オルテミス周辺には木々が無く禿げてしまっている山岳地帯というものが多くある。今やそこには緑が茂ってはいるものの、しかし木々の存在しない山というのは少し異様に見えるかもしれない。
しかしそれは4年前に出現した『六龍ゲゼルアイン』のブレス攻撃によって生じた戦痕であり、それを見てオルテミスの新米探索者達は当時の争いの大きさと、その討伐に成功した先達の偉大さを実感するのだ。
……アルファが陣取っていたのは、まさにその場所であった。
付近の地形的にも高く見易く、街の様子や海岸の様子が一望出来る。もちろん多少離れているからこそ魔道具によって視界の補助はしているが、どちらにしてもこの騒動を見渡すには十分な環境である。
鼻歌を歌いながらリゼ達とレイン・クロインの幼体との戦闘を見るアルファ、その背後には別の魔道具を使用して街の方を見ている全身を黒で隠した背の高い女性も居た。
レイン・クロインは火属性と水属性に対して強い耐性を持っている。故に幼体と言ってもラフォーレ・アナスタシアの全力の火力攻撃に耐えるくらいのことは出来るし、アルファの予想通り、彼女はリゼ・フォルテシアとその一向を中心に戦闘を組み立てているらしく、それほど出しゃばる様なことはしていないように見えた。
リゼが大銃を器用に扱い、口から放たれる水流を悉く交わしながら狙撃を行いダメージを蓄積していくその様子に、アルファは素直に舌を巻く。彼女に対して期待はしていたが、少しずつ、少しずつ、この戦闘の最中にも彼女は成長している。それはステータス的な意味ではなく、単純に技術的な話だ。彼女はステータスとして最低限の基礎はある、そして銃を扱う技術も比肩する者が居ないほどに出来上がっている。故に彼女に必要であったのは、単純に龍種との戦闘の経験と、その銃を戦闘中にどう活かすかという思考と実体験の積み重ねであった。
「だから積ませた、だから仕組んだ。最初は帝蛇、ぶっ放せば当たるなんて甘っちょろい考えのままじゃ進まないからな。それで次は2体の強化種、地獄みたいな状況でも狙撃を成功させて貰わなきゃならない。……そんで今回が、こいつだ。レイン・クロイン。いつでも安全圏から狙撃出来る訳がねぇ。レイン・クロインの水流も狙撃みたいなもんだ。狙撃対狙撃をどう対応するかってのが肝だったんだが………くくくっ、そんな方法取るのかよ。そりゃ変態が過ぎるだろ、最高だな」
「………」
アルファの独り言に対して、女性は特に言葉は挟まない。
アルファとて、最初に一切の照準なくレイン・クロインの顎をリゼが破壊した瞬間には素直に驚き立ち上がったのだ。そこから威力を落とし、敵に狙う場所を悟られないように銃口を蹴り上げる様にして当然のように正確無比な銃撃を行い始めたリゼ。アルファの口角は上がり、久方振りにこれほどまでにマドカ・アナスタシア以外の人間に興奮を抱かされた。
「最高だ……流石はマドカが選んで来た探索者だ。その中でもあれは最高の駒になる。そりゃラフォーレ・アナスタシアも気にかけるだろうよ。楽しいだろうなぁ、俺も楽しいとも。少しくらい期待を裏切ってくれてもいいだろうに。何より素直に壁に挑んでくれる上に、叩けば叩くほど伸びてくれるのが最高にイイ!試練の用意のしがいがある!」
街中は混乱している。地上に残っていた探索者達が全力で民間人を守っており、ゴーレムが3体ほど出現したこともあってか少しずつではあるが優勢になりつつあるように見える。
しかしそちらは当初の想定通り特に何かしら収穫がある様には見えず、アルファとしてはそれほど興味の湧く対象ではない。そうは言っても用意したモンスター達はそれなりにレベルのある存在であるため、この件を通してレベルを上げる探索者はそれなりに居るだろう。決して無駄にはならない。
そしてそれは1階層で避難した民間人を守りながらモンスター達を地上に出さない様に奮闘している探索者達も同様。ここも良い塩梅に調節出来てはいるだろう。本当はもう少し劣勢で進ませるつもりであったが、カナディア・エーテルの魔法による殲滅速度が速過ぎる。これだけはアルファの想定外であった。
多少調査を行っていたとは言え、やはり魔法においては世界最高峰と言われるだけはあるということか。街の探索者達にも指示を出し、少しずつ防衛の陣形を最善に近付け始めてもいる。あれこそ魔法使いが目指すべき最終地点だろう。そこはアルファも素直に認めている。
「あとは……」
ダンジョン3階層。
邪龍候補: 鋼龍レイゼルダインを導いたあの階層。
街の大半の上級探索者と英雄アタラクシア・ジ・エクリプスが揃っている最高の空間に、最硬の龍種を打ち込んだ。
鋼龍レイゼルダインの売りはその脅威的な耐久力だ。物理耐性は言うまでもなく、魔法に対する耐性はむしろ物理耐性よりよっぽど優れている。☆3以下のスフィアによる魔法ならば完全に無効化してしまうし、その可燃性のブレスは視認しづらいにも関わらず吐き終わった直後に広範囲に大爆発を引き起こす。
邪龍としては弱い方ではあるものの、しかしその無敵性はアタラクシアの攻撃すらも弾くほどのものだ。地上に上げてしまえば街は一瞬で爆発を繰り返し廃都に変わる。図体の割には身軽で、物理攻撃力も相当に高い。やはりこうして上級探索者の試練に使うには最適な存在と言えるだろう。
少なくとも、あの最強の英雄がレンド・ハルマントンに意見を求め、探索者最年長のシセイ・セントルフィを頼っている。これだけで意味はあるというもの。必死さを忘れた強者達が、老年も含めて必死さを取り戻し、余計な自尊心を捨てて、再び挑戦している。
六龍ゲゼルアインを倒した後に何処かやり切った様な顔をして腑抜けていた奴等が、再び探索者の顔を取り戻した。今更レベルだの技術だのは、彼等には不要。必要なのは危機感だ。鋼龍レイゼルダインは、正にそれを与えてくれている。
……もしかすれば多少の死人は出るかもしれないが、だとすれば、それはそれで彼等の着火剤にもなる。少なくともあれは六龍ゲゼルアインより遥かに弱いのだから。あれから4年経って余計な犠牲を出したというのなら、それこそ彼等が腑抜けていた証拠になる。それでいい。
「にしても……お〜い、マドカは何処に行ったよ?何処かしらに出てきた所に乗り込んでやろうと思ったのに、これじゃあ待ち惚けだっての」
この状況で彼女が動かないことはまずあり得ないとして、彼女は基本的に戦力が最も足りていない場所に行くであろうとアルファは考えていた。故に行き先は鋼龍レイゼルダインかレイン・クロインのどちらか。
彼女の最初の弟子であるブローディア姉妹さえ抑え込めば、レイン・クロインの方に戦力が足りなくなると当初は踏んでいた。しかし想像以上にリゼ・フォルテシアの一味が頑張っている。あれでは勝つことまでは出来なくとも、街からの増援が来るまで持ち堪えてしまうだろう。
……つまり、現状では本当にマドカ・アナスタシアの行き先が絞れない。
「いや、だが……この状況で俺のこと追って来るか?」
普通に考えてあり得ない。
そもそもこちらの居場所に関する情報が存在しない。いくら予想を付けていたとしても、街から離れたこの場所をピンポイントで見つけられる筈もない。そもそもそれをする意味も薄い。そんな時間を無駄に消費する可能性の高い選択をするくらいならば、街の中で他のモンスターを討伐した方がよっぽど早いだろう。
……それでも、もし仮に彼女が本当に自分を探すことを優先しているのだとしたら。それはモンスターを討伐するよりも自分を探す方がよっぽど早いという確信を持っている場合以外には存在しない。
【武士】
「っ!?」
【闇斬】【狂撃】
「おいおいおいおいおい!!まじかよ!!」
『【闇業撃破】ァァァアアア!!!!!!!!!』
「!?」
凄まじい風切り音を奏でながら、上空から飛び降りて来た1人の青年。彼の握る大剣には闇属性が付与されていて、しかし何よりその全身に漲る破壊力の予兆にアルファは脅威を感じた。
1も2も考える前にその場からの撤退、あんなものを受け切れる筈がない。【武士のスフィア】と【狂撃のスフィア】を組み合わせた、一撃の威力を至高まで高めたそれを、あれほどSTRに偏ったステータスを持った探索者が叩き付ける。それは龍の一撃に匹敵するほどのものだ。
――――――――――――ッ!!!!!!!!!
「っ!?こいつ丘ごと……!?」
大剣を地面に叩き付け、足場どころか丘ごと吹き飛ばしたのではないかと思うほど抉り取る様な威力で破壊する。咄嗟に飛び退いたことで跳ね上がった土砂に当てられ、衝撃波に揺らされ、無防備を晒す。
……そしてつまりそれは。
「こんにちは、アルファさん」
「マドカ……!!」
「さ、行きましょうか。今日はデートに付き合いますよ」
「くっ、そっ……!!ぐっ!?」
姿を現したマドカに無防備になった身体を掴まれて、そのまま左腕を切り裂かれて蹴り付けられる。吹き飛ばされた先は丘の下。逆に先程の青年は街のモンスターの支配をさせていた彼女の方へと向かっていった。
……つまり、ただこれだけのやり取りでこちらの目論見は崩されたという訳だ。
使い物にならなくなった左腕を取り敢えず諦めて、右手で枝を掴んで減速を図る。ステータス的に余裕があるとは言え、マドカ・アナスタシアを相手にするならばこれ以上のダメージは負っていられない。
「今回は本気ですよ」
「っ!」
「貴方もそうでしょう?アルファさん」
「がっ……ごっ!?」
追い討ちをかける様に減速を試みたアルファの腹部にマドカは膝蹴りを突き込み、そのまま木に叩き付けた。柔な細い木をへし折り、勢いのままに地面を転がっていき、最後に再び大木に身体を打つける。口から漏れ出る血と唾液、腹部から伝わる重い痛み、恐らく肋骨と内臓がいくつかやられている。
……果たして、一体どれほどの距離を吹き飛ばされたろうか。少なくともこのダメージは尋常ではない。本当に一瞬気を抜いただけで、自分よりも明らかにレベルの低い彼女にここまで一方的にやられた。だから恐ろしいのだ、彼女の姿が見えないということは。彼女に隙を見せるということは。
「く、くくく……」
けれど、だからこそ面白くもある。
自分が未だに足りていないと自覚させられる。
錠剤型の回復薬を5粒ほど口に含み、飲み込む。無理矢理に身体を持ち上げ、戦闘態勢を取る。彼女は今日は本気でやってくれると言った、ならば立ち上がる以外に他あるまい。
こんな機会は滅多にない。彼女が自分の全てを受け止めてくれる機会なんて、そんなもの立ち上がらない理由にしかならない。それだけで立てるとも、それだけで笑えるとも。それだけで、幸福だとも。
「本当に本気でやってくれるんだな?マドカ」
「もちろんです、今回の件は流石に私も怒っていますから。……たとえ探索者に試練を与えるためとは言え、民間人を巻き込むとは何事ですか」
「……一応殺しはしないように配慮はしてるんだがな」
「人間が肉体だけで生きているとでも思っているんですか?あれほどの凶悪なモンスター、襲われた子供達が何を思うか……今日はキッチリ負けて帰って貰います。徹底的に叩きのめしますので、しっかり反省して下さい」
「……優しいなぁ、おい」
片手に赤色のスフィアを3つ持ち、それを慣れた手つきで一瞬で秘石にセットした彼女。本当に怒っていて、こちらを睨んでいて、髪と衣服を風に靡かせて。そんな彼女の姿が、本当に凛々しくて、美しくて……
「愛してるぜ、マドカ・アナスタシア」
「そうですか、ありがとうございます」
だからこの想いは一方的で良い。絶対に受け止めて返してなどくれるなと、一生そう思っている。報われなくて良い、自分の物になどならなくていい。誰のものにもならず、当然この想いは叶えてはくれず、ただ自分の役割を全うする。仮にそれがどれほど荊な道であろうと、それがどれほど悲惨な結末へ導いていても、こんな粗末な想いになど決して囚われることなく突き進んでいく。
そうだ、そうだとも。
そうでなくては、それでなくては……彼女はマドカ・アナスタシア足り得ない。
「ハァァァア!!!!」
『っ』
ベインの振る大剣を、彼女は軽い身のこなしで避けていく。当初の予定通り、彼女をアルファから引き離し、その手に持った何かしらの魔道具を使用させることをやめさせることが出来た。
マドカの想像通りであれば、これで街中のモンスター達の支配は解ける。時間的にも避難は大方終了した頃、モンスター同士の共食いも発生し始め、殲滅速度はより速くなっていくだろう。それさえ落ち着けば、他の場所に援軍を送ることが出来る様になる。
支配を解くことで多少の被害が出る可能性はあるが、それよりも他所に援軍を送ることが一番大切だというマドカの言葉にベインは頷いた。故にこの決断に後悔はない。
……ただ。
「っ……!!」
感じる違和感、それが拭えない。
剣を振るう、攻め込む。剣士の技術には剣の振り方だけではなく、その体の動かし方一つにでさえ意味がある。故にそれなりに学んだ者同士であれば、相手の動きの意味や練度、そして無駄や不足まである程度理解出来るようになるものだ。そして素人を相手にした場合、それが一番大きな力量の差に繋がってくる。
……違和感があるのは、正にそこだ。
目の前の女性の体捌きは明らかに達人級のそれであり、間合いのやり取りでさえも既にベインは何度か負けていた。しかし何処かその技術がぎこちなくも感じるのだ。腰に携えた水晶のように透き通る大きめの細剣を手に取る仕草すらなく、ただ只管にこちらの攻撃を避け続ける。明らかに自分よりも高い技術があるのに、どうしてそれをぎこちなさそうに使うのか。
「………【闇斬】」
「っ」
手を抜いているから。
自分の使っている流派を知られたくないから。
そしてそれが出来る相手だと、見下されているから。
ベインは大剣に闇属性を並々と注ぎ込み、全身の筋肉を漲らせる。その身体ほど大きな巨大な鋼の塊を、彼は凄まじい速度で振るうことが出来る。それは単純な力であり、単純だからこそ脅威である。元より技術なくしても多くの探索者を屠って来たその剣は、そこから培った確かな技術によって更に多くのモンスターを屠った。
「喰らえっ!!」
闇を走らせた大剣を、一切の無駄を排除した最速の連撃で叩き込む。ベインの基本的な戦闘スタイルは最前線でこの巨大な剣をとにかく敵に密着して攻め込むものだ。敵に防御をさせて、その防御を吹き飛ばして、更に前へ前へと詰めていく。
そのために必要な肉体も、技術も、反射神経も、彼の先天的な才能と後天的な努力故に身に付いていた。元々は本当に猪のように突き進むだけだった彼も、剣を学び、自分を知り、そして切り開いた道で身に付けた技術は尋常ではない。飛び退き、突っ込み、跳ねて沈み、あらゆる方向から剣を叩き付ける。一撃一撃を必殺のものとしながらも、それを一切の絶え間を作ることなく確実に敵の身体目掛けて放っていく。
「ハァァァアアア!!!!!」
『っ、……!!』
剣を抜いた。
ぎこちなさが取れていく。
浮かび上がっていく本来の技術。
……故に分かる、やはり目の前の女は自分より遥かに剣士として格が高いのだと。単純な技術では絶対に敵わない相手なのだと。そしてだからこそ、ベインの額に皺が出来始める。口の中が少しずつ乾き始める。それは剣を叩き付け、追い込み、その技術を浮かび上げるほどに、目の前の女が彼女と重なりはじめたからだ。
『!!』
「くっ……オオォォォオ!!!」
知っている。
その全てを知っている。
今の針を差し込むような超絶的なカウンターを。振り上げた瞬間に剣を叩き態勢を崩す超人的な心眼を。これほどの威力を持った一撃に対して正面から挑みかかり、それを完璧にいなして反撃を試みるクソ度胸を。ベインは全部知っている。
「……………何をしているんだ、ルミナ」
『…………』
都度40。それほどに剣を叩き付けた腕から、完全に力が抜けて切っ先を落とす。しかしそれは決して疲れから来たものではない。
ルミナ・レディアント。
ベインがダンジョンで見捨てて来てしまった、同門の女性。ベインが彼女のことを間違えるはずがない。一体何度彼女と剣を合わせたと思っている。ただ自分と剣を合わせてくれる人を探すために、単独で人殺しを道場に勧誘しに来たような女だ。そんな彼女に自分が本当に何度正面に立たされたと思っている。その度にどれほど悔しさを飲み込まされ、努力をさせられたと思っている。
「ルミナ……お前なんだろう?どうして何も言わない?生きていたのなら、どうして今まで教えてくれなかった」
『…………』
「ルミナ!!」
彼女は何も言わない。
外套を着たまま、その顔すら見せてはくれない。
ただ静かに剣を持ち上げ、ゆっくりとこちらに突き付けてくる。まるで何かを知りたいのであれば剣を合わせて聞きに来いと、そう言っているように。生前の彼女がとにかく手合わせに物事を結び付けて来ていたように。
『………!』
「くっ!?」
『っ!』
「なっ、速い……!?」
仕掛けて来たのは彼女から。以前のように彼女の剣速に対応する為に大剣を盾にするように前に掲げたが、しかしそこに到達した彼女の剣の速度は明らかに以前の比ではなかった。
先程とは真逆に、防戦一方に追い込まれるベイン。
彼女の基本的な戦法は変わっていない。その異常とも言える技術と単純な速度、そして対応力と発想で敵を追い詰めていくいつものスタイル。しかし何より違うのは、そのステータスの基礎値だ。一撃一撃の威力と速度が明らかに上昇している。つまりはレベルが上がっている。それも1とか2とかの話ではなく、相当な上がり幅で。
「……っ!?光属性のスフィアか!」
剣撃を防御し、鍔迫り合いに持ち込んだところで筋力だけで強引に吹き飛ばすことで、無理矢理に距離を取る。しかし直後に彼女は自身の左脚に取り付けていた秘石のスフィアを叩き、光属性のスフィアを使用した。彼女がよく好んで使用していた光属性のスフィア。光斬をよく使っていたことから、その切れ味と斬撃に特に注意を払って戦闘をしなければならないのだが……しかし今回彼女が使用したのは、光斬のスフィアではない。
「!?何のスフィアを……ぐぁっ!?」
そのスフィアを使用した瞬間、彼女の動きが激変する。まるで地面を氷上のように高速で滑り始め、その突風のような凄まじい速度をもってベインの左腕を引き裂いていったのだ。……ベインが全く知らないスフィア。ここにマドカが居ればその正体も分かったかもしれないが、居ない以上は自分で想像するしかない。
「くっ……!!ハァッ!!」
再びスフィアを叩き、低い姿勢のままに突っ込んで気た彼女を避け、途中で軌道を変えて追撃しようとして来た2度目の剣をなんとか弾いて対応する。単純な速度だけではない、滑るようにして動くからこその自由で慣れない攻撃が厄介だった。しかし反して攻撃の威力自体はそこまでではない、左腕が引き裂かれただけで済んだのはそれが原因だ。
滑るということは踏ん張れないということ、故に直接打ち合えばむしろこちらが有利な状況に持ち込める。……相手がルミナでさえなければ。
「!?……厄介だな!【狂撃】!」
背後から飛んできた魔力の斬撃を、ベインは風切り音を聞いた瞬間に大剣を強引に振り回して叩き落とす。しかし斬撃による攻撃はそれだけでは終わらず、彼女はベインの周りを滑りながら何度も何度も剣を降り斬撃を飛ばして来る。
ベインはなんとか突破口を作るために狂撃のスフィアによって足元を吹き飛ばして斬撃を掻き消すと、背後が壁になるような場所目掛けて走っていくが、それでも新たな斬撃が追撃を仕掛けてくる。
ルミナのスキルの中には、スフィアを使うことなく斬撃を飛ばすことを可能にするというものがある。つまり彼女はスフィアを使用せずとも擬似的な魔法を扱うことの出来た希少な人物でもあった。
……この地上を高速で滑走するという奇妙なスフィアは、正しくそんな彼女のためにあるとも言えるだろう。容易く背後に回り込み、中距離から常に動き回りながら斬撃を囲むように射出してくる。ベインは岩壁を背後にしてその攻撃に対応するが、しかしとにかく数が多い。どれほど撃ち落としたところで限度がある。
「ぐっ……くっ……!」
スフィアを攻撃系のままにしてしまっていた、最初の一撃の直後にもう少しバランスの良い構成に変えておくべきだった。この辺りがブランク故の失敗か。そしてこれが引きこもり続けていた故の停滞か。
「ハァ、ハァ……ごほっ、ごほっ」
勝てない、勝てる光景が思い浮かばない。全身に斬撃による切傷をつけられ、大剣を盾にするようにして膝を突く。こちらが限界なのを悟ったのか、彼女も攻撃の手を弱めてベインの目の前に佇んだ。
彼女を下から見上げる。
外套の中がチラと見える。
しかしそこに彼女の顔は殆ど見えず、口元は隠され、目元も外套に付けられた薄い布によって隠されていた。しかしその顔が間違いなくルミナのものであることは間違いなく、そして彼女が彼女であることも間違いない。
「なぜ……なぜあんな男の下に付いている。何故だルミナ!答えてくれ!!」
『………』
彼女の秘石に付いているもう一つの光属性のスフィア、それは間違いなく光斬のスフィアだ。彼女はそれを温存し、つまりはベインを殺すつもりなど毛頭ないということ。
だがこちらの質問になど一切答えず、剣を合わせても力の差だけを徹底的に押し付けられ、その表情すらも見せてはくれない。
脅されているのか、それとも操られているのか、それすらも教えてくれないからこそ、ベインの心は大きく乱れる。生きていてくれた、それがどんな形であったとしても。それだけでも嬉しいけれど、心の底から歓喜するようなことではあるけれど、だからこそアルファに従っている今の彼女への不安が大きく感じてしまう。
『………っ!』
「!?待て!!行かせるか……!」
しかしそんなベインの言葉に彼女は反応を見せることはなく、何かに気づくような仕草をした後、ある1方向に向けて滑走し始めた。その方向は正しく先程マドカがアルファを蹴り飛ばして降りて行った方向。
ベインは痛む身体を気合いで立ち上がらせ、凄まじい速度で滑走していく彼女を追う。スフィアを取り替え、ポーションを頭から乱暴に被り、痛みを堪えて足を動かす。
きっと全ての元凶はアルファだ、あの男だ。
だからこそ、とにかく……あの男をどうにかしなければならない。