メイド喫茶ナーシャから帰ってきた後、リゼは流石にここ数日の疲労でクタクタになった身体を引き摺りながら、それでもレイナ達と別れて1人とある場所へと向かっていた。
「すまいないなリゼちゃん。ギルドがあんな状態でも放送だけは止められない。そろそろリゼちゃんかマドカちゃんを出せって視聴者も上の連中もうるさかったんだ」
「いやいや、私なんかで良ければいつでも構わないよ。喜んでもらえるのならこれ以上のこともないさ」
「ありがとう、これは今日の駄賃だ。少し多めに包んだから、良いものでも食べて休んでくれ」
「助かるよ、ありがとう。監督もあまり無理をしないでくれ、それじゃあ」
ダンジョン2階層における配信業。
こうして定期的に手伝っているリゼではあるが、どうやらこの1月近い遠征による空白期間は視聴者達にとっても苦しいものだったらしい。リゼが帰って来た事が分かると、彼等は直ぐに出演の要望を出して来た。
リゼの人気は特に女性を中心に根強い。なんなら同僚に当たる他の出演者でさえ、リゼが帰って来るのを待ち望んでいた。生来の顔の良さと女誑しの気質は、なるほどやっぱり確かなものらしい。今日だって久しぶりだと、妙に労われたし、お菓子もたくさん貰ってしまった。
それにマドカとは違い、連邦上層部のお偉いさんが喜ぶような健全なタイプではないものの、若い女性職員達が喜んでいるということもあって、連邦としてもマドカの後釜として押していきたいという話もあったらしい。
「……なんなら配信業こそ、私が一番マドカから引き継げているものかもしれないな」
まだ自分のことで精一杯で、1日に1回参加するのが精々だけれど。少しずつ余裕が出て来たら、もっと色々な仕事を任せて貰えるだろう。……そして同時に、知名度もマドカと同じくらいに。
『リゼ・フォルテシア』
「っ!?誰だ!?」
それはダンジョンからの帰路。夜も遅く一通りの少なくなった階段通り。星空と街を見下ろすことの出来るそんな場所で、リゼは唐突に背後から言葉を掛けられた。
電灯が少なく、辺りを照らすのは月と星の光だけ。けれどそんな暗闇の中でも、リゼの眼は誰よりも世界を見分けている。故に暗闇の中に隠れながらこちらに近付いてくるその人物にも、直ぐに気付くことが出来た。それはもちろん、その人物が誰なのかまでも。
「デルタ……」
『!……驚イタ、コレホドノ闇ノ中デモ見エルノカ』
「目には自信があってね。それに驚いたのは私もさ。まさか早速こうして接触してくれるとは思わなかった」
『依頼ノ完了ヲ確認シタ。心ヨリ感謝スル』
「いや、マドカのためになると言われたら断ったりしない。……ただ、成り行き上ラフォーレも巻き込んでしまった。問題はないと思うけれど」
『ムシロ彼女ヲ巻キ込メタ事ハ最善ダッタ。気ニシナクテイイ』
「それなら良かった」
てっきりその事で怒られてしまうのではないかと思っていたリゼは、デルタのその言葉に安心する。
自然とリゼとすれ違い、星空を見上げるようにして階段の手摺りに寄り掛かる彼女。こうしてみると彼女は普段の不思議な人物という感覚がなく、リゼより身長の低いただの少女のようにも思えるのだから不思議なものだ。もちろん簡単には触れ難い人物ではあるけれど。
「これからも何かあれば手伝わせて欲しい。報酬なんてなくとも、それがマドカのためになるのなら手伝いたい」
『……ソウカ。ダガ現状デ頼メル事ハナイ。実力ガ不足シテイル』
「実力不足か……耳の痛い話だね」
『邪龍ノ全討伐、ソレヲ成セ』
「は……?」
『ソレガオ前達ノ最低限ノ責務ダ』
「……」
唐突に放たれたそんな言葉に、思わず声が出なくなる。
邪龍の全討伐?そんなのは正直、全くと言っていいほどに現実的ではない話だ。リゼはここ最近そうして邪龍という生物の恐ろしさを聞いて来たからこそ、そう思う。
たった1匹討伐するだけで世界が傾きかけた。人類の持つ全てを賭けて挑んでも倒せないことさえあった。レンド達は邪龍候補こそ倒してはいるが、長くを生きている現存する邪龍達にはまだ手を出せていない。
「それなのに……邪龍の全討伐が最低限だと、君はそう言うのかい?」
『"異龍ルブタニア・アルセルク"、オ前達ガ取リ逃ガシタ実体ノ無イ邪龍ヲ覚エテイルカ』
「……スズハから話だけなら聞いているけど」
『"アルファ"ハ奴ノ足止メヲシテイタ』
「!!」
『私モ多少ノ手伝イハシタガ、失敗シタ』
「アルファと君が、失敗した……?」
『ソモソモ、奴ハ殺セナカッタ。……ツマリ、"異龍ルブタニア・アルセルク"ハ生物デハナク自然現象ニ近イ』
「!?」
『ソレガ邪龍ダ。……減ラサナケレバ、増エテイク。人類ノ安全圏ハ、狭クナルバカリダ』
「……」
先日の一件で、アルファ達がどれほどの戦力を有しているのか嫌でも垣間見えた。そして恐らく、まだ何か隠しているものがあるというのが共通見解。
そんな彼等でも殺せず、そもそも殺すという行為すらできない存在が生まれて来てしまった。そしてこれからそういった邪龍は増えて来ると、彼女はそう言っている。
「……君は、何をどこまで知っているんだい?アルファとも知り合いのようだし、君の立場はどういう?」
『イズレ分カル』
「……」
『私ハ代替品ニ過ギナイ。ダガ活用ガ約束サレテイル。オ前ガ順調ニ成長シテイクノデアレバ、嫌デモ手をヲ取ルコトニナル』
「じゃあ、君とアルファとの関係は?」
『救世ノ為ニ手ヲ貸シテイル。ソレダケダ』
「……最後に。もう一つだけ、聞いても良いかな」
『アア』
「マドカのことは、好きかい?」
『……アア。君ニモ負ケナイ程ニ』
「……そうか、それなら十分だ」
リゼにとって何より重要なのは、その一言だ。逆に言えば、もしそこを否定されてしまっていたら手を取れなかったかもしれない。けれど彼女はそこだけはしっかりと自分の意思を出して言葉にしてくれた。その共通点こそが、きっと今後の関係を形作る。
『リゼ・フォルテシア、追加報酬ダ』
「っ、これは……?」
『【滑走ノスフィア☆1】、5階層ノ別ノ階層主を倒シタ際ニ手ニ入ル物ダ』
「……!!そうか!階層主が増えたということは、倒した際に確定で貰えるスフィアも増えるということ!!」
『"ラフォーレ・アナスタシア"二モ教エテヤレ。奴モ忘レテイル』
「ありがとう!!そうさせてもらうよ!!」
それだけの言葉を残して、彼女は再び暗闇の中へと消えていった。
☆1とは言え光属性のスフィア。そして今のリゼは星の数が少ないスフィアであったとしても、それが非常に有益なものであるとよく知っている。
「……後で試さないと」
それまでの疲れなど一気に吹き飛んでしまう。やはり何をするにしても、好奇心というものは非常に強い。やっぱりダンジョンはまだまだリゼを飽きさせてはくれないらしい。これから先もどれだけだって、きっとリゼが飽きることはないんだろう。
――――――――――――――――――――――――
さて、そんな風にリゼが探索者としての楽しみをこれでもかと味わっている一方で。もちろん苦労している人間は何処にでもいる。何もかもが順調なわけではないのだから。目の前の問題に頭を抱えている者達が、少なくともギルドという場所の中には大勢居た。
「よっ、元気……そうではねぇな、流石に」
「クロノスさん!……そうですねぇ、私は元気ですよ?エリーナさんはさっき向こうで吐いてましたけど」
「おおう、地獄絵図ってのはこのことか……」
今回の50階層攻略を提案した、ラフォーレと同じクランに所属する男:クロノス・マーフィン。彼もまたこうして地上に戻って来た後、諸々の面倒事に相対して来た。それらを処理し終えたからこそ、こうして彼女達の顔を見に来た訳である。
……もちろん、彼もまたその顔に疲労の色は濃い。
「すみませんでした。遠征結果の報告について、配信にまで出て貰ってしまって」
「いや、構わねぇよ。レンドもなんか大変なんだろ?まあ流石に3日連続の飲み会はキツかったが、質問責めにしたい気持ちも分かる。……結局、商人連中もこういう話を聞きたいが為にオルテミスに居るみたいな所もあるしな」
「正直助かってます。連邦に居た時の経験もあって、クロノスさんは飲みの場でも適切に対応してくれますし」
「はっはっは、まあ死ぬほど参加させられたからなぁ。今回ばかりは俺も何回も死にかけたし、話のネタには困らなかったよ。英雄扱いは恥ずかしいからやめて欲しかったが」
「ふふ、発起人なんですから。それくらいは当然です」
「煽った奴がよく言うぜ」
連邦軍に所属していた経験もあってか、クロノス・マーフィンという男は、人望だけでなく十分な常識も備わっている。飲みの席にも慣れているし、顔も広い。特に彼は探索者に転身してからも連邦軍と懇意にしており、レンドが参加しなくとも彼が居ればパーティはそれなりに盛り上がるのだ。そういったことができる能力もまた貴重、大切な人材だ。
「マドカ〜、この資料終わったっす〜……」
「ああ、ヨルコさん。お疲れ様です、今日は一旦帰っても大丈夫ですよ。あとは私がやりますから」
「うっ、うっ……もう働きたくない……明日は年休取るっす……」
「その辺りはエッセルさんにお願いしますね」
「絶対無理に決まってるじゃないっすかぁ……」
えぐっえぐっと泣きそうになりながら帰り支度をし始めたヨルコを見送り、あの彼女があそこまでになるほどに今のギルドはヤバい状況なのかとクロノスは真顔で口を閉じる。クロノスもそれなりに探索者になって長いが、こんな状況は初めて見た。これならまだ昨日の飲み会の方がマシだったろう。
「そういえばクロノスさん」
「あ、ああ。どうした?」
「お母さんが早く55階層に行きたいって言ってました」
「……相変わらず気が早ぇな、アイツ」
「まあ、56階層以降の景色を早く見たいんでしょう。50階層と違って素通り出来そうな階層主ではありましたけど、やっぱり倒してから進みたいでしょうし」
「はぁ……つっても今は何処も50階層突破に専念したいんじゃねぇのか?スキルが増えるなんて言われたらなぁ」
「ええ、なのでステラさん達を誘って50階層を再突破しようとしてました。なんならアルカさんとかにも声を掛けるかもしれませんね。……彼女は今回、まあ、あまり活躍は出来ませんでしたから」
「なるほどなぁ」
"龍殺団"の団長であるアルカ・マーフィンは、何を隠そうこのクロノス・マーフィンの実の妹である。そしてそんな彼女は今回の遠征において、それほど活躍することが出来なかった。
彼女は今回、45階層と50階層の両方に参加すると言って聞かず、にも関わらず十分に働けたのは45階層だけ。50階層では黒龍の攻撃で真っ先に沈んでしまい、それがレンドに対してマドカを含めた予備戦力を全て出す事を決断させた一手になったりもした。
そうでなくとも、アルカ自身の認識は違う。
45階層では魔砲のスフィアを使用したマドカによってインフェルノ・ドラゴンが深い傷を負い、自分は殆どその後始末をしたようなもの。
50階層では何の活躍もできずに早々にリタイアしてしまい、その尻拭いをまたもやマドカにやって貰ったように感じたのだろう。
元より最近の出来事で落ち込み気味であった彼女は、ライバル指しているマドカとの差を実感してじい、更に深く落ち込んでしまっている。
「まあ実際、運が悪かったというだけなんですけどね。黒龍のあの攻撃は初見で避けるのは難しいですし。むしろあれを受けて生きていられるステータスを持つアルカさんが引き受けてくれたおかげで、死人が出なかったようなものなんですから」
「ま、あの頑固娘は何言っても言うこと聞かねぇよ。この際ラフォーレに見てもらうってのもありだろ」
「クロノスさんは参加しないんですか?しますよね?」
「……」
「……」
「……ちょっと休憩させてくんない?おじさん流石に年齢がな」
「ふふ、まだ28歳でしょう?」
「いやぁ、けど……あんなの見てよくまた黒龍に挑もうなんて思えるな、あの女」
「必要なら私も手伝うつもりです。今なら54階層からダンジョンに入るって手段が使えますからね」
「……逃げ道塞ぐねぇ」
「それに、"聖の丘"を追い抜けますよ?」
「はぁぁ……都市最強なんて興味ねぇんだけどなぁ」
今回の遠征において何よりの収穫は、マドカの活動範囲が増えたことと、インフェルノ・ドラゴンを討伐したことで盗賊のスフィアが再び広く流通したことだろう。
各クランは早速ダンジョンに潜りまくってスフィアを掻き集め、今度はクランによる50階層突破に向けて走り始めている。
特に"聖の丘"と"風雨の誓い"はかなりの気合を入れており、連日多くの探索者がダンジョンの中へ入っていっているのが現状だ。
そして"青葉の集い"はラフォーレと共にそれを成すことになるだろうし、マドカの予想ではそこに"龍殺団"も入って来るかもしれない。
これからダンジョン攻略はますます燃え上がることになるだろうし、それに応じて都市自体の地力も高まっていくだろう。なんならラフォーレはこれを機に"紅眼の空"を抜ける可能性だってある。
彼女にとってクランとはそれほど重要なものではないし、彼女ほどになれば別にクランに入っていなくとも不利益は殆どない。……そうでなくとも、同じクランメンバーの弟があの様子なのだから。クロノスも今後の動きについて考え直すべきだ。
「……ま、ラフォーレは抜けるだろ」
「私もそう思います。順当に行けばカナディアさんが"龍殺団"を抜けて、そこにお母さんが入るのかなと。"青葉の集い"と連携を取って、ダンジョン攻略の最先端を走っていくことになると思います」
「そこにブローディア姉妹と、ベインか」
「ええ、戦力としては十分です。将来性も」
「……俺達はどうするんだ、って言いたいんだよな?」
「はい」
結局、クランという垣根は将来的に邪魔になる。そしてラフォーレは現時点でそれを邪魔と感じており、その気質を持って破壊しようとしている。必要なら容易く移り変わるのは間違いない。
ただ只管にダンジョンに潜る、強くなる。その目的を達することの出来る人間を集めようとしていて、きっとそこにリゼ達も将来的に加わることになるのだろう。
……このままでは取り残される。
何もしていなければ情勢はどんどん進んでいき、気付いた時には手の届かないところまで彼等は進んでいることだろう。"聖の丘"と"風雨の誓い"もまた、ラフォーレには遅れるだろうが着いていけるだけの地力がある。きっと黒龍は数年もすれば簡単に倒されるようになるはずだ。単なる通過点でしかなくなってしまう。
「……バルクのこと、マドカちゃんはどう思う?」
「……」
「聞いてるとは思うが、今回の遠征中、アイツは何もしてなかった。……なんてラフォーレは言うが、まあ何も起きなかったんだから仕方ねぇ。むしろ何か起きた時のためにアイツなりに準備はしてたんだ。ラフォーレは滅茶苦茶に言ってやがったが、俺個人としては怒ることなんて何もない」
「……」
「ただ、アイツは実際ラフォーレの言う通り、探索者には向いてねぇよ。小さい町で衛兵やってた方が合うだろうさ、むしろ頑張ってる方だろ」
「……連邦軍に返すんですか?」
「さあな。……ただ俺は、未だに天龍ジントスが許せねぇ。バルクがどんな道を選んだとしても、俺は自分の道を歩くだけだ」
「ということは……」
「ラフォーレに協力するってのは正直あんま気分良くねぇが、それがジントスを潰すのに一番手っ取り早いんだろ?少なくとも、マドカちゃんはそう思ってる」
「……はい」
「ならそうするさ。俺の目的はブレねぇよ」
かつて、あの時、自身がずっと守り続けていた街が一つ、ただの1匹の龍によって壊滅した。
生き残りは極僅か。思い出のある場所も、親しんだ友人や、酒を飲み交わした顔しか知らないような住民も、一瞬にして失った。あの日からクロノスの中には天龍ジントスに対する憎悪があり、必ず仇を取ってみせるという誓いがある。それより優先されるものなどない。それがあの龍を討ち倒すために必要だというのなら、迷うこともない。
「個人的には、バルクさんにも頑張って貰いたいです。バルクさんほどの盾役もなかなか居ませんから、戦力として貴重な存在です」
「まあな、ただバルクのことは口を出さずに全部アイツの選択に任せる。いつまでも指示を受ける側では居られない、ってのも本当だしな」
「……もしよければ、1つ提案があるんですけど」
「ん?どんな提案だ?」
「リスタニカさんのお手伝いをさせてみるのはどうでしょう」
「!!」
リスタニカ・ゼグレスタ。
それはマドカがグリンラルへと行った際に再会した彼であり、連邦軍の長として、どころか第二の英雄とも評される人物である。当然ながらかつてのクロノスの上司に当たり、その影響を強く受けた。英雄アタラクシアと同じく、常に単独で世界中の危険地帯を歩き回っている彼。
「……確かに、今のバルクなら軍長と行動しても実力的には問題ねぇな」
「リスタニカさんは今、超龍アバズドルの活動地域付近で救援活動をしている筈です。最近になって手軽に連絡を取れる手段が出来たので、ギルド長経由で話も通せますよ」
「そうなのか……いや、マジで良い考えだ。今のバルクは精神的な未熟さが何よりの問題になってる。その点、常に過酷な地域で活動してる軍長の手伝いは、否が応でもアイツを成長させるだろう」
「……当然ながら、かなり辛い話にはなりますが」
「あんだけメタメタに言われたラフォーレの側で探索者を続けるのと、軍長の手伝いをするの。どっちが楽なのかって話だな。……それこそ、それを決めるのはバルク自身か」
きっと、リスタニカは断らない。
それがバルクという男を、つまりは人々を救うために必要な戦力を育てるためというのであれば、決して。……しかし同時に、バルクのために足を遅めるということも決してしないだろう。あの男の目には何より民を救うことしか映ってはいないのだから。着いて来れないのなら、そのまま置いていくことも厭わない。
「早速帰ってバルクに提案してみるわ。明日あたりにラフォーレにも声掛けねぇとな。ありがとな、マドカちゃん」
「いえいえ、役に立てたのであれば」
「……そういやぁ、ラフォーレが妙にリゼちゃん達のこと褒めてたな。10階層も突破したんだろ?マドカちゃん的にそっちはどうなんだ?ラフォーレが普通に褒める程となると俺も気になってな」
「変なことはしないでくださいね?」
「……ん?」
なんとなく。
空気が変わったのを、察した。
「リゼさん達のことはお母さんに任せています。あんまり手を出したら駄目ですよ?」
「え?あ、いや、別にそんなつもりは無いんだけどな……」
「リゼさん達には、私の持ちうる全てを注ぎ込みます」
「は……?」
「今日まで掻き集めてきた優秀な人材、情報、物資、その全てを彼女達に賭けるつもりです。私がそう決心せざるを得ないほどの成果を、彼女は出し続けてくれた」
「……な、なる、ほど?」
「今はまだ秘密にしておいてくださいね。リゼさんは私よりお母さんと相性が良いようなので、地力を付けるまではお母さんに任せたいんです。実際レイン・クロインどころかキャラタクト・ホエールまで倒してくれましたし、実力も経験も短期間で凄まじい速度で身に付けています。それに全てを注ぎ込むと言っても、いきなり全てを渡しても意味がありませんから。少しずつ少しずつ、時期を見計らって渡しているところなんです。最低限の力量さえ身に付けば、後は早いでしょうね。未知と遭遇し、それを咀嚼する速度も適切にコントロールしていかなければなりません。彼女は繊細ですから。ただその辺りもお母さんが改善してくれています、一年もしないうちに彼女は私を超えてくれる筈。邪龍討伐のためには如何に彼女達を健全に成長させることが出来るかに掛かっています。その為にはたとえアルファさんであっても余計な手を出させる訳にはいきません。……正直もう私の教え子と言ってもいいのかというくらいお母さんに任せてしまっているのですが、実際私ではあそこまでリゼさんを導くことは出来なかったと思うので。それに今後のことを考えればリゼさんはお母さんを参考に探索者としての成長をしていった方がいいのは間違いありませんからね。なので良ければリゼさん達の成長については私に、いえ、お母さんに一存させて欲しいんです。もちろんリゼさん達から何かを頼まれた際には答えてあげて欲しいんですけど、少し過保護なくらいになりながら成長を促していきたいなと思っていまして。きっとリゼさんには不思議な力と言うか、運命力のようなものがあると思うんです。人に恵まれるというか、彼女という人間が生来持っているものと、人生の過程で育まれた性質が噛み合って、彼女はきっと将来的に多くの人々と心を通わせることになるでしょう。だから大事に育てたい、なるべく大きく育てたい。もしかしたら彼女こそ私の探していた希望かもしれない。そういうことなので、彼女について少しだけ特別扱いしてしまうことは許してください。そして彼女は私が特別扱いしているということも、良かったら覚えておいて欲しいです。もし彼女に手を出してしまいそうな悪い人を見つけたら教えて下さいね、私がちゃんとお話ししますので」
「……お、おう」
周りが見えていないというより、話したいことが沢山あるというようなその反応。これが単に無表情で長々と話していたのなら、まだ心配するなり恐怖するなり反応出来たのに。普段と変わらぬ感情豊かな表情と仕草で、止まることのない言葉の雪崩。
(普通の子じゃないってのは分かってたつもりだったんだがな、それっぽい片鱗が出て来たというか……まあ、あんだけ荒れてた時のラフォーレが愛娘なんて言って連れて来た時点で、そりゃ普通な訳がないわな……)
人類のため、救世のため、それほどスケールの大きな対象のために、本気で向き合うことの出来る異常者。そしてそんな異常な精神を成り立たせるのは、それこそ相応の能力を持っているからに決まっている。
……だとしたら。
(頑張れよ、リゼちゃん……)
とんでもない怪物に目を付けられてしまった新人探索者に、クロノスは心の中でエールを送った。