無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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個人的にここまでが第一部という扱いです。


28.プロポーズ

オルテミスへの襲撃騒動が一旦の終わりを見せた後、街はそれまでとはまた違った騒々しさに包まれていた。

 

「おう!気合い入れろよお前達!探索者共が帰って来やがる前に準備段階までは確実に終わらせる!それとギルド長からも街の再設計の許可が出たからなぁ!この際だから南区画は全面作り直しくらいの勢いで掛かりやがれ!!」

 

「「「よっしゃぁぁあ!!!!」

 

街への被害は甚大の一言。

何よりも避難を優先させていた事とギルド職員の配置も早かった事もあり、幸いにも死人は出て居なかったとは言え、南部区画の家屋の大半が潰されてしまっている。そして焼かれてしまっている。それでもこの街において自身の家が破壊されたという事は、そこまで深刻な事ではなく、むしろ活気付く要因になるというもの。

 

「龍の飛翔で生まれた龍種が、稀にこの街に直接襲い掛かってくる事もあるんです。そうでなくとも以前は邪龍の一体の通り道でもありましたから、皆さん非常事態には慣れています」

 

「……なるほど」

 

「ですので、街の付近や地下には復興の為の資材が用意されています。こういった時の為にギルドや街の方々も日頃からお金を蓄えている訳ですし、そもそも数週間稼ぎ無しで生活する貯金すら出来ない様な方は探索者以外この街には住めませんからね」

 

「優秀な人間しか求めていないと言うより、優秀な人間で無ければこの街では生きてはいけないという事なのかな。そういう目で見ると、なかなかに厳しい街だ」

 

「一応その救いのために公共事業を発注しているので、臨時で建設業で雇って貰うことは可能です。もちろん技術職なので何の経験もなければ給料は安いですし、体力的にも大変ですが。そのために本業とは別に資格だけ取っている方も結構居ますよ、それもこの街で上手く生きていく方法の一つです」

 

皆がバタバタと街の復興の為に走り回っている中で、瓦礫に腰掛けてのんびりとそう話し合っているのはマドカとリゼだった。

久しぶりに直接会っての会話だというのに、2人とも目の前の街の光景を見ながら、変わらずマドカの講義の様な物が始まっている。

マドカの左足はまだ完治していない。リゼも大銃を最大威力で放った事による反動で休息が必要だった。エリーナに連れられて早速こき使われている"主従の花"の2人や、万が一の再襲撃の為にギルドで無理矢理に待機させられているラフォーレもここには居らず、ただ何処の現場に行っても邪魔になってしまいそうな彼等はここで静かに座っている。

 

「リゼさん。この街は今『世界一安全な場所』とも言われていますが、同時に『世界一危険な場所』とも言われています。それが何故か分かりますか?」

 

「え?……そうだね、恐らく『世界一安全な場所』とは単純な戦力の事を言っているのだろう。ここが陥落すれば、それ即ちこの世の全てが落ちるという事だろうからね」

 

「正解です。それでは『世界一危険な場所』とは?」

 

「……それこそ、龍の飛翔と邪龍の通り道だという理由ではないのかい?」

 

「龍の飛翔で街に龍種が直接乗り込んで来るというのも、実は最近はそう多くはありません。対策もしていますから。それに今はその邪龍の通り道では無くなっているんですよ」

 

「……?それなら、なぜだろうか?」

 

「丁度壁が崩れてここからでも見やすくなっていますね。ほら、あそこの島々が見えますか?リゼさん」

 

「島?」

 

マドカが指を刺したのは、街を囲んでいる白い壁が巨人によって崩落し、その先に広がっている青の地平線が沈みかけの夕陽に照らされて見えている空間。

そこには確かに緑の島々が浮かんでおり、リゼはそれを意外に思う。この世界の南端は海洋が広がっており、そこは様々な災害やモンスターによって生還不可能な場所になっていると聞いていたからだ。いまここから見れば穏やかな海でも、少し遠洋まで行こうとすれば忽ち海は荒れ、モンスター達が襲い掛かり、帰還者ゼロの記録を自らが更新する事になるだろう。……にも関わらず、あんな島がこの街の近くにあるとするならば、多少の開発は行われていて然るべきと感じたからだ。それこそこの街の探索者の力を持ってすれば、あんな島に渡るくらいならば簡単な筈で。

 

「あれ、邪龍の一体なんですよ。リゼさん」

 

「なっ!?あれが!?あの大きな島々が!?」

 

「【大竜ギガジゼル】と呼ばれる、この世界で最初に出現が確認された邪龍です。見た目はあの通り海洋で眠っていても巨大な島が作れるくらい、そしてギガジゼルは過去に記録されたどの龍種と比較しても先ず間違いなく最強の存在だと言われています」

 

「……一体どれほどの大きさがあるんだ、本体は」

 

「分かりません。ですがギガジゼルはこの300年の間に2度だけ目を覚ました事があります。その際には好みの岩石を食い漁りながら、周囲一帯をその余波で荒らし尽くしました。世界中に今もその痕跡が残っています。どの邪龍もギガジゼルが存在する場所にだけは決して近寄る事はありません。それこそが今この街が世界で一番安全であり、同時に世界で一番危険な街である理由な訳です」

 

「そういう、事か……他の邪龍が近付く事はないが、いつまたあの邪龍が起きて暴れ出すかも分からないと」

 

大凡50年前、ギガジゼルが2度目の目覚めを終えて眠りについたのがあの場所である。今やそこには新たな生態系が根付いており、ギガジゼルの脅威的な魔力を全く感じる事が出来ない存在だけがあの背の上で繁殖しているとされている。一切の刺激を禁じているが故に調査は殆ど行われていないが、数少ない上陸調査によって以前からギガジゼルの背で生活していた植物や動物が今もモンスターに襲われる事なく生存しているという。もし本当にこの世界で1番平和な場所を上げるとするならば、それは間違いなくギガジゼルの背中の上と言えるだろう。ただそこに人間が住めるかと言われれば難しく、彼はそれでもやはり邪龍であるのか、上陸調査の度に少しの動きが見られる事から、本能的に人類を拒んでいる可能性も高い。足踏み一つで村落を壊滅させるというまごう事なき最強の邪龍。それはそもそも倒すか倒せるかではなく、触れるべきではない、触れてしまえば間違いなく一度は世界の壊滅を引き換えにする必要があるという意味も含んでいる。この世界における真の絶望という物は、意外と近くで眠っていたのだ。

 

「……それで、マドカはなぜ突然そんな話を?何の意図もなく話し始めた訳ではないのだろう?」

 

「……確認がしたかったんです、もう一度」

 

マドカの視線は今も自分が消火し切れなかった炎を水系のスフィアで消して回っているギルド職員や"聖の丘"の探索者達の方に向いている。彼等も精神汚染の効果は多少受けており、治療院やユイから配られたポーションで多少はマシになっているとは言え、それでも疲れた身体のままに動き回っている。そんな彼等の手伝いを申し出れば直ぐ様に断られてしまった事を彼女は今も気にしているのか、それとも自分の怪我を悔やんでいるのか、その表情を窺い知る事は出来ない。

 

「リゼさんは……本当にまだ、この街で探索者を続けるつもりがありますか?」

 

「!」

 

「この少しの間でリゼさんもよく分かったと思います。この街における探索者という職業が、一体どれほど危険なものなのか」

 

「………」

 

「いつ滅んでもおかしくない街、いつ死んでもおかしくない職業、そして探索者になれば毎年必ず"龍の飛翔"に参加しなければならない。……今年の"龍の飛翔"でも既に十数人の探索者が死亡したと聞いています、熟練の探索者さんもその中には居たと」

 

「マドカ……」

 

「ただ生きるだけなら、もっと他に道はあります。リゼさんは優しいですし、美人ですし、きっと他の街でもすぐにいい人を見つけて幸せになれます。こんな街に居ても、こんな死に近い街に居ても、良いことなんて何一つありませんよ。どうしても探索者を続けたいとしても、せめて別の街に……」

 

「マドカ」

 

少し俯きながら一切顔を向けずそう言葉を並び立てる彼女に、リゼはただ名前を呼び掛ける。未だ彼女の表情は分からないし、どんな意図を持ってこの話を切り出したのか、本当の意味では理解出来ていないだろう。それにきっと彼女の言っている事は何一つとして間違っていない。

 

あんなバケモノを目の前にしても常に冷静に行動していた、まだ探索者として日が浅いはずのエルザとユイ。あれほど恐ろしく見えた巨人達を二体も相手に、たった1人で時間を稼いでいたというラフォーレ。そしてそのラフォーレの役割を変わりつつも、最後まで街の為に只管に走り回っていたギルド長。彼等はこういった事態に、ああいった未知の相手に、慣れていた。そして慣れていたという事はつまり、そういった経験を積んで来ているという事だ。この街で探索者をするという事は、そういった経験を何度も何度も積み重ねるという事と同義。

単にダンジョンに潜るだけなら、他の3つのダンジョンでもいい筈だ。むしろスフィアを3つも得た今なら他のダンジョンでも活躍は出来る。わざわざ邪龍が眠る近くの街に居る必要はない、わざわざ年に一度の頻度で強力な龍種と戦う必要はない、わざわざ龍神教が攻め込んで来る様な街で生活する必要はない。マドカの言う事は最もだ。

 

「……ただそれも、その対象が私で無かったら、の話に過ぎないよ」

 

「……?リゼさん?」

 

「マドカ、私も一つ言っておこう。どうやら私はこんな身体をしていながら、まだまだ保護者が居なければ生きていけない様なんだ」

 

「えっと……?」

 

リゼの意外な言葉に顔をこちらに向けて、困惑した顔で首を傾げるマドカ。けれどリゼからしてみれば、その言葉が全てだった。少しだけ座っている場所をマドカの方に寄せて、リゼは顔を近付ける。

 

「正直に言ってしまえば、私は他の街に行っても探索者を続けられる気がしない」

 

「そんな事は……」

 

「だってそこには、マドカくらい私の事を見て、心配して、思ってくれる人は居ないだろう?居たとしても、とても見つけられる気がしないよ」

 

「リゼさん……」

 

「マドカ、私はね、君との出会いを決して無かった事にはしたくないんだ。君との出会いは私の人生で最良の物だったと思っている、それこそ私の人生の全てをこの出会いに捧げてもいいと思えるくらいにだ」

 

「それは、少し重く考え過ぎではありませんか……?」

 

「それ程だったと私は実感しているよ。この街の危険性を加味してもまだ、ね」

 

「………」

 

きっとマドカは理解出来ていないのだろう。

理解出来る筈もない。

マドカからしてみればリゼのその考えはあまりにも重いし、むしろちょっと心配になるくらいの物だ。なんだったらそっちの説得をしてしまいそうになる。思い詰め過ぎだから考え直せと。自分との出会いに流石にそこまでの価値は無いと。

だがリゼが言いたいのは、正しくそこだった。

 

「私は恐らくだが、マドカと出会わなければこの街でも他の街でも生きて行く事は出来なかっただろう」

 

「いえ、あの、流石にそれは……」

 

「いや、実はそれはそんなに的外れな話でも無いんだ。なぜなら私は無知で、考えも甘くて、子供の様な未熟な心しか持っていない世間知らず。きっと直ぐに騙される。良い人を見つける前に、悪い人間に見つかってしまう。……マドカと会えないこの数日で、私が一体どれだけユイとエルザに助けられたと思うんだい?今思えば自分でも笑えないくらいだ」

 

単純、この出会いをなかった事にして、もう一度出会いのくじ引きをするのは、リゼにとってあまりにもリスクが高過ぎた。話の要点はそれだけだ。

街が危険でも、多少の危険に挑む事になろうとも、この街で最高の出会いをして、最高の環境を手に入れる事が出来た。それを捨てるなんて絶対に考えられないし、それが無い生活など今はもう考えられない。リゼの立場からしてみれば、これを手放す方が危険というくらいだ。そうでなくとも色々な意味で弱い人間なのに。

 

「マドカ、私はこの街で探索者を続けたい」

 

「!」

 

「そして出来るならば、君の近くで探索者をしていたい」

 

「……それは」

 

「分かっている、自分がまだまだ足りていないという事など。それでも、いつかは肩を並べる事が出来る様になりたいんだ。君の役に立てるくらいに、強くなりたい」

 

離れた場所から見ればプロポーズか何かの様に見えるそんな姿は、まあなんというか本当に、近く見れば子供というか、未熟というか、とてもプロポーズが出来る様な立派な女のそれではなくて。……そして、それを受けている女の顔も、ほんの少しだってプロポーズを受けた側の人間に相応しい物ではなくて。

 

「……ずっと側になんて、居られませんよ。だからいつかはリゼさんにも、友人を作って、クランに入って、私が居なくても幸せになって貰わないと」

 

「酷いな、いつかは私を捨てる様な言い方だ」

 

「捨てちゃいますよ?今までの人達だって、ある程度自分で生活出来る様になったら自立して貰っています。私もいつまでも自分以外の事に目を向けていられる訳ではないですから。リゼさんにも私なんかじゃなくて、もっと沢山の人を知って、沢山の人と関わって欲しいです。そうすれば分かる筈なんです、私なんてリゼさんがそこまで気に掛ける程の立派な人間では無いと」

 

もしこれをプロポーズと仮定するならば、きっと彼女は見事に振られてしまったのだろう。申し訳なさそうに、そして悲しそうに、それでも笑顔を浮かべながらそう言葉を伝えたマドカに対し、リゼは何故かそれ以上の事を言う事が出来なかった。その言葉を否定する事なんて容易かったのに、それでも自分の主張を通そうとすれば簡単に出来た筈なのに、それなのに……

 

「リゼさん、明日からはクランを探しましょう。探索者さん達も直ぐに帰って来る筈ですから。……なにより、リゼさんが幸せに生きる事の出来る場所を探す為に」

 

突き付けられたマドカとの別れに、喉を締め付けられ言葉を発する事が出来なかった。




4つのダンジョン……最初に3つのダンジョンが見つかり、最後にこのオルテミスのダンジョンが見つかった。それぞれのダンジョンに特色があり、環境が全く異なる。その中でも特にシステム的なのがアルテミスのダンジョンであり、スフィアが見つかるのもこのダンジョンだけである。基本的に龍種との戦闘の方がレベル上げの効率が良いことからオルテミスの探索者達が最も平均レベルが高いが、しかしだからと言って他のダンジョンに価値がない訳ではない。オルテミスのダンジョンは人気は高いが、ある程度ここでレベルを上げて他のダンジョンに流れていく探索者も一定数居る。
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