「……正に人智を超えた力、だな」
ラフォーレは呟く。
この世界、機械というものはそう発展してはいない。精々時計だったり、猟銃だったり、魔力を一切使わずに作る物などその程度だ。それすら過去に天才的なドワーフ達が作り上げた遺産でしか無く、一見便利な機械に見えたとしても、実際にはそれは内部に魔力回路が埋め込まれて実現している魔道具である。そもそも機械技術だけで作るよりも、魔力回路を詰め込んだ方がよっぽど多くのことが出来て自由度も高いのだから、そもそも不要。機械技術だけの代物など芸術作品の1つ程度の扱いでしかないのも、まあ仕方のないことだ。そしてリゼが背負っている大銃もまた、魔道具の一つであるのは間違いない。
「……それでも、根本的な部分に魔力回路は使われていない。精々は反動の軽減と熱の排出、内部の清掃、維持。主となる要素には全く魔力が介在していない。完全な技術だけによる代物」
魔法兵器と呼ばれる物は存在する、中には多くの魔力を集めて使用する威力の高い物だってある。しかしラフォーレが知っているその魔法兵器の何よりも、リゼの持っていた大銃は1発の威力だけならば優れている。単なる機械的な技術だけでそれを実現している。今現在こうして自分達が扱っている人智の力が魔法による物だとすれば、これを人智を超えた力と表現したのは、決して間違った話では無いだろう。そして人智を超えた力を人智にまで引き摺り下ろした狂人が、この世界に居たという事もまた事実。
「見せつけられている様だな、魔法など無くとも人族は戦えるのだと」
知覚することすら出来ない一瞬の攻撃で地に倒れた巨人が、多くの家屋を潰しながらも息絶える様子を見ながら、ラフォーレはその力に関心を寄せる。そしてその力をほぼ完璧に、むしろ潜在以上に引き出した女の方にも、興味を抱く。
弱く未熟でありながら、愚かで無様な子供。
それがこれまでのラフォーレの彼女に対する評価だった。
しかしこの光景を見せられた今、いくつかそれを訂正しなければならない事もあるだろう。愚かで無様である事は今も間違いなく、修正される事のない残念な要素ではあるのだが、未熟である事もそうであるのだが、ただ弱いだけの人間では無さそうだと。何の可能性もないゴミクズではない、大層な使い道がある。そしてその使い道が1つ見つかったというだけで、これまでの評価も含めてひっくり返ることも当然にある。バカは素直だと、愚かは余地だと、未熟は可能性だと、そういった具合に。
「ラフォーレ、後は任せるわ」
「……言われなくとも、灰に変えてやる」
ユイに支えられながらも、今もまだ『2発目の狙撃を行うのならば!』という雰囲気で座っているリゼに一度だけ視線を向けるラフォーレ。それでもそれ以上に彼女が何か言葉を発する事はなく、ただ腰に付けた秘石とスフィアに右手を添えながら、悠然ともう一体の巨人の方へと歩き出す。
そんな彼女を見て逃げる様に退避を始めたエリーナ達は、もう必死である。必死になってリゼ達の元へ走ってきており、背後の巨人のことなど完全に無視だ。スフィアまで使って全速力で駆け抜けて来る。
……ラフォーレ・アナスタシアが本気の一片を出す。それだけで彼等が必死になって、その爆心地となる予定の場所から逃げ出すのは当たり前のこと。
本物の上位探索者の全力。
都市どころか、この世界全てにおいて比類する者が居ないほどに炎魔法に長けた女が魅せる、炎獄の極地。それを目に焼き付けるため、今も少し回りの悪い頭でリゼはラフォーレの後姿に目を向けた。マドカ・アナスタシアの母親、暴君とも評される暴力女、それでもなおと求められる都市に必要不可欠な女の力。
「……"灰被姫"、それがラフォーレの二つ名。リゼも知っているわよね?」
「あ、ああ。マドカの二つ名の元になったとも聞いているよ」
「マドカのこともあって、『彼女の髪の色からその二つ名が付けられた』みたいなことを、何も知らない人は言うかもしれない。……けどそれは違うわ。彼女は本当にそれだけの灰を被って来たからこそ、そう呼ばれているの」
「まぁ、それだけの灰を生み出す事が出来る、という解釈も正しいな」
「ギルド長……!」
「助かったリゼ、よくやったな」
ラフォーレと入れ替わりに戻ってきたエリーナが、肩で息をしながらも解説に加わる。
巨人が凄まじい勢いでこちらへ走り始める。
それはまるで相方を殺された事に対して本当に怒っているかの様。民家は悉くそれに潰され、街は大きく破壊されていく。見る人によればそれは絶望的な光景だろう。リゼとてその光景に体を震わせ、思わず銃を構えそうになったほどだ。
……だがしかし、リゼ以外の誰もがそんな顔はしていなかった。彼等は皆確信していたからだ。ラフォーレ・アナスタシアがここに居るのならば、これが自身の命を脅かす事など決して無いと。2体による妨害があるのであればまだしも、目の前のそれは所詮はラフォーレ・アナスタシアを脅かす者ではないと。"灰被姫"はこの程度の存在に屈するほど柔な女ではないと、そんな信頼と確信が。
「『大炎弾』」
ラフォーレが捻り曲がった黒の大杖を巨人に向け、腰の3つの紅のスフィアに指を当てる。
そしてただ一言、そう呟く。
生まれるはあまりに巨大な火球の群勢。
一つ一つがエルザの全力の火球よりも何倍も大きく、それが彼女が何度も何度もスフィアを指で叩く度に増えていく。……スフィアの再使用間隔時間が明らかにおかしい。☆2のスフィアは30秒の再使用間隔時間が存在し、炎弾のスフィアはその所持者の設定した火炎弾を最大3発まで射出するという物だ。しかし彼女がスフィアを叩く指は1つずつズラしているとは言え、待機させている炎弾の数は次々と増えていく。その極大の大きさの炎弾が、凄まじい数に増えていく。彼女は3つのスフィアを順に連続発動させており、彼女はそれ一つでリゼの身体よりも遥かに大きな火球を、何の躊躇もなく、絶え間無く巨人の身体へとまるで流星のように打つけ始めたのだ。逃げる場もないほど徹底的に、街や壁ごと焼き尽くす。そこに欠片の容赦や加減などは存在しない。街に対する配慮なども、当然にない。
『キッ、キギキッ!ガギクガゲゲガァァアッ!!!』
巨人の肉体を軽々と焼き抉っていく大火球群の爆発。最初に狙われた魔法を阻害する羽が耐え切れず焼き千切られた後は、もう一方的だった。抵抗する手段などどこにも無く、巨人は怯える子供のように身体を丸めて、頭を抱えて蹲るが、最早そんなことではどうにもならない。
あの大きな巨体が引きちぎられ、焼かれ、吹き飛ばされ、叫ぼうとも身を捻ろうとも、火炎の嵐に包まれていく。巨人が居た周辺は完全な火の海となり、虫型のモンスター達も同様にその破片火によって地に落とされて爆散する。巨人が逃げようとも、立てなくとも、動きを止めても、火球は何の容赦もなく降り注いだ。その肉片がただの一欠片も存在しなくなるまで、無慈悲に、徹底的に、その存在すら認めないとでも言うように、ただ只管に降り続ける。
「……灰被姫」
降り落ちる灰と火の粉。
真っ白に焦げ尽きた死体群。
夕暮れと火の海に照らされながらも振り向いた彼女には、確かにその言葉がよく似合うなとリゼは思った。
マドカと同じ青い瞳、そして整った相貌、それなのに何より火に似合う灰色の髪を纏ったラフォーレ・アナスタシア。そこにはマドカとは違う、決して引き込まれてはならないと本能的に感じてしまう様な、危険な美しさがある。手を伸ばして触れてしまえば焼かれてしまうのに、それでも求めてしまいそうになる、苛烈で神秘的な焔の光。
もしかすれば、その炎に惹かれてしまった者も過去には居たのかもしれない。その者達が今はどうなってしまったかは分からないけれど。ただそれほどに彼女という炎は、彼女がその背中に背負っている地獄は、酷くて、恐ろしくて、そして美しくて。
「マドカ、後は頼む」
「はい、お母さん」
「っ」
だから、そんな風に見惚れてしまっていた所を、彼女に見られては居なかっただろうか。こんな風に気持ちを動かされてしまったという事を、彼女に知られてはいないだろうか。
思わずドキリとしてしまったリゼ、その声に彼女の身体は何より大きく反応する。しかしそれも仕方のないこと、当然のこと。求めて求めてやまなかった彼女が、彼女の声が、聞こえてきたのだから。そんなものはもう、自然と顔がそちらに向いてしまっても、誰も責めたりなんかしない。
「『回避』『属性強化』『水斬』」
「『炎弾』」
「マドカ……!」
「消火調整版、『滝水斬』!」
ラフォーレが火球によって焼き払い、今も凄まじい火と熱が広がっているその空間に。聴き慣れている筈なのに、暫く聴く事が出来ていなかった、聴きたいと願っていたのに、今日まで聴く事が出来なかった、そんな彼女の声が、滝の様な流水と共に降り注ぐ。
ラフォーレと同じだ。
それが単一の人間が引き起こした物とは思えない様なあまりに大きな現象。彼女の母親が生み出した地獄の様な美しい光景を、突然現れ、塗りつぶす。建物の屋根の上から片足だけで大きく跳躍し、回避のスフィアを利用して更に上空へ飛び、加えてラフォーレが1発だけ宙に向けて放った火球に自ら当たりながらも、その爆風を逆手に更に空へと浮かび上がった彼女が。両の手に握り締めた凄まじい規模の水斬によって、美しい滝のよう流水を広範囲に薙ぎ払い、鎮めていく。
空間を埋め尽くす水蒸気。
今この場にまで跳ねてくる様な突風と水飛沫。
そんな風に水に濡れながらも、ラフォーレ・アナスタシアは瞳を閉じた笑顔のままに、空から落ちてくる愛娘を全身で衝撃を緩和するように膝を折りながらも受け止めた。
割れ物でも扱うように優しく、愛おしげに。
腕の中で笑う彼女の頭を、慣れた手付きで撫でながら。
「怪我は無いか、マドカ」
「ふふ、お母さん?それは私の台詞です」
「怪我などある訳が無いだろう、私はお前の母親なのだからな」
「もう、それは怪我をしてしまった私への当て付けですか?えへへ」
……ああ、本当になんて綺麗な母娘の姿なのだろう。
あの暴君の様なラフォーレも、娘の前では本当にただの母親の様な顔をして笑っていた。そして普段はリゼの先生でもあるマドカもまた、彼女の前では1人の少女の様に甘えていた。初めて見るこの2人の母娘の姿は、各々に個人で見ていた時よりもずっと綺麗で、美しくて、そして……
「羨ましいな」
それが誰の立場で、どの視点で、どんな行為が対象となっているのか、自分自身でもよく分からないけれど。それでもあんな風に、自分にも全てを打ち明けられる家族の様な相手が側に居たのなら……それを考えなかったと言うと嘘になることだけは確かだった。
ラフォーレ・アナスタシア……炎魔法に特化したスキル構成を持つ探索者であり、過去に何度か逮捕経験がある。しかし彼女の魔法による攻撃力は都市随一であり、その力を求めて何度も釈放がされている。一度は探索者認定が取り消される事態にもなったが、直後の"龍の飛翔"で大活躍したことから、ギルド側が諦めて他の探索者に向けての彼女に関する注意文を発令したことすらある(当時15歳)。母親としては割と真っ当。