よろしくお願いします。
「クリアの幸運を当てにした私達が間違っていたぁぁああ!!!!!!」
「LUCの値なんて何の関係も無いじゃないですかぁぁああ!!!!!」
「あはは、背中めっちゃ痛い……」
12階層、水泉地帯。
周囲には水辺ばかりで、多くの水系モンスター達が好き勝手暴れているような、そんな環境。事前に勉強していたことから分かっていたように、あまりにも混沌とした階層環境である。
……そしてリゼ達は現在、その帰路を全速力で撤退している最中であった。
理由はもちろん、【不運】である。
彼等のつけていた頭の防具は、漏れなく破損していた。
「はぁ、はぁ……な、なんなんですかこの階層!?モンスター同士で本気で殺し合ってるせいで、強いモンスターが本当に強いじゃないですか!!」
「ボルテクス・スネークが3匹纏めて突っ込んで来たんだが!?あんなもの私でなければ絶対に避けられないだろう……!?」
「ちょっと横向いただけなのにデビル・フィッシュが背中に突撃して来た、横向くだけでも怖いね……」
13階層に辿り着く前に、リゼは撤退を選んだ。なぜならあまりの混沌っぷりにパーティ全体で混乱してしまいそうになったからだ。故にそうなる前に方針の1つを示した。リーダーとしては十分な判断と言える。
……まさか13階層にも行けないほどの酷い有様であったとは、本当に想像さえしていなかったのだ。ここで同じように酷い目にあった探索者は、きっと多くいるのだろう。レッドドラゴンを漸く倒して、少し調子に乗った先にあるのがこの環境であるのだから、きっと探索者は誰しも『ふざけるな』と言っているに違いない。
「リ、リゼさん、どうします?」
「………」
「リゼ、ここ水多過ぎて辛い……」
「……むう」
正直に言おう。
「これは無理だね……」
そう、無理である。
一先ず、現状では確実に。
「そもそも敵が小さい上に早過ぎて、私の狙撃が殆ど意味を成さない。その上クリアの調子が悪いどころじゃない、やはりこれだけ水が周りにあると辛いのかい?」
「うん、落ち着かなくて……レイン・クロインの時もそうだったけど、今回は周り全部が完全な水辺だし。あんまり戦力にはなれないかも」
「いや、それは最初から分かっていたことだ。問題ないよ。……とは言え現状、レイナへの負担が大き過ぎる。これも最初から分かっていたことだけれど、想像以上だった」
「あ、あと、リーダー格のバトル・スワンが本当にヤバいです。完全に対人戦闘並みの集中力が求められます。周囲からの奇襲に気を配っていられる余裕がありません」
「……道がそこまで広くないというのも問題かな」
一度体験してみたからこそ、こうして問題点も分かるというもの。だがどちらにしても、完全に手札が足りていないことだけは分かる。
パーティ3人のうち1人は完全に使い物にならず、もう1人は強みを活かせない。そして前線を張っているのは実質的に1人だけ。こんなものはどうしようもない、だってこれではきっと15階層のブルードラゴンとの戦闘でも状況は変わらないだろうから。多少無理をして14階層を乗り越えたとしても、何の意味もない。むしろ帰りが怖くなるくらいなら、ここで無理をする必要もない。
「これからどうしましょう……ちょっと想像以上過ぎて困ると言いますか」
「……そうだね。もう少しだけ探索をしたら、そのまま帰ろう。レッドドラゴンは行きと同じ手順で倒すとして、その前にここで他にも少し確かめておきたいことがあるんだ」
「確かめておきたいこと……?」
「具体的に、どんな人材が今の私達に必要なのか」
「!」
「そのために、この混沌具合をもう少し目に焼き付けさせて欲しい。……すまないレイナ、もう少し付き合ってくれるかな」
「……今更じゃないですか、そんなこと。気にしないでください」
少しずつ、そして着実に、リーダーとして成長し始めているリゼを見て、レイナも嬉しく思う。
そしてそんな彼女からの期待を、決して裏切ったり断ったりすることはしない。彼女がやってほしいと言うのなら、やるまでだ。それがたとえどんな無茶であっても、レイナはリゼに命を預けられる。
「さて、私も狙撃が使い物にならない……なんてことをいつまでも言っていられないからね。そのために大銃以外を作ったんだ、早く適応しないと」
何せこの階層で狙撃をしているのは、自分だけではないのだから。
同じ様に狙撃を使って生きている"スナイプ・オクトパス"という明確な存在が居る以上、言い訳の余地はない。
これまで以上に狙撃の速度を上げる、話はそれだけだ。それに別に本当に打ち抜けないと言う訳でもない。課題は狙撃時の集中力をなるべく長く継続することだ。それが出来るようになることこそが、この階層でリゼに求められていることである。
「……というような課題が出て来ているだろうな、今頃は」
「なるほど、それは盲点だったわ」
いくつかの論文を手に取りながら、スズハはカナディアとそんな言葉を交わす。
こうして定期的に様々な知識を取り入れ、交流するために2人は集っているが、しかしそんな話をしながらも別々の作業を進められているのは、単に2人が優秀なだけである。
「だが、ようやく認められたのだろう?クランとして。団員を増やしていくというのは、クランを運営していく以上は永久に付き合っていく必要のある問題だ。ここらで慣れておくのも将来のためになる」
「まだ認められてないわよ、クランの名前だって決めてないんだし。その辺りの書類をギルドに提出して漸くってところかしら」
「しかし、こうなると楽しみだな」
「?」
「君達のクランの構成員は現状、なかなかに個性的な連中の集まりだろう。次の人間はどんな事情持ちなのかと少し楽しみに思ってな」
「やめてよ縁起でもない」
「あれはリゼ・フォルテシアの趣味なのか?」
「その辺りはアンタの方がよく事情を知ってるでしょうに」
「ふふ、まあな」
まあスズハ自身、リゼの人を見る目はそれなりに信用している。少なくとも現状、彼女が集めたメンバーはハズれていない。彼女が慕っている人間も(一部認めたくない奴も居るが)善良であるし、むしろ奇妙なほど悪人は居なくて。
「ちなみに、良さそうな奴とか居ないわけ?移籍希望してる水辺が得意な奴みたいな、そんなの」
「ふむ……そもそもあの辺りの階層を得意とする探索者自体が存在しない。それは私とてそうだ」
「……まあ、そうでしょうね」
「君の見立て通り、あそこを安定して突破するためには、VITの高い盾役か、動きの素早い探索者が2人以上は必要になる。しかしそれも今のところ心当たりは無い、少なくとも君達のパーティに入れてみたいと思うような人材は居ないな」
「ん〜、けど今から1から初心者育てる時間もないし、かと言って男を入れるのも今更ねぇ」
「意図的に作った訳ではなくとも、自然と入団条件というものは生まれて来てしまうからな。それも悩みどころか」
「仲間探しって大変ね、ほんと」
「ああ、全くだ」
潜る階層が深くなるほど、人手を増やしていく必要がある。それはクラン運営の基本であり、例えば40階層を目指すのであれば通常10人以上で攻略することが常識だ。だからこそ僅か4人でそれを成し遂げた"紅眼の空"が評価される訳であるが、あのような少数精鋭は参考にならない。
クランを運営するにあたり人を集めなければならないのは、カナディアの言う通り今後も向き合っていかなければならない課題であり、そうして集めた者達の人間関係を良好に調節していくのも避けられない悩み。その大変さをカナディアは嫌というほどに知っているし、心の底から面倒だとも思っている。
「まあ、こういう時は団長を信じてやると良い」
「……それも普通に心配なんだけど」
「大丈夫だろう、彼女には人を率いる素質がある」
「素質ねぇ……」
「誰かから慕って貰える、それは間違いなく貴重な素質だ。そして周りの者たちは、そんな彼女の得意ではない部分を埋める努力をする。……これだけで集団というものはある程度は回るものだ」
「……まあ、確かに支え甲斐のある子だけど」
「そもそもラフォーレとあれほど親密に出来る時点で、この街でも屈指の逸材だ。彼女を支えるということは、決して間違った選択ではない」
「それは間違いないわね」
故に、本当に心配するべきはそこではない。スズハが頭を回し、考えるべきなのは、そこにはない。彼女がもっと思考を割くべきものは別にある。もちろん既に割いているのは当然であるが、それにしても。
「……例の槍について、何か分かっただろうか」
「それこそ馬鹿言わないで、こちとら工学の基礎から勉強させられてるのよ?専門外も専門外。素人に分かることなんて、たかが知れてるわよ」
「それでもレイナ曰く、かなりの時間を費やして学んでいるそうだが?」
「まあ、それはね。……勉強に苦労したことはないわよ、他の人間より効率的に学んでる自覚はある。けど所詮はその程度の話、先人達の努力を数日で乗り越えられるほどイカれた頭は持ってないわ」
「……そうか」
分かっているとも、これについては早ければ早いほど良いと。再現さえ出来れば、直ぐにでもリゼ達の装備を整えられる。そして特殊な機構故に、慣れるためにも早めに渡しておくべきだ。戦力などある方が良いに決まっているのだから。これが間に合わずに彼等が死んでしまう可能性もある、そうはしたくない。
故にスズハは魔力の基礎から工学まで、関連する分野の基礎知識を早急に身に付ける努力をしている。可能な限り論文を読み込み、スフィアそのものの解析を本当に1から行なっている。だがそんなもの、一月や二月でどうにかなるものではない。そんな簡単に追い付けるものではない。
当然だ、自分の前を走る研究者達が何人居ると思っているのか。彼等とて優秀な者達なのだ。そんな彼等を僅かな時間で追い抜けると思えるほどスズハも自惚れてはいない。
「……まあでも、やってやるわよ」
「!」
「ひっくり返してやるわよ、全部。学に携わってる奴等を全員ドン引きさせてあげる」
「ほう、それは楽しみだ」
「とりあえず、来月分の論文のチェックをお願いしていい?こっちの世界の文字と規則性なんかはもう殆ど完璧に頭に入ってると思うけど、一応ね」
「……本当に出すつもりだったのか。全く、君は君で何者なんだか」
「別にただの学生よ、友達も居ないつまんない女。だから正直こっちに来てからの方が充実してるわ。面倒なことには巻き込まれるけど、こんな態度の悪い女を好き好んで内側に引き入れてくれるような物好きとも出会えたしね」
「なるほどな」
カナディアはそれだけ聞くと、一先ず目を閉じた。
色々と分からないことも多いし、彼女の素性も普通に信じられていない自分が今も居る。だがそれでも受け入れているのは、彼女もレイナも人柄は間違いなく善人であること。そして両人ともリゼ・フォルテシアという人間を信頼して側にいるからだ。
誰かに心酔している人間というのは、その心酔先の人間性によって印象が変わる。故にカナディアの持っている印象が良いということは、つまりそういうことで。
「……そういえば、あのベインとか言う男は今何やってるわけ?正直クランに入れたくはないけど、盾役としては役に立ちそうじゃない?」
「ん?ああ、彼なら今はとある道場で鍛え直しているそうだ。……そういえばマドカが近々様子を見に行くとか言っていたな。一緒に行ってみたらどうだ?」
「いや、別にそこまでするほどの興味はないわよ。それこそあの女と2人きりとか何の罰ゲームって話」
「ふふ、まあそう言うな。剣術を学べる場所を知っておくというのは、君達にとっても価値のある話だと思うぞ」
「……!」
「まだ君達のパーティに剣士は居ないが、別に剣だけを教えている訳でもないそうだからな。そういう密かな顔繋ぎというのも、リーダーを支えるのに必要なことだ」
「……はぁ。分かったわよ、仕方ないわね」
前の世界では外に出ることさえ嫌だったスズハは、しかし最近はそれほど苦ではなくなった。知らない世界の知らない事柄を知るために外を出歩く機会が増え、どうもそのうちに抵抗というものは薄まったらしい。
(それにまあ、戦えない私に出来ることなんてこれくらいだし。やらずに後ろめたさを感じるよりはマシよね)
知らない世界で居場所を作ってくれた彼等を守るためにも、可能な限りの努力をしたい。パーティとかクランとかそれ以前に、それは同じ部屋に住む同居人として。臭い言い方をすれば家族として、当然の想いだと。生まれてこの方そんなことを一度も考えたこともなかったスズハは、少しだけ自嘲しながらも確かな笑みを浮かべていた。
ーーーおまけーーー
「ところで、アンタってあの女と恋人的な関係なの?」
「ぶふっ」
「どんだけ動揺してんのよ」
「す、するに決まっているだろう!突然何を言い出す!!」
「いや、そうだったら少しは人間味あって受け入れられそうだし。それにこの世界レズ多いんでしょ?特にエルフの、社会問題にまでなってるそうじゃない」
「……よく言われるが、私とマドカは単なる友人関係だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「よく言われるってことは、"相当"ってことを自覚した方がいいと思うけど」
「う……」
「ちなみにアンタ等、どれくらいの頻度で会ってる訳?」
「……特別な理由がない限りは、毎日」
「"相当"でしょ」
「べ、別にこれくらい普通のことだろう!」
「いや、アンタ等なんか距離感近いのよ。別に近寄って話してるくらいならいいんだけど、常にボディタッチとかしてるのはもう普通に気持ち悪い」
「き、気持ち悪い……」
「まあ、あの女も受け入れてるみたいだし?何ならアンタに他より心開いてるのは本当だろうから、別にやめろとは言わないけど……流石に年離れた女が独占欲剥き出しで小娘に執着してるのはどうなのよ。その癖、往生際悪く一向にその辺りを認めようとしないところも冗談に出来ない感じがあって気持ち悪い」
「ぅぐっ」
「大体、20も離れた同性を性欲込みで好きになった時点でどうやったっても気持ち悪いでしょうが。なにいつまでも無駄な抵抗してんのよ」
「ぐふっ」
「デリケートな話だからアンタの立場もあって周りの人間は何も言わないのかもしれないけど、恋愛経験ゼロの私でも分かるくらい露骨なんだから。そろそろ腹括ったら?」
「……なぜ、私はいきなり説教をされているんだ?」
「あの女を人間に戻せそうなのアンタくらいだから」
「酷い言いようだ……」
こんな馬鹿みたいな話も、リゼ達がダンジョンに潜っている間にしていることもあったりする。