無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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116.クラン名

 クラン名を決めるにあたって、果たしてどういう経緯で今のものに収まったのか。それについてリゼは1つだけ聞いたことがあった。

 

 "紅眼の空"、つまりラフォーレ・アナスタシアが所属している少数精鋭のクランについてである。

 

 クラン長のクロノス・マーフィンはかつて連邦軍に所属しており、部下でありラフォーレの弟でもあるバルク・エルフィンと共に、とある街に駐在していた。ラフォーレもまた偶然ではあるものの、その街に一時的に立ち寄っていたという。

 そんな最中に、彼等は邪龍の1体である天龍ジントスの襲撃を受けた。そして必死の抵抗も虚しく、街は壊滅し、多くの死者を出した上で敗北したそうだ。

 

 3人が意識を取り戻し、その目に映したのは紅い空。

 

 ……否、天龍ジントスの紅の瞳。

 

 最後まで戦い抜き意識を失った彼等を、ジントスはその巨大な瞳で至近距離からジッと観察しており、末には命を奪うこともなく街を去っていったという。

 

 そんな普通では考えられないような3人共通の経験から、そして次に相対した時に絶対に勝利を掴み取るという決意から、あの光景を絶対に忘れることはないという意図を込めての"紅眼の空"。

 

 正に天龍ジントスへのリベンジを、彼等はクラン名に込めている。

 

 

「……改めて思い出すと、私もそんなクラン名を付けたいと思わされてしまう。とても素敵だ、憧れてしまう」

 

「そ、そんな理由があったんですね……確かにカッコいいというか、憧れます」

 

 

 そんな風に各クランの名前の由来を知るための旅について来てくれたのは、つい先日この街に帰って来たばかりのセルフィだった。

 既にセルフィ抜きで始まっていた遠征準備に彼女が今更入り込める余地はほとんどなく、微妙に暇をしていたところを偶然リゼが見つけた形である。なかなか知る機会も少ないクラン名の由来、どうやら彼女も気になったらしい。

 

 

「そういえば、"聖の丘"はどうなんだい?」

 

「えっと、あんまり詳しくは教えて貰えなかったんですけど……昔、"聖花"という二つ名の探索者が居たそうなんです。レンドさんとエミさんとカナディア様はその方にとてもお世話になったらしく、自分達の探索者としての人生は、その"聖花"の咲く丘から始まったものなのだとか」

 

「……つまり、どれだけ高みに登っても、その人への感謝を忘れないために。そういうことか」

 

「そういうことだと思います」

 

 

 なんとなく、リゼは思い当たる話がある。それこそシアンが慕っていたという女性、レンドとエミの2人を育てていたという女性の話。

 

 きっとその女性こそが"聖花"なのだろう。

 

 それほどに彼等にとって"聖花"というのは重要な存在であり、自分達の始まりであり、死ぬまで背負い続ける覚悟を持って名をつけたのかもしれない。そして決してそのクラン名を汚すことのないように。

 

 

「……なんだかどんどんハードルが上がっているような気がする」

 

「あ、あはは……取り敢えず、他にも聞きに行きませんか?」

 

「……とは言え、"青葉の集い"はシセイさんがよく言う若い探索者、つまり"青葉"が集うという意味だろうし。"龍殺団"なんてそのままだろうし」

 

「じゃあ、"風雨の誓い"かな。でも実は私はまだあまりあのクランの人達とは関わりがないんだ」

 

「まあ、その、確かにピリピリとした雰囲気があって少し近寄り難くはあるんですけどね」

 

「他にクランと言えば……」

 

 

 

 

 

「ん?リゼじゃないか」

 

 

「え?」

 

 

 背後から"男性"の声で話しかけられ、振り向く。

 リゼがこの街で面識のある男性というのはそれほど多くはなく、特に"リゼ"などと呼んでくれる人間となるとそれは更に絞られる。

 

 

「あ、ベインさん!?」

 

 

「なに、ベインで構わない。さん付けは少しくすぐったいんだ」

 

 

 英雄試練祭の際に、一時的にだが共に行動をした彼:ベイン・ローガーデン。

 あの時以来殆ど顔を見ていなかった彼が、何やら買い物帰りの様子でそこに居た。一時期スズハが探しに行ったりとかいう話を聞くくらい会うことが出来ていなかったというのに、本当に何事もなかったかのように……

 

 

「そ、その、随分と久しぶりというか……」

 

「ああ、相変わらず元気そうで何よりだ。俺も最近は自分を鍛え直していたからな、あれ以来あいさつに行くことも出来なかった。すまない」

 

「いや!無事なら良いんだ!あの時は街の方でも大変だったみたいだから、少し心配で……」

 

「君達こそ、レイン・クロインを倒したんだろう?素直におめでとうと言わせて貰うよ」

 

「あ、あはは、あれは私達だけの力では……ん?」

 

 

 ぎゅうっと、腕を抱き締められる。

 

 その犯人は当然に横にいたセルフィであり、彼女は何やらそうしてリゼの腕にしがみ付きながらベインを見ていた。見ていたというより睨んでいるというか、警戒しているような顔をしているけれど……

 

 

「ええと、セルフィ……?」

 

「確か君は、聖の丘の……」

 

 

「……お二人は、どういう関係なんですか?」

 

 

「「え?」」

 

 

「仲良いんですか……?」

 

 

「……ど、どうだろう」

 

「まだそれほど話してはいないというか……」

 

 

「仲良くないんですね」

 

 

「そ、その言い方もどうかと思うが……」

 

「……ああ、なるほど」

 

「?」

 

 

 ベインはこれでも、この街に来てからそこそこ長い。この街には色んな人間が居り、生と死の距離が異様に近いからか、恋愛的な話も数多くあることを知っている。そこには異性どころか血の繋がりさえ関係なく、禁忌と呼ばれる部分に足を踏み出す者も居るくらいだ。

 

 ……特に、エルフの女性。最早言わずもがな、彼等は本当に同性との恋愛話というものが異様に多い。綺麗なものを好むエルフとしての性質なのかもしれないが、最前線で活躍する強い女性、カッコいい女性というものに彼等はハマりやすい。

 

 そして目の前の少女もまた、エルフの1人。

 

 加えて隣のリゼという彼女、彼女もまたエルフの女性が好みそうな顔に、なんとなく相手を口説き落とそうとしているような言動を、本当に自然にやっているような人誑し。……となるともう、現状は大体理解できて。

 

 

「まあ、その、安心してくれて良い。俺は別に恋愛をするつもりはないからな。……どころか、1人の女を追っている。彼女に対して恋愛感情があるかどうかは微妙なところだが、少なくとも彼女を取り戻すまで、俺は他の何にも目を向けるつもりはない」

 

「……?」

 

「……まあ、そういうことであれば」

 

「誤解は解けただろうか」

 

「はい……その、すみませんでした」

 

「いや、構わないさ」

 

「???」

 

 

 2人のやり取りの意味が全く分からないという様子のリゼは放っておき、取り敢えずそれだけの言葉でセルフィの警戒を解くことは出来たらしい。

 

 まあ事実、ベインにそのつもりはない。確かにリゼは女性として魅力的には見えるが、ぶっちゃけベインの好みのタイプでもない。彼女がレイン・クロインを倒したということもあり、取り敢えず今後も良好な仲を継続していきたいとは考えているが、それ以上を求めている訳でもない。変な誤解で噂を広められても単純に困る、それくらいの認識である。

 

 

「それで、今日は何をしていたんだ?買い物には見えないが」

 

「ああ、ええと……実は私達のクランがようやく認められそうで、あとは書類を提出しに行くだけなのだが……」

 

「そうなのか、それはおめでとう」

 

「ただ、クランの名前が決まらなくて……」

 

「ああ……」

 

「今は各クランの名前の由来を聞いているところなんだ。何か参考になればと思って」

 

「……ふむ」

 

 

 一応ではあるが、ベインもまたかつて3人だけのクランを作って活動をしていた。彼等の場合は書類作成に詳しい人間も居らず、その辺りはお金を貯めて申請を代行してくれる機関に依頼していたのだが、それはさておき。

 

 

「俺達が作ったクランに関してなら教えられるな」

 

「い、いいのかい?」

 

「もちろん構わないさ。……とは言え、ありきたりな話で面白味はあまりないかもしれないが」

 

「そんなことはないさ!良ければ是非参考にさせて欲しい!」

 

「確か、あなた方のクランは……」

 

「"剣の光"、決めたのはルミナだったかな」

 

 

 そう言うとベインは、自分の剣を引き抜く。

 その鉄塊のような剣はいつ見ても圧を感じるような存在感があるが、彼はそれを容易く片手で振り回す。けれど今回はそれを振るのではなく、掲げた。自分の腰の位置から、天に向けて。

 

 

「……とまあ、俺達3人がいつもやっているお決まりの円陣というかだな。3人で剣を重ねて、そのまま掲げる。すると太陽の光が反射して、まるで3本の剣を中心に光が放たれたように見えるんだ」

 

「おお……!だから"剣の光"な訳だね!」

 

「ああ、単純だろう?だが俺達は3人とも同じ場所で剣を磨いた、クランの名前に"剣"が入らないということはまず無いだろうなとは思っていたんだよ」

 

「……自分達にとって切っては切り離せない、そんな要素を入れた訳ですね」

 

「なるほど……」

 

 

 やはりクランの名前と言うからには、そうなるのも自然な話ではあるだろう。だがそれも難しい話だ。何故ならリゼ達のクランは本当に各々が色々な事情を持っており、共通点を見つける方が難しい。これだけは切っても切り離せないというものはない。そしてもちろん、お決まりの円陣なんていうものも存在しない。

 これも参考になりそうで、ならなさそうなところだ。けれどそういうクラン名を名付けたいと思わせられるようなものでもあった。

 

 

「はは、その様子ではあまり参考にならなかったか」

 

「いや、素直に羨ましいと思ったんだ。そういう名付けのセンスが私にもあると良いんだけど」

 

「そう言われるとルミナも喜ぶだろう」

 

「ですが、意外とクランの名前を付けるのって難しいものなんですね。私はもう最初からあるクランに所属したので、こういう悩みがあることさえ知りませんでした」

 

「ああ、私も思わぬ壁だよ。だがやはり他のクランの由来を聞くのはとてもためになる。もっと色々なものを聞いてみたいものだね」

 

 

 

 

 

 

「クラン名の由来なら私も1つ知っていますよ♡ご主人様♡」

 

 

 

 

 

「…………え」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 

 

「…………え"」

 

 

 

「久しぶりにあった愛しのメイドに絶望顔を向けるなんて、良い度胸してやがりますわね?ご主人様ァ♡」

 

「ぎゃぁあああ!!!な、なな、なんで君がここに居るんだぁぁぁあああ!!!!!」

 

「"灰被姫"に会った時と同じ反応するのは流石に傷付く」

 

 

 

 喫茶店ナーシャのメイド:リコ・スプライト。

 

 

 降臨。

 

 

 

 

 

 

 

 

 相変わらず静かな店内。

 

 珈琲の独特な匂いと、心地の良い音楽。

 

 高級喫茶店として主に年齢層が高く、かつ金銭的に余裕のあるような者たちが寛いでいるような、憩いの空間。

 

 それが喫茶店ナーシャ。

 

 

「お待たせいたしました、ご主人様♡珈琲24人前でございます♡」

 

 

「数がおかしい!!!」

 

 

 なお、そんな空間をぶち壊しているメイドが1人。

 

 店長のエド・セルノワールが必死に入れた珈琲を24人前一気に持って来た頭の悪い女。リゼが恐らくこの世界で唯一強いツッコミを入れる悪女。

 そんな彼女の珍しい姿は、恐らくここでしか見ることは出来ない。

 

 

「どうして珈琲が24人前も出て来るんだ!私は2人分しか頼んでいない筈だ!」

 

「当店からのサービスです♡」

 

「不要な気遣い!!」

 

「あとご主人様が店に来られない間に溜まっていた1日1杯の無料分です♡」

 

「ストック制!?ストック制なのか!?毎日来ないと次に来た時に貯めていたものが全部出て来るシステムなのか!?」

 

「全部お熱いうちにお飲み下さいね♡」

 

「胃が焼け爛れるだろ!!」

 

「いいから飲め、オラ、全部口に流し込んでやる」

 

「熱い熱い熱い熱い熱い!!本当に熱い!!どうして全部ホットで持って来るんだ!!せめてアイスにしてくれ!!ホットしか駄目なルールでもあるのか!!」

 

「まあそもそもそんなストック制なんて巫山戯たシステムはありませんので♡」

 

「謝れ!店長に謝れ!!こんな馬鹿げた事のために24杯も珈琲を淹れた店長に謝れ!!」

 

「あはは♡ご主人様は相変わらず面白いですね〜♡」

 

 

 

「………」

 

 

 2人のやり取りに、セルフィも目を丸くして珈琲に口を付ける。それはレイナが最初にこれを見た時と同じ。

 これほど遠慮なくズバズバと言葉を口に出すリゼというのは本当に初めて見たし、リゼとこんなやり取りができる人物も初めて見たからである。

 

 なお、そんなリゼの方は熱そうにしながらも一生懸命に珈琲を飲んでいるし、そんな彼女を見て腹抱えて笑っているエルフのメイド。なんなら基本的に貞淑を最とするエルフの同族で、これほどまでにワイワイとはしゃいでいる女だってセルフィは初めて見たくらいだ。価値観が揺れる。

 

 

「それで、なんでしたっけ?ご主人様は敵クランの弱みを握りたいんでしたっけ」

 

「一度もそんなことは言ってない!……私のクランの名前を考えるために、他のクランの名前の由来を調べているんだ。君が知っているものがあると言ったから着いて来たんだろう」

 

「ところでご主人様、ご注文は?」

 

「……はぁ。セルフィ、何か食べたいものはあるかい?」

 

「え?そ、そうですね……それなら、オムライスとか」

 

「オ、オムライス……」

 

「ぶふっ」

 

「……?どうかしましたか?」

 

「い、いや、なんでもないんだ。リコ、オムライスと季節の彩りサンドを頼む」

 

「はいはい、10人前ずつでいいです?」

 

「1人前ずつに決まっているだろう……!!」

 

「いや、流石に物足りないかなって」

 

「だとしても10人前も食べない!!しかもその言い方だと全部で20人前も出て来るじゃないか!!」

 

「レッツチャレンジ!!」

 

「しない!!」

 

 

 肩で息をするほどに激しいツッコミをするリゼに対して、リコは至極楽しそうに注文をマスターに伝えに行く。彼女の何が一番酷いかと言うと、返答次第では本当に20人前を持って来ることである。珈琲24杯がその証拠だ。

 

 今も熱さと暑さを感じながら必死に冷めないうちに飲もうとしている真面目なリゼも弄り甲斐があって悪いと言えば悪いのだが、そういうところが彼女の良いところ。これもある意味では人徳と言うのだろう。

 

 

「さて。注文も貰ったし、ご主人様のために私もお話しくらいしますか」

 

「態度が大きい……」

 

「はしたないから足を組まないよ」

 

「母親かアンタは」

 

「……それで、教えて貰えるクランというのは?」

 

「ご主人様は"夢の足音"ってクラン、知ってます?」

 

「「……?」」

 

 

 残念ながら、2人ともそのクランのことについては知らなかった。

 

 

「ん〜?確かレッドドラゴンの討伐について、マドカさんから色々と教わってたって聞いたんですけど……」

 

「……あ!レッドドラゴン討伐講座の時に投影のスフィアで配信されていたクランのことか!」

 

「へぇ、そんなことがあったんですね」

 

「そのクランに色々教えてる時にマドカさんがここに来て、私も色々とお話ししてたんですよ。その時にそのクランの名前の由来を聞きまして」

 

「……本当にマドカはここの常連なんだね」

 

「今更過ぎません?」

 

「いや……まあ、今更なんだが」

 

 

 マドカの講義内容を実際に実践してみせた、小規模のクラン。戦力的にはリゼ達と殆ど変わらず、バランスの良いパーティ編成をしていたという記憶がある。

 

 マドカは講義のために事前に彼等に色々と教えていたというのだから、確かにその辺りのことを知っていてもおかしくない。何ならその辺りのことを気軽に話すくらいにリコとマドカが仲良く話している姿の方が、リゼは見たことがないくらい。というかマドカがこの店に来ているところさえ見たことがない。引越しの際に一緒にはいたけれど、それでも。

 

 

「それで、由来というのは?」

 

「ダンジョン内で聞こえる自分達の足音、だそうですよ」

 

「足音……夢ではなく、自分達の?」

 

「夢に向かって歩く自分達の足音は、同じように自分達に近付いてくる夢の足音でもある。だから"夢の足音"なんだとか」

 

「……これも素敵ですね」

 

「ああ、よくそんなのが思い付いたね」

 

「前々から話していたそうですよ。ダンジョンの階段を降りている時の足音が妙に響いて聞こえるって」

 

「なるほど、何気ないことでもヒントになり得るということか……」

 

 

 

「いやでも、ご主人様のクランの名前とか割と付けやすくありません?」

 

 

 

「「え?」」

 

 

 呆れたように、そして不思議そうな目を向けられる。

 けれどリゼにもセルフィにも、その言葉の意味は分からない。これほど困っていると言うのに、彼女は付けやすいとまで言い切ったのだから。しかも「当たり前だろ」とでも言いたげな顔で。

 

 

「そもそも、ご主人様の作るクランの名前にマドカさんの要素が入って来ないとかあり得ます?」

 

「あ〜……」

 

 

 セルフィもまた、それを聞いて頷いた。

 

 

「い、いや!だがクランというのは決して私だけのものではないから……!」

 

「そんな個人的な思いを付けるのは間違っていると?」

 

「あ、ああ」

 

「でも入れたいんでしょう?」

 

「そ、それは……」

 

「それなら入れればいいじゃないですか。後から変えられないものなんですよ?クランの長が納得していないような名前を付ける方が間違ってると思いません?」

 

「う……」

 

 

 急に正論を叩きつけられて、リゼは狼狽える。

 それはリゼだってクランの名前にはマドカの要素を入れたい、そもそもそのために作ろうとしたクランなのだから。しかしクランというのは自分だけのものではない、仲間達も自分と同じ思いを抱いている訳ではない。それなのにこんな……

 

 

「……リゼさん、私も入れて良いと思います」

 

「セルフィ……」

 

「だってきっと、リゼさんのクランの人はみんな、そんなこと知ってると思うので」

 

「え……?」

 

 

 ただ、それもまた、リゼの独りよがり。

 

 

「クランの名前については、全部リゼさんに任せると言われたんですよね?」

 

「あ、ああ」

 

「それならつまり、クランの名前はリゼさんの好きなように、好きなものを付けてくれて良いってことだと思うんです。……むしろ、リゼさんが今日まで努力してここまで漕ぎ着けたものに、私なら自分の意見を入れようとなんてしませんよ。それがどんな名前であったとしても、リゼさんの決めたものが最善だと思うはずです」

 

「セルフィ……」

 

「ぶっちゃけクランの名前とかクソゴミダサボケカスアホなものでもなければ、なんでもいいですからね」

 

「リコぉ……」

 

「別にマドカさんの要素が入っていたとしても、カッコよければなんでもいいんですよ。『ああ、こいつ相変わらずマドカさんのこと大好きだな』としか思われませんって」

 

「……」

 

 

 改めてそう言われると、リゼもなんとなく自分は考え過ぎていたのかとも思ってしまう。確かに色々な由来を聞いてかっこいいと、憧れると思ってしまったが、それも彼等からしてみれば深く考えて付けた訳でもない。彼等としては当然なものが目の前にあって、それを捻っただけ。ならばリゼもまた、自分の持つ当然のものを捻るべきなのだ。

 

 ……それこそ"聖の丘"のように。自分達の始まりが1人の女性だと言うことを示す、最大規模のクランのように。名前の由来が1人の人間であったとしても、何ら問題はない。

 

 

「方針は決まりましたね。……たとえばなんですけど、リゼさんにとってマドカさんはどういう人ですか?その、花のような人〜みたいな、そんな感じで」

 

「私にとってのマドカは………………………太陽、かな」

 

「重っ」

 

「重いって言わないでくれ!!」

 

「……とは言え、太陽をそのまま入れるのも芸がないですよね。マドカさんの二つ名が"白雪姫"ですし、何かないでしょうか」

 

「そう言えばご主人様の二つ名はそろそろ付かないんです?」

 

「いや、今はほら、ギルドが忙しいみたいで……」

 

「つっかえ」

 

「そんなことを私に言われても……」

 

 

 確かにその辺りが使えれば何らかのヒントにはなったかもしれないが、無いのだから仕方ない。

 しかし、白雪姫と太陽と並べると、あまりにも真逆過ぎて組合せづらい。そもそもマドカの所属していないクランにマドカの要素を入れるというのも、かなり難しいところがある。これは捻り方にも工夫が必要だろう。少なくとも雪も白も太陽も、リゼのクランの色としてはあまり適切ではない。

 

 

「ん〜…………マスター、良い案ありません〜?」

 

「マ、マスターに聞くのかい!?」

 

「と、突然振られても困るのでは!?」

 

 

 そうしてリコに雑に話を振られたマスターは、スッと顔を上げる。彼がこれまでの話を何処まで聞いていたのかは分からない。むしろセルフィの言う通り、困るのが普通だ。そもそもマスターとはリゼは殆ど話したことがないというのに、協力など……

 

 

「……"月"、というのはどうでしょう」

 

 

「え?」

 

 

 それでもマスターは優しかった。

 

 

「太陽を追いかける月。太陽の光で自らを輝かせる月。太陽さえも手を伸ばせない夜を照らす月。……マドカさまを太陽と評するのであれば、リゼさまは正に月を名乗るに相応しいお方かと」

 

「おお……」

 

「そ、それは些か褒め過ぎと言いますか……」

 

「ご主人様は永久にマドカさんのこと追い掛けるつもりなんですか?きっしょ」

 

「リコ?私も傷つく時は傷付くんだよ?」

 

 

 しかし、マスターのその提案は、リゼにとってはとても素晴らしいものに見えた。何より月というのが良い。パッと見ただけではマドカの要素は見えないが、そこには確かに自分とマドカの関係が現れている。それに加えて、そこから捻りやすく、なんとなくお洒落な雰囲気もあるからだ。

 ……欠点は今の自分が月を名乗るには少しばかり足りていないということくらいか。

 

 

「クランの名前というのは決意にもなり得ます。今のリゼさまが月を名乗るに足りていないと思うのであれば、いつかの自分を月にするという決意でも良いのです」

 

「………ありがとうございます、マスター」

 

「いえ、お力になれたのであれば」

 

 

 本当に、本当にどうしてこんな人格者のもとで、こんなふざけたメイドが働いているのだろう。リゼはもう不思議で不思議で仕方がない。どうして雇ってしまったのか。リゼから見たら店に不利益しか齎していないように感じてしまうのに。

 

 

「あ……ご主人様ぁ♡」

 

「………なんだい」

 

「私ぃ♡是非ご主人様のクラン名に入れて欲しいものがあるんですけどぉ♡」

 

「………まあ、話くらいなら聞くが」

 

「じゃあ"紐"で」

 

「私はもうヒモじゃない!!ここのお代だって自分のお金で払えるんだ!!」

 

「じゃあ"泡"で我慢してあげますよ」

 

「"泡"……?なぜだい?」

 

「スプライトってエルフの言葉で泡が弾けるって意味なんですよね」

 

「………………………どうして私のクランの名前に君の要素を入れないといけないんだ!!」

 

「あはは!ご主人様が突然怒り出した〜♡怖〜い♡」

 

「ぐぬぬ」

 

 

 

 流石に入れなかった。

 

 

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