無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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27-2.変えた者達

「……三人の反応が、消えた」

 

「まさか!?そんな!?」

 

「待って、探る……」

 

 

 街から離れた森の奥深く。馬車の中で仲間達の帰りを待っていた彼女は、ただそうして自身の主人からポツリと告げられた言葉に対し、声と身体を振るわせていた。

 

 同僚であり、仲間であり、家族同然でもあった3人全員の反応が途絶えた。それは明らかに普通ではない。誰か1人であればまだ覚悟はしていたが、しかし3人全員などとは。言葉を理解することは出来ても、酷く現実感のない話だ。

 

 

「ネロ、ギル、レイ……まさか3人とも居なくなるなんて、そんな……」

 

 

 もちろん危険な任務であると覚悟を持って来たのは間違いなくとも、全員が生還して帰る手順もまた用意して挑んだというのに。犠牲など1人も出すつもりなど無かったのに。確かに多少強引なやり方ではあったものの、そもそも住民への被害さえも極力出さないようなやり方に妥協した筈だ。逃走手段だって用意はしていた。

 

 

「……駄目だ、手下の生き残りが殆ど居ない。意思の仲介者も居ない。記憶を辿る以外の方法で、これ以上の捜索は不可能だ」

 

「レ、レイター様!我々は!!」

 

「……帰るしかない。直ぐに追手がこの辺りを探しに来る、馬車を出して」

 

「っ!……かしこまり、ました」

 

 

 ここで取り乱して意見を述べたり、街の方へと一心不乱に走らなかったのは、単に彼女が冷徹なだけなのか、それとも、それでも彼女が大人の女であったからなのか。

 いつでも帰れる様に支度を済ませて居たとは言え、まさかこんなにも孤独な気持ちで帰路を歩む事になろうとは夢にも思わなかった。

 

 前線に立っていたネロとギルの危険は承知していた。最悪の場合とは言え、彼等も失態を取り戻すために敢えてそれを選んだのだから。……だが、なぜ街に一般人として潜入していたレイまで居なくなってしまったのか。それだけが全く分からない。

 

 彼女にとってレイとは、数少ない同性として大聖人の元で共に育ち、自分にとって姉のような、けれど妹のような存在でもあった。せめて彼女だけでも帰って来てくれていたのなら、この涙と悲しみを共有し、孤独だけでも癒すことは出来ていただろうに。それさえも許されないことに、衝動が込み上げる。

 

 ……そして、そんな彼女の悲しげな背中を察してか、普段は殆ど寝そべっている彼女の主人もまたグッと体を持ち上げ、近くに座り込むと、その震える肩に優しく手を乗せる。そんなレイターの心遣いがまた胸を痛くして、暗闇の中をゆっくりと走り出した馬車の上で、静かに密かに涙を流した。

 

 

「……ネロとギルは、強化体と同化して、殺された。想定外の、探索者が居た。"灰被姫"……あれを排除しなければ、本命は出て、来なかった」

 

「……はい」

 

「ギルは、不明な攻撃で、即死した。それに怒り狂ったネロは、離脱を拒否し、"灰被姫"に、焼かれた。記憶から見えたのは、そこまでだ」

 

「レイター様、レイは……」

 

「…………分からない。街の中で、聞き込みをしていた。黒いフードの女に、声を掛けた瞬間、意思疎通が、途絶えた。周囲の手下共も、殆ど同時に、殺されている」

 

「そう、ですか……ありがとうございます……」

 

「うん……ふぅ……」

 

 

 滅多にここまで言葉を重ねることのない彼が、能力を行使して記憶と記録を大量に遡り、ただ彼女1人の為に、仲間達の、家族とも言える彼等の最後を伝えてくれる。

 

 分かっている。

 今回の任務は完全に失敗であったと。

 

 敵の戦力を甘く見ていたと。想定外の事が多過ぎたと。レイターですらも悔しさが心中に渦巻いている。単なる失敗だけではないのだから。それだけならどれほど良かったことか。

 

 誰が思うか。まさかこのタイミングで、よりにもよってあの"灰被姫"が独断で帰って来ているなどと。想定外にも程がある。その上で人選も悪過ぎる。あれならまだ都市最強が居た方が遥かに良かった。

 

 そしてレイターも知らない様な迷宮都市オルテミスから放たれた正体不明の物理兵器の存在。あれさえなければ"灰被姫"だって封殺する事が出来ていたし、劣勢になったとしても撤退の手段が存在していた。

 

 あれだけ街中を探し回った時点で、後は"白雪姫"さえ引き摺り出せば勝ちだったのだ。最低限の役割をこなして、全員を撤退させる指示を出せたのだ。……しかし事実として、それさえする事が出来なかった。こちらの損失はあまりに大き過ぎる。大切な仲間であり家族を3人も失った事、これだけは簡単には受け入れられない。

 

 そもそも何故、マドカ・アナスタシアはこれほどの状況になっても出て来なかったのか。それもまた理解出来ない。

 

 

「……問題は、レイを襲った、女だ」

 

「ぐっ……その、黒いフードの女のことですか?」

 

「……他人の、意識越しとは言え。動きが早く、見えなかった」

 

「そんな!レイター様がですか!?」

 

「……あれは、間違いなく、異常だ。あの街には、欠けた大聖人以外にも、何かが、居る」

 

「それは……ほかに潜んでいた探索者や、欠けた大聖人その人では無くてですか?」

 

「……大聖人なら、反応出来る。探索者でも、強過ぎる」

 

「オルテミスの秘密兵器という事でしょうか」

 

「……分からない。神族の、監視者かもしれない」

 

「っ、神族の!?」

 

 

 そんな正体不明の存在の事はさておいたとしても、今回の事で一つハッキリとした事がある。

 それは罪のスキル一つでは、今のオルテミスを陥落させる事は到底不可能だという事だ。数年前の襲撃の時とは探索者達のレベルが格段に違っている。本気で対抗するのならば、大聖人全員で向かう必要があるだろう。

 

 ……そしてその中でも特に恐ろしいのは、間違いなくあの"灰被姫"ことラフォーレ・アナスタシア。スキルと装備が脅威的な程に噛み合っている彼女の攻撃は、僅か1人で街一つを滅ぼせる程の規模であり、言ってしまえばそれは"罪のスキル"に匹敵する。何の細工もなしに正面から直接的にぶつかり合った時、果たして彼女に勝てる者が大聖人の中でも何人居るだろうか。

 

 その上で。そんな彼女と同等の規模の破壊を行使出来るとされている彼女の娘であり、罪のスキルを保持している可能性が最も高い少女、"白雪姫"マドカ・アナスタシア。彼女まで敵に回した時の事は考えたくもない。

 

 

「レイター様……もし、もし今居る大聖人様方が総力でオルテミスを襲撃したとして、私達は勝てるでしょうか……?」

 

 

「………」

 

 

 レイターはそれに明確な言葉は返さなかった。

 

 だが勝てるとも、勝てる筈だ。どう考えても負ける可能性などある筈も無いのに、しかし何故かそれを言い切る事が出来ない不思議な予感もある。その予感の正体は分からない。そういうものはレイターには不向きな感覚だ。

 

 

「レイター様……?」

 

「……寝るから。後は、よろしく」

 

「は、はい。おやすみなさいませ……」

 

「うん。無理しないで」

 

 

 もう十分に働いた。

 迫り来る眠気や気怠さを仲間の死によって無理矢理覚醒させていたが、それももう限界だった。レイターはそのまま気絶する様にして再び眠りに付く。

 

 彼等を照らし出す唯一の光である月の明かりは、何故か今日の様な日に限って真丸とした形のままに美しく光を放っているのだから妬ましい。

 今も涙を流しながらも馬車を走らせる彼女の目に灯っていた光が、果たしてその月光による物なのか、それともまた別の燃えたぎる何か故になのか。それは聴くまでもなく分かる事だ。

 

 今回の件における死者の数は3人。死傷者となればより増えるであろうが、命を落とした人物となるとそれが仕掛けた側の3人だけとなった事は、世間一般からしてみれば自業自得、哀れで無様な結果、そう思われても仕方がない。

 

 

 ……それでも、彼等は人間だった。

 

 事情を抱えた、同じ人間だった。

 

 故に抱いた感情も、思いも、願いも、間違いなく同じ人間らしい物であっても、何もおかしい事ではない。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

「おーおー。素直に帰って行ったよ、アイツ等。情けねぇなぁ」

 

「……良かったの、アルファ?仲間なんでしょ?久しぶりに挨拶くらいしないの?」

 

「あん?別に仲間なんかじゃねぇよ。向こうは家族だのなんだの煩かったが、俺はそんな風に思ったことは一度もねぇ。関わるつもりもねぇよ」

 

「……なんだか、それだけ聞くと反抗期で家出をしている子供みたいね。まあ普段の言動も青年病みたいなところあるし、もしかして意外と男の子してる?マドカちゃんに恋してたりもするし」

 

「ぶっ飛ばすぞクソ女」

 

「やってみなさいよ、ヘタレ男。全部デルタさんに言い付けておいてあげるから」

 

「くっ……」

 

 

 ガラガラと車輪の音を立てて遠ざかっていく2人の龍神教徒の姿を、高台の上から見下ろす。赤と黒の模様の入ったローブを着ている龍神教徒とは違い、彼等が羽織っているのは真っ黒なローブ。

 

 それは流行っているのか?と言われても仕方のない光景ではあるが、人間としての特徴をなるべく隠すにはこれが一番良い。着るのも脱ぐのも容易いことも意味がある。機能性は重要だ。……まあもちろん、もしかしたらアルファはそんな格好を趣味として気に入っていたりもするのかもしれないが。

 

 

「それで?これからどうするつもり?」

 

「そうだな、そろそろマドカの方に何かしらちょっかいを出したいところなんだが……一回試してみてぇ。あんな怪物じみた女でも、追い詰められたら何か変わるのかってな」

 

「ほんと悪趣味」

 

「お前に言われたくはねぇ、人のこと言えるタチかよ」

 

 

 

『私カラスレバ、ドチラモ悪趣味ダ』

 

 

 

「「っ!?」」

 

 

 突如として背後から掛けられたその言葉に、2人は思わず身体を跳ねさせて振り向いた。

 ……単純に背後を取られた。どころか気付くことさえ出来なかった。それはそれなりに経験を積んでいる2人だからこそ驚くことであり、けれどそれを成した人間を見れば納得せざるを得ない事柄でもあったりする。

 

 

「チッ、盗み聞きしてるような奴の方がよっぽど悪趣味だろうが。デルタ」

 

「ぜ、全然気付けなかった……」

 

『ソンナ事ハドウデモイイ、ツイテ来イ』

 

「あぁ?お前と手を組むつもりはねぇって話になっただろうが。先に言い出したのはお前だろ、勝手なこと言うんじゃねぇ」

 

「ええと、何かあったんですか?」

 

 

『アア、新種ノ『邪龍』ガ現レタ』

 

 

「「!?」」

 

 

 こいつは本当に人を驚かせることが趣味なのか?

 ……と思うような言動しか今のところしていないデルタなのだが、流石に今の発言は笑えない。本当に笑えない。笑える訳がない。アルファだって普段は見せないほどに動揺し、思わず立ち上がった程だ。そこに冗談が介在する余地など決してない。

 

 

「おい、どういうことだ。"龍の飛翔"は探索者共が対応してる最中だろ。失敗したのか」

 

「で、でも、あれは邪龍ではないって……」

 

『別箇所デ同時ニ"龍の飛翔"ガ発生シテイタ。同時発生トイウコトダ』

 

「っ……その上、取り逃がした方が邪龍ってことか……」

 

『我々以外ニ対応出来ル人間ガ居ナイ、戦力ヲ集メテ対処シタイ』

 

「それは構いませんが……しかし、邪龍となると……」

 

「だろうな、下手な戦力でどうこう出来る相手じゃねぇ。そもそも居場所は分かってんのか」

 

『勝手ダガ"イプシロン"ニ追ワセテイル。……マタ観測ノ結果、敵ハ実体ヲ持タナイ"エネルギー生命体"ノ可能性ガ極メテ高イ』

 

「……は?」

 

「実体を、持たない……?」

 

「おい、ンなモンどうやって倒す気だ」

 

『ソレヲ探スノモ我々ノ役割ダ。……最悪、殺セナイトイウ結論ヲ出スコトモアル』

 

「あ、相変わらず邪龍というのは……」

 

「好き勝手言いやがって……なんだ殺せない生命体って、もうそこが矛盾してんじゃねぇか」

 

 

 しかしそうは言ってもデルタの言う通り、これはやらなければならないことだ。自分達の本来の目的のためにも、それが確実に危険な行いであると分かっていたとしても、せめて情報だけでも持ち帰って来なければならない。

 

 ……自分達の主人は今は動けない。だからこそ、その役割を代わりに可能な限り担わなければならない。主人が居なければ何も出来ないなどという、情けない愚か者で居るつもりなどないのだから。むしろ良くやったと安心させるくらいでなければ、そもそも自分達がこうして居る意味がない。

 

 

「ベータ、お前はコイツに着いてろ。俺は先に行く」

 

「え?まあ、それはいいけど……」

 

「デルタ、分かってんだろうな」

 

『アア、目印ハ以前ト同ジダ。海岸線ヲ走ッテイケバ見ツカル筈ダ』

 

「で?」

 

 

『……………………コレヨリ3時間、オ前ヲ殺ス」

 

 

「え?」

 

 

「おおっとぉ!?」

 

 

 現れてから人を驚かせるようなことばかりしているデルタであるが、それは尚も変わらず。今度は突然に刀を取り出すと、それをアルファに向けて振り下ろす。

 辛うじてそれを避けた彼であるが、そのままの勢いで迷うことさえ一切無く、凄まじい勢いで逃走をし始めた。まあ命を狙われているので当然の反応ではあるのだが、それを見ていた何も知らない者からすれば困惑しかない。彼等は一体何をし始めたのか。気が狂ったとしか思えまい。

 

 

「はっはぁ!またなノロマ共!」

 

『チッ……』

 

「あ、あのデルタさん?これはどういう……?」

 

『着イテ来イ。本気デ殺ソウトシナケレバ、アレノ『スキル』ハ発動シナイ』

 

「スキル?……ああ、もしかして逃走用の。そういうことですか」

 

『心構エノ時間ハナイ、覚悟ハ良イナ?』

 

「……それはもちろん。そのためにベインの所に戻らず、こうして貴女達に協力することにしたんですから。それにこんな壮大な計画に関われる事なんて、本当なら滅多にない。選ばれたことは光栄。むしろ少しだけワクワクしてるくらい」

 

『ソウカ……強イ女ダナ』

 

「でしょう?」

 

 

 そんな話をしながら、2人もまたスフィアを取り換え始める。既に先に走って行ったアルファも同様のことをしているだろう。

 速度上昇☆2、速度上昇☆3、滑走☆1。そして恐らくアルファはパッシブでSPDが向上するものに。本来であれば龍種の移動速度になど追い付ける筈もないのだが、これも『滑走のスフィア☆1』があれば話は変わる。

 

 

『道中デ増援ヲ拾ウ。仮ニ倒セナクトモ、"マドカ"ノ役ニ立ツ情報ダケデモ集メタイ。……行クゾ』

 

「了解です。目指せ、未知の邪龍の討伐!ですね」

 

『……ソレガ出来ルホド、弱イ龍ダト良イノダガ』

 

 

 そうして、いつもの癖のように剣を掲げた"ガンマ"こと"ルミナ・レディアント"は、外套の下から以前と変わらぬ明るい笑みを現してデルタに微笑んだ。そしてそんな彼女に促されるままに、デルタも嫌々ながら自分の刀を取り出して、彼女のそれと重ねる。

 

 剣の光は、今もなお変わらない。

 

 決して衰えることなく、輝き続けている。

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