「ああもう!本当にどうなってるんですか!この怪物!!」
「い、いくらなんでもタフ過ぎる!何か裏があるのか!?」
「増援はまだなの!?このままだと擦り潰されるわよ!?」
「あはは、流石に普通に疲れて来た……」
海岸線を砂を巻き上げながら動き回るレイン・クロイン。戦闘開始から30分、しかし未だにリゼ達はそれを相手に変わらぬ勢いの戦闘を繰り広げていた。
レイン・クロインの能力を幾つか解析し、初見殺しの攻撃もリゼが何度も避けて対応した。しかしそれでもまだ戦況が優勢に回ることはない。リゼとてもう既に5発は弾丸をあの肉体に撃ち込んだ、それでもレイン・クロインは時間をかけてそれを再生していく。そして無尽蔵とでも言うかのような恐ろしい体力と集中力、それを前にしてはリゼもレイナも切札の一撃を未だに切ることが出来ない。敵が疲れて動きが弱まったところで使い、確実に討伐する……というのはいいが、そもそも敵が全く消耗してくれないというのは話が違う。このままではむしろ危ないのはこちらの方だ。疲労したところに一撃必殺を撃ち込まれかねない。
(そうか、ラフォーレがあまり動いていないのはそれに対応するため……)
この戦闘中、ラフォーレはそれこそ異様なほどに大人しい。レイナと共に中距離でレイン・クロインの意識を引きながら、不定期に炎弾を頭部に打つけるだけ。彼女が本気を出せばいくら火に耐性を持つレイン・クロインでさえもダメージを与えられそうなものであるが、彼女としては現状は我慢比べという認識なのだろう。摩耗少なく役割をこなし、必殺を撃とうとした瞬間に邪魔をする。それを只管に繰り返す。そうして怒ってくれるのなら、怒り狂って乱射してくれるのなら、それはそれで都合が良いと。その隙を逃さない彼女でもない。
(となると、危ういのは……クリアか)
大水弾と氷弾の連発、そもそも元々精神力も体力もそれほど高くはない。最も離れた位置にいて、致命傷になる攻撃をしていなかったからこそ、優先してリゼが狙われていたものの……敵が多少冷静になって来れば、まず先にと彼女と彼女が守るスズハが狙われても仕方がない。
(ただそれにしても……こいつ、妙に知性が高い……!)
そう、その可能性を捨て切れないほどに、全力で対処しなければならないのが目の前の敵だ。
海の王の幼体、つまりは子供だ。
だが子供の癖に、あまりにも能力が高い。自身の体力の高さを理解していて、適度に暴れながらも確実にこちらの一撃を引き出そうとしている。つまりはフェイントをかけてくる。定期的にわざと隙を見せる様に視線を切り、最大威力の銃撃を誘って来る。それに対してリゼが乗らないのは単純に狩人としての駆け引きである。野生動物の中にもそういった行動を取るものは居た、これは単なるその延長線。……しかしだとしても。
(海の王とは、これほどまでに厄介なのか……!!)
「ぐぅっ!?」
身体の隙間を縫うように放たれた水流を回避のスフィアで避ける。しかし一瞬遅れてしまったからか、少し掠めてしまい衣服と左肩に裂傷が入る。それでも、そんなことはもう今更だ。ポーションを使用するまでもない。
……突破口。
何か突破口が欲しい。
この状況を脱するためには、もう一つ何かが必要だ。
弾の数もそれほど多くない。
自身の体力もかなり削られている。
せめてあと1人、あと1人でも増援が来てくれれば……
「リゼちゃぁぁああ!!遅くなってごめぇぇえん!」
「っ!リエラさん!ステラさん!!」
「遅いぞ馬鹿娘共!!」
「ご、ごめんなさぁぁあい!!」
そんな時だった、待ちかねていた増援が来たのは。
そしてラフォーレも正にそれを待ち続けていたのか、半ギレになりながら叱り付ける。……だが、間に合った。間に合ったどころか、これ以上ないほどの増援が来てくれた。1人どころか2人も来てくれたのだから。しかも不足していた前衛が。これ以上のことなどあろうか。
「お前達はレイナと前衛を張れ!こいつは雷属性の一撃必殺を持っている!上手く使え!」
「おお!凄いじゃん!よ〜し任せて!」
「よ、よろしくお願いします!」
「よろしく」
ラフォーレが一際大きな炎弾をレイン・クロインに直撃させ、その隙にブローディア姉妹と役割を交代する。単に前衛という役割で言えば、彼女はその姉妹のことを信用していたからだ。
……マドカ・アナスタシアの教え子の中でも、一際戦闘力に秀でた彼等。単に敵を引きつけるという役割においては、そのコンビネーションはあまりにも優秀だ。
「クリアスター!スズハ!」
「っ」
「なに〜?」
「なんでもいい!奴の動きを抑えろ!!それと指揮のスフィアの準備もしておけ!!」
「了解〜、ということでスズハ。方法考えてよ」
「あんたね……はぁ、分かったわよ。まあ私に任せなさい、そんなに難しいことじゃないから。取り敢えず【指揮のスフィア】は使うから!!全員いいわね!!」
そして既にかなり疲労しているクリアと、その横に控えているスズハに、逆転のための一手を打つようラフォーレは指示を出す。
むしろレイン・クロインを相手に決定打のないクリアにしては、大分頑張っている方だろう。そもそもクリアは水辺では活動出来ない、一度波に浸ったこの海岸線ですら正直かなり恐ろしさを感じている。ずっとスズハに肩を触れさせているのがその証拠だ。
……それでも、やっと増援が来たから。疲労を感じている顔で、それでも前を向く。そんな彼女を見て、スズハも頭を回す。自分にやれるのはそれくらいしかない。
「愚図!!」
「分かっている!!」
そして……リゼはもう何かを言われる前に、最大威力の砲撃の準備を終えていた。ラフォーレのしたいことは、もう分かっていたから。そしてそのために必要とされている役割も、また。
「いいか、敵の動きは私とクリアスターで止める。お前はその隙に確実に奴にそれを当てろ」
「ああ、任せて欲しい」
打つかるようにラフォーレと背中合わせになり、そう言葉を交わした直後に互いに別方向へと走る。彼女のやりたいことは分かるから。だって彼女のすることはいつだって適切で、自分にも少し考えれば分かるくらいには単純明快だったから。
「【炎弾】【炎弾】【炎弾】………【理解の淵】」
ラフォーレがスキルを使う。
【超大炎弾(メテオフレア)】
バチバチと青い火花を散らしながらスフィアを叩いた彼女が背負うのは、それこそリゼも見たこともないほどに巨大な隕石のような蒼火球。それはレイン・クロインの巨体であっても明らかに脅威と言えるほどのそれであり、それが出現した瞬間に周囲の温度が一気に上昇したことを誰もが感じていた。
……馬鹿げている。
これがラフォーレ・アナスタシアの最強最大の一撃。この世界で最強の火炎魔法の使い手である彼女の、地形ごと粉々に焼き尽くす、龍すら屠る灼熱の一手。
……ここに来てリゼは、ようやく確信出来た。彼女こそが自分が目覚めす将来の姿であると。自分と同じ遠距離からの超火力の手段を持つ彼女という探索者。だから彼女は自分を気にかけてくれたのかもしれない。それはあくまでリゼの予想でしかないけれど、それでも。
「クリア!もう面倒なことは考えなくてもいいわ!貴女の最大威力の水弾を撃っちゃいなさい!」
「ふふ……了解。負けてられないよね、これ」
そうして、そんなラフォーレを見たクリアも汗を一つ落としながらスズハの指示で変えていたスフィアを叩く。ラフォーレが自由に動ける状況になる、つまりは増援が来た時点で彼女はそれをスズハに指示していたのだ。ラフォーレから指示を受ける前から、こうなることを見越して。
「【水弾】【水弾】……【水神の加護】」
もちろん、流石のクリアであってもラフォーレに匹敵するほどの威力の水弾を作り出すことは出来ない。だが彼女が残りの精神力を費やし、正直受け入れ難いその加護をしっかりと利用してやれば……
「【大水弾】」
スズハが求めていた十分な威力の水弾くらいは、出来上がる。
「小娘共!!そいつの口を塞げ!!」
「ステラ!!」「うん……」
そんな凄まじい規模の魔法を見せられて、レイン・クロインが考えたことは狙撃による術者破壊であった。それは当然の行動だ、手段さえあるのなら誰だってそうする。しかし運が悪いのは、ブローディア姉妹相手にそんなことは決して許して貰えないということ。
互いに互いをロープで結び、敵の身体を駆け上がりながら縦横無尽に飛び回り、その巨体をズタズタに引き裂いて行く。これが本職の前衛、これが最高級の連携。いくら堅い皮膚を持っていようとも、2人の持つその槍にはダブルヘッドドラゴンの龍宝が使われている。そんなもので防げるほど容易い武器ではない。
「いくよ」「うん!」
「「【双水斬】!」」
そうして容易く頭部まで辿り着いた2人は、一瞬のうちにレイン・クロインの両眼を切り裂く。それこそレイン・クロインが一瞬目を奪われたことに気が付けなかったほどの一瞬で。
……ラフォーレは言った、面倒になるから眼は潰すなと。しかしそれは前衛が本職であればなんら問題のないことだ。もちろんその後に暴れ尽くして手が付けられなくなる可能性はあれど、今必要なのは何より一瞬の停止であって。
「クリア!」
「いっくよー……!!」
クリアの大水弾がスズハの指示と共に飛んでいく。狙うは事前に言われていた通り、レイン・クロインの頭部である。もちろん海竜であるレイン・クロインに単なる水弾はあまり効果はない。しかしスズハの目的はダメージではないから。
「……レイン・クロインの生態を考えるに、水を操る能力は自分の体液を利用する必要がある。でももう使える体液はあれにはない。けれど水を補給してしまえば、硬化した身体がまた柔らかくなってしまう」
だから水辺には戻らなかった。
あれにはリゼの銃弾が分からなかったから。
水辺に逃げられていれば、水の抵抗を受けて威力が落ちるリゼの銃弾では対処は難しかっただろう。しかし知能は高いとは言え、それほどのことを考えられる頭はあの竜には流石にない。故に銃弾を恐れて、水の補給をわざとしに行かなかった。
「だったら、無理矢理補給させてやればいいのよ。……幸いにも、口を閉じる下顎はリゼの初撃で無理矢理破壊されてるんだから」
スズハの思惑通り、目を奪われたことで思考のために停止していたレイン・クロインの口の中にクリアの水弾が無理矢理推し入って行く。恐らく本当に何が起きているのか分かっていないだろう。なんだったら自分がいつの間にか水の中に居るのかと勘違いをしてしまっていてもおかしくない。……それに敵はそもそも体液を枯渇させている海竜。そうして水を与えられてしまえば、飲むしかない。
「……ああ、良くやった」
「っ、全員離れろ!!」
「もう離れてるよ〜」「レイナこっち」
「は、はい」
ならばもう一息。
ラフォーレは気付いていた、前衛を張っている最中に。レイン・クロインの感知期間が髭にも役割があるということを。あれは恐らく普通の生物には存在しない特殊な第六感だ、髭が常にリゼに向けて動いていたのをラフォーレはしっている。故に今リゼが撃ったとしても、それは避けられてしまうだろう。それがリゼの狙撃が最初の一撃以降、ほとんど当たらなかった種だ。
……だがその一方で、その髭が炎によって焼けることもまた、ラフォーレは定期的に打ち込んでいた火球によって知っている。あれはそれを確信するためのものでもあったのだから。
「焼け、熱波灰塵」
青く光る彼女の瞳は、ただその惨状を無感情に見つめる。振り下ろされた右手、彼女がしたのはただそれだけ。しかしただその一振りに、あまりにも恐ろしい魔力量の一撃が込められている。
……それは正に、天を落とした様な光景であった。
きっとこれを見なければ、リゼ達は本当のラフォーレ・アナスタシアという魔導士の実力を見誤ったままであっただろう。彼女という探索者をどうしてギルドが制御出来ず、どうしてその横暴を見逃さざるを得なかったのか。真に理解することは出来なかったはずだ。
だって彼女が居るというだけで、炎に耐性のないあらゆる龍種は塵になるのだから。彼女が居ることで、あまりに多くの龍種に対応することが出来るのだから。それは本当にリゼと同じ……一撃必殺のそれだから。
――――――――――ッ!!!!!!!!!!!!!
『ギィィィイッイイイ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"!!!!!!!!!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?』
リゼは走る。
凄まじい爆風だ。
凄まじい熱量だ。
本当なら呆気に取られてしまうようなその光景、しかしリゼはそんな中でも止まることなく走り続ける。だって自分に求められているのはそんなことではないから。そんなことをしていたらラフォーレに怒られてしまうから。
『リゼさぁぁぁあああああん!!!!!!』
「っ!!」
遠くから爆音に混じって聞こえた彼女のその声に、リゼは砂浜を滑る様にして姿勢を落とし、その大銃を構える。だって分かったから、彼女のしたいことが。ただその一声で、彼女の狙いが。それが分かるくらいには、一緒に時間を共にしてきた。一緒に肩を並べて来た。
爆風による少しの火傷、狙撃による身体の裂傷、けれどそんなものはもう気にならない。ただこの1発に全てを賭ける。狩人としての原点に戻る。ここまでお膳立てをしてもらっておいて、どうして外すことなどできようか。ここで外すような人間が、どうしてこの銃を持つに相応しかろうか。
「【視覚強化】【星の王冠】」
リゼの視界に真っ直ぐ光の線が入る。
煙の中に見えるレイン・クロインの身体、その少ない情報から敵の姿勢や位置を予測する。組み立てる。
……ああ、見える。見えるとも。
もうどれほど見たと思っている、どれほど観察したと思っている。敵の動きも、敵の身体も、龍種という存在のパターンも、頭にはなくともこの眼に焼き付いている。たとえその身体が爆煙に隠されていようとも、それでも……!!
『レイナァァァアアア!!!今だぁぁあああ!!!』
リゼは引鉄を引く。
それと同時に、凄まじい雷を迸らせながら飛び上がった少女が見えた。……知っていたとも、彼女がそこに居るということは。彼女が敵の頭部を狙っているということは。故に狙ったのだ。自分は敵の両足の付け根の部分を。左右のその両方を。同時に破壊出来るような、完璧な軌道で。
「【雷斬】【雷斬】【雷斬】……【雷散月華】ァァァア!!」
リゼの一撃によって姿勢を崩し、その首を差し出す様な姿勢となったところに、レイナが三重の雷斬による全力の雷散月華を叩き込む。
炎や水に対してはまだしも、雷に対しては特に耐性は持っていないレイン・クロイン。そもそも斬撃性能の高いその属性によるレイナの渾身の一撃は、スズハとクリアによって軟化していたことも合わせて、そしてブローディア姉妹によって予め傷跡が付けられていたこともあって、しっかりとその首を捉えて……引き裂いた。
……一刀両断。
まるで凄まじい雷が落ちたかの様な極大の雷撃音と共に特大の雷属性を伴った大槍を振り下ろし、その極太の首をただの一撃で両断する。
彼女自身すら初めて試した、雷斬を三重に伴った雷散月華。その威力は明らかに普通のものではなくて。
「はっ、アレも十分に異常の範疇だ」
結末を見守っていたラフォーレは、腕を組みながら口角を上げてそう言った。それを終えた瞬間に、互いに疲労困憊した身体を無理矢理に動かして駆け寄り合いに行った、レイナとリゼの姿に少しの呆れを感じながら。
「……少し、遅かったみたいですね」
「ああ。それにしても、いやしかし……凄いな」
「……さあ、ダンジョンの方に向かいましょう。死人を出す訳にはいきませんから」
「ああ、行こう」
英雄試練祭はまだ終わらない。
あらゆる英雄達に、試練を与えるためのこの祭りは。彼等がそれを真に乗り越えるその時まで、終わることは決してないのだから。