「なんか……意外と見つからなかったね、宝箱」
「その代わり、見つかった唯一の1つから、明らかにヤバいのが出ましたけど………」
「火属性の☆4…………『魔砲のスフィア』ねぇ」
「初めて聞いたかなぁ」
「うん、私も知らないかも」
日が沈み始めた頃。
ギルドの空いていたテーブルの1つを借りて、5人は揃って苦笑いをしていた。
せっかく『盗賊のスフィア』を手に入れたのだから、戦力増強と全員分のスフィアを揃えるためにも、今度こそ宝箱を探しに行こう。
そんな軽い気持ちで潜ってみたのはいいものの、『盗賊のスフィア』の効果はあくまでも『自身から10m以内に宝箱があるかが分かる』というもの。
パッシブ効果も『ドロップ率が上がる』というだけで、そこに宝箱の出現率は恐らく関係がない。
故に1日中6階層から9階層を往復してはみたものの、見つかった宝箱はたったの1つだけだった。
まあ実際、この街で宝箱が見つかる頻度も、探索者の数に対してかなり少ないと言ってもいい。いくら『盗賊のスフィア』があったとしても、宝箱の数自体は変わらないことから、むしろ1つ見つかって良かったというくらいなのかもしれない。
……とは言え、その中身に干渉するLUCの値がぶっ壊れているクリアが居るので、その唯一の宝箱が大大大大大当たりになってはくれたのだが。
これはこれで扱いづらいところもあったりして。
「おや、皆さん揃ってどうしたんですか?」
「うげっ」
「あ……」
「マドカ!もう仕事はいいのかい?」
「ふふ、漸く休憩時間が作れるくらいになった、という程度ですよ。……おや?」
そうしてスフィアと睨めっこしていた彼等に、背後から声を掛けに来たのは、少し疲れたような顔をしたマドカ・アナスタシアである。
彼女を見た瞬間に嫌な顔をしたスズハと、目を見開いて近くに寄って行ったシアンの対照的な反応が目を惹くが。ここに彼女が来てくれたことは割と都合が良い。
そう思ったのはレイナも同じようで、あまり大きな声で話せないことでもあるので、彼女は小さく手招きをしながらマドカを輪の中へと入れた。
「実は今日、盗賊のスフィアを使ってみたんです。このスフィアはそれで見つけた宝箱に入っていた物なんですけど」
「へ?初日で見つけたんですか?それは凄いですね、『盗賊のスフィア』があってもなかなか見つからないのに」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「まあ世の中そんなもんよね」
「……それで、これは何のスフィアだったんですか?」
「うん、ヒルコに見せてみたところ『魔砲のスフィア』というらしいんだ」
「え……」
ヒルコ曰く、ずっとずっと大昔に1つだけ確認されてはいるものの、あまり資料が残っていない上に、現在は恐らく都市の外の何処かにあると言われている物だそうだ。
効果自体は魔力による砲撃を行うようなイメージだと言うが、やはり珍しいものなのだろう。そのスフィアの名前を聞いた途端に、マドカはあまり見ないほどに驚いた顔をしていた。
「ま、『魔砲のスフィア』を見つけたんですか?本当に?」
「うん、流石はクリアだよ。こんなものを1つ目から引き当てるなんて」
「ふふ、いえい」
「……………」
「……あの、マドカさん?」
「なに?またこれもやばいスフィアなの?持ってるだけでヤバい物とか、もうこれ以上要らないんだけど」
「いえ、まあ、物凄く珍しい物ではあるんですけど、それ以上に………」
「……?」
口元に手を当て、何かを考え込んでいるマドカ。その様子からすると、危険な物という訳ではないのだろう。しかしだからこそ、彼女がここまで真剣に悩んでいる内容が分からない。
それでも彼女は直ぐに答えを出したのか、何かを決めたような仕草をした後、真剣な顔をしてリゼに向き直った。思わずリゼも背筋を伸ばしてしまうくらいに真剣に。
「あの、リゼさんにお願いがあります」
「は、はいっ」
「この『魔砲のスフィア』、貸して貰うか、売って貰うことって出来ませんか?」
「はえっ!?」
それはリゼが想像もしていなかったような言葉、これにはレイナもスズハも驚きを隠せない。あのマドカ・アナスタシアがそこまで言うところなど、これまで見たこともなかったからだ。
「あの、これってマドカさんがそこまで欲しがる物なんですか……?」
「そうですね……私自身が欲しいと言うより、次の遠征でこれがあると、階層主の討伐が非常に楽になるんです。具体的には45階層の階層主を、より短時間で討伐することが出来ます」
「よ、45階層って……」
「想像もつかないね」
「正直あまりお金はないのですが、対価としてお渡し出来るスフィアならあります。勿論、『魔砲のスフィア』と同等に珍しく、且つリゼさん達の使い易い物を用意しますよ」
「い、いやいや!そんなことは……えっと……」
一瞬、リゼは自分の口から出そうになったその言葉を、思わず飲み込んだ。
これが自分だけの物であるのならまだいい。だがこれは今日一日を犠牲にしてクラン全員で手に入れたものだ。それを自分だけの意思でどうこうすることは間違っている。
……なんてことをリゼが考えているのは、これだけ付き合いの長くなった者達にはバレバレだった。困っているリゼを他所に、呆れたように、けれどそれが好ましいと言うように、3人は無言で苦笑う。シアンもこれから分かって来るだろう。同じように染まっていくはずだ。
「好きにしなさいよ、リゼ。別にあげちゃってもいいわ」
「え!?い、いやだが……」
「むしろ引き取って欲しいくらいです。マドカさんがここまで言うくらい珍しいもの、これ以上要らないですよ。今でさえ管理に困ってるんですから」
「し、しかし……」
「ん〜?いいんじゃない、また探せば。必要になったら、また出してあげるからさ」
「クリア……」
そもそも、このクランの目標を考えるに、こんなものは本来悩むことでもない。何せこれこそ、マドカ・アナスタシアの役に立つことであるのだから。
流石に何でもかんでもホイホイ言うことを聞く訳にはいかないが、これ以上に役割を果たせる案件もそうはあるまい。
「……というかむしろ、ここで借りを多少でも返しておきたいのよね。アレに助けて貰った以上、口出し出来ない立場なのがやり難くて仕方ないのよ。対価とか言いつつ、同じ☆4のスフィア押し付けられてるし」
「まあ散々手を回して貰ってますし、受け取り難いのなら、日頃のお礼も兼ねてって感じで考えて貰えれば良いと思いますよ」
「そうでなくとも、こんなもん競売に掛けたら絶対目立つでしょ。下手に使っても注目の的よ」
「う〜ん、目立つのは嫌かなぁ……」
「………私も、あんまり目立ちたくはない、かな」
「と言うのが、クランの総意みたいですが。どうでしょう、クランリーダー?」
「レイナ……みんな……」
なんだか良い話をしているように見えるが、これが決してフリではなく本音なのだから、リゼは本当に気にする必要はない。
このクランの者達は全員が全員、色々と面倒臭い事情を持っている。だからこそ、こんな珍し過ぎるスフィアを手に入れても苦笑いをしていたのだから。
注目なんて必要ない、大金だって必要ない。
平穏に、普通に、自分達のペースで歩いて行きたい。
そもそも火属性の魔法系スフィアなど、このクランの中にまともに使える人間など居ないのだ。役に立たず、面倒事を持ち込まれるくらいなら、マドカに引き取って貰って、もっと素晴らしいことに役立てて貰った方がよっぽど良い。
「……ありがとう、本当に」
「良いのよ、アンタがリーダーなんだから」
「マドカ、そういうことだから。これは君に貰って欲しい。お金もスフィアも要らない。私達からの日頃の感謝だと思って貰いたいんだ」
「……本当に、良いんですか?」
「ああ、構わないよ」
「その……遠征で使った後、これをお母さんに渡したいなとかも思ってたりするんですけど。それでもいいんですか?」
「あはは、それならむしろその方がいいんじゃないかな。ラフォーレには世話になっているし、今後も(あまり喜ばしくないけど)一緒に戦うことも多くなると思うからね。彼女が強くなることは、私達にとっても良いことさ」
「まあ別にギルド長が死ぬくらいよね?」
「簡単に想像出来ますね、それ」
「うん、ダンジョンが滅茶苦茶になりそう」
裏でボソボソ何か話している3人はさておき、リゼのその言葉に対して、マドカは本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。それはきっとスフィアを貰えることよりも、リゼのその言葉と、それを引き出した仲間達との関係を嬉しく思ったからだ。
リゼだって嬉しいのだから、それは分かる。本当にこの仲間達が好きだと、改めてそう思った。
「リゼさん、皆さん、ありがとうございます……ただやっぱりこのまま貰ってしまうのは気が引けるので、少しですが協力させて下さい」
「いや、アンタの少しは少しじゃないから嫌なんだけど……」
「ま、まあまあ」
「ええと……それなら、シアンさんのスフィアを用意するというのはどうでしょう?多分まだスフィア揃ってないですよね?今日はそのために宝箱を探していたんだと思いますし」
「あ、それは本当に助かるかもしれません」
「……いいの?」
「いや、それは本当に助かるよ。シアンは光属性を得意としているんだけど、私達は本当に何1つとして光属性のスフィアを持っていなかったから。実はすごく困っていたんだ」
マドカの言う通り、元より今日はそれを探しに来た。
シアンが持っているのは、彼女が最初に目を覚ましていた時に持っていた『高速のスフィア☆4』だけ。
どうもそれは彼女が生前から好んで使っていたレアスフィアだったらしく、それだけが前の時から持ち越せた物だと言うのだから。レアなスフィアは要らないが、レア度の低い汎用的なスフィアが欲しい。それこそが自分達が本当に求めていた物。
「あ、あはは。これだとやっぱり交換みたいになってしまったね」
「まあいいんじゃない?この方がスッキリはするでしょ」
「ちなみにシアンさんは欲しいスフィアはありますか?」
「光斬☆2と速度向上☆2……!」
「これ以上速くなってどうすんのよ……」
「ま、まあ長所を伸ばすのは、このクランの特徴みたいなところありますし」
「ふふ、分かりました。ではその2つをお渡ししておきますね」
「そしてサラッと当たり前のように言われた物が鞄から出て来るのも凄いですよね」
「あいつ全部のスフィア持ってんじゃないの?」
「スフィアの売人でもそこまで持ち歩きませんよ……」
そうしてマドカに2つのスフィアを手渡されたシアンは、珍しく目を輝かせてそれを嬉しがっていた。これで彼女が生前に使っていたスフィア構成が出来たのであれば、確かに嬉しいだろう。
そのまま流れるように抱き付きに行ったところを見ると、単にマドカから貰えたのが嬉しかったのか、はたまた甘えたかっただけなのか。正直そんなシアンが羨ましくも思ったりするものの、流石に今は我慢する。
「ちなみになんだけど、その魔砲のスフィアってどんな感じなのよ?」
「全ての魔力を使用して放つ一撃です。十分な力を持つ魔法使いが使えば、上層の階層主程度なら一撃で倒せます」
「つまりロマン砲ってことね」
「遠征では私が使うつもりなのですが、多分一番上手く使えるのはお母さんだと思うんです。元々が火属性特化ですし、何よりこのスフィアは魔法に対するセンスと理解度が重要なので。お母さん程の才能を持つ人が極めれば、きっと恐ろしい火力になるのではないかと」
「………」
「………」
「………」
「………」
「……あの、リゼさん。これ私達、とんでもないことをやらかしたのではないですか?」
「い、いやまさか、そんな……だ、大丈夫さ。きっと、うん」
「あーあ……」
またエリーナが酷く胃を痛めることを想像しつつ、けれどラフォーレが今以上の力を手にすることの利点を飲み込んで貰うとしよう。彼女の実力をよく知っているリゼ達だからこそ、その有効性は分かっている。
「あ、そうだ。もしよろしければ今度、この遠征が終わった後にでも、皆さんに紹介したい人が居るんです」
「紹介したい人?」
「……どうせまた変な奴でしょ」
「錬金術師の方でして」
「錬金術!?この世界って錬金術あんの!?」
「今はもう珍しいんですけどね」
なんかそんな気になる話もありつつ、彼等はそのまま共に夕食を取るためにギルドの食堂へと向かって行った。
遠征前のちょっとした一時ではあったものの、やっぱりどうやったところで、このクランの実質的な保護者はマドカとラフォーレなのだろう。
そういえば最近ラフォーレに会っていないな、とリゼは思ったりしたが、その考えは一瞬で捨てた。なにせ彼女と会う時など、絶対に平和ではないのだから。会いたいと思っているのに会えないのがマドカで、会わなくてもいいのに会ってしまうのがラフォーレ。そんな悲しい図式は、けれど確実に存在した。