……が、本編の前に。
実は書いておきながら投稿はしていなかった話が4話ほどあります。
余計なノイズになってしまうと考えたからです。
最初の方を読み返すきっかけとなれば幸いです。
それでは、よろしくお願いします。
オルテミスの街から少し離れた森林地帯。
本来ならばモンスターが存在していてもおかしくないようなその場所は、例年この時期になると『龍の飛翔』と呼ばれる強力な龍種が出現する為か。大抵のモンスターは少し離れた場所へと避難のために移動してしまっており、今は異様なほど平穏な静けさを保っている。彼等にもそういった知能はあるのだ。
そして今。そんな場所で焚き火を取りながら、予め馬車の中に持って来ていた食料を平らげているのは、赤色と黒色の特徴的なローブを来た5人組の集団だった。
1人は馬の世話をし、1人は焚き火の世話をし、もう1人は食料や荷物の確認を行う。そして残りの2人はと言えば、今もまだ馬車の中で眠っている片方を、もう片方が肩を揺さぶり起こしている所である。……いや、起こしているというのもおかしいかもしれない。彼は決して眠っている訳では無いのだから。ただ声を掛けただけだ。
「レイター様、レイター様、目的地に着きました」
「…………着いた?」
「ええ、着きました。あと数時間で夜が明けます、ここはオルテミスから3kmほど離れた森林地帯です」
「………バレてない?」
「……申し訳ありません、2時間ほど前に周囲を警戒中の探索者に勘付かれた可能性があります。何分馬車の音は騒々しく、ローブを取り出してしまっていた者も数人居まして」
「………いいよ、別に」
「本当に申し訳ありません」
馬車の中でゆっくりと身体を起こす『レイター』と呼ばれた青年。赤色と黒色の特徴的なローブの集団とは言ったが、彼だけはそこに白色の線が何本も入ったデザインの違う物を羽織っている。
彼はチラと馬車の外に目線を向けると、一度溜息を吐いてもう一度身体を横に倒す。起き上がることすら気怠そうに、けれども一度は起き上がったのは、最低限の労りのためか。
「計画は予定通り、早朝に仕掛けるという事でよろしかったでしょうか?」
「………いや、昼」
「早朝では無いのですか?」
「………警戒されてる」
「!も、申し訳ありません!」
「………いい。とにかく、探して。その為なら、貸す、いくらでも」
「はっ!必ずや!見張りをここに1人置いて行きます、お借りした物は絶対に我々が有効に活用してみせます!」
「………期待してる」
それきりまた目を閉じてピクリとも動かなくなったレイターを見て、男は静かに馬車を降りた。近くで荷物の確認をしていた女性に見張りの役割を指示し、残りの3人を直ぐに焚き火の周りへと呼び付ける。
海が近くにある事もあり、森林があるとは言え、この場は少し肌寒い。ついでにと手渡された食事を受け取りながら、彼もそうして自身の身体を温めはじめる。それほどの不便はない、大切な主人に不便をさせないように準備したのだから。そして大切な仲間達にも、苦しい生活をさせたい訳ではない。
「……移動中の我々の失態、レイター様は快く許してくださった」
「なんと……!」
「それは本当ですか!ネロ!」
「ああ、だがそれ故に計画は早朝ではなく少し時間を遅らせて行う事となった。これはレイター様の負担となる、計画の成功率も当初よりずっと低くなっただろう」
「「………」」
男の言葉に、それを聞いていた男女の2人は小さく俯いた。
彼等は此度の任務において、自分達の組織の、そして敬う彼等の、強いては人類全体の行く末を占う程の重大な責任が存在していることは自覚していた。しかし支給されたそのローブに多少心が浮ついてしまった事もあり、その責任に対する認識が甘くなってしまっていた事もまた自覚している。
自分達が所属する"龍神教"の最高権力者である"大聖人"が1人、レイター・シンカリオン。彼は1日18時間を寝て過ごさなければならないという異常体質を持ちながらも、こうして自分達と共に最前線まで訪れ、力を貸してくれている。
……にも関わらず、既に1つ迷惑をかけてしまっているのだ。
彼がここまで出てくる程に重要な任務であるというのに、自分達はただの一度の浮つきで、その任務を失敗へと導きかけてしまった。故にこれ以上の失敗は決して許されない。自分達の命を賭けてでも目的を果たさなければならない。自分達の命でそれを成せるのであれば、むしろ安いくらいの目的である。
「……必ず成功させる」
「ああ、分かってる」
「私達は大聖人様方に拾われた身だもの、なんとしてでも今回の任務は失敗できない」
「そうだ。今は行方の分からない2人の大聖人様、彼等を見つけ出すまで我々に安息は無いと思え」
龍神教は今や、恐ろしく大きな集団となった。
最初に掲げた理念が想像以上に共感を呼び、より多くの力なき者達からの支持を受けるようになった。それに応じて手を広げなければならない範囲も大きくなってしまい、当初の目的のためにむしろ動き辛い状況になってしまったことも否めない。だからこその自分達である。
4人は組織の末端という扱いでは無く、トップである大聖人の直属の部隊という扱い。大聖人達にとって最も信頼出来る者達の集まりであり、だからこそ、その重要性も各々が理解できている。彼等自体にそこまでの権限も無ければ、名が売れている訳でも無いのだが、大聖人達の直接の指示が飛んでくるという立場。大聖人達が自分達の真の目的のために動かせる、信頼出来る唯一の私兵とも言ってもいい。光栄どころの話ではなく、命を賭ける覚悟はとうにできている。
「だというのに、自分が情けない」
……そもそも、彼等は元はただの居場所のない一般人だった。そこから少し訓練したり学んだりはしたが、その事実は決して変わらない。価値観も感覚も特筆すべきものもない凡人だ。だからこそ、自分達が救われ拾われた事実は重い。
滅多な事でも無い限り大聖人達は龍神教徒に指示を出す事は無いが、自分達には気軽に指示を出してくれる。彼等はそれほど近い感覚で自分達を置いてくれている。ならばこそ、相応の働きが出来なければ存在意義がなく、その信頼すらも失ってしまう。彼等の命を賭ける理由はそれで十分だった。大聖人達こそが自分達の全て。その信頼を失うことが何よりも恐ろしい。
「取り返さないと……成功させないと……」
龍神教徒を名乗っていても、実際には他の教徒達の様に邪龍を称えている訳でもない。むしろそこについてはどうでもいい。彼等がそこに居るのは、彼等が大聖人達に忠誠を誓っているからというだけ。言ってしまえば邪龍など、どうでもいい。
……故に、此度の任務を失敗する事は許されない。
この任務は、そんな大聖人達の悲願であるのだから。決して台無しにする事は許されない。どんな手を使ってでも、確実に成功させなければならない。その任務は自分達の命などとは天秤にも掛けられないほどに重要なものなのだから。
「作戦は少し変える。俺が大群を指揮し、ギルが強化体を管理するのはそのままだ。だがレイには日が上ったと同時に街に一般人として潜入し、『罪のスキル』を持っているお方を探して貰う事にする。昼までに見つからなかったり、同行を拒否されてしまえば、予定通り俺達が攻め入ろう。合図は炎弾の打ち上げだ」
「……そうね、個人的にもそっちの作戦の方が好ましいわ。断られる可能性が高いからと大聖人様方は仰られていたけれど、出来る事なら穏便に済ませたいもの。……確かマドカ・アナスタシアという女性探索者が『罪のスキル』を持っている可能性が高いのよね?容姿の情報をもう一度確認させて貰っていいかしら?事前に出演してる配信で確認してはいるけど、一応ね」
「ああ……そのマドカ・アナスタシアってのは、【暴食】を持ってる可能性が高いんだろ?【暴食】ってのがどんなスキルか分かっているのか?ネロ」
「いや、【暴食】に関しては他の『罪のスキル』と比べてあまりに情報が少な過ぎる。残っていた資料を見ても、当人の異常な食欲意外に目立った記述が見当たらなかった。周囲の人間すら殺して食べるその特異性の方に目を向くのは、まあ至極当然の話ではあるのだがな」
「つまり、戦闘という面で言えばそう大した相手ではないという事か。……勿論、裏返った時にどうなるかは考えたく無いが」
多少強引にでも連れて来る様にと言われているとはいえ、『罪のスキル』を相手に戦闘を仕掛ける危険性というのは、他でも無いその持ち主達の下につく自分達が1番よく知っている。
……単に敗北するだけならまだいい。失敗してもそこに本当に罪のスキルを持つ者が居ると分かれば、それは確かに意味のある行動となるからだ。
だがそれは、最低限この場所から生きて帰る事が出来た時の話でしかない。仮に『罪のスキル』が"裏返って"しまえば、こちらがどれほどの質と量を用いたとしても生きて帰ることは難しい。
【暴食】の力については分からなくとも、ただ持ち主の食欲を持ち上げるだけでは無いだろう。そこには他のスキルと同じようなイカれた効果があるはずだ。数や質を容易くひっくり返す、そんな異常な能力が。
「ギル、レイ。例え何があろうとも、俺達の中の必ず1人は絶対に生き残らせろ。そして生き残った者はそのままレイター様とルイと共に撤退するんだ」
「な、何を言っているの、ネロ?そんなこと……」
「ああ、そうだな。生き残る可能性はレイが1番高い、お前は民間人のフリをして生き残る事を最後まで優先しろ。俺達もお前を巻き込まないよう、民間人への被害はなるべく抑える様に動く。あくまでも標的は居残っている探索者だ。ある程度追い詰めれば出て来るだろう。そうなればマドカ・アナスタシアも誘き出せるかもしれない。その眼に映すことさえ出来れば、目的の一つは達成だ」
「……それでも、全員生還が1番よ。私が見つけて連れて来られれば、それで済むんだから」
「そう容易くいくといいのだがな、攻め入ることは前提で考えた方がいい。罪のスキルは罪のスキルを感知出来る、雰囲気を感じて出て来ない可能性の方が高い。……そうでなくとも、俺達の目的はマドカ・アナスタシアだけではないのだから」
もしそれだけのためならば、わざわざ襲撃などという手段を用いることもない。
別に龍神教は過激派という訳ではなく、大聖人達も争いを求めているわけでもない。ただ彼等には余裕がなく、時間がなく、強引な手段を用いなければ実現出来ない夢があるというだけ。犠牲は可能な限り減らすが、その真の目的のためであれば多少の犠牲は割り切る。彼等にはそれをするだけの権利があるし、この場にいる皆がそれを本気で信じている。正常な頭で、そう考えている。
「最後に……レイ、仮に俺たちが死んだら大聖人達のことを頼む。戦力的に問題はないとは思うが、ロレイド様が調査中に失踪されたオルテミスへの襲撃だ。何が起きるか分からない」
「……分かってる、でもそれは全員同じでしょう?あまり自暴自棄にならないように。私達は簡単に死んでいい立場じゃないんだから。1人だって本来なら犠牲になんか出来ない貴重な存在で、大聖人様方の財産なんだから」
「まあ、それもそうだな」
その言葉を最後に、彼等は立ち上がった。
目的を果たす為に。そして生きて帰る為に。
互いに互いの手を合わせて、最高の結果を望み、笑みを上げた。
……それが最後の晩餐になるか否かは、今はまだ分からない。