無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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113.死んだはずの少女

 その邪龍討伐の計画が持ち上がったのは、6体目の邪龍を取り逃してしまったことが原因であった。

 

 後に滅龍デベルグと呼ばれるようになったその邪龍は、とても小柄で、見た目はワイバーンと変わらないくらいの存在であったという。

 

 見て分かるほどの威圧感を持っている訳でもなく、当時最盛を誇っていたクラン"天域"を含めて、誰もがその龍をそれほどの脅威だとは捉えていなかった。

 

 ……だからこそ、取り逃したのは必然。

 

 小柄故に逃がれ易く、小柄であっても強靭であったからこそ、対処が困難。

 それでも逃すまいとあらゆる探索者達からの砲撃を受けて、決してダメージが無かった訳でもなく。最終的に滅龍デベルグが取った行動は、海底で眠りについていた最悪の邪龍である"大龍ギガジゼル"を強引に起こすという方法。

 

 

 決して起こしてはならない最強最大の邪龍に、滅龍デベルグはダメージを与えた。ギガジゼルの絶対防壁とも言われていた甲殻を撃ち抜いたそのブレスは、あらゆるものを消滅させる滅龍デベルグの最大の特徴である。

 

 その結果生じたのは、

 世界そのものに対する壊滅的な被害。

 

 たった一度の油断は、最盛を誇っていた筈の世界そのものを瞬く間に滅ぼした。確実に歴代最強と呼ばれていた戦力を持ってしても、ただ逃げ惑うこと以外を許すことはなかった。それは当時の英雄でさえも変わらない。

 

 

 大龍ギガジゼルは討伐出来ない。

 

 

 定期的に生じる大災害のようなもの。それこそがこの世界の常識。人類最強の存在である英雄でさえも一瞬の足止めも敵わない。

 

 そうしてギガジゼルがオルテミス近海で再度の眠りに着いた頃には、大都市の半数以上が崩壊し、連邦軍は壊滅状態となっていた。生きるか死ぬかは完全に彼の龍の気分次第であり、眠りについたその後も、生き残った者達は今度は棲家を失い、蔓延るモンスター達によって安息を奪われることとなった。

 

 

 ……第二次邪龍討伐とは、つまりはそんな油断から世界を崩壊させてしまった、当時のオルテミスの探索者達による禊のための戦いである。

 

 最強という地位に驕り、結局ギガジゼルを前にしては自分達も逃げ惑うことしか出来ず、多くの者達の死体と末路を目にして。どれだけ情報操作をしてオルテミスへのヘイトを下げたところで、決して拭うことが出来なかった当人達の罪の意識。

 

 彼等はこの犠牲を決して無駄ではなかったと証明したかった。その失敗を失敗のままにしておきたくなかった。その失敗があったからこそ奮起し、邪龍達を滅ぼすまでに至ったと。そう言い切ることの出来る未来を求めていた。

 

 

「……けど、そうはならなかった」

 

 

「「「……」」」

 

 

「誰も、分かっていなかった。邪龍という存在の本当の恐ろしさを」

 

 

 そうだ。

 

 第二次邪龍討伐は、成功した。

 

 成功はしたが、失敗でもあった。

 

 【陽龍シナスタン】、光を操る邪龍。

 

 付近の光量を変化させるだけでなく、強力な光線によって人間の知覚出来ない速度であらゆる存在を無差別に焼き払う。あらゆる防具は無意味であり、あらゆる速度が無意味となる。相対した人間の目は確実に潰れ、100人を率いたとて2秒も掛からず壊滅する。

 

 討伐に要した犠牲は千を軽く超え、受けた被害は万に迫る。

 

 最強クラン"天域"は壊滅し、当時の英雄も死亡した。戦闘に参加した連邦軍及び他都市の有力な探索者達も壊滅的な被害を受け、その後の各都市は多くの龍種やモンスター達を封じ込めることが出来ず解き放つこととなってしまった。

 

 

 誰もが言った。

 

 その討伐に意味はあったのかと。

 

 邪龍を一体討伐した代償に、自分達はあまりに多くのものを失い過ぎたのではないかと。数百年をかけて築いて来た磐石な地盤を犠牲にしてまでも、本当にやるべきことであったのかと。

 

 

 当時のオルテミスのギルド長は自死を図った。

 

 ギルド職員の何人かもそれを追った。

 

 世界はそのまま死んでいく筈だった。

 

 本来なら、そこで。

 

 

 

「本来、なら……というのは……」

 

 

「そこで出て来るのが、ミライ・アーリアって女だ」

 

 

「!!……さっき彼女がマドカに叫んでいた」

 

 

「……本当に、ミライさんじゃない?」

 

 

「ごめんなさい、私はマドカ・アナスタシアです。少なくとも40年前には、私は確実に生まれていません」

 

 

「……」

 

 

 ギルドの会議室の一室を借りて、目の下にクマを作っているエリーナとエルザを無理矢理連れて来てから、その話は進んでいた。正直何も知らない者からすれば、到底信じられないようなオカルト的な話が。

 それでも同じようにオカルト的な現象でこの世界に来た者を知っているからこそ、完全に否定することが出来ずにいる。邪龍という存在が蔓延るこの世界では、常識など容易く破られるものだと言っていい。

 

 

「で、そのミライ・アーリアってのはどんな女なわけ?」

 

「……元は"天域"に所属していた探索者でな、邪龍討伐戦における"天域"唯一の生き残りだった。それでも左足と右腕を無くして探索者は続けられず、孤児院を営んでいたんだ。探索者が死にまくって行き場を失った子供が大勢居たからな」

 

「孤児院……」

 

「……エミ、それはもしかしなくとも」

 

「そうさエリーナ。私とレンドとゼグロスは、その孤児院の出だ。……だから簡単に言えば、私達の母親みたいなもんなんだよ。ミライ・アーリアは」

 

「「「!」」」

 

 

 都市最強探索者であるレンドと、その馴染みであるエミ。そして今はグリンラルで探索者達を纏めているゼグロスもまた、同じ孤児院でミライ・アーリアに育てられていた。……そして勿論、彼等が探索者を志すようになった理由もまたそこにあって。

 

 

「その人は、もう……?」

 

「……ああ。当時は邪龍討伐以降、"龍の飛翔"に対応することが難しくなっていた。だから出現した龍種がオルテミスまで飛んで来ることも結構あってな」

 

「じゃ、じゃあ、ミライさんは……!」

 

「……俺達を逃すために、犠牲になった」

 

「そん、な……」

 

「もう28年も前の話になる。あの人が居なかったら、今の俺達は無かった。少なくともオルテミスもグリンラルも、今とは別の姿になっていただろうな」

 

「「「………」」」

 

 

 当時32歳、まだ生きていれば60の歳の人物の話。

 40年という年月はそれほどに長く、そしてレンド・ハルマントンを中心にオルテミスが大きく変わり始めたのは、正にその瞬間からであると本人達さえも認めている。

 

 ミライ・アーリアの献身こそが、滅びに向かう世界を止めるきっかけとなった。それがあったからこそ、レンド達は今日まで走り続けることが出来た。

 歴史としては誰も話すことはなくとも、レンド達が忘れることは決してない。どんな形であっても、あの人こそが世界を救ったんだと。きっとレンドは死んでもそう言い続ける。

 

 

「……まあ、歴史の授業としてはためになったけど」

 

「あん?」

 

「取り敢えず、これを避けては通れないでしょ。……そんなにマドカに似てるの?そのミライって女は」

 

「……」

 

「……」

 

「……似てる、どころじゃねぇよ。瓜二つだ。そこのシアンって子だけじゃねぇ。俺もエミもカナディアも、ゼグロスさえも同意見だ。あと10年も経てば、完全に俺の知ってるあの人になるんじゃないかとさえ思ってる」

 

 

 カナディア・エーテルは、その孤児院出身ではない。しかし、そんな彼女もまたミライ・アーリアのことは知っている。それでも少し言葉を交わした程度の彼女は、レンド達ほど固執はしていないし、重ねてもいない。

 

 

「はぁ、なるほど?だからマドカに対する態度が妙にキモかったのね、アンタ」

 

「うっ……」

 

「まあそれはどうでもいいわ。それより、マドカの方は何か知らないの?それくらい似てるらしいけど」

 

「……どうでしょう、私の出生のことは概ね皆さんご存知かと思いますが。それでも人間である以上、何処かに血の繋がった人物が居るのは当然の話です。こういう珍しい容姿をしていますから、特徴的な血族の生まれである可能性は否定出来ません」

 

「……!そういえばブローディア姉妹が殺されかけたって女も、マドカちゃんと似た雰囲気してたって言ってたな。眼の色とかは違ったらしいが」

 

「ええと、シアンと呼ばせて貰ってもいいだろうか。そのミライという人も、強い人だったのかい?」

 

「うん、5年でクランの最前線に立ってた天才。素手格闘の高速戦闘が得意だった」

 

「高速戦闘……」

 

「当時最強クランの最前線に、5年で……」

 

「……ありそうだな、マドカにも繋がる特殊な血筋が」

 

「ンな奴等、敵に回したくねえ……」

 

「むしろここまで来たら、ラフォーレ辺りにも混じってるんじゃないかい?」

 

「ふふ、そうだと嬉しいですね。真実が分からないのが残念ですが」

 

 

 それにまあ、ここまでは単なる前提となる情報共有でしかない。今回生じた問題は、決してそれが主題という訳ではないのだから。

 

 だって、そもそもおかしいだろう。

 

 まだリゼよりも歳の低いであろうシアンというその少女が、どうして40年も前に亡くなったミライ・アーリアについてこれほどよく知っているのか。

 

 そんなあり得ないことが起きてしまった事こそが問題なのである。明らかな歪みが発生した。それは決して容易く見過ごせるようなことではない。

 

 

「一先ず、今後のことを話さない?」

 

「ああ……つっても、今はなぁ」

 

「クラン合同深層攻略……私達が街を離れていた間に、いつの間にか凄い話が出て来ていたんですね」

 

「正直に言ってしまえば、クランもギルドもマドカにも今は余裕がない。シアン・アーリアについて調べていられる余裕もなければ、後回しにしてしまいたいのが実情だ」

 

「まあ、そうなるわね」

 

「……ああ。なるほど、大体分かりました」

 

「え?なにがだい、レイナ?」

 

「遠征とギルドの監査が終わるまでの間、私達で引き取って軽く事情聴取をしておいて欲しいと。そういう話になると思います。……というか、そうでもないと私達までこの場に呼ばれる意味が分かりませんので」

 

「あ…………な、なるほど、そういうことか」

 

 

 つまりはそう、いつも通り。

 

 

「シアン・アーリアは、40年前の邪龍討伐戦の最中に確実に死んでいる。それは一応ギルドの記録の中にもあった。……だがこうして、今になって何故かアイアントのダンジョンの中で発見された」

 

「シアン自身も、その認識でいいのかな……?」

 

「うん。……物資の運搬中に、陽龍の強襲を受けて。腰から下が、無くなってた筈だから」

 

「っ……アイアントの対応はどうなっているんですか?」

 

「数百年遡っても前代未聞の出来事だからねぇ、向こうも大騒ぎさ。一応ダンジョンも記録も漁ってる最中だが、あまり期待は出来ないだろうねぇ。見つかった階層も大したところじゃなかったそうだ」

 

「……とは言え、ダンジョンですから」

 

「こうしてオルテミスの探索者が生き返った以上は、無関係ではいられませんよね」

 

 

 時を超えた死者の復活。

 

 同じようにダンジョン内で記憶を失った状態で見つかったレイナや、異世界から転移して来たスズハ、もしかすればシアンはこの2人の経緯とも何らかの関わりがあるかもしれない。

 

 少なくともそれだけで、リゼとしてはこの話には積極的に関わっていきたいもの。そんな彼女を暫くの間でも預かって欲しいと言われれば、リゼだって断るつもりなど毛頭なかった。

 

 

「私としては問題ないよ。……もちろん、スズハやクリアにも相談はしないといけないけど」

 

「はぁ……まあ2人も特に嫌がることはないと思います。シアンさんは見習いと言えど"天域"のクランに所属していたくらいの探索者ですから、ウチとしてはむしろ有難いくらいです」

 

「……悪いわね、リゼ。厄介抱えてる連中を押し付けるような場所にしてる自覚は割とあるんだけど、正直めちゃくちゃ助かってるのよ。変な事情持ちを1箇所に固めてくれるどころか、その上で正常なクラン活動してるくらいだし」

 

「あ、あはは……でも私は別に負担だなんて一度も思ったことはないよ、エルザ。むしろ引き合わせてくれたことに感謝しているくらいさ」

 

「リゼさん……」

 

「ただ、シアンはそれでいいのかい?他にしたいことがあるのなら、別に探索者に戻る必要もないと思うが」

 

 

 言葉の多くないその少女は、今もずっとマドカの隣で、マドカの手を握りながらこの場に居た。そこにいるのが自分を拾って家族になってくれた女とは別人であったとしても、それでも別人とは思えないのだろう。

 

 そして彼女のこれからの行末に、彼女自身の意見を反映させることは難しい。それもまた彼女自身はわかっている筈だ。それでもリゼがそれを尋ねたのは、もし彼女に求めるものがあるのなら、可能な限りそれを叶える努力をするため。

 

 

「……どうしたらいいのか、分からない」

 

「……」

 

「一緒に、居られない……?」

 

「……私の忙しさを理由にしなくとも、一緒に居るべきではないと思います」

 

「どう、して……?」

 

「私とミライ・アーリアさんを、混同しないために」

 

「……!」

 

「私はミライさんにはなれませんし、貴女の中の彼女を私と混同させるべきではありません。今の状況を自覚するためにも、そしてこれからの生き方を考えていくためにも、私とは少し距離を置いた方がいいと思います」

 

「……うん」

 

「大丈夫ですよ。リゼさんは信用出来る人ですし、何も絶対に会わないという訳ではありません。……私はただ、貴女を孤独にしたくないだけなんです。何も知らない世界に居ても、自分の居場所はちゃんとあるんだと。そう感じられるようになって欲しいんです」

 

「……!」

 

 

 きっとそれは、スズハに対しても彼女は思っていたのかもしれない。そしてそれと同じことを、今しようとしている。……そこにリゼを勝手に巻き込むというのは、正直どうかと思うところもあるけれど、結局リゼだってこういうお人好しだ。

 だからやっぱりこの師弟の間にも、信頼関係というものがあることも間違いなく。

 

 

「……リゼ、で、いい?」

 

「もちろん、気軽に呼んで欲しい」

 

「これから、よろしくしても、いい……?」

 

「ああ、歓迎するよ。……ただ、1つ注意しておくと、私のクランはとても個性的なんだ」

 

「そうなの……?」

 

「うん。そうだろう?レイナ」

 

「ええ、そうですね。……クランリーダーは馬鹿みたいに大きな銃を担いでダンジョン内で狙撃してますし、唯一の近接役は記憶喪失で出自も不明。魔法使いは女神に呪われてますし、参謀役なんて異世界人ですから。今更"生き返った探索者"が1人や2人増えたところで、大した話題にもなりませんよ」

 

「おもちゃ箱か?」

 

「……リゼ達のクランって、変?」

 

「うっ、直接そう言われると……」

 

「ふふ、冗談」

 

 

 改めて羅列されると、流石のレンドであっても苦笑いをしてしまうような団員達ではあるけれど。そんな個性を纏めている、そして慕われているリゼだからこそ、信頼出来るというもの。

 エリーナも、エルザも、マドカも、セルフィも、レイナも、リゼ・フォルテシアを知っている。そして次第に都市にも影響を齎すような人物になっていくであろうことを確信している。レンドも、エミだって、今日こうして彼女という人間を見てそう思った筈だ。

 彼女の中に眠る素質を、彼等が見逃すはずもない。

 

 

「じゃあ改めて。私達のクランにようこそ、シアン」

 

「……よろしくお願いします。リゼ、レイナ」

 

 

 マドカから手を離し、リゼと握手を交わす彼女を見て、羨ましく思っていたのは実はセルフィだった。まだ探索者になったばかりだというのに、ほんの数ヶ月でクランを自ら作って、こんな会議にも参加して、そしてここまで信頼されるようになって……

 

 

 (なんだか、羨ましいなぁ……)

 

 

 果たしてそれは、リゼの立場に対してなのか。それとも彼女に受け入れて貰ったシアンの立場に対してなのか。

 それは本人にだって分からなくても、羨ましくても、自分なら出来るだなんて思えないから。複雑な気分にならなくても済む。そして素直に、彼女の力になりたいとも思える。

 

 

「リゼさん。今度、もし良かったら、またお話ししませんか?色々とお話ししたいことがありまして……」

 

 

「もちろんだよセルフィ!私もたくさん君に話したいことがあるんだ!」

 

 

「……ふふ」

 

 

 徐々に開いていく、人誑しの才能。

 その様子を見て喜ぶのは一人。

 マドカ・アナスタシアはニコニコ笑顔で見つめていた。

 

 

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