無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

20 / 134
19.エルメスタ家

自身が本当は男であり、今日まで女装をしていたと話すユイに、リゼは心から驚きつつも彼の話を聞く。ユイ・リゼルタとエルザ・ユリシアの2人が何故この街に来たのか。彼等の目的とは何なのか。ただそれを知る為に。

 

「これはもう滅多な事では人には話せない事になりますが、エルザ様は西方の都市貴族であるエルメスタ家の長女としてお生まれになったお方です。本名はエルザ・エルメスタ、私も以前はユイ・アルケミアと名乗っておりました」

 

「偽名、か……2人が何処か高貴な場所から来ているという事は知っていたが、エルメスタ家とはどれほどの規模の家なのだろうか?」

 

「西方に存在する小都市郡を治めている貴族家の最高位に当たります。連邦中枢とも関わりが深く、元はヒューマンの築いていた王国で侯爵の地位を賜っておりました。この街の人間でも名前だけなら知っているという方も多い程度には有名な家柄です」

 

「!そこの長女というからには、エルザは相当な身分なのではないのか!?」

 

「ええ、その通りです。特に今代のエルメスタ家は男児に恵まれなかった事もあり、エルザ様は次期当主の最有力候補でもありました。エルザ様自身とても優秀なお方でしたので、15の頃には既に家の仕事の大半を受け持っていた程に頭角を表しておりました」

 

彼女がまさかそれほどに高貴な生まれであったとは、リゼは思いもしなかった。確かにメイドを連れていたりお嬢様と呼ばれていたりと思い当たる点は多かったが、一体誰がそこまでの地位の人間がこの街に居ると思うだろうか。政治的な関わりを嫌うこの街に、貴族の次期当主となる様な人間が。

 

「書類仕事が得意だと言うのはそういうことだったのか……」

 

「ええ。……私はそのエルザ様付きのメイドでした。母の家系が薬師であったこともあり、薬学の方面に知識がありましたから。生まれつき身体の弱いエルザ様が人並みに活動をするには、このスキルで作成した薬品を使用するしかなく、前当主様がお手付きされた末に生まれた私の様な厄介者でも、十分な立場を頂けたという訳です」

 

「つまり、君達は実は従姉妹……いや、ユイがエルザの叔父に当たるのか!?」

 

「そうですね、エルザ様に叔父などと呼ばれた日には自ら命を断ちそうですが。……話を戻しますが、それでも私達は忙しくも充実した日々を過ごせていました。あの日までは」

 

「あの日……?」

 

その言葉と共に顔を暗くした彼女、いや彼の顔を、リゼは訝しげに見つめる。その物憂げな顔もまた女性の様で、元々彼が中性的な顔をしているのがよく分かる。彼が身に付けているメイド服もまた体型を隠す様に作られている事も分かったが、今はそれどころではないと首を振る。そんなリゼの考えすらも見透かされていたのか、ユイは少しだけ目を瞑った後に言葉を落とし始めた。

 

「エルメスタ家に男児が産まれたのです。それと同時に、エルザ様が長期間床に伏せなければならない程に大きく体調を崩されました」

 

「それは……」

 

「お生まれになった御子息様がエルザ様を抜いて時期当主の最有力候補に上がるのは当然です、ご当主様方待望の男児だったのですから。そしてエルザ様がこれまでに無いほどに体調を崩された事もあり、それを理由に遠ざけるのは簡単でした。『簡単に体調を崩す様な人間は当主に相応しくない』、その様な最低限の言葉と共に私達は小さな部屋に幽閉されたのです。求めた薬の材料も十分には届かず、それまで御当主様に期待すらされていなかった妹様方は、これ幸いにと弱ったエルザ様に嫉妬を打つけ始め、私だけでなくエルザ様もまたエルメスタ家の厄介者扱いをされ始めました」

 

「そんな……酷過ぎないか?エルザはそれまで家の仕事も十分にこなして来たのだろう?いくら男児が産まれたからと言って、それほどいきなり掌を返さなくとも……」

 

「貴族同士の遣り取りでも、やはり男性当主の方が発言力があるとされているのが実状です。いくら外では男女平等を唄おうとも、家としては男性の当主を上げたいのが本音でしょう。エルザ様がどれだけ努力をした所で、その身が女性である以上は予備としか思われません。むしろ多少顔が売れてしまった事が面倒だと言わんばかりに」

 

「だとしても……そ、そうだ、ユイが当主になる事は考えなかったのか?一応は当主の血を継いでいるのだろう?」

 

「当主様の血ではなく、前当主様の血ですよ。現当主様からしてみれば『命を奪わないだけ有難いと思え』というところでしょうか。存在どころか性別すら偽る事を強制されていた私を表舞台に上げるなどもっての外。既に他の貴族家に存在を示されていたエルザ様が再び体調を戻す事を防ぐ為に、共に死んでくれれば良いとすら思われていたと思います」

 

「そこまで血も涙もないのか、貴族の家というのは……仮にも家族だろうに」

 

「それほどに血も涙も邪魔になってしまう様な場所なのです、貴族の家というのは。特に連邦となったこの国で力を大きく失ってしまった今の貴族達にとっては、血や涙などより金と見栄と名声が必要なんです。一度周囲から落ちぶれたと思われてしまった貴族は、本当に簡単に崩れ潰えてしまいますから」

 

男児を産めなかった貴族、ただそれだけだ。

だがそれすらも汚点として烙印を押される可能性がある以上は、当主としては気が気でない。それも代わりが病弱となれば、より考えることも多いだろう。しかし冷静に考えれば産まれた女児が優秀であるのであれば何の問題も無いと分かるのにも関わらず、没落を恐れて男児を頭に据える事にだけ執着してしまった。

先程もユイが言っていた筈だ。

他の貴族家に対し、『エルザの顔が売れた』『存在を示していた』と。

エルザはその優秀さから既に他の貴族家からも十分に認知される程の活躍を見せており、例え女性であったとしても彼女が次期当主という前提で周囲の者達が考えている程には認められていたのだ。認めていなかったのは最も近くで彼女を見ていたはずの両親達だけであったというのが悲しい話。

彼等はただ娘の体調を気遣うだけで良かったというのに。それ程の才女を守る事が出来なかったという事こそ、むしろ引き摺り下ろしたと知られてしまえばより、周囲の者達は不安に感じることになるだろう。

まだ生まれたばかりの才能すら分からない子供のために、家族を含めた全てのものを捧げようとしているエルメスタ家。もしかしなくとも彼等の没落は近いのかもしれない。

 

「エルザとユイは……逃げて来たのだな、その場所から」

 

「ええ、その通りです。この街は貴族が訪れる事を酷く嫌います、故に私達が身を隠す場所としてはこの街以外には考えられませんでした。……そして、エルザ様のお身体を治す方法も、ここにしかありませんでした」

 

「エルザの身体を治す方法?この街で?……治療院の研究、だろうか」

 

「ええ、それもあります。ですがそれでも難しいとは分かっていましたから、治療院については本当についでに過ぎません。私達の主たる目的は、エルザ様のレベル上げです」

 

「そうか!VIT(耐久力)の向上か!」

 

「はい。様々な病を抱え、常に免疫力が弱い状態であるエルザ様は、軟禁されていた期間で症状を更に悪化させています。そのままでは私がどれだけ効果の高い薬を調合した所で何れ必ず限界が来る。故にエルザ様の寿命を伸ばすには、VIT(耐久力)の値を伸ばす以外に方法が存在しません。私達がこの街に来たのは、この街で探索者をする事がレベルを上げる為に最も有効的な方法だからです。私達の目的は……少なくとも私の目的は、エルザ様の根本的な治療。これだけです」

 

その瞬間、リゼは理解した。

ラフォーレの言っていた、自身を前にしても決して引く事の無かった確かな覚悟を持った心の強さについて。確かにユイがその目的を持ってこの街に訪れていたとすれば、きっと彼は例え相手がラフォーレだろうと目を逸らす事は無いだろう。彼はエルザを救うためであれば、きっとどんな困難すらも乗り越える。そしてそんな必死な姿を見て、ラフォーレが認め、マドカが手を貸したのも当然の話だ。

それくらいに見ていて分かるのだから。

この2人の間にある信頼関係は、本当に強い結び付きであるという事が。

 

「マドカさんのおかげで、エルザ様のVIT(耐久力)は1点だけですが確かに上がりました。最初はマドカさんに背負われながらでなければダンジョンに入る事さえ出来なかったエルザ様が今の様に満足に歩ける様になったのは、それが理由です。……それでも、今でもまだ、エルザ様は時々大きく体調を崩されることがあります」

 

「ユイ……」

 

「かと言って、極端に過保護になってあの方を床に縛り付けるのも違いますから。私はエルザ様が自由に楽しそうに過ごされている姿が見れるだけでいいのです。……あれだけ酷い環境で努力をなさって来たのですから、少しくらい楽しい人生も無ければ嘘じゃないですか」

 

「……そうかも、しれないな」

 

エルザとユイの関係、そして目指しているもの。それを聞いて、リゼは少し微笑みながら俯くことしか出来ない。

堅い絆、強い想い、そして切実な願い。

どれもリゼには無い物だ。

そしてそれを手に入れる為の大きな困難というものにも、リゼはまだ打ち当たった事がない。

それはきっと幸福な事だ、退屈な人生であったとしても。そして探索者であるのならば、何れは必ずその困難に打ち当たる筈だ。その時に心が折れる事なく、目の前の彼等の様に何か一つ確かな物を得られるかどうかは自分次第。……果たして、自分は彼等のようになれるのだろうか。未だ壁すら見ていないにも関わらず、リゼはそれが不安になる。

 

「……リゼさん、ラフォーレさんに認められる事が必ずしも正しい事という訳ではありません」

 

「?」

 

ユイは続ける。

 

「確かに何か一つ、確固たる意思がある人間は強いです。どんな困難をも乗り越える原動力になる訳ですから。……それでも、マドカさんは仰っていました。目的だけを見て進む事は危険な事だと」

 

「それは、どういう……?」

 

「単純に、上級探索者の全員が全員なにかしらの目的を持っているという訳では無いという事です。そして何かしら目的を持っている人達が必ずしもそれを成し遂げる訳ではない」

 

「……!」

 

「修羅になる必要などありません、優しいままでも強くはなれます。なぜなら、マドカさんがそうではありませんか。誰よりも他者に優しいあの方が、あれほど強くあれるのです」

 

そうだ、リゼは決してラフォーレに気に入られる探索者になりたい訳ではない。リゼがなりたいのは物語に残る様な誇らしい探索者だ。そして今の彼女が誰よりも尊敬し、憧れているのは、他でもないマドカである。

 

「私は、マドカの様になれるのだろうか……」

 

「なりたいと思ったのなら、なろうとすればいいのです。自分が憧れた人に少しでも近付こうと努力する。その末にも全く同じ人物になれる事は決してありませんが、それでも最後には少なくとも、今の自分よりかはマシな自分になれている筈ですから。その努力は決して無駄にはなりません」

 

「……努力は無駄にならない、か」

 

強くて、優しくて、綺麗で、かっこよくて、愛されて……あの僅か一欠片でも、その努力をすることによって手に入れる事が出来るというのか。そうだとすればそれは、なんと魅力的な話だろう。なんと素晴らしい話だろう。なりたいとも、なってみたいとも。こんな情けのない弱い自分なんか嫌いなのだから。マドカの側に居るに相応しい人間になりたいのだから。ユイの様に、エルザの様に。

 

「ユイ……私は、強くなるよ。先ずはそこからだ。未熟でも、信念がなくても、それでも強くなれるのだと証明する。口で説明しても分かって貰えないなら、この身で示すしかないんだ。私がマドカの事を心から慕っていて、彼女の側にいてもいい人間だという事を。ラフォーレにも、自分自身にも、形で示して納得させるしかない」

 

「……もしかすれば、それは難しいお話かもしれません。マドカさんは世界の最先端であるこの都市内でも相当な立ち位置に居る人です。ラフォーレさんよりも、自分自身を納得させられるかが難点です。それでもやりますか?」

 

「それでも、やるしか無いんだ。最初はどうであれ、私は今マドカの教え子という立場を誇りに思っている。まだまだ教えて貰いたい事も沢山あるし、もっと側で彼女の事を見ていたい。そのためなら、それを目的とするのであれば……私はきっと、今よりもう少しだけは頑張れる」

 

ユイの様な必死な願いではないかもしれない。

エルザを只管に想い尽くす彼ほど美しい姿ではないかもしれない。

それでも、その為ならば少しの燃料にはなれると思うのだ。自分なりに必死に努力をして、少しの恐怖になら立ち向かえる気もするのだ。

また次に会った時、変わらず彼女の横に居られる様に在る為ならば。

 

「ありがとう、ユイ。君の話は私にとって、とてもためになったよ」

 

「そうですか、それなら話した甲斐もあったというものです。……ただ、私達の事はやはり他言無用でお願いします。エルザ様は家を出られる時に杖だったりお金だったり、書類改竄の末に色々と持ち出して来ていますから。エルメスタ家が私達に対して相当の怒りを抱いている事は間違いありません」

 

「あの金色の小杖のことか、本当に何をしているんだエルザは……ん?そういえばユイは何故今も女装をしているんだ?エルメスタ家から目を遠ざける為ならば、むしろ男の姿をしていた方が好都合なのでは無いのか?」

 

「……エルザ様の趣味です」

 

「え」

 

「エルザ様の趣味です」

 

「あ、ああ……いや、すまない」

 

「いえ、私もそろそろ女装している方が長いくらいですので……エルメスタ家を出た時に変装のために一度髪を切りましたが、それより前は普通に伸ばしていました。実はもう半分諦めています。エルザ様の気が済むまではメイドのままで居るつもりです。流石に年齢としてキツくなって来たらやめさせて頂くつもりですが」

 

「その時は、うん、私も説得を手伝うよ」

 

「お願いします……」

 

そんな会話の後、2人はその空き部屋で仮眠を取り始めた。治療を受けたリゼはもちろんのこと、ユイも昨日から殆ど眠っていなかったということで、そこにベッドはなくとも2人はぐっすりと眠ってしまっていた。

リゼの夢の中で何故かメイド服を着たマドカが出て来てしまったのは秘密である。




エルザ・ユリシア……男が嫌い。ユイを愛している。この街に来た時にはエルメスタ家の関係者ということで歓迎されずギルドからも敬遠されていたが、そこをマドカに拾われた。生活だけでなく自身のレベル上げにまで積極的に手助けをしてくれた彼女に純粋に感謝している。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。