14階層と15階層の狭間の空間。
その最奥に広がっていた小さな部屋。
リゼ達はようやく辿り着いたそこで真っ白な台座を見つけたものの……その正体がよく分からず、普通に困惑していた。なにせここにはマドカやカナディアのようなダンジョンに詳しい専門家は居ないのだから。ラフォーレとて常識的な範囲内の知識しか持ってはいない。
「これ、文字ですよね……お二人とも読めます?」
「む、無理かな……」
「……これを読めるのはマドカと魔女辺りだ。51階層の壁画にも似たような文字が使われていた。少なくとも今は殆ど使われていない言語で間違いない」
「え、じゃあ私達これ見つけただけで帰宅ですか……?」
「それはそれで悲しい……」
「はっ、そんなことをする筈がないだろう。こんなものを見つけて何も弄らず帰るとでも?馬鹿を言うな。ダンジョンが爆発しても構わん、適当に触るぞ」
「「やっぱり帰りたくなって来た!!」」
ラフォーレ・アナスタシアもやはり人の子。そして探索者。未知は大好物である。こんなものを見せられて何もせず帰るなどと絶対にあり得ない。突然爆発したって構わない、とにかく触りたい。
「ふむ……ほう、なるほど……やはりこれが出て来たか」
「え、なんですかこれ……ガラスの中に文字が浮かび上がって……」
「やはり根本的には53階層で見たものと変わらんな。こちらは文字が読めんが……ん?ああ、これか?」
「ラ、ラフォーレ?」
台座に嵌め込まれた硝子板、そこに次々と浮かび上がる文字や図形をラフォーレは何の躊躇もなく指で弾いていき、そうしているうちに突然ガコンッと現れた奇妙な窪みに、彼女はまた何の躊躇もなく自分の秘石を取り外してそこに嵌め込む。
「ほう?やはり文字が変わったな。秘石の記録を読み取って使用者が最も親しんだ言語に変換しているのか、恐ろしい技術だ」
「うわ、うわ……な、なんなんですかこれ、何百年先の技術を見せられてるんですかこれ……」
「す、すごい!こんな!すごい!こんな技術があるなんて!な、何が書いてあるんだい!?こちらからは少し読み難いんだ!私にも読ませてくれ!!」
「喧しいぞ愚図、少し待っていろ」
などと言いつつリゼと同じようにニヤニヤと笑みを浮かべている彼女を見るに、やはり彼等は生粋の探索者なのだろうなと、この超技術を前にむしろ恐怖さえしているレイナは思ってしまう。
未知を楽しめるか、恐ろしいと感じるか、それこそが探索者としての素質を分けるのだろう。リゼは間違いなく探索者に向いている。常識的に見えるが、その根本はどうしようもなく好奇心の塊だ。
「……なるほど、つまりコイツはダンジョンの管理装置だな」
「管理装置?」
「分かりやすいのはコレだ、階層主の設定」
「!!」
「各階層主の難度と変更が行える。まあ見ての通り15階層までしか操作することは出来ないようだが」
「そ、そんなことが!?」
ラフォーレの示した画面には確かに、5階層のワイアームが映し出されており、難度は普通、そして隣には見知らぬモンスター達の姿も表示されている。
……もしラフォーレの言っている事が本当なら、この画面を少し触るだけで5階層の階層主が変わるのだろう。そもそものワイアームの強ささえも変えることが出来るということにもなる。これは言わずとも、とんでもない話だ。ますますダンジョンが人工のものであるという証拠になってしまう。
「ただ……気になるのは結構な項目にバツ印があることですね。難度も大して変えられない感じですし」
「……愚図、お前の秘石をそこに嵌め込んでみろ」
「え?あ、うん」
ラフォーレの言われた通りに、今度はリゼの秘石をそこに嵌め込んでみる。すると使用される言語は特に変わらなかったというのに、画面の表示は大きく変わった。それこそバツ印の項目が増えるどころか、項目そのものが消えるくらいには。……つまり。
「そうか、そういうことか……」
「ど、どういうことだい?」
「恐らくは、調整出来る要素を増やすためには何かしらの条件をクリアしなければならないということだ。より端的に言えば、ダンジョン内で何かしらの偉業を成し遂げることで、変更出来る階層主の選択肢が増える」
「!!……それは、50階層の突破とかだろうか?」
「その辺りが順当だろうな。そしてこれで漸くだが幾つか納得のいく事も出てきた。これを見てみろ」
「……!!」
リゼの秘石を取り外し、再びラフォーレが自分の秘石を嵌め込む。そうして現れた変更可能な要素を再び探っていると、そこで見つけた重要な一文。それはそれまで理由の分からなかった、とある問題の答えとも言えるような、決して見逃すことの出来ない最重要要素だった。
【強化種】
「……つまり、アルファは」
「ああ、間違いなくこれを使ってお前達に強化種を当てていた。そして恐らく、私達が見える範囲に載っている項目以外にも、数多の機能がコイツにはあるんだろうよ」
「で、でも、50階層を突破したラフォーレさんでさえも【強化種】にバツ印が……」
「それも単純な話だ。奴は恐らくもっと先の階層まで潜った経験があるということ。……それとも、別の偉業を成し遂げたのか。開放条件が分からない故に何とも言えんがな」
現時点の設定では、ワイアームとレッドドラゴンの難度だけが少しだけ高く設定されている。逆にワイバーンとブルードラゴンの難度は少し低い。これもまたアルファが設定したのかもしれないが、この辺りの調整も今後自分達も出来るようになるということ。
変更出来る要素がラフォーレでさえまだ少ないために自由度は低いが、これは今後ダンジョンの運営をしていく中で、そして探索者の育成を考えていく中で、非常に重要な要素になり得る。なんなら51階層以降で見つけたものよりもギルドとしては重要度の高いものになるだろう。
とんでもないところで、とんでもないものを見つけてしまった。こればかりは流石に、笑えない。
「ま、待ってくれ……これには15階層までの操作権限しかない。つまりもっと深い階層には……」
「同様のものがあるだろうな、確実に」
「ひえっ……」
「で、でもこれ、見つければ相当に便利ですよね……ダンジョンの難易度そのものが大きく下がりますし」
「むしろ優先して探さなければならないだろう。難易度どうこう以前に、アルファのような輩に好き勝手させないためにもな」
「た、確かに……」
「そうでなくとも、これはあまり触れない方が良い」
「え?どうして?」
「これから帰りのレッドドラゴンが知らない龍種に変わっていたら、お前達は生きて帰れるのか?」
「「……」」
「レッドドラゴンの難度を1つ変えるだけでも、お前達のようにマドカから教わった手順を忠実に守って討伐を行なっているような探索者は死ぬ。これはそうして指先1つで大量の探索者を殺害出来るような代物だ。存在を広めることは危険性を増やすことに繋がる」
「なる、ほど……」
恐らくこの装置は浅い階層の管理にしか使われていないし、キャラタクト・ホエールの真下にあったということからも、それだけの実力があれば自由に使っても良いという思惑の元で備え付けられていたものなのだろう。
……だが、普通に考えて過去数100年もの間、これが本当に見つかって居なかったのかと言われれば、そこは怪しい。つまり見つかって居なかったのではなく、見つかった上で隠されていたという表現の方が正しいのかもしれない。見つけなければ良かったと、それくらいの勢い。
アルファがこれを知っていたのも、おそらくはその経緯の中で唯一話が伝わっていたからなのではないだろうか。そしてもしアルファが人類の敵であったのなら、この装置を使ってとっくに大量の探索者達が犠牲になっている。そこだけは本当に不幸中の幸いだろう。あの男が曲がりなりにも世界の未来のために動いていたからこそ、被害は殆ど出ていない。
「お前達はこの場所を教えた人間のことは話せないと言ったな。そういう契約ならば聞かないでおいてやるが、逆に何処までなら話せる。話は私のところで止めておいてやる」
「え?あ、えっと……取り敢えず、偶然見つけた風を装ってギルドに報告して欲しいと。本当は私達のパーティの中でだけ完結する約束だったから、ラフォーレを巻き込んだ時点で良くはないのだけど……」
「……そいつの目的は?」
「わ、分からない。……ただ、これはマドカのためになるって」
「マドカの?」
「ああ、だからマドカにも知られないように依頼を進めて欲しいと言われた。だからこのことについてはマドカにも話していないよ」
「……そういうことか」
「?」
リゼのその言葉に何かしら納得したかのように、ラフォーレは頷く。彼女はマドカの母親であり、マドカを拾って来た人物でもある。紛れもなく、マドカ・アナスタシアについて誰よりも詳しい。リゼの知らない事情だって、彼女は多く知っているだろう。
そんな彼女からしてみれば、どうやらこの話は納得の出来るものだったらしい。であれば、やはり問題ないのだろうか。彼女がマドカに害となるものを許す筈もあるまい。
「さて、お前達には何処まで話すべきか……一先ず、これについてはキャラタクト・ホエール討伐中に湖に落ちたお前が、偶然に見つけたという体を取る。依頼主の要望通りに進めろ。私も余計なことは言わん。マドカにもそう説明しておけ」
「わ、分かった」
「それで、その、何処まで話すというのは……?」
「……恐らくだが、マドカはこの装置についても知っていたんだろう」
「「え」」
「だがそれを話せない理由があった。若しくは、話すタイミングを失っていた。しかし今後の動きの中で、この装置の存在をどうしても探索者達が知る必要があった。……故にその依頼主は動けないマドカに代わって、これをお前達に見つけるように依頼したんだろう。概ねの筋書きはそんなところか」
「え、いや、でも……そんなことって……」
「元より知っていたのに話していなかった。そもそも話す必要がなかった。私が言ったように、無用な危険を招くからな。……だが、それを悪用するアルファのような輩が現れた。故にマドカはなるべく自然な形で自分が見つけたように振る舞い、アルファの利用を阻止出来る体勢を作りたかったんだろう」
「……けど、最近のマドカは忙し過ぎた」
「そうだ、単独でダンジョンに潜ることも殆ど出来ていないほどに。そんな状況で無理に情報を出せば、また要らぬ疑いを掛けられる。むしろ遠征のような他に優先して考えるべき事も出来た。今のマドカには信頼が必要だ。……確実に解決しなければならない問題にも関わらず、手を付けることが出来ていなかった」
「だから私達の方でその問題を解決するように彼女は言ったのか……54階層と地上を繋げる道をラフォーレ達が見つけて、この管理装置を私達が見つけて、これでアルファ達の行動をかなり制限する事が出来る」
「私がここに居なければ、お前達は本当に何も知ることなく依頼主の思惑通りにマドカの代わりを成していたのだろう」
「……?」
概ねの話は分かった。つまりは、様々な事情を知り過ぎているマドカに対する疑惑を減らすために自分達は使われたのだと。これはマドカの負担を減らすための依頼であったのだと。デルタは本当にマドカを思ってこれを自分達に頼んで来たのだと、分かった。
……ただ1つ分からないのは、であればラフォーレがそれをわざわざ自分達に話した意味だ。本当にマドカを思うのであれば、こんなことを自分達に話す必要はなかった。どうせリゼ達ではどれほど考えてもそこまでの思考には至らなかったろうし、依頼主の思惑とラフォーレの意思はそれほど離れてはいないだろう。ラフォーレにしても、マドカの事情を知る人間は少なければ少ない方が良かった筈。
「……私とて、お前の頭のイカれ具合はいい加減に理解している。お前がどれほどマドカに心酔しているのかもな」
「え?あ、あはは……照れるなぁ」
「リゼさん、多分これ1/3くらい罵倒です」
「え」
「愚図め……だが少なくともお前は、マドカの不利益になるようなことはしないだろう。あの子がどれほど異常な性質を有しているとしてもな」
「……!」
「故に、無関係にするより巻き込んで利用してやった方が使えると判断しただけだ。……未だ愚図で間抜けなのは変わらんが、少しは使えるようになってきた。精々そのままマドカに献身し続けろ、そしてあの子の負担を少しでも背負え」
「あ、ああ!言われなくとも!!」
……それはきっと、今まで彼女に言われたどの言葉よりも価値のある褒め言葉であった。何せこの世界の何より娘を優先させる女から、その娘のために働くことを許すと言われたのだから。娘のための献身を認めてやると言われたのだから。これ以上の言葉などあるものか。
「まあ、マドカさんの力になるためにクランを作った訳ですし……これで漸く公認って感じなんですかね」
「……本当に気持ち悪いな、お前」
「え!?あ、いや!レイナ!それは秘密にして欲しかった!!」
「というか、お前達はそれでいいのか?」
「あ、はい。それを承知の上でというか、その辺りの話はもう終わっています。全員納得済みですし。うちにはリゼさんに心酔してる人間か、マドカさんに心酔してる人間しか居ませんので」
「本当に気持ち悪いな、お前達……」
「類が友を呼んじゃったので」
「なるほど開き直るか、良い度胸だ」
けれど、だからこそ信用して貰っても大丈夫だと自信を持って言える。結局のところ、集団を纏めるにおいて重要なのは個人の野心とリーダーの求心力であり、少なくとも【泡星の月】の人間に野心など殆どない。リゼの走りたい方向に向けて、『仕方ない人だなぁ』と一緒に走って行くだけだ。そんな彼女に着いて行きたいと思ったのだから。
「……とは言え現状、この装置の使い道はそれほどない。せいぜいお前達に私が強化種をぶつけてやるくらいか」
「ヤメテ……」
「大丈夫ですリゼさん、強化種の項目まだ使えないので」
「危険性を考えるに、ギルドとしてもコイツの存在を表に出すつもりはあるまい。だが唯一の使い道として……調査対象に出来る龍種が増えた」
「調査対象……?」
「強化ワイアームの毒にマドカが侵された時、その治療法に難儀したことを覚えているか」
「……!!」
「それと同じだ。"龍の飛翔"で現れる龍種には厄介な性質を持つものが多い。それに対する対抗策はいくらあっても良い。毒然り、特殊能力然り、単純な生態や攻撃手段もそうだ。少なくとも現状ここで変更出来る全ての階層主については、調査を行う必要がある」
「なる、ほど……」
それはもしかしたら、邪龍の対抗策になるかもしれない。将来の邪龍候補を討伐する鍵になるかもしれない。その情報一つで多くの犠牲を回避することが出来るかもしれない。……そしてこの街はそのためだけにあらゆる機能を回している。その意識はまだリゼ達には根付いてはいないけれど、多くの死線を乗り越えてきたラフォーレからすれば当然のもの。
「これを見つけたのはお前達だ、表向きはな。……何を言いたいかは分かるな?」
「……その調査に、参加させて貰える?」
「ふっ、前向きだな」
「でも助かりますよね。事前知識の全くない相手と戦う経験ってあんまりないですし」
「うん、これこそ未知だ」
「良かったな、これで暇をすることもない。16階層以降の探索は基本的に往復も含め1日以上かかる、これまで以上に探索の進行速度は遅くなるだろう。浅層で出来る事が増えるのは幸運だと思え」
「そ、そういえばそうか……」
「その視点はなかったです……」
これからは日帰りで帰って来られる範囲ではなくなる。それこそ数日をかけてダンジョンに潜ることになる。ダンジョンの潜り方そのものを変える必要が出てくる。
「……あの。50階って、めちゃくちゃ遠くないですか?」
「今更か」
やはり何をするにしても、自ら経験してみなければ分からない感覚というのはあるというもの。それはこうして未知と向き合うという行為もまた同じ。
キャラタクト・ホエールを討伐するという行為でさえ、こうして始まる新たな目標のきっかけに過ぎなかったのだから。これから更に深く深くへと、ダンジョンを潜って行ったとしても、きっと未知が尽きることは早々無い。