「そういえばエルザ、ユイ。この前の戦闘で私のレベルが上がっていた事をすっかりと報告し忘れていたよ」
「あら、奇遇ね、私もよ」
「私もです。1つ上がっていました」
「そうなのか、ちなみに私は2つ上がっていた」
「え……」
「え……」
久しぶりとなるクラン"主従の花"の2人との朝食。
仕事もひと段落して来たのか朝の食事を3人でこうしてゆったりと食べている中で上がった話題は、そんなものだった。
見てほしい見てほしいとほくほく笑顔で自分の秘石を見せてくるリゼ、他人のステータスを見るのはあまり良いことではないのだが、そこまでされてしまうと2人も見ざるを得ない。
「ほら、こうなったんだ」
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○リゼ・フォルテシア
17歳 女性
Lv.8→Lv.10
初期値30+9
STR:D11→D11
INT:G2→G+3
SPD:E-7→E-7
POW:G+3→G+3
VIT:E8→E+9
LUK:F+6→F+6
-スキル-
【星の王冠】…精神力と引き換えに意識・思考・認識能力を高速化する。
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「あら、本当ね。VIT(耐久力)が上昇してるのが素直に羨ましいわ。私なんて全く意味のないSTR(筋力)が上がったんだから」
「これは……元々リゼさんのレベルが上がる寸前だったからでしょうか?それとも強化ワイアームの攻撃を食らった事自体が経験として大きなものだった、という事なのか」
「1発食らっただけで……なんて思うけど、サポートくらいしかしていない私達ですらレベルが上がってるのよね。マドカのレベルも上がっているのは間違いないにしても、本当にあのワイアームはどんな化け物だったのよ」
秘石に表示されるレベルの上がる条件。
それは人間としての経験……などというかなりアバウトな物が条件として世間一般では認知されているが、その中でも最も容易くレベルを上げる方法が"龍種"との戦闘である。
例えばマッチョエレファントとワイアーム、この2体はギルドのランク付では同等の強さとされている。しかし実際に討伐した際に得られる経験値(と便宜上読んで入るが不確かな物)はワイアームの方が格段に多い。本来ならばその戦闘の最中の自身の行動や経験を経てレベルが上がるため単純な比較は出来ない筈なのであるが、それでもこうして単純な比較が出来てしまうくらいにその差は大きい。それほどに龍種の討伐というのは効率が良い。
リゼはこの街に来てからワイバーンを複数体、ワイアームを2体、そして数多のモンスター達を倒している。Lv.8からLv.9にいつ上がっていても不思議では無い程の経験もしていた為、恐らくはユイの考察が正しいのだろう。しかし恐るべきはただの一撃攻撃を受けただけで、この数日間の経験値以上のものを齎した強化種ワイアーム。
負けてもレベルは上がる、なぜならその戦闘の最中でレベルを上げるに必要な経験を得ているのだから。とは言え、攻撃を一撃受けただけでレベルが上がるという事はなかなか無い。
「だとすれば、あれを倒したマドカはレベルが5つくらい上がっているのではないだろうか……」
「……そういう単純な話でも無いのよ、リゼ」
「ん?」
「レベルが上がるには、それ相応の経験を得た時と一般的には考えられています。リゼさんもそれはご存知ですね?」
「ああ、それくらいは私も知っているよ」
「例えばマドカさんはついこの間までLv.29の探索者でした。これは一般的には10階層のレッドドラゴンを1人でも倒せる探索者が出て来るレベルだと考えて下さい」
「ふむ」
「ただ、言ってしまえばマドカは当然レッドドラゴン程度なら余裕で倒せるわ。強化種ワイアームにトドメを刺した攻撃を使わなくともね」
「そこも気になる話だが……それで、一体どういう事なんだ?」
「単純な話、言葉通り経験にならなければレベルは上がらないのです。同じレベルの探索者でも、戦闘経験が無く、戦闘中に様々な新しい体験をした探索者の方が早くレベルが上がります。つまり今回確かにマドカさんは苦戦をしましたが、マドカさんが得た経験としては5つもレベルが上がるほどのものでは無いでしょう」
「マドカは都市最強探索者のレンド・ハルマントンと同じくらいレベルが上がりにくい体質してるものね……とは言え、新種の毒も受けたし最低でも2つくらいは上がってるんじゃないかしら?」
「……つまり、同じレベルが2つ上がるという現象に必要な経験で考えても、私はただ攻撃を受けるだけ、マドカはその私を庇いながら敵を討伐する。それ程の差があるという事か」
「簡単に言えばね。勿論、単純にレベルが上がるほど上がり難くなるっていうのもあるわ」
確かに強化種ワイアームとの戦闘、それは初めての連続だった。次元の違う敵との遭遇、次元の違う戦闘の観戦、当たりどころが違えば致命的ともなり得た一撃を受け、直後に初めて感じた明確な死のイメージ。そして初めての魔法の行使。
なるほどこうしてみれば自分のレベルが上がった本当の理由はワイアームの攻撃を受けた事だけではなく、そういった様々な経験を得たからこそであると分かる。
(とは言え、そうなると果たして本当にマドカは一体これまでどんな経験をして来たのかと思わざるを得ないな。少なくともある程度龍種と戦い慣れていなければその様な事にはならないだろう。それこそ都市最強探索者とやらと同じくらいには)
自分も同じくらい龍種との戦闘経験を積めば手早くレベルを上げられるのではないだろうか?そう考えたリゼだが、つい先日ワイアームに敗北したばかりの彼女でもある。確かにそれは手早く強さを得る為には有効な手立てであろうが、今のリゼが挑む事が出来る龍種はワイバーンとワイアームだけ。ワイアームにトラウマ的なものを持ってしまっている以上は標的となるのはワイバーンしか居なくなるのだが、同じ階層主も何度も倒していると強化種を呼んでしまうという事もまた身を持って知った。やはりこの手段は今は使えない。
「難しいのだな、レベルを上げるというのは……」
「当然よ、私達だって苦労しているもの。それでも他の街やダンジョンに居るよりはよっぽど効率は良い筈。上ばかり見てボヤいていないで、取り敢えずは死なない様にレベルを上げるのが1番よ」
「……例えば武器を変えてみたりしたらレベルが上がりやすくなったりしないだろうか?」
「……リゼさん、今エルザ様が仰ったばかりです。取り敢えずは死なない様にレベルを上げること。慣れない武器は事故の元にしかなりません、絶対におやめ下さい」
「ああ、そうか……いやすまない、やはり少し焦っている様だ」
「気持ちは分かるけれど、命が1番よ。命より優先すべき事なんてそうそう無いと心に刻みなさい」
エルザのその言葉には、彼女のそれまでの人生の経験を元にした確かな説得力が乗っている。
人の言葉に流されやすいリゼはラフォーレの言葉で何より強さが欲しくなってしまい、半ば自暴自棄と言ってしまえる様な行動を取った。しかしそれを引き止めてくれているのは間違いなく目の前の2人だ。それを自覚しているからこそ、リゼは彼女の言葉に素直に頷く。
年齢こそ変わらない彼女達だが、生きてきた時間よりも、その生きてきた間に何を積み重ねて来たかが何より意味を持つ。ただ山奥で本を読み、モンスターを狩り、殆ど他人と関わることのなかったリゼには人生の経験というものが致命的に足りていない。故に表面上は対等であっても、リゼは彼女達の言葉は真摯に受け止め、噛み砕き、理解しようと試みる。そうしておかなければ、また他人の言葉に流されてしまうから。経験がなく、自分という存在の芯となる確固たる物が存在しないが故に、例えそれが他人の芯から生みでた言葉だとしても、貼り付けるだけの補強にしかならないと分かっていても、少しでも自分という物を確立させる為に飲み込む。
(……だからこそ、リゼは強くなれる。十分な知識と身体の強さを持っているのに、圧倒的に経験が不足していて、自分の核がまだ弱い。けれどそれはレベルを上げるのには最適な条件とも言える。そして本人が何より素直なのが1番ね)
それはエルザもユイもマドカも同意見だ。
人は経験を積み、自分という物が確立していくほど、自分の中に無いものに対して無意識にでも反抗的な意思を持ってしまう。その意思は非常に厄介なものであり、学習能力や記憶能力、適応能力にまで影響してくるのだから成長という面においては最悪と言ってもいい。
だが、今のリゼにはそれが殆ど無いのだ。
周囲の言葉を本当によく吸収する、影響される。
言い方は悪いが、本当に小さな子供と変わらない。
だからこそレベルはよく上がるだろう。
直ぐにでもエルザ達を追い抜かし、もしかすればほんの数年でマドカに追い付く事も出来るかもしれない。いや、マドカはむしろそれを望んでいる。彼女は明らかにリゼを探索者として大成させようとしている。それ自体は他の教え子にも共通する事ではあるのだが、同じ教え子という立場であるエルザとユイからしてみれば、マドカのリゼに対する期待はそれくらいのものだと感じたのだ。
「さて、そういう訳だから今日は私の買い物に付き合いなさいな」
「え……私はこれからダンジョンに……」
「今の状態で行っても何の意味があるのよ。依頼も今日はリゼが出来そうな物は追加無かったわよ?そんな無駄な体力使う暇があるなら私に付き合いなさい」
「む、むだ……」
「ユイ、何か買う必要のある物あったかしら」
「そうですね、消耗品は問題ないのですが食材が少し心許でしょうか。STR(筋力)のあるリゼさんがお手伝いしてくれたら助かるのですが……」
「〜〜っ!わ、わかった!手伝うとも!……ただその、代わりと言ってはなんだが、今度私のダンジョン探索も手伝って貰えないだろうか?正直今の状態だと自分のしていることが本当に正しいのかどうかも自信がなくなって来てしまって」
「ふふ、可愛いお願いの仕方ね。それくらいなら別にいいわよ。処理が落ち着いたら9階層まで行ってみましょうか」
もしかすれば、エルザやユイからしてみてもリゼは妹の様に見えているのかもしれない。図体だけは大きいが、その精神性は年相応の可愛らしさと純粋さがある。こんな風に不安そうな顔をしながらおねだりされてしまえば、この後輩を愛らしく思ってしまうのも仕方のないことだろう。
なんとなしに頭を撫でてやれば、頭に疑問符を浮かべながらも抵抗することなく、むしろ少し顔を赤らめて嬉しそうに上目遣いをするのだから、その気質は本当に妹だ。思わず抱きしめてしまいたくなるくらい。
「……ん?何かしら今の音」
そして、そんな彼女達もまた、この街に居る限りは決して荒事とは無縁でいられないのも悲しい所か。本当に平和で居られるのなら、もう少しだけこの微笑ましい光景も続いていたかもしれないのに。
レベルを上げるために……基本的には『どれほど新鮮な体験をしたのか』、『どれほど成長できたのか』、『知見や経験を得られたのか』が重要視される。しかしその辺りのことはかなり曖昧である上に検証も難しいため、『どれほど苦戦したか』として説明されることが多い。初心者探索者が強化種と出会った際には逃げるか死ぬかしかないが、そもそも強化種と出会った時点でレベルが1つ上がるほどの経験を得られる。支援という形であっても努力したのなら、どころか攻撃を受けて生還したのなら、2つ上がるのも当然と言える。モンスターよりも龍種を倒すことが最も効率よくレベルを上げられるが、強化種などはより効率が良い。邪龍討伐ともなると、上級探索者であっても一度に3つ以上は得られる。