無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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109.現実

「で?現実的な状況は?」

 

「良い訳ないだろう、大問題だ」

 

「だろうな」

 

 各クランのトップ達を集めるだけ集めたその場で、ギルド長のエリーナは明確に頭を抱える。疲労した顔、ストレスにも悩まされているのだろう。しかし当然だ。今回の件はそれほどのものである。

 

「このオルテミスという街の危険性が、これでもかという程に伝わってしまった。幸いにも地上での死者は殆どなかったとは言え、怪我人は相応に居る。特に地下の件が中継されたのが不味い。このオルテミスという街がいつ滅んでも不思議でないという事実は、商業人達にとってはあまりに不都合な事実だ」

 

「……俺達にとっちゃあ、今更な話だけどなぁ」

 

「正直、私は一時的なもので済むと思うけどね。いくら危険でも儲けが出ることに変わりはないんだし、危険と金を天秤に掛けて金を取るような商人はいくらでも居るわよ」

 

「……それでも、質の低下は避けられん」

 

 特にあの地上でのモンスターの襲撃に巻き込まれた商人達は特に、本格的に手を引きはしなくとも、少しずつ規模を小さくしてしまうだろう。これは恐らく避けられない話だ。商人達の顔触れも変わる、それが変わると現在のバランスも崩れ始める。問題はむしろこれから増えてくると言っても良い。

 ……しかし、正直もうそれはどうやったって手の付けようがないものだ。今までも同じことは何度もあった。受け入れて、一つずつ対処していくしかない。

 

 

「もっとヤバい問題があるでしょ、ギルド長」

 

「………」

 

「……そんなに不味い問題なのか?」

 

「あぁ、正直に言うと今の体制が大きく変わる可能性もあるような話だ」

 

「「「!?」」」

 

 

 そう、つまりそれこそが本題。

 今日彼等を集めたのは、確かにこれからの方針について話す必要もあるけれど。何よりここで忠告しておかなければならないことがあるから。

 

「エリーナさん、何があったんですか?」

 

「……来月、ギルドの監査があることは知っているな?」

 

「監査……?」

 

「ああ、サイは知らねぇか。まあ要は連邦から監査官って奴等が来てな、ギルドが真面目に仕事してるかチェックしに来るんだよ。書類とか経理とか、まあ諸々」

 

「へぇ、そんなものが……」

 

「そうね、例年なら別になんてことないんでしょう。オルテミスのギルドなんて世界の要なんだもの。運営に問題が頻発しているならまだしも、安定しているのなら余計な藪を突きたくないってのが連邦側の本音の筈」

 

「ならば何の問題もないのではないか?」

 

「……そうもいかないんだ、カナディア。今年の監査官が、少々不味い」

 

「「「?」」」

 

 例年なら連邦側から事前通知されていた書類を一通り揃え、特に難しくもないような確認を当日にされて、後は適当に街の中をフラついていれば終わるようなもの。真面目に運営していれば、ある程度は目溢しして貰えるような。そんなもの。だから書類整理が大変であっても、エリーナがここまで絶望するようなことはなかった。……そう、普通の監査官ならば。

 

「マドカ……お前は昨年会っているはずだ。丁度その時にアイアントに居た筈だからな、あの監査官とも会っているはずだ」

 

「へ?……あ、もしかして"リロイズ監査官"さんのことですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

「……いや、待て。昨年のアイアントだと!?確かアイアントのギルドは昨年に!!」

 

「そうよ、当時のギルド長が収賄でクビにされてる。その後に監査官が一時的な代理のギルド長になって、僅か1ヶ月でギルドの運営方針から何まで全部変えられたそうね」

 

「おいおいおいおい!待てよ!!そんな奴が今度はここの監査に来んのか!?今エリーナ以外にここのギルド長を変えられたら困るぞ!!つぅか、この状況で運営方針変えられたら誰よりも俺達が困る!!」

 

「それに正直、今年は不味い……普段の監査ですら事情を説明して見逃して貰わなければならなかった案件がいくつかある。特にマドカとエルザへの一時的な業務委託、これが正直不味い。これが無ければ運営に支障を生じていた故に本来であれば許されていただろうが……」

 

「……相手が悪いってことか」

 

 そもそもギルドを運営していく中で、正直ルールとしては当然あって然るべきものであったとしても、邪魔にしかならないようなものがいくつもある。それを全て守っていくなど不可能なことで、だからこそ監査側もある程度は飲み込んでくれるものだ。

 だが例の監査官は違う、それを徹底的に指摘して、全てを作り変えてしまう。有能なんだろう、それは分かる。けれどギルドと探索者の間には何より信頼が必要だ。ギルド側の方針を変えてしまうということは、それ即ち関係を再構築するところから始めなければならない訳で……そういう点においては、エリーナより優れた者は今のギルドには居なくて。

 

「とにかく、こちらとしても来月まで努力はする……が、そういう可能性があるということだけは理解して貰いたい」

 

「まあ、こればっかりは俺達も手を出せねぇからなぁ……」

 

「それでも、出来ることはあるのよ。というか、今回の本題の本題はそれだもの」

 

「本題の本題?」

 

「お前が関わってると、マジで話の流れが面倒クセェな、エルザ……」

 

 エルザに促され、ユイと副ギルド長のエルキッドが追加の資料を配り始める。ここまで特に興味なさげにマドカの髪で遊んでいたラフォーレも、その資料を見た瞬間の目を見開く。

 

 

「………どういうことだ、これは」

 

 

「提案はクロノスだ、そしてそれは私達にとっても都合が良かった」

 

「なに?」

 

「まあ、何かしらアイツにも熱を上げさせるようなものがあったんだろう。……いや、むしろ最近はあり過ぎたくらいか」

 

 

 

【クラン合同50階層攻略遠征(案)】

 

 

 そう記されたその資料は、しかし決してそれほど詳細に何かが書かれている訳ではない。けれどそれが何を意味しているのかは、この場に居る誰もが理解している。それは誰もが一度は考えたことのあるものだ。しかし同時に、これまで決して実現することのなかったもの。こうしてエリーナとマドカの働きがあって、各クランの状況が落ち着き、その仲も深まった今だからこそ実現出来る可能性のあるもの。

 

「……なるほど、監査はなるべくギルドだけで情報を完結させたい。つまりこの遠征をエリーナさんは監査期間中にやって欲しい、ということですか」

 

「その通りだ、マドカ。『遠征中故に話を聞ける人間が居ない』、簡単な理由だがこれが1番効く」

 

「特に、これが成功すればギルド側にとっても功績になる。そうなれば監査側としても大きく現状を崩すことは出来ないでしょうし」

 

「私は賛成ですよ。……なんなら、この資料の計画より、もっと規模を大きくしてもいいくらいに」

 

「「「っ」」」

 

 資料に目を通したマドカは、どうやら何か企みを得てしまったらしい。それが具体的にどんなものかは分からないが、まあそれは今後の作戦会議で存分に活かしてもらうとして。

 

「私も賛成だ」

 

「ラフォーレ……」

 

「くく、あの愚図も偶には面白いことを考える」

 

「い、いや、だがな……!」

 

「そもそも、こんな計画を見せられて拒絶するような玉無しがここに居る筈も無いだろう」

 

「っ」

 

 

「まあ玉無しは割と居るんだけど」

 

「エルザ様……!!下品です!!」

 

 反論しようとしたレンドを無視して、ラフォーレは声高らかにそう言葉にする。自身のクランのリーダーたる男から何も聞かされていなかったことに特段の怒りもなく、むしろ感心するかのように。そして同時に、レンドに対して挑発するかのように。

 

「下の奴等も育って来た。……にも関わらず、普段から偉そうなことを口にしている我々が未知に挑まないなどという笑えた話も無いだろう」

 

「………」

 

「そうでなくとも、これは今後も継続していくべき事柄だ。挑まなければ進歩はない。立ち尽くしたままでは、何も先に進むことはない。先に進むことを、我々は強制されるべきだ」

 

「お母さん……」

 

「お前とてそうだろう、魔女。いつまでもあんな養護施設に浸らせていては、クソガキはクソガキのままだ」

 

「……そうだな、お前の言う通りだ。あの子にもそろそろ、他の優秀な探索者達と組ませる経験は必要だ」

 

「お前はどうだ、坊主。老人共の良い運動にもなるだろう」

 

「……そうですね。僕はまだまだ勉強中の身ですが、皆さんと肩を並べる経験をさせて欲しいと思っています。シセイさん達も、きっとついて来てくれる筈です」

 

「精霊、お前は?」

 

「私達は探索に重きを置くクラン、断る理由がありませんわ。特にこのような機会、クランの総出を持って参加させて頂きます」

 

「はっ、それでこそ探索者だ。良かったなエリーナ、ここに腰抜けは居ないらしい」

 

「……そうだな、本当に何よりだ」

 

 言いたいことは言い終わったと、ラフォーレはそうして話をエリーナに振ると、また興味なさげに資料を机の上に放って娘を愛で始める。きっと彼女が1番この計画に賛成なのだろう。だからこそ、こうして絶対に拒否出来ない状況を作った。指揮官を張るべき人間が拒否し、少しでもこの計画が頓挫する可能性を消した。わざわざ自分が動いてまで。

 

 

「…………」

 

「レンド」

 

「………………」

 

「レンド……」

 

「………………………………」

 

「レンドさん……?」

 

「〜〜〜〜〜!!!!分かったよ!!やりゃあいいんだろ!やりゃあ!!」

 

 

 そしてやっぱり、レンドはマドカに弱かった。他の者達からの言葉には我慢していたが、マドカにそう言われた瞬間に彼は決壊した。

 だってそんな大規模な遠征なんて、しかも前代未聞のクラン合同など、来月までの準備をするとなれば死にそうになるほどのデスマーチの始まりを意味しているというのに。そんなもの誰がしたがるというのか。……けれど、それでも分かっている。この機会を逃してしまえば、ラフォーレの言う通り、自分達は立ち止まったままだと。強制されなければならないのだ。そうでなければ、安定した地位を手に入れてしまった自分達は、進めない。

 

「よし、ならば決まりだ。遠征のことに関しては完全にそちらに任せるしかないが……マドカも暫くは遠征の方を頼む。というか正直に言ってしまえば、50階層攻略にお前の力は不可欠だろう」

 

「……つまり、各階層の非常用の物資も使い潰してしまって良いということですね」

 

「ああ、その程度の消耗が無ければ成し遂げられる偉業ではあるまい。今のクランの勢力図にお前の存在を加えないことはあり得ないからな、緩衝材としても期待している」

 

「……分かりました。50階層攻略のために、私も全力を尽くします」

 

 

「エリーナ、私からも1つ提案がある」

 

「ラフォーレ?……なんだ?」

 

「遠征中の地上の守りについてだ」

 

「……!」

 

「マドカまで出るとなれば、代わりに要となる人間が1人は必要だろう」

 

「……お前がやるのか?」

 

「まさか、他者に押し付けるに決まっている」

 

「では、誰に……?正直に言えば50階層攻略のためには1人として残せるような人材は居ないように思えるのだが」

 

 

「バルク、私の愚弟で良いだろう」

 

 

「「「!」」」

 

 抱く思いは困惑。

 けれど同時に納得。

 そしてそれは決して良い意味での納得ではなく、あらゆる意味での納得。

 

「前衛の盾役ならば足りている、あの愚弟が居なくとも特段の支障はないだろう。加えて言うのであれば、愚図があれを甘やかし過ぎている」

 

「……確かにバルク・エルフィン、つまりお前の弟の実力は確かだ。だが司令塔としては」

 

「そうだ、未熟過ぎる。経験すらない。だからこそ強引にでもやらせなければ、いつまで経ってもあのままだ」

 

「……龍神教の恐れもある。最悪の場合、バルクは潰れるぞ」

 

「ならば潰れればいい、24の男をどうしてそこまで甘やかす必要がある。責務を押し付けろ。より年の若いガキ共に重責を担わせていると言うのに、素質がないと言うだけで何故無関係で居られる?素質があろうと無かろうと、必要になった時に敵は待ってくれるのか?」

 

「………」

 

「才能がないことは役割を引き受けない理由になどなりはしない。それこそが我々が今後中位の探索者共に求めていくべきことだろう」

 

「………」

 

「まあ、そりゃそうだ……」

 

「……少し変わったか?ラフォーレ」

 

「私とて嫌々ながら若輩共の教育をさせられている、貴様等も苦しめ」

 

「お前は相変わらずだな、ラフォーレ……」

 

「ちょっと良い話だと思ったのに……」

 

 そう言ってため息を吐きながらも隣でニコニコと笑っているマドカの頭を撫で、ラフォーレは今度こそ口を閉じる。ラフォーレは母親としてマドカの思考を理解しているつもりだ、自分に何をして欲しいのかも大凡の見当はつく。ここまでの一連の流れも、この会議室に来る前にそれとなくマドカから話があったことから予想して纏めたに過ぎない。

 ……そもそも、ラフォーレに弟のバルクに対する愛情など存在しない。アレはただ自分と同じ母親の腹から生まれて来ただけの他人だ、家族であると思ったこともない。故に本来ならこんな事も言うつもりはなかった。

 ラフォーレにとって家族とは血の繋がりによるものではなく、心の繋がりによるものだ。たとえ血が繋がっていようとも自分が認めなければ家族にはなり得ないし、血が繋がっていなくとも自分が認めれば家族になる。故に彼女にとっての家族はこの世界においてマドカを置いて他には居ない。マドカの危惧さえなければ、バルク・エルフィンの成長などどうでも良かった。それこそリゼ達とは違い24の立派な成人なのだから、今更どうこう言うことすらアホらしいと思っているくらいに。

 

「さて、最後に……アルファのことだ」

 

「「「っ」」」

 

「エルザ、今までの情報を頼む」

 

「はいはい、いつの間に秘書になったんだか……」

 

 配られた資料の最後。今回の騒動を引き起こしたであろう現況。この会議の締めくくりの話題として、それを避けることは出来ない。これについて誰よりも目の色を変えたのは、レンドだった。

 

「今回の件で分かったことはいくつかあるけれど、一先ず敵が集団の組織であることは確定。判明している人物はアルファ、ガンマ、イプシロンの3人。あと1人居るけど、これは不明。それとこの名前も全員が偽名、つまりはコードネームみたいなものかしら?」

 

「厄介な奴等だ……」

 

「特にガンマ、マドカ達が遭遇した相手ね。……半年前に壊滅したクラン"剣の光"のルミナ・レディアントで間違いないらしいわ。状況的には死亡した筈だけど、生きていたのね」

 

「……マドカ、どう思う?」

 

「私は少し手合わせした程度ですが、確かに剣技はルミナさんを思い起こさせるものでしたね。そもそも同郷のベインさんが確信していたので、ほぼ間違いはないと思います。ただしレベルは確実に上がっていました」

 

 いくら半年のブランクがあったとは言え、それは決してベインが手も足も出なくなる程のものではない。ならば単純に彼女のレベルが上がっていたと考えた方が良い。マドカの個人的な体感では、レベルだけならアルファと同等にあってもおかしくはなかった。つまりは40と少し。少なくとも半年前から10以上は上がっているということになる。

 

「……つまりはまあ、そういうことなんじゃない?」

 

「そういうこと……?」

 

「本来死んでいた筈の人間を、組織に入れている」

 

「!」

 

「……死者蘇生の技法があるということか?」

 

「若しくはダンジョン内で死に損なった人間を集めている」

 

「……そっちの方が現実的だな、偽名を使う理由にもなる」

 

「敵の戦力はどうなっていますか……?」

 

「マドカ」

 

「そう、ですね……アルファさんとルミナさんは、スフィアの手数なんかを考えたらレンドさんやクロノスさんくらいじゃないと相当キツいと思います」

 

「まあ、そこのボンクラは一度負けているからな」

 

「ぐぅっ……」

 

「イプシロンさんは、少なくともリエラさんとステラさんで押さえ込んでくれる筈です。厄介な爆発力を持っているとは聞きましたが、上位の探索者ならどうにもならないレベルではないです」

 

「まあ、それでも穴にはならない程度の実力はあるだろうな。今後の成長を考えると油断は出来ない」

 

「最後に、そのイプシロンさんを助けたという謎の人物についてですが……」

 

「ああ、ブローディア姉妹が動けなくなったって言う……」

 

 

 

「まず勝てないです」

 

 

 

「「「「!?」」」」

 

 マドカのその言葉に、誰もが目を見開く。彼女がそこまでのことを言ったのは、今日まで一度たりともなかったからだ。確かに話には聞いているけれど、彼女がそこまで言うほどのものなのかと言われると誰もがそうは思っていなくて……

 

「……そこまでなのか?」

 

「私の想像が正しければ、アタラクシアさんを当てる以外に方法はないです。1対1ならアタラクシアさんが負ける可能性も考慮すべきかと」

 

「なぜ、そう思う……?」

 

「単に私達の中で最も強い存在がアタラクシアさんなので、それを基準にしています。具体的な戦力分析というよりは、アタラクシアさんを基準にしなければならないような規格外の相手と想定して動くべきだということです」

 

「なるほどな……」

 

「つまり、それより弱い可能性もあるが、強い可能性すらあると」

 

「個人的な思いで言えば、リエラさんとステラさんは既に上級探索者に加えていいです。そんな2人が明確な死のイメージを、睨まれただけで実感させられた。……それはつまり、それほどの実力差があったと考えるべきです。それこそ、相手は2人を容易く殺すことが出来るよう実力者であるというくらいに」

 

「……あの状態になったブローディア姉妹を想定するとして、この中に一撃で彼女達を倒せる人間が居るか?」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「まあ、無理だろうな。勝つことは出来るだろうが、瞬殺なんざ先ず出来ねぇ。ステータスだけならまだしも、あいつらはマドカちゃんに直々で剣教わってるからな」

 

 リゼやエルザ達は、あくまでマドカから探索者としての基本や心得を教わっただけに過ぎない。そもそも戦闘のタイプが違うので、助言は受けたりしたが、その戦闘方法を真似ることまではしなかった。

 ……だが、ブローディア姉妹は違う。彼女達はステータスの傾向的にも、正しくマドカの戦い方が身に合っていた。故にマドカの戦闘法を基礎として会得した後に、自分達の物へと昇華していった。今はそこから派生して槍を使うようになったが、彼女達は元々は剣を使っていたのだ。ラフォーレやレイナが中距離で気を引く程度のことしか出来なかったレイン・クロイン相手にも、近距離で翻弄し続けたそれが、2人の技術の高さを物語っている。

 

「……さて、どうするべきか」

 

「敵の人数がそれだけとも限らない。最悪、オルテミスの全戦力を投入して漸く……ということもあるだろう」

 

「そ、そこまで……」

 

「ただ、別に争う必要はないようにも思えるのよね……」

 

「なに?」

 

「だって、敵の目的は明確でしょう?レンド、貴方が聞いて来たんじゃない」

 

「……!」

 

「新たな邪龍……異龍ルブタニア・アルセルクだっけ?それの足止めしてくれたんでしょう?そして貴方に早く50階層を突破するように言った。龍種を誘き出して、私達にぶつけて来た」

 

「……世界のために動いている、とでも言うつもりか?」

 

「むしろ、そこを肯定しないと何も始まらないでしょ。認めたくないのは分かるけど、それが目的ならアレだけの人数がアルファに協力してたのも納得出来るのよ」

 

「………」

 

 そして、それが理由であるのなら、ルミナがそちらに着いた理由も理解出来なくもない。邪龍は増えたのに、未だオルテミスの探索者達は44階層で立ち止まったまま。危機感を抱き、強引な手を使って来たと考える事もできる。あのアルファという男もそれを目的として最初に持っていたのなら、同じ目的を持ったマドカに強い共感を抱いたという経緯を立てるのも不思議ではない。

 

「……マドカちゃん、仮にあいつらが世界を救うなんて目的を持ってたら。お前はどうする?」

 

「別に、どうもしません」

 

「どうも……?」

 

「私は私のやり方で進めていくだけです。そこが噛み合わなければ、打つかることもあるでしょう。……納得し、必要があれば、協力だってします」

 

「……やっぱそうか」

 

「アルファさんのことは厄介だとは思いますが、別に嫌いではないですから。この街を守るために手を貸して欲しいと言われれば、迷わず手を貸します。逆にレンドさんが悪いことをしそうになったら、容赦なく敵対しますよ」

 

「……そうか」

 

 マドカ・アナスタシアは、決して自分達の味方ではない。この都市の、世界の味方である。けれどそれは結果的に自分達を守るためであるのだから、やはり自分達の味方と言えるのかもしれないけれど。

 

「……とにかく、もしそういう目的が敵にあるのなら、50階層突破を目指す邪魔はして来ない筈。油断は出来ないけど、今は特に考えなくて良い」

 

「なら、私達は……」

 

「とにかく50階層の突破、これが必要だ。50階層の先には何かがある。奴等の言葉からしてもこれは間違いない」

 

「つまり、私達はそこに辿り着き"前提"を手に入れる必要がある……」

 

 若者達だけではない。

 探索者であるのなら誰にでも、挑戦を避けることはできない。ただ立ち止まっていることなど、許してはくれない。それは他でもない、地下から這い上がる龍種達が。

 

 現実には夢も希望もない。

 しかしだからこそ、足掻かねばならない。

 

 そうでなければ自分の描いた理想が手に入ることは無いのだから。




書き貯めは一旦ここでお終いです。
またある程度書き貯めたら投下していこうと思っています。
コメント、評価等を頂けると嬉しくて筆が乗る単純な人間ですので、どうぞよろしくお願いします。

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