「予定通り民衆の避難を優先させろ!"聖の丘"は怪物共の処理だ!……ああクソ!これでは全く手が足らん!!」
街を揺さぶる様な轟音。
耳を貫く様な悲鳴と嫌悪感を抱かせる様な奇妙な言語を放つ異形の生物達の歓声。
予定通り配置していたギルド職員を動かし、エリーナは全体の指揮を取りながらも非戦闘員の住民達をダンジョン2階層へと導いて行く。
それは街の大時計が丁度頂点を指し示した時の事だった。
街を囲う真っ白な壁を、何の前兆もなく登り侵入して来た異形の怪物達。ただのモンスターではない。見た目はどれもこれも虫類の形を取っているというのに、その身体のパーツのどれもが明らかに人間の体部によって構成されているという、エリーナの知識を持ってしても過去に出現事例が確認されていない、あまりに奇怪なバケモノの群勢。それらの存在をはじめに確認し、街のあらゆる場所から悲鳴が上がるまでに、さして時間はかからなかった。
『『『ケケケケケケケ、キ、キキ、ココキキカカカキキキケケケケ……!!』』』
「チィッ!気持ちが悪い!!」
理解の出来ない言語を身体中のあちこちに埋め込まれた幾つもの人間の口から何重にも重ねて垂れ流す蜘蛛型のモンスターを、エリーナは自慢の大剣を持ってして斬り飛ばす。今のところギルドの入口に近付いてくる程度のモンスターならば、この様にしてエリーナ1人でも十分に対処する事が出来た。あまりに酷い外見をしてはいるが、数は多くとも個々ではそこまで大して脅威ではない。
そして今も各地で"聖の丘"の団員達とギルド職員が散らばり、民を守る為に凄まじい勢いで奮闘している。そのおかげか住民への被害も殆ど出ていない。本当にこの数以外は何の脅威でも無い、なんとなくエリーナはそんな印象を受けていた。
(……いや、むしろ住民への被害が少な過ぎるのではないか?これではむしろ本当に民間人に被害を出さない様に立ち回っている様にも見える。龍神教の理念を考えれば無関係の人間に被害を出さないという考え方は分かるのだが、だとしたら何が目的だ?奴等は何を目的にこれほどの数のモンスターを使っている?)
『コケカケケケケキキクケコココココカ!!』
「っ、窓を割って……!ダンジョンの入口に守りを変更する!何かあれば直ぐに伝えろ!!」
執拗にギルド内部、いやダンジョンに入ろうとするモンスター達に対処する為に、エリーナはギルド内部へと走る。しかしエリーナとしてはますます訳が分からなくなっていた。全てのモンスターがダンジョンに入ろうとしている訳では無い。しかし何者かに統率されている様な動きはあるというその様子。敵の目的が何か分からないどころか、何も知らないエリーナからしてみれば敵の目的が複数ある様に見えてしまって、とにかく今は目の前の対処にだけ身体を動かすしか無いと言う指揮者としては不甲斐無い結果しか出せて居なかった。そしてその事実に悔しさを噛み締めるしかない程に切羽詰まった状態であるという事は、やはりどう考えても楽観視できる事ではなかった。
「な、なんだこいつらは!?」
「……気色が悪い、なんて言葉じゃ処理出来ないくらいには不快な連中ね」
「リゼさん、エルザ様……来ます」
エリーナがそうして必死にダンジョンを守っている頃、一方でリゼと主従の花の2人は街の大通りで異形の怪物達に囲まれていた。
朝食をしている所に聞こえて来た轟音と悲鳴。驚いて外に出てみれば、そこでは人間の腕や脚、身体で構成された大量の奇妙な生物達が屋根や壁に張り付きカサカサと動き回っていたのだから、3人の驚きと抵抗感は凄まじい。
モンスターは奇妙な言語を高速で身体中に存在する口から不規則に発し、人間の皮膚や骨で出来たような薄い羽根や、人間の上半身を幾つも繋いだ様な身体を持って飛び回る。大きさも成人男性の肉体そのまま、人間の頭だけは決して構成に使用されていない事だけは幸いか。それでも殺した時に生じる現象も人間の肉体そのままなのだから性が悪く、敵を倒す度に大量の真っ赤な返り血やドス黒い臓物が降りかかってくる状況に消費する精神力はいつもの何倍にも増していた。
「っ……まるで本当に人間を殺している様な気分になる」
「実際、あの狂った教団が裏に居るとすればその可能性も普通にあるわ。焼いた臭いも酷いものよ」
「ですが、それが仇となっています。例えば身体を構成している上半身の一つでも心臓を潰してしまえば、その時点で全身に不調を来たし、動きの悪化と少しの時間の後に衰弱死に至ります。硬い皮膚を持っている訳でも特殊な攻撃を持っている訳でもない、対処だけなら簡単です」
大銃で叩き潰すリゼ、魔法で焼き尽くすエルザ、そしてその2人とは比にならない程の凄まじい速度で心臓を突き刺し関節を引き裂き処理を進めていくユイ。ユイの攻撃は的確だ。エルザを守りながらも、人体の急所や重要な箇所を素早く正確に潰していく。まるでそれを手慣れているかの様に。
「こうして数をこなすだけなら私達でも何とかなりますが、このまま終わりとは思えません……っ!」
「敵の動きを見るに、何かを探している様に見えるわ。あの目とか耳が本当に機能している物なのかは微妙なところだけど」
「何かを探しているって、一体何を……!うわっ!?」
「リゼ!頭を回すよりまず周りを見なさい!貴方はそこまで器用な人間じゃないでしょう!」
「そ、それはそうだが……!」
どれだけリゼが考えようが、エルザの言う通り彼女はそこまで器用な人間ではない。戦いながら別の事に頭を使える程に戦闘に慣れている訳でもないし、考えたところで答えを導き出せる程に優秀な頭も持っていない。考えるより戦えというのは何より今のリゼに対して必要な事だ。それをやるにしても、よっぽど適した人間がここには居る。
(ダンジョンが主目的ではない、勿論ギルドも違う。それなら街全土に敵を放つ必要がない。けれど確かに何かを探している素振りはある。思考があると言うよりは何か一つの目的、意思の様なものを持って動いている……?)
周囲にスフィアでバリアを貼りながら、炎弾を放ちつつも観察と思考を続けるエルザ。質はともかく、本当に数が多い。嫌悪感を抱く様なその外見に大きな意味はないだろうが、これほど弱い個体を大量に呼び出す理由は、やはり単純に街の侵略が目的では無いからだろう。この街に隠されているスフィア、または人物などの、動く物、動かせる物、そして比較的大きくない物を探していると考えられる。民間人には徹底的に手を出そうとしないのに、探索者に大しては見つけた側から攻撃を仕掛けてくる所を見るに、脅威に対する防衛本能くらいはあるのか。
(……いや違う、これは防衛本能じゃなくて探索者を狙ってる?探索者というよりは、ある程度の実力を持っている人間が標的なのかしらね。秘石も見ずにどうしてそんな事が分かるのかは……今はどうでもいいとして)
観察から得た情報に推測を混ぜて仮説を作り上げていく。既に敵が何かを探して行動を起こしているというのは確実だと考えてもいいだろう。
だが、それが何かという事だけがどうしても分からない。これが仮に龍神教徒の仕業であったとしても、その奴等が探索者の抹殺でもダンジョンの破壊でも無く、彼等の理想理念を放棄してまで優先して探さなければならない様な物が微塵も想像出来ない。
「っ、血が多い……!返り血を浴びるとここまで戦い難くなるものなのか!」
「リゼさん、足元に気を付けて下さい。人間の血という物は存外ただの水よりよっぽど滑ります。エルザ様、地面を定期的に焼いて下さい。臭いは酷いですが足を滑らせるよりはマシです」
「ええ、分かったわ」
ユイの指示通り、エルザは足元の血溜まりに向けて炎弾を放ち、無理矢理に安全な足場を作り出していく。建物の角で自身の背中を守りながら、前面にバリアを展開し、確実な安全を確保しつつ援護を行うエルザ。戦闘に関する思考は今は全てユイに任せてある。そこは全て彼女に任せてもいい。ユイを信じて後悔した事など、エルザは今日まで一度も無いのだから。
(この探索者も殆ど居ない時期に攻め込んで来た理由は分かる、それは理解出来る。けれどそれならわざわざこうして探索者を襲わせる必要がない。何かを探すだけなのならば、探索者から逃げる様にして、ただ縦横無尽に走らせておくだけでも仕事は出来るはず。……そこまでは意思決定が出来なかった?それは普通に考えられるけど、もしそこにも何かしらの意味があると仮定したら……)
探しているのは探索者?
または探索者を脅かす事で出てくる物、人間。
何かしら強大な力を秘めた兵器なんてこの街には無いのだから、現実的なのは対象の探索者が持っている貴重なスフィアや武器だろうか。
しかしこの街に今そんな有名になる様なレアなスフィアや武器、道具を持った人間は数える程しか居らず、話題になってもいない。直近でそういった話は少なくともエルザが知る限りでは存在しない。
(……私の実家は先ず絶対に無関係。いくらなんでも今あの家にそんな力も度胸も無い。ギルドもスフィアは保管してるはずだけど、今は競売の予定も無ければ、珍しいスフィアが出回っているという事実もない)
新人のリゼが狙われる理由は考えられないし、確かに彼女は特徴的な人間ではあるが、つい先日山から降りて来たばかりのリゼを知っている人間など本当に指で数えるくらいしか居ないくらいだ。
だとしたら他に候補に上がる人間は……
「敵の目的は、マドカかラフォーレ?」
「っ、それは本当なのか!?エルザ!?」
「予想よ、何の根拠もないわ。可能性が他より高いというだけ。けどラフォーレがこの街に居るなんて事は敵も予想していなかったはず。この襲撃はそれなりに手が込んでるもの。だとしたら狙われているのは必然的にマドカになる」
「なぜマドカが……!くっ!」
「理由は分からないけど、あのマドカだもの。敵に狙われる様な代物の一つや二つ持っていても不思議じゃ無いわ。……ううん、そもそもマドカ自身を攫うのが目的かもしれないわね。ユイ、マドカはどこに居るの?」
「地下です。今日は少し規模の大きい治療を試そうとしていたので……」
「それならこのままマドカを隠し続ければ私達の勝ちね。他の探索者達が帰って来た時点で勝利は確実なのだし、それにそうでなくとも今ここには……っ、ユイ!」
その瞬間、エルザを守る様にして戦闘をしていたユイとリゼの周囲に凄まじい数の炎弾が着弾した。
「エルザさま!!」
爆破、破壊、炎上。
周囲の建物群に問答無用に大穴が開けられ、大量に彼女達を取り囲んでいたモンスター達が炭となり灰となり、血液どころか肉体の芯まで焼かれた後に血に落ちる。その極大規模の炎嵐から運良く被害に遭うことの無かったモンスター達ですら、狼狽え動きを止めてしまう程には凄惨な光景。
……完全な廃墟街だ。僅か一瞬のうちに大通りの華々しい店々が瓦礫の山と化した。
辛うじて間に合ったエルザのバリアが無ければ、ユイもリゼもその爆風に大きく巻き込まれていただろう。エルザ程の魔力によって確保された強度のバリアでなければ、それこそ身を守ることも出来ず爆風だけで一緒に粉々になっていたくらいだ。
……そして付け加えるのであれば、炎弾その1発1発全てがエルザが放っていた物より遥かに火力が高い。比べ物にならない。あの魔力にステータスが偏っているエルザよりもだ。そんな事が出来る人間は今この場所には1人しかいない。……いや、一体この世界のどこを探した所で、そんな人間は彼女1人しか存在しない。
「ラフォーレ、アナスタシア……!」
「マドカの教え子共か……居るのならもう少し存在を主張しろ、危うく殺し掛けた」
「あれだけ戦ってたんだから少しは気付きなさいよ……!」
「知らん、叫んで戦え。焼かれたくなければな」
「相変わらず理不尽な……」
以前と変わらない灰と黒のドレスの上にジャケットを羽織り、マドカと同じ青色の瞳をした暴君が、屋根の上から3人を見下ろしていた。
ユイとエルザに言葉を掛け、一瞬リゼにも視線を向けたものの、直ぐに無視する様に逸らした彼女は黒色の捻れた大杖を肩に担ぎながら未だ周囲に居残っているモンスター達を威圧する。
「っ」
その圧倒的な威圧感は、あの強化種のワイアームを思い起こさせる様な質のもの。今やこの人間が目の前に現れるだけでも足のすくんでしまうリゼだというのに、そんなものをここまで近くで浴びせられてしまえばモンスターでなくとも身体は震える。
そんなリゼを見てユイは背中に手を当てて撫でてあげるし、エルザも溜息を吐きながらラフォーレに目を向けた。元々言いたい事はあったのだ、噂にだけは聞いていたのだから。
「ラフォーレ、あまり私の大切な後輩を虐めないで貰えないかしら?怯えてるじゃない」
「後輩?笑わせるな、一度はマドカから鞍替えしようとしたこのゴミが」
「付き合いの長い私達よりよっぽどマドカ信者なこの子が鞍替えなんかする訳ないわ。分かってて虐めるのは少し大人気無いんじゃないかしら?それとも、それすら分からないほど脳が老けた?」
「……あまり生意気を言う様ならば貴様も潰してやろうか。事故に見せかけてここで殺してやってもいい」
「貴女が今日までギルド長やリゼに何をして来たのか、私は事細かに全て把握している。それ等を一つ残らずマドカに開示してあげてもいいのよ?私の力を使えばユイだけなら貴女からでさえも逃がす事は可能だわ」
「貴様……この女狐が」
「女狐で結構、別に私はユイ以外から何と思われようが構わないもの。貴女がマドカに対して思う心と同じように」
目線と言葉だけで火花が散る。
リゼからすれば信じられなかった、あのラフォーレに対して言葉でとは言え正面から逆らう事が出来るエルザの強さが。
堂々とした立ち振る舞い、力を振り上げられたとしても決して引かないという意思。なにより彼女はそうしてリゼの事を守ろうとしてくれている。今はそれが何より嬉しい。
「チッ、まあいい。それより今はこのゴミ屑共の処理が先だ。不快な見目を晒して飛び回る害虫共が、1匹残らず消炭にしてやろう」
「ちょっと、また今みたいに焼き払う気なのかしら?そんなこと続けてたら街が完全な廃墟になるわよ」
「何の問題がある」
「マドカが暫く"自主的に"その後始末をする事になるわね」
「…………」
「火力の調整をするか、的確に当てるか、他の属性の魔法を使うか。別にユイみたいに素手で潰してもいいのだけれど」
「……時間を稼げ、スフィアを換える」
「そこで火力調整しない辺り流石よね……私達が守るより自分で殴るなり蹴ったりする方が早いでしょうに」
「やれ」
「はいはい」
ラフォーレに対してここまで譲歩出来ただけでも十分だろう。秘石に嵌った3つの赤のスフィアを全て紫色のスフィアに取り換え、彼女はバリアを貼るエルザの背後で壁にもたれ掛かりながら片目を閉じる。そこにこれっぽっちも協力する様子など見られず、むしろリゼの方に視線を向けて何かを見極める様に……
「……リゼ、敵はドリル・ドッグ以下の雑魚共よ。持ち得る攻撃手段は噛み付きだけ、腕試しの相手としてはいいと思わない?」
「それは、何が言いたいんだい……?」
「スフィア交換に1分、可能な限り数を減らすの。それくらい出来るでしょう?ラフォーレを暇にしてあげなさいな」
「……なるほど。うん、やってみせよう」
ラフォーレによって吹き飛ばされた一帯の様子に反応してか、周囲からもかなりの数のモンスターが寄ってくる。頭を狂わせる程に無数の歪な羽音と鳴き声が木霊し、視界ですらも吐き気を催させ、あまりの悍ましさに全身の震えが止まらないほどの光景を見せつけられている。
……だが、それでもリゼは一つ自身の頬を叩くと体に力を込め直した。
「『炎打』」
この街の1人の探索者として。
そして何より、これ以上マドカに余計な負担を掛けない為にも。
奇怪なモンスター達……エリーナやラフォーレすら見たことのない奇妙なモンスター達。一体一体は初心者探索者であっても対処が可能なほどに弱い生物であるが、とにかく生理的に受け付けられない姿をしている。まるで人間を粘土のように捏ねて昆虫型にしたような姿をしており、体内にも通常の人間の臓物や血液などが入っている。心臓を破壊することで人間と同様に機能が停止し、人間に効く毒であれば通用する。攻撃手段はあらぬところに付いている口による噛み付きや、体当たり、引っ掻きなどが中心。とにかく数が多く、こちらを精神的にも物理的にも摩耗させに来る。