「そう……作戦は失敗、ということね」
「申し訳ありません……」
「いいのよ……ううん、良くはないけれど。経緯を聞けば、責めるべきことなんて何もないわ」
「……はい」
真っ白な大理石で作られた森の中に潜む巨大な宮殿。巨大な鐘が吊るされているその場所で、1人の妙齢の女性が少し俯きながら報告を受けている。
彼女は真っ白なドレスに身体を包み、しかし顔色は重く沈んだ様子をしていた。その報告を告げた部下と思われる女性もまた、泣きそうな表情をして俯いている。
「レイターは?」
「今は、御自分の部屋で休んでおられます。しかし目に見えるほど落ち込んでいる様子で……」
「……ネロとギルは命を落とし、レイは行方不明。あの子が責任を感じるのも仕方のない話ね」
「申し訳ありません……」
「貴女が謝ることじゃないでしょう?まさか灰被姫が単独で帰って来ているなんて誰も思わないもの」
オルテミスへの大規模な侵攻作戦。
しかしその目的は失踪した『傲慢』の大聖人と、行方が分からなくなっていた『暴食』の大聖人を探し出すこと。長く情報が流れて来なかった彼等を本格的に探すため、そもそもは多少焦りを感じて指示をしたものだった。
なんでもいいから関連する情報が欲しいと、レイターの能力を使って都市中の資料さえも記録した。強引ではあっても、絶対に何かしらの情報は得ることが出来ると確信してのことだった。それがこうまで裏切られた。
(まさか、本当に何も得られないなんて……)
今日までの長い調査の結果、マドカ・アナスタシアという少女が『暴食』のスキルを持っている可能性が高いという報告が上がり、その少女が今回の龍の飛翔の際に単独で街に残るという情報を聞いた。
そうであるのならばこの機会を逃す手は無く、一先ずは彼女が本当に大聖人かどうかだけでも確認がしたかった。それだけでも確定させることが出来る最高の機会だった。罪のスキルに警戒したとしても、戦力が無いのだから嫌でも前に出て来るしかないと。そう思っていたのに。
「……そうね、これは私の失態だわ。私がもう少し以前から準備をしていれば、もっと深く考えていれば、焦り過ぎた、暴走した、レイターは頑張ってくれたのに、作戦の立案まであの子に任せてしまって、ああ、情けない、情けない、どうして私はいつもこう……」
「ロ、ロゼリアさま!もう一つ、ご報告したいことが!」
「……もう一つ?」
「マドカ・アナスタシア様が『暴食』の大聖人様であるということだけは確認出来ました!」
「!?でも、オルテミスでは顔を合わせることが出来なかったんでしょう……?」
「実はですね……」
ルイはそれから起きたことを、つまりは続きを語り始める。失敗した後の、ここに来るまでに起きた出来事だ。
オルテミスでの作戦が失敗した後、ルイとレイターは帰り道の途中に、グリンラルで活動をしていた仲間達の物資支援と応援に向かっていた。
彼等の目的は、発生が目されていた怪荒進の調査と警戒。どれほどの規模で発生し、どの様な被害が予想され、探索者達は果たして本当にそれに対応出来るのか。付近の村落への影響はないのか。そういったことに対処するために、数人の仲間達が一般の教徒達を手助けする形で活動していたのだ。
……そんな時に起きた2度目の怪荒進、そして原因不明の獣人にのみ感染する病の発生。いくら英雄と連邦軍長が居るとは言え、傍観してはいられないとレイターは判断し、自身の力を使うことにしたのだ。
「オルテミスから送られて来た2人の探索者が守っていた門が最も手薄だったこともあり、レイター様はレビに『怠惰』をお使いになられました。モンスターの多くを惹きつけながら処理をしていたのですが、そこに……」
マドカ・アナスタシアが現れた。
そしてそのマドカ・アナスタシアを、レイター・シンカリオンは中間者となったレビ越しに目視した。目視することが出来た。そして確信することが出来た。
マドカ・アナスタシアは間違いなく、『暴食』のスキルの保持者であると。
「ほ、本当なの!?本当にマドカ・アナスタシアが『暴食』の保持者なのね!?」
「はい、間違いありません。……それに、最初はマドカ様もオルテミスを襲った存在と同じということでレビを敵視されていたのですが、最後には何かを理解して頂けたのか、レビに御慈悲を」
「……そう、そんなに優しい子に育っていてくれたのね。あんなに酷い目に合わせてしまったのに」
ロゼリアが顔を両手で覆い、泣き始める。
ルイはそんな彼女を見ると直ぐに目を伏せた。
レビがマドカの側にいた"聖の陽影"と呼ばれるエミ・ダークライトに攻撃を仕掛けたのは、単純に自分が攻撃されたことに対する抵抗以外にも、彼女を倒してマドカと接触を図ろうと考えていたからだろう。
……否、それよりも、彼も含めたその場の全員がそもそも全く冷静ではなかったという理由の方が大きいか。マドカが偶然にもレビの前に現れるなど誰一人として予想できていなかったし、直後にレイターから彼女が探し求めていた大聖人の1人であると断言されたのだ。
なにせ、それを聞いていたレビでさえも困惑と混乱の中で自分に出来ることをやっただけであり、むしろ彼は良くやったというくらい。結局その際、他の誰もがまともな指示を出せなかったのだから。そこは完全に自分達のミスであり、彼はその被害者とも言えよう。
レイターは今、そのことについても落ち込んでいる。人に指示を出す経験も才能もない。そんな自分が人を率いたところで、死人が増えるだけだと。実際に4人も死なせてしまったという事実が、今まさに彼を蝕んでいる。
「私も報告は受けていましたが、まさかあれほど聡明で慈悲深い方だとは思っておらず……」
「それで彼女は?それからどうしたの?」
「実は……マドカ様はそれから数日間グリンラルに滞在しておられましたので、接触を図ることにしました。情報の収集と同時に機会を伺っていたのですが、それを察して下さったのか、3日目の夜にマドカ様の方から機会を作って下さいまして」
「話せたのね!?それであの子はなんて……!」
「『今はそちらに行くことは出来ない』と」
「っ……!」
「ただ、ある事情を話すためにもいずれは我々の元に帰って来てくださると仰っていました。それまでは自分との関係を隠していて欲しい、と」
「事情……?あの子は今、そのために何かをしているということ?」
「わかりません、詳細を教えては下さりませんでした。それでも、決して我々のことを疎ましく思っている様には見えず、むしろその……緊張であまり上手く話せなかった私を気遣ってくれたりとか、してくれて」
何から話せばいいのか、どう言葉にすればいいのか。急な接触に困っていたルイに対しても彼女は優しく待っていてくれた。そして思わず変な質問をしてしまっても彼女は微笑みながら返してくれて、最後には殺してしまったレビのことを詫びつつも、こう言った。
「『私は【暴食】と相性が良く、他の方々よりもかなり負担が軽いんです。裏返ったことさえありません。だから心配しないで下さい、私は今十分に幸せです』……そう仰っていました」
「そう……ああ、良かった、本当に良かった。あの子が幸福で居てくれて、負担が少しでも少なく居てくれて。あの子の境遇を考えたら、もっと恨まれていてもおかしくないくらいなのに」
だがこれは逆に言えば、これ以上自分達が明確に彼女に近付くということは、彼女の現在の幸福そのものを破壊することにも繋がると言われている様なものでもある。
単なる龍神教徒ならまだしも、その頭となっている大聖人達がこれ以上大手を振って彼女に近付くべきではないだろう。むしろ接することをやめ、互いに知らないふりをしておくべきとも言える。
「……分かったわ、全員に伝えなさい。マドカ・アナスタシアに関してはこれ以上に接することをやめ、彼女の素性も隠す様にと」
「か、構わないのですか?漸く見つけることが出来たのに……」
「いいの、あの子が幸せなのなら。私は決して全員を側に置きたい訳じゃないの。ここに居なくても幸せで居てくれるのなら、それでいい」
「……わかりました、徹底させます」
マドカ・アナスタシアと龍神教の間には何の関係もない、それでいいのだ。欲を言えば直接会って話してみたいという気持ちもあったし、出来るのならばここで生活を共にしたかった。少し違えばそういった今も確かにあったということを考えれば、悲しみも苦しみも今もなお色濃く襲い掛かって来るが、後悔ならばいくらでもした。
今は無事であったことと幸福でいるということに、ただただ安堵しておく。むしろそれ以上を望める様な立場でないということは、ロゼリア自身が他の誰よりも自覚している。
「あとは……ロレイドね」
「はい……ロレイド様に関しては、此度の遠征どころか、他の都市の調査網にも情報一つ掛かることがありませんでした。目撃情報どころか手掛かり一つ見つけられないというのは少々妙かと」
「……生きてはいるのよ、そうでなければ私達が未だ変わらず生活出来ている筈がない。それなのに2年前にオルテミスに調査へ向かってから報告一つ返って来ない」
「レイター様が今回これほど大きく動いたのは、マドカ様を引き出す以外にも、街の徹底的な捜索を行うことでロレイド様を見つけ出すという理由があったからです。……しかしまず間違いなく、ロレイド様はオルテミスの地上には居ませんでした」
「他の街の調査はどれくらい進んでいるの?」
「信頼出来る各地の教徒達にも人探しの依頼を出していますが、やはりこちらも芳しくありません。探索者として活動しているということもなく、次は小さな村落を対象にした捜索に切り替えようかと」
「……あの子は何をするにも目立ちやすいから、本当に何処かに監禁されている可能性も考えた方がいいわね」
「マドカ様のように、ですか」
「……ええ」
マドカの他にもう1人行方が分からなくなった大聖人であるロレイドは、今もその手掛かりすら掴めていない。大聖人が全員集まるということを一度くらいは実現してみたくとも、こうして捜索のために他所に出した大聖人が行方を晦ましてしまえば元も子もない。
ロレイドが居なくなって以来、大聖人を1人で外へ向かわせることは決してしなくなった。不自由を感じる者も居たが、それでもやはりそのリスクはあまりにも大き過ぎるのだ。同じ失敗は犯せない。
「マドカにロレイドのことは聞いた?」
「あ、いえ、私も混乱していて聞き忘れてしまいました、申し訳ありません……」
「いえ、まあいいわ。それにマドカの私達への態度を考えれば、知っていたら教えてくれていたはずだもの。……ああ、もう、考えれば考えるほど悪い想像しか浮かんで来ない。色々と変なことも起き始めてるし」
「……あ、あの。その件についても一応、マドカ様から情報提供があったのですが」
「マドカから?どんな?」
「オルテミスでも2度目の龍の飛翔の兆候が見られていたそうなのですが、もしかすればもう既に地上に逃げ出してしまっている可能性があると……」
「なんですって!?」
それはあまりにも……あまりにも見過ごすことの出来ない重大な話だった。それまでの話が全てまどて吹き飛んでしまうような、とんでもない内容。
なぜなら龍の飛翔は怪荒進とは危険度が違う。
ただモンスターが押し寄せるだけであれば、仮にグリンラルから逃してしまっても他の街から探索者を集めればどうにでもなる。後からのフォローが出来るのだ。
しかし龍の飛翔で生じる龍種というのは非常に個体としての能力が高く、仮にオルテミスで逃してしまえば、他の街で対処することは困難なのだ。それこそオルテミスから探索者達が救援に来てくれるのを待つしかない。街の壊滅だってあり得る。
そしてそれは龍神教徒でさえもそうだ。オルテミスから龍種が逃げてしまえば、何の罪もない一般の龍神教徒達も多く犠牲になってしまう。
「グリンラル内で空間異常の痕跡を見つけた……とマドカ様は仰っておられました。しかしオルテミスから連絡がないことを考えると、出現予想地点に大きな動きはなかったのでは無いかとのことで……」
「それは、どういうこと……?出現予想地点に動きがなかったのに、出現した?」
「空間を移動する、もしくは物体を擦り抜ける様な特殊な力を持った龍種が生まれたのではないかというのがマドカ様の考えです。現時点では直接確認を行えていないので全て予想に過ぎませんが、空間異常が起きたのは確かなことから、前者の可能性が高いと」
「空間移動って……!そんなのどうしようもないじゃない!ああ、こんなのもうどうしたら……こうなったらやっぱり私が直接殺しに……!!」
「な、なりません!!それにマドカ様が教えて下さったのですが、空間移動には龍種と言えど凄まじいエネルギーを使用するそうです!今直ぐに行動を起こすことはないとのことでした!」
「それはつまり……今殺しておかないと後々大変なことになるってことよね?」
「それは……まあ、そうとも言いますが……」
「……マドカはその後なんと言っていたの?」
「一先ずは情報収集と各地の防衛をお願いしたいと。潜伏先が分かった時点で教徒を利用してマドカ様にお伝えすれば、後はオルテミスの探索者で対処する様に動いて下さるそうです。龍神教は邪龍討伐ではなく、探索者ではどうしても対処を後回しにしてしまう小さな村落を守るべきだと」
「……あの子、聖人なのかしら」
「大聖人様です」
「私、この名前返上すべき?」
「いえ、皆さん大聖人様ですから」
そう言われてしまえば、まあそうするしかないだろう。それに情報収集ならば得意分野、むしろ戦闘となると本当に大聖人達が出張る以外に龍神教には碌な戦力が存在しない。
龍神教から分離した武闘派の組織もあるにはあるが、その辺りは勝手に暴れている別分子であるし、大聖人の言うことなど聞きもしない。そのくせ大した力も持っておらず、弱いわ、脆いわ、言うこと聞かないわ、頭悪いわで使い物にもならない。
故に戦闘をオルテミスがこのまま受け持ってくれるようにマドカが仕向けてくれるのなら、それに協力しない理由が無かった。ただでさえ大聖人直属の者達を今回の遠征で4人も失ってしまったのだから、流石にこれ以上の損失は精神的にも重過ぎる。暫くは大きな動きは避けたい。
「……うん?」
「どうかなさいましたか、ロゼリア様」
「いえ、その、純粋に気になったのだけど……マドカはどうして私達の内情をそこまで知っていたのかしら?」
「え?……えっと、それは、聡明な方だからではないかと」
「いや、流石に限度があるでしょう。何も知らないあの子から見たら龍神教なんて憎むべき相手で、都市に2度も大規模侵攻を仕掛けているヤバい奴等よ?今の時点で龍神教の狙いどころか、私達の思惑や活動方針まで知ってるのは行き過ぎじゃない?」
「……何かそういったスキルをお持ちになっている、とかでしょうか。心を読むスキルのような」
「ああ……そういえばマドカを監禁していたゴミ屑共が八裂きにする前に何か言っていた気がするわね。素晴らしいスキルを持っている天才だとか何とか……それならまあいいわ」
「何か心配されていたのですか?」
「……正直どこまで信用していいのか、直接会っていない私だと判断が出来ないのよ。ごめんなさいね、これが私の常だから。けれどあまりにも話が早いというか、早過ぎるというか、都合が良過ぎて信用し辛いというか」
それに関してはルイも否定することは出来なかった。
こちらの動きを先読みしている、という訳ではない。レビとの戦闘までは彼女は間違いなくレビのことを危険な敵だと認識していたし、事実として中にレビが入っていたことにも気付いていなかった。しかしその後はあまりにも手際良く、理解も早く、むしろ協力的で、過去の遺恨なんて全くないみたいで。
「マドカ様が実は龍神教を憎んでいる、そう考えているのですね」
「……こちらの内情を知っているのは、それだけ熱心に調べていたから。そうとも捉えられるでしょう?そう考えるとあの子がロレイドの失踪と関わっている可能性も出てくる。ロレイドを監禁して色々と情報を引き出していたのなら、これだけ理解が深かったのも当然だわ」
「……直接お話をした限りですが、個人的には否定したい意見ではあります」
「気持ちは分かるわ。けど、心の隅にでも置いておきなさい。それだけでいざという時の動きが変わるわ。……あぁ、気分が悪い。愛すべき家族まで疑わないと気が済まない自分が本当に悍ましい。死にたくなるわね、死ぬ気はないけど、本当に死にたい」
これでもまだマシな方だと言うのだから、本当に罪のスキルというのは重い。
いつになれば楽になれるのか。いつになれば心から笑えるようになるのか。どうして自分達にだけこんなものが付いてしまったのか。
何度も何度も何度も何度も考えたこんな疑問は、今も少しも形変わることなく頭の中を渦巻いていた。