますよ。そこに困っている人が居るのなら、自分の力で守れる人が居るのなら。……だって事実、ベインさんはさっきまで街の中で守っていたじゃないですか。それが当然のように」

 

マドカに連れられて、そこでモンスターに襲われている住民達を見つけて、気付けば持ち歩いてはいても使うことはないと、2度と握ることはないのだろうと思っていたその剣を、振り下ろしていた。

『逃げろ!!』と大きな声を出して、その身体でモンスターと少年の間に無理矢理に割り込んで、必死になってモンスターを叩き潰した。それは完全に無意識で、マドカが言ったように、自分はそれを当然のことのようにやっていた。

 

「……マドカ。不思議な話だが、生活のために人殺しまでしていた俺が、今ではあの頃の自分を否定しているんだ」

 

「そうですか」

 

「あの頃の馬鹿な俺にはそれ以外の選択肢がなかったとは言え、けれど今では、他人の命を奪うなど相当なことでもない限り考えられない。……俺は、変えられたんだ」

 

「嫌ですか?」

 

「いや、嫌じゃない………むしろ嬉しい」

 

「ルミナさんも、嬉しそうでしたよ」

 

そういうことを、もっと、もっと早くに気付けていれば。もっと早くにそういうことを話すことが出来ていれば。そう思わずにはいられない。

けれどきっとそのおかげで、自分はこれからも生きていくことは出来るのだろう。少なくとも、こうして他者を救うために必死になれている間は。悩む暇すらも与えられることなく、剣を振るっているうちは。

 

「力を貸してくれますか、ベインさん。私はそれなりに色々なことが出来ると多少の自負はありますが、それでも1人ではただの中級探索者でしかありません。正直アルファさんと対峙しても、勝てる確率は五分ないです」

 

「……ここまで来て断る訳がないだろう?それに、ああして閉じこもってから半年の間、毎週欠かさず顔を見に来てくれたのは君だ。食事をする気力もない俺のために生活用品を届けてくれていたのもだ。その恩の一部でも返せるのなら、どんな願いでも聞くさ」

 

「ふふ、それこそそんなに気にしなくてもいいんですけどね」

 

彼女ならそう言うと分かってはいたが、そう思うだけの人は居たかもしれないが、それを実行までして、続けてくれたのは彼女だけだ。だからその恩はとても重い物であると理解しているし、それはいつか絶対に返さなければならない恩であるという考えも変える気はない。

 

「さて、どう攻める?」

 

「手早く済ませましょう。地上から攻めては直ぐにバレてしまいますし、空中から飛び掛かっても空気を裂く音でバレてしまいます」

 

「となると?」

 

「撹乱しましょう。先手で敵に負傷を与えれば僥倖、情報を得られるだけでもこちらの有利点になります」

 

まずはここから。

ここから自分は戻るのだ。

たった1人になってしまっても、2人の思いを無駄にしないために。今度こそ自分の足で、歩いて行かなければならない。

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