無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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129.新しいスフィア

「それでご主人様?結局どうなったんです?」

 

「うーん、まあ順当と言っても良い感じ、かなぁ」

 

 

 ズズッといつもの珈琲を飲みながら、リゼは目の前に何故か座っている金髪のメイドの問いに答える。飲んでいるうちにというか、もう何十杯も飲まされているこれだが、段々クセになってきているのだから不思議なものだ。

 こうやってここの常連達はこの珈琲の魔の手にかかっているのだろうか。だとしたら客に困らないのも納得出来る。1日に20杯近く飲まされるような人間は稀だろうが。

 

 

「確かに進展はあったけど、実用化に向けてはまだまだ問題だらけ。今直ぐに出来るものでもなく、そうでなくとも影響の大きさを考えて事前の根回しは必要。だから気にせずダンジョンにでも潜ってろ、って言われたよ」

 

「なら潜って来いよ」

 

「……この後に行くつもりだよ、君に一応の報告をしに来たんじゃないか。これでもそれなりに感謝してるんだ」

 

「へぇ。そういえばご主人様?今マスターが数量限定でお弁当を売っていまして。……ああ!今のお礼の件とは全く関係ないですよ!?勘違いしないで下さいね!?誠意は言葉ではなく金額とか思ってないですからね!?」

 

「し、白々しい……分かったよ、1ついくらだい?」

 

「1500L」

 

「くぅっ、相変わらず微妙に高いなぁ……」

 

「まいど。珈琲一杯サービスしといたげる」

 

「それは元々飲み放題じゃないか……」

 

「いや、私用の珈琲を一杯サービス」

 

「???………………………………………どうして私が君の分の珈琲代まで払うことになっているんだ!?そこまでの感謝はしていないぞ!!」

 

「はは、反応おっそ」

 

 

 相変わらずそんな風に弄ばれながら、これ以上たかられる事のないようにリゼはお弁当を8人分持って店を出る。

 

 まあ確かにあの店の飲食物は高くはあるけれど、金額相応の味が保証されていることも分かっている。なにせ作っているのはあのメイドではなくマスターなのだから。そこは信用している。それに昨日から色々と頑張っているスズハ達への良い差し入れにもなるだろう。

 本当に、あのメイドさえ居なければリゼだってもう少し頻繁に通うというのに……

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 なぜ喫茶店ナーシャで弁当を8人前も買ったかと言われれば、まずは研究に没頭しているスズハとフィーナ、そしてユメの3人への差し入れ。そこにダンジョンに潜るリゼ達4人のお昼用。

 最後の1人は……今回は珍しく、リゼの方から彼女を呼んでみた。ダンジョン2階層、広々とした空間。そんな場所ではあるが試したいものがあったから。彼女の意見を聞くためにも声を掛けた。

 

 

「ほう、これが……」

 

「ああ、スフィアの売人デルタから貰ったんだ。滑走のスフィア☆1、まだ見つかってない新種だって」

 

「はっ、どうせ例の新しい階層主を倒せば手に入るのだろう。お前達にあの場所を教えたのもそいつだな」

 

「「………」」

 

「まあいい、取り敢えず試してみろ」

 

「う、うん……」

 

 

 相変わらず察しの良いラフォーレ・アナスタシア。流石にそこの繋がりをもう隠し切れなくて、というかうっかりしていてバレてしまったが。彼女はそれをそこまで気にしているようでも無かったので、一先ずこのまま話を続ける。

 

 滑走のスフィア、どう使えば分からないが一先ずはシアンに渡してみる。理由はいくつかあるが、何よりこのスフィアの存在を知った時に目を輝かせていたのが彼女だからだ。元より光属性スフィアを使う彼女、自分の手札が増えるのは嬉しいのだろう。

 

 

「怪我には気を付けてくださいね、シアンさん」

 

「うん、ありがとう。……【滑走】」

 

 

 スフィアを変えて1分の待機時間。好奇心でわくわくとしているシアンとリゼとは対照的に、不安そうなレイナは注意を促す。それでもやっぱり楽しみは止まらず、シアンは早速とばかりにスフィアを叩いた。

 

 ……直後、生じた変化は明確。

 

 

「あっ」

 

「危ない!!」

 

 

 ずるっと滑って尻餅をつきそうにシアンを、リゼは反射的に支える。その目の成せる技である。

 

 しかしそれにしても、シアンの足から発生した白い光。そしてそれまでの足の踏ん張りが効かなくなったように、途端に滑らせた彼女の足。つまり生じた効果は言葉通り。

 

 

「ありがとう、リゼ……でも、もう分かったかも」

 

「ということは、つまり……」

 

「うん、こういう事だと思う」

 

 

 支えられたリゼの手から離れ、シアンは自然と床面を滑っていく。少しのぎこちなさはあれど、それでもその動きは軽やかだ。

 

 ……滑走のスフィア。その効果は言葉のまま、床面の状態に関係なく滑走することが出来るようになる。本当にそれだけの、単純なもの。

 

 それでもリゼは知っている。スフィアというのは効果が単純なほどに汎用性が高いと。そして事実として、そうして滑っているシアンを見てラフォーレは口角を上げていた。

 

 

「面白いスフィアだね。実際に滑ってみて、どうだった?」

 

「……うん、これ面白いね。まだ慣れないけど、移動が楽になるかも」

 

「移動の改善は大きいですね。……でもこれ、継続時間とかあるんでしょうか。そこが分からないと怖いというか」

 

「シアン、そのスフィアの欠点を挙げてみろ」

 

「え、欠点?……ええと、使ってる間ずっと精神力を消費してたかな。あと、私は普通に走ってた方が早いかも。坂とかあると難しいし、滑ってると速度も落ちるし……あと多分、私のスキルのせいで出力が上がってるはずだから、本当はもう少し使い難いと思う」

 

「ふむ……」

 

 

 そう言われてみると確かに、良いことばかりではないのかもしれない。個人用の馬車のようなものだと考えた方がいいのだろうか。回避のスフィアなんかとうまく組み合わせれば加速も出来るかもしれないが、先ず使いこなすためにも練習は必須なのか……

 

 

「どれ、私にも貸してみろ。あれこれ議論するよりやった方が早い」

 

「た、確かにそうだね。シアンもいいかい?」

 

「うん、お願いします」

 

 

 目の前に実物があるのに議論する意味などない。それは正しくラフォーレの言う通りで、シアンは彼女にスフィアを渡す。もしかしたら彼女も一度自分で滑ってみたかったのかもしれないが、流石にリゼもそこには言及しなかった。リゼだって気持ちは分かるのだし。

 

 

「【滑走】……む?なるほどな」

 

「どうだい?」

 

「お前のような馬鹿には使えんな」

 

「ひ、酷い……」

 

「だが、恐らくこの感覚。精神力を消費し続ける限り永続的に使えるのだろう」

 

「永続的に!?それはすごい!」

 

「解除とかって出来るのかなぁ?」

 

「それこそスフィアを叩けば……こういうことだ」

 

「なるほど」

 

 

 ラフォーレの言う通り、スフィアを叩けば光は消えて、必要な待機時間の後にもう一度叩けば再度光は現れる。

 

 

「この感覚は独特だ、凡人が慣れるには時間がかかる。消費する精神力はそれなりだな、恐らく私であれば2日は保てる」

 

「うわ、宙返りした……」

 

「そして恐らくだが、この光が床面との緩衝材のような役割を果たしている。靴が二重になっているような感覚だ」

 

「えっと……?」

 

「地面の凹凸の影響が少ない。砂利の上でも滑走出来ると言えば分かるか」

 

「ああ!なるほど!」

 

「……それ、かなり凄いですよね?」

 

 

 

「ああ、そして恐らくだが……水上も滑れる」

 

 

 

「「「っ!?」」」

 

 

 ラフォーレの語ったその言葉にこそ、きっと何より価値がある。というより、恐らく何もかもをひっくり返す。それほどに深刻な言葉であると、少なくとも今のリゼ達は知っている。

 

 

「ラ、ラフォーレ……?確か以前にオルテミスでは、世界の南方の壁である大海を調査するために、巨大な船を作って旅立ったとか……」

 

「そこで初めてレイン・クロインを見つけたって……」

 

「沈んだんだよね、殆ど帰って来なくって」

 

 

「……一応言っておくが、このスフィアがあるからと言って攻略は不可能だ。南方の壁は凶悪な嵐と巨大なモンスター群によって成り立っている。そうでなくとも2日程度で到達出来るような距離でもない」

 

 

「「よ、良かったぁ……」」

 

 

「貴様等、面倒事から逃げる癖をつけるなよ」

 

 

「「だ、だって……」」

 

 

 幸いにも世界に大きな影響を与えるようなものでは無さそうであるが、正直そろそろ面倒事から逃げたいと思って来ているのも本音。もう少し何事もなく生きていくことは出来ないのだろうか。……まあ、結局その辺りの処理をするのはエルザ達なので、自分達は殆ど何もしないのだけれど。

 

 

「それとシアン、お前はこのスフィアを使うより自分で走った方が早いと言っていたが。それは間違いだ」

 

「え……?」

 

「このスフィアはこう使えば良い」

 

「……!」

 

 

 既に【滑走のスフィア】の感覚を掴んだのか、ラフォーレはそう言いつつ走り出す。それはスフィアを使わない、普通の走り。けれど彼女はそのまま最高速に達した瞬間に、スフィアを発動した。

 

 

「な、なるほど……」

 

「つまり、足りない速度は足で稼ぐと……」

 

「あれなら私にも出来そう……」

 

 

「それと、こういう使い方も出来る」

 

 

「「「え……」」」

 

 

 最高速で滑走し始めたラフォーレが、突然その場で壁面に向けて跳躍する。いったい何を血迷ったのかと思ったのも束の間、彼女はそのまま壁面を滑走し始める。

 

 ……つまりは、壁走り。

 

 マドカやシアンなんかの速度偏重の探索者がよく使い、レイナが先日のキャラタクト・ホエール戦で失敗したそれである。それを彼女は本当に容易く実現したし、どころかこういうことが出来るようになることこそ、このスフィアの強みなのか。

 

 

「ふぅ……流石に私とて慣れは必要だな。現状ではこの程度が限界か」

 

「いや、途中なんだかとんでもない動きをしていたような……」

 

「もしかして壁面走りって、これから探索者の必須技能になったりします……?」

 

「絶対むりぃ……」

 

「マドカを含めた本職共に渡してみろ。壁どころか天井さえ走り始めるぞ」

 

「天井走り……!」

 

「シアンさん?危ないですからね?」

 

「大丈夫、3歩くらいなら今でも出来る……!」

 

「速度偏重型の探索者やば過ぎません……?」

 

「その分、自爆は多いがな」

 

 

 逆に言えば、それで自爆する様な探索者はやっていけないということ。速度を活かすには広い視野と柔軟性、そして器用さが必要だ。つまり速度を売りにしているというだけで、そこには相応の能力が伴っているということでもある。

 

 

「まあ、これの応用性について早急に知りたいのであればマドカにでも聞け。今のお前達にその必要はないだろうがな」

 

「あ、あはは……」

 

「まあ、それは確かに……」

 

「シアンしか使えないもんねぇ」

 

「そうかな……」

 

「ということで、これからブルードラゴンを倒しに行ってこい」

 

 

「「「「え」」」」

 

 

 また事前の相談なしにとんでもない話をブッ込まれた。

 

 

「あ、いや、その……今日はそんなつもりなかったから、準備が殆どできていないというか……」

 

「準備?武器と防具と水食料、他に何が要る?」

 

「そ、それはそうなんですけど……わ、私達まだ前の戦いの傷が癒えてないと言いますか……」

 

「常に万全の状態で戦えるなどと腑抜けた事を考えているのではないだろうな?疲労しているからこそ、この機会を逃す手はないだろう」

 

「い、嫌だぁ……帰りたいぃ……」

 

「クリア、お前はこの階層では大層に暇そうにしていたようだな?次の階層からは殺す」

 

「こっ……」

 

「シアン、お前は早速『滑走のスフィア』を使って来い。ここから15階層までの間に必死になって慣れろ」

 

「は、はい……分かりました……」

 

「ついでに16階層の景色を見て来い。あの空間は独特だ。2、3回雷に撃たれるのも一興だろう」

 

「笑えない……」

 

 

 そうして今日の予定を無理矢理に決められると、彼女は満足したようにリゼから受け取った弁当を手にして階段を登っていく。どうやらあのお弁当はお気に召して貰えたらしい。それは素直に嬉しく思う。……思うけれど。

 

 

「え……ほ、本当に行くんですか?というか、行かない選択肢ないですよね?これ?」

 

「ラ、ラフォーレと喧嘩する勇気があるのなら……」

 

「そんなのないぃ……」

 

「……頑張ろう」

 

「そ、そうだね……うん、まあ、確かにラフォリアの意見は尤もだし。頑張ろうか」

 

「……何れにしてもやらないといけない事ではありましたけど、それにしてももう少しゆっくりしたかったです」

 

 

 今日こうしてブルードラゴンを倒してしまったら、少なくとも明後日には16階層以降まで足を伸ばさなければ、またラフォーレに叱られる。そしてそうなると、明日は早速17階層以降について勉強しなければならないし、やることは沢山ある。暇な時間など何処にもない。

 

 

「仕方ない……大丈夫!キャラタクト・ホエールほどの相手じゃない筈だから!ササッと倒して!ササッと帰ろう!」

 

 

 なお、当然そんなにも簡単に倒せる相手ではないことは、リゼだって内心では本当は分かっていたりもする。今日の彼女の楽しみは、お昼のこのお弁当。そのために頑張って生きるぞと、彼女は改めて縋り付きながら気合を入れた。

 

 

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