「さて、まあ及第点といったところだな」
「相変わらず厳しい……」
ボロボロになった身体を各々で治療し合いながら、いつものようにラフォーレからの総評を聞く。
リゼの身体は言わずもがなボロボロだし、レイナも自身の雷撃で火傷だらけ、シアンは体力がスッカラカンで倒れているし、クリアは長く水の側に居たせいで明らかに顔色が悪くなっている。そんな満身創痍の状態。
もしラフォーレがこうして近くに居てくれなかったら、帰り道をどうするか途方に暮れていたところだ。それほどの激戦というか、半分くらいは自傷ダメージを彼等は受けていた。
「先ずはリゼ以外。お前達は少しは打開策を考えようとしないのか?指示を聞くだけなら新人でも出来るぞ」
「「「うっ」」」
「特にクリア、お前が一番余裕があっただろう。壁面に足場を作ったことは評価するが、それ以外の行動がゴミ過ぎる。あんなところで立て籠って状況が変わるのか?」
「うぐっ」
「シアンとレイナ、お前達は不可は無いが可も無い。自分に出来ることを最低限やっただけだ。この愚図は未熟で愚かで頭も悪い。少しは負担を受け持て」
「「すみませんでした……」」
「ひ、酷い流れ弾が飛んできたんだが……」
愚図で未熟で愚かで頭も悪いとまで言われて、リゼだって傷付く時は傷付く。今回は自分なりにそれなりに頑張ったつもりなのに。それこそラフォーレの真似をしたりなんかして、自分を無理矢理に冷静にしたり……
(いや、なぜ私はマドカじゃなくてラフォーレの真似をしているんだ……)
だって仕方ないじゃない。マドカの思考よりもラフォーレの思考の方が分かりやすくて自分に合ってしまっているんだもの。自分で実際にその状況に陥ると、結果的に何処までも合理的なラフォーレの思考と重なってしまうのだもの。
そうでなくともこうやって色々と教えて貰ったり無理矢理指導を受ける機会が多くて、自然と探索者としての在り方まで似通ってきてる気がして……
「……おい、この程度の軽口で何をそこまで落ち込んでいる」
「違う、違うんだ……ただ私は本当にこのままでいいのかと反省を……」
「良い訳がないだろう愚図、初動がゴミにも程がある。お前は一体今日まで何を見て来たんだこのポンコツが」
「ひんっ」
どうやら容赦のない罵倒はここからだったらしい。これまでは前座、前置き程度のものだったというのか。心が壊れてしまいそうになる。頑張ったのに。
「点数で言えば75点だな」
「……あれ?意外と高い」
情緒が滅茶苦茶になりそうだ。
「初動はゴミだったが、まあそこから立て直したのは素直に褒めてやろう。特に単独になり追い詰められたあの状況で思考を回すことに集中したことは評価してやる。加熱した頭を冷やせた事もな。その後の発想と行動も、お前にしてはまあまあのものだった。事実として今回の貢献度はお前が一番高い、一番マシな動きをしていた」
「……」
「……なんだ、また泣くのか」
「な、泣かない!!」
「そうか、泣いていたら顔面に炎弾を叩き込んでいたところだ」
「絶対に泣かない!!」
危うかった。
本当に危うかった。
けれどそれも仕方がないではないだろうか。何せコイツは普段から罵倒しかして来ない女であるが、本当に評価すべき時には評価してくれる人間でもある。つまり彼女からされる称賛というのは、他の誰から貰うよりも難しいものなのだから。
自分の努力や頑張りが認められた、それが間違っていなかったと否が応でも思わされるし、もうなんか普通に嬉しくなってしまう。そうでなくともリゼは元々涙脆いのだから、感極まってしまうのも当然である。
「……勘違いしやすいが、ロスト・タートルは決して無敵な訳ではない。この階層における頂点は間違いなくキャラタクト・ホエールだ。奴が気を荒げた時、ロスト・タートルは水辺の端に集まり身を固める。これは互いに互いを吸い込む事で地形にしがみ付き、キャラタクト・ホエールの吸い込みを耐えるためだ。そして天敵たるロスト・タートルが減ることで、他のモンスター共はつけ上がる。その結果があれだ」
「な、なるほど……」
「さて、その点あの状況でのお前の行動は、まあ十分なものだろう。モンスターを減らすために固まっていたロスト・タートルを散らせる、そして奴等は少しでも身を固める為に互いに互いを必死に吸い込み合う。結果的に大量のモンスターがその犠牲となった」
「私もそこまでロスト・タートルの性質を知っていた訳ではないのだけれど……とにかくモンスターを減らしたかったんだ。あれだけ刺激すれば反射行動で吸い込んでくれないかと思った」
「知識不足は反省すべきだが、まあその考え方は間違っていない。ロスト・タートルが脆い存在であれば、あの一撃で気絶していた可能性もあるがな。お前の仲間の方にでも飛んでいけば最悪もあり得た」
「た、確かに……」
そういう意味では、リゼの行動はかなり賭けの要素が強かったのかもしれない。しかしあれ以外に方法は思い付かなかったので、今回はラフォーレの言った『考え方は間違っていない』という言葉を受け取っておくべきなのだろう。
「じゃあ、私はどんな初動を取れば良かったのだろう……?」
「元より、奴の習性を利用すべきだった。そうでなくとも、お前は実際に襲われるまで他のモンスターによる脅威を考えてはいなかっただろう」
「う……」
「キャラタクト・ホエールは1日の大半を眠っており、起きると同時に階層ごと吸い込み腹を満たす。この習性から考え直してみろ」
「!!……そうか、私は最初にその習性を利用して階層内のモンスターの数を減らすべきだったのか。時間帯的にもキャラタクト・ホエールがお腹を空かせていたのは当然、直接的なダメージではなくクリアの水弾なんかで挑発して誘発すべきだった」
「そこまで出来ていたなら満点をやっていたな。しかし当然ながら難易度も高い。だが持続力の無いお前達のパーティを考えるに、これ以外の方法では体力がもたん。数多のモンスターを焼き払う殲滅力にも乏しいからな」
「……確かに。私は何より今のパーティの欠点を考えて戦闘を組み立てるべきだった。戦闘の持続力と、複数の殲滅力、そして防御手段に乏しいのは元より明確。咄嗟の判断を優先して、次への組み立てを全く考えていなかった」
「まあその辺りの咄嗟の判断を的確に出来るほど、貴様の頭の出来は良くない。経験も足りず、落ち着きもない。……だが、自分達の欠点を予め把握し、それを踏まえて"してはならない"ことを定め、速攻の方針を立てる事くらいは出来るだろう。それが今回のお前の反省点だ」
「……勉強になるよ。確かに今の私達に判断を後回しに出来るほどの余裕はない。防御力の無さを考えて逃げることばかりを優先してしまっていたけど、行き過ぎれば結果的に自分の首を絞めることになるということか」
「その辺りのバランス感覚を培え。お前達に防御手段がないことは事実だ、無茶をすれば容易く死ぬ」
「む、難しい話だね……」
流石に現時点で満点を出せるとはラフォーレも思ってはいなかっただろうが、しかしそれにしても自分達の欠点を知り、それを踏まえて策を立てるという当然の前提を作っておくことは確かに大切なことである。
これについてはリゼも大いに納得したし、そんな大切なことが抜けていたという事実に反省もする。基本的に戦場にスズハは出て来ないので、作戦を立てるのはリゼになる。その作戦を立てるのに大切な前提をこうして誰かに教えて貰えるというのは、とても恵まれたことだ。
「まだ足りない役割はあるが、人数が増えたことで安定感は出て来ただろう。最早この階層でやることもあるまい。さっさとブルードラゴンを倒して次に進め」
「……あ、そのことなんだけれどラフォーレ。実は私達にはこの14階層でやらなければならないことがあって」
「なに?」
「リ、リゼさん?それって言っちゃってもいいんですか?」
「いや、まあ、良くないかもしれないけど……正直、この機会を逃してもう一度キャラタクト・ホエールを倒すっていうのも……」
「ま、まあ、それは確かに……」
「?何の話をしている、貴様等」
幸いにも、まだモンスター達は復活していない。しかしもう10分もすれば、殲滅したモンスター達は再出現するだろう。その前に例の隠し通路に入りたい。もう一度アレと戦うなんて絶対に嫌だ、それならラフォーレも巻き込んでしまった方がずっと良い。
「実はとある人から、14階層のキャラタクト・ホエールの寝床を調べて欲しいと言われているんだ。場所はこの地図に示してあって……詳細は私達もよく分からないんだけど」
「……ほう、未開拓領域か。こんなところにあるとは私も知らないな」
「本当にあるのかどうかも分からないけど、今ならモンスターも殆どいないし、可能なら調べてしまいたい。もし良かったら、少しの間クリアを見ていてくれないだろうか。彼女は水に入れないから……」
「……いや、私も行こう」
「「「え」」」
それはリゼとしても意外な反応。場所からしても嫌でも水の中に潜らないといけないというのに、まさかあのラフォーレが服を水に濡らすことを承知しても付き合ってくれるとは思わなかったのだ。
……それはまあ、着いて来てくれるというのなら心強くはあるけれど。しかしそうなると色々と状況が。
「うん……まあ、どうにかなるかな」
「あ、その辺り雑で良いんですね」
「いや、どちらにしても証人は居てくれた方がいいからね。それに私達ももうボロボロだし」
「それは、ええ、そうですね……」
「話はついたか?」
「ああ、それじゃあ潜ろう」
「仕方ないな」
水の中に潜れないクリアには一旦14階層と15階層を繋ぐ階段の方まで避難して貰って、疲労して泳げないと首を振ったシアンと共に待っていて貰うことにする。
潜るのはリゼとレイナとラフォーレ、リゼもレイナも決して泳ぎが苦手ということもなかった。なんならリゼは山に流れる川でよく遊んでいたし、麓にある滝から飛び込んだりしていた事もある。野生児なのだ。基本的に。
「よし!私について来てくれ!行くよ!」
「………はっや」
「猿かアイツは」
「猿って泳ぐの早いんですかね」
全身ボロボロだった筈なのに、銃を一本だけ背負って容易く潜っていくその様子。秘石によって身体能力が向上しているので衣服なんかの重さも殆ど感じないも同然なのだが、それにしてもリゼの動きは早かった。
何処かイキイキさえしている様子で。凄まじい速度で深く深くへ潜っていく。まるで人魚のように、あまりに軽やかな動きで。
(確か地図だとこの辺りに……ん?あ、ここだけ水草があんまり生えてない。ってことは……ああ、やっぱり!砂の下に金属の扉みたいなのがある!!)
その野生児独特の嗅覚で、予め概ねの場所は分かっていたとは言え、容易く隠されていた扉を見つけたリゼは。そこそこ重いその金属の扉をこじ開けて、一度息継ぎに戻ることもせずに、そのまま扉の奥へと潜っていく。
(ちょ、リゼさんの動きが早過ぎますって……)
一瞬にして扉を見つけ出して、簡単にそれをこじ開けて、その先の空間に何の躊躇もなく潜っていく。明らかに殆ど光のない空間がその先に広がっているというのに、いったい彼女の眼には何が映っているというのだろう。怖くはないのだろうか。
そんな彼女の姿には流石のラフォーレも表情も歪ませていたし、そんな場所に入っていくのにも多少躊躇していた。しかしまあ、それでも目の良いリゼが先行するからこそ安心出来るところも多少はあるというところ。
(……ん〜、意外と深いな。けど人が泳ぐのには十分な広さがあるかな。ただ少し暗いのが難点だろうか、先の方に薄らと光は見えているから行き止まりではないだろうけれど)
四方を金属に囲まれたその通路は、水に浸されたままに只管に下へ下へと繋がっている。これはある程度泳ぐことになれた人間でなければ辿り着くことは難しいだろう。それこそ、普通の人間ならば恐ろしくて引き返してしまっても仕方がない。
……しかし、リゼはそんなことで止まることはなかった。何故ならこれだけ深く潜っているとは言え、息はまだまだ全然余裕があるし、なんなら薄暗くてもバッチリ周りが見えている。むしろ先の方に光が見えていて、そこに出口があるということを確信さえしていた。所謂海底洞窟のような作りなのだろう。そういう隠し場所を、リゼは地元の滝壺で見たことがあった。
「ぷはっ!……よし!着いたー!!」
少しも息を荒げることなく、辿り着いたその空間でリゼは晴々と笑顔を浮かべる。当初の想定通りそこにあった空間は普段のダンジョンと変わらぬ光に満ちていて、空間の位置的にも14階層と15階層の狭間のような場所なのだろうか。
天井は低いけれど、空気もあるし、光もある。呼吸に問題はないし、気温も平均的だ。これは本当に、如何にも隠し通路といった様相。リゼのワクワクは止まらない。
「ぶっはぁ!!……や、や、やっと着いたぁあ!!!」
「……ごほっ、ごほっ」
「ああ、大丈夫だったかい2人とも。もしかしたらと思って今から迎えに行こうかと思っていたところだったんだけど」
「……お前は元気そうだな、愚図」
「これくらいは慣れているからね!よく下流から上流まで魚と一緒に泳いだものさ!」
「やってることがヤバ過ぎる……」
釣りに飽きた時、暑過ぎて泳ぎたくなった時、上流から滝壺を通って下流まで、泳ぎに泳ぎまくって手掴みで魚を取っていたことがある。探検と称して川の隅から隅まで探索してみたり、なんかそういうこともしていた。川遊び木登りは彼女の常である。モンスターさえいなければ、キャラタクト・ホエールの前でも泳ぎまくっていたのに。
「それで……なるほど、目的はここか」
「うん、そうみたいだ。ただ、この先に何があるのか全く分からない。というより、本当にあったんだなと驚いているくらいかな」
「ちなみに、誰から教わった?」
「……それは、一応秘密にするように言われていて。なるべくなら話したくない」
「ふん、まあ構わん。お前達に調べろと言ったということは、この先にあるものを公表するという行為さえお前達に任せるということだ。……相当に厄介なものが眠っているのだろう」
「……あんまり嬉しくない話ですね、それは」
モンスターの気配はしない。けれどそこまで奥まで繋がってはいない。少なくともリゼの目には、その通路の最奥が既に見えている。そこに広がる小さな小部屋が、そして中央にある奇妙な台座が。リゼの目には見えていた。
「……行こう、2人とも。それにラフォーレ、もしかしたらこれはかなりの大事になってしまうかもしれない」
「別に構わん、困るのはエリーナ達だ。さっさと行くぞ、下っ端が変なことに気を遣うな」
「……うん」
ラフォーレが先頭を歩いていく。リゼとレイナもそれに続いて、歩みを進める。
ラフォーレ達が51階層で発見したもの、ダンジョンが人工物であるという証拠、そしてそれ故にスキルや秘石について干渉できる術が存在するという事実。それらを踏まえて、この隠し空間。何も無い筈がない。これほどの場所に隠されているものが、単なる小空間である筈がない。
足を踏み入れた白い小部屋。
目に映る詳細な情報。
そこにあったのは……
「……なんですかね、これ」
「……なるほどな」
「え、本当になんなんだ?これ」
よく分からなかった。