無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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34.1日2回のダンジョン生活

 

「……情けない」

 

ベッドの上で仰向けに横たわりながらも、ポツリと一言呟き萎れる。

天井に映し出されたダンジョン内の映像を虚な目で見ながらも、あまり美味しくない飲みかけのポーションを近くの机に置いた情けのない女の姿。

普段ならば人々が夕食を食べているその頃、彼女はただ怠惰な時を過ごしている。というか、過ごさざるを得ない状況になっている。

 

「はぁぁぁあ…………」

 

最後の一撃の反動と、帝蛇の度重なる攻撃によって内臓を損傷していた彼女は、最低限の食事と手渡されたポーション以外の飲食を禁止されてここに居た。

 

「また、勝てなかったぁぁ……」

 

投影のスフィアで映し出されているのは、クランの勧誘をしている1人の男の姿。まだまだ作り立ての小さなクランの勧誘を必死になって行なっている男の姿は、見方によっては少しばかり情けなく、仮にもクランの長を務めるのならばもう少しカリスマがあって欲しいところと思うほど。

しかしそれこそ、これからクランを作り上げようとしているこの女も自分の部屋だからと言ってもみっともない格好(汗流し後の下着姿)で寝そべっているのだから、大して人の事は言えまい。

 

 

……結局、あの後リゼが放った弾丸はカイザーサーペントの頭部に対して直撃した。しかし、それはあくまで直撃しただけに過ぎず、それで命を絶つ事までは出来なかった。

当たったのは敵の上顎だった。

上顎は吹き飛んだものの、生命力の強いカイザーサーペントはそれだけで死ぬ事はない。怒りと苦痛によって余計に暴れ回ってしまい、狙撃の反動でリゼななす術もなく殴り飛ばされた。そうして殺され掛けていた所を、追い付いたラフォーレの超火力炎弾によって今度は纏めて吹き飛ばされる。

そしてその後、彼女は力無く倒れ伏すリゼに対して何の容赦もなくこう言い捨てたのだ。全身ボロボロで精神的にも困憊しているリゼに向けて、本当に何の容赦もない一言を。

 

『行動が遅い、判断が悪い、ツキも無い。文句無しの不合格だ、出直して来いゴミ』

 

立てない身体を樽のように担がれ、スレ違う探索者達にジロジロと見られながらも、地上に上がって直ぐに治療院の中に乱雑に放り投げられる。それを見ていた治療院の女性が慌てて身体を起こしてくれたものの、ラフォーレはそれ以上は何も言う事はなく去っていった。

今日の稼ぎはなんと35000L、そこから治療費なり何なりを引いても+25000L。普段の3倍近い稼ぎである。それもラフォーレが倒したモンスターやカイザーサーペントの魔晶を含めているのだから当然で、資金調達をしたかったリゼとしては素直に嬉しい事でもあった。しかもレベルも1つ上がって12となっている、順調過ぎる成長速度。

今回の一件、確かに得る物は沢山あった。

……しかし何より、またラフォーレに情けのない姿を見せてしまった事がなにより悔しい。見返すどころか証明する事すら出来なかったのだから。

これではマドカにも胸を張って報告する事は出来ないだろう。貴重な弾丸を1発使っても倒せなかったのだから、探索者ではなく1人の狙撃手としても情けない。

 

「……はぁ、もうやめよう。いつまでも反省会をしていても意味が無い、寝るまでの間にこのクラン勧誘だけは見ておかないと」

 

後悔しても、今からではどうにもならない。

むしろ色々と成長した事を喜び、クランを作る為に反省会をしている余裕も無いということを自覚すべきだ。

取り敢えずはこの投影されたクラン勧誘は良い見本にはならなさそうなので、反面教師としてこうはならないようにと見ておく事にする。

 

『え、えっと!僕達のクランでは少数精鋭で、それこそ"紅眼の空"の様な形を目指していて……!それで!』

 

「……ん?」

 

そんな時だった、リゼが何かに気付いたのは。

今も色々と頭を回して同じ様な事を何度も言っている彼の背後。恐らくダンジョン7階層の入口付近だと思われるそこで、背後の森の中に動く影を見つけたのだ。

クラン勧誘をしている彼等は気付いておらず、大きさからしてもあの辺りに住んでいるモンスターの物とは思えない。

ならば普通に別の探索者かと思えば、それは歩くにしては少しばかり遅過ぎるのではないかと思う様な速度で不自然に草花を揺らしており、何となく不安な印象をリゼに齎す。

 

「……まさか、怪我をした探索者だろうか。しかしこの様子では、クラン勧誘をしている彼等は気付かないだろう。かと言ってこれを見ている者などそうは多くはないだろうし……」

 

微かに映る頭の影はユラユラと、そしてフラフラと揺れている。モンスターではない頭身、けれどそこには確かに沢山のモンスターが生息している。危険である事は、まあ間違いないだろう。今スフィアで映し出されている彼等がそれに気付いてくれる可能性も十分にはあるだろうが、気付かない可能性もまた十分にあって。

 

「………よし」

 

一瞬思考を巡らせるために目を瞑るが、そんな事をしていても別に大した考えが浮かぶ訳でもない。勢い良く身体を起こし、掛けてあった明日の為の服を着ると、普段持ち歩くバッグと大銃を担いでリゼは部屋を出た。

杞憂で済むのならそれでいい。

しかしもしこれで死者が出ていたら、それこそ明日から自分は駄目になってしまうのだから、その可能性を考えれば少しくらい身体が痛かろうがなんだろうが関係ないだろう。

 

「……という訳で、遅い時間で申し訳ないのだがダンジョンに入りたい。許可は貰えるだろうか」

 

「ええ、そういう事でしたら。……ですがおかしいですね。今この時間、1人でダンジョンに潜っている方は誰一人として居ない筈なんです」

 

「なに?」

 

そうしてギルドに走って来たリゼが事情をギルドの受付のエッセルに話すと、やはり今日までの信頼もあってか意外にもすんなりとダンジョン侵入の許可は降りた。

これだけは間違いなくリゼの築き上げた信頼である。どんな時もマドカの弟子である事を自覚して模範的な行動を行なって来た、彼女の成果と言える。最初の行動故に少しの抵抗感を抱かれてしまっていたエッセルからもそう思われているのだから、それは本当に大した事だ。

 

「という事は、既に犠牲者が1人以上は出た後だと……?」

 

「分かりませんが……こちらでも治療院に連絡を回しておきます。それと手の空いている探索者に声を掛けて7階層とそれ以降の確認を依頼しますので、この赤い布を腕に巻いて貰っても構いませんか?同じ様に赤い布を腕に巻いた探索者を見つけたら、情報提供をお願いします」

 

「分かった、対処する。取り敢えず私は7階層に直行しようと思うが、何かギルドの正式な依頼だと証明出来る物は貰えたりするだろうか?道中の探索者にも聞き取りを行いたい」

 

「それこそ、その腕の赤い布が証明になります。緊急事態対処中の探索者が身に付ける物なので、恐らく他の探索者方も気に掛けて下さるかと」

 

「なるほど……承知した、行ってくるよ」

 

「はい、お気を付けて」

 

緊急事態に対するエッセルのその慣れ様には感心するばかりではあるが、走り出したリゼの内心に宿っていたのは、やはり彼女が自分の言葉を少しも疑う事なくサポートをしてくれたという事実に対する嬉しさである。もちろんエッセルにしてみれば自身の憶測で犠牲者を出さないための経験則に基づいた行動でしかないのだが、それでも小さな事で揺れ動くリゼの心を補強するにその事実は大きかった。

 

『ガァアァア!!!』

 

「邪魔!」

 

1階層に突入直後に襲い掛かって来たワイバーンを最高のカウンターで頭部を叩き付けて撃ち落とし、そのまま2階層に向けて走って行く。未だ残っている身体の痛みは今もまだ続いているが、それを手持ちのポーションを1本強引に飲み干して誤魔化し、大銃に1発弾丸を詰めて5階層に向けて直走った。

胸の内にあるのは高揚感と焦燥感、けれど何故かそれは決して戦闘に対してマイナスに働く物ではない。妙に物が良く見えて、敵の動きに対して自分すべき事がよく分かって、頭がスッキリとしていた。

 

「威力は……最低でなければ帰りが保たないかな」

 

襲い掛かって来るドリルドッグを薙ぎ払い、眠っているグランドアリゲーターを踏み台に飛び越え、4階層で偶然にも道から少し離れた所をマッチョエレファントが歩いている事を確認して安堵してから、リゼは5階層に飛び込む。

 

『グルァァァア!!!!!』

 

「悪いけれど、今ばかりは近接戦闘をしていられる余裕は無いんだ」

 

『ガァッ!?』

 

5階層に走り込むと同時にいつも通りこちらを警戒していたワイアームを視認し、スライディングする程の勢いで座り込み構える。この程度の距離でスコープなど覗く必要も無い。ただ感覚に任せて銃口を調節し、引き鉄を引くだけ。

たったそれだけ。たったそれだけの事で、あれほどリゼを苦しめたワイアームの頭部は吹き飛んだ。

これではきっと経験値なんて少しも入る事は無いだろう。この魔晶を持って帰ったとしても弾の費用を考えると大赤字だ。

けれど、今はそれでも良かった。

人の命は金では換えられないのだから。

ワイアームの好敵手であるリゼ・フォルテシアは、狙撃手ではなく探索者のリゼ・フォルテシアなのだ。狙撃手のリゼ・フォルテシアの好敵手は、つい数時間前にカイザーサーペントという怪物が居座ったばかりである。

 

「っ、結局他の探索者とは会えなかったか。こうなるとクラン勧誘をしていた彼はまだ同じ場所に居る筈だ。……いや、それよりも見掛けた場所に走ろう。先に彼等が見付けてくれているのならそれでいい、怪我の状態によっては1秒だって時間の余裕は無い」

 

ダンジョンの7階層にはモンスターが存在している。仮に怪我の状態で彷徨いているとするなるば、その血の匂いはパワーベアを筆頭にしたモンスター達を引き付けてしまう。

現状のリゼではこの階層のモンスターを複数相手取るのは難しい。せいぜいパワーベアと1対1でならユイから習った戦闘術で対処出来るだろうが、これが2体同時となれば流石に苦しくなる訳だ。

リゼはとにかく映像に映し出されていた場所まで走り、既にそこから居なくなっていたクラン勧誘者に一瞬の気を割きながらも捜索を続ける。

 

「確か、この辺りの木々が揺れて……っ、足跡!やはりここか!そして足跡が残っているという事は、まだこの近くに居るということ!」

 

ダンジョンの形跡は時間と共に元の姿に戻っていく、それは足跡一つでさえもそうだ。それが未だ残っているという事は、この足跡はかなり新しい物であるという証左。その人物はあの時映像で見た時から殆ど移動出来ていないという事であると判断出来る。

 

「誰か!誰か居るのか!居るのなら近くの草木でいいから揺らしてくれ!声を上げられなくともそれでいい!!」

 

この森林地帯で大きく声を上げるという事は、茂みに潜むモンスター達に自分の居場所を知らせる自殺行為と同じである。しかし一刻を争う今、リゼは大銃にもう1発弾を込めながらも声を上げた。最悪の場合でも、もう1発使えば大抵の状況は何とかなる。足跡の主の血痕は無くとも、全く移動していないという事実に焦燥感が増したのだ。一度心が動いてしまえば、リゼはもう止まらない。

 

ガサッ

 

「!そこに居るのか!」

 

もしかすればそれはモンスターが立てた音だったかもしれない。けれど必死になってしまっていたリゼはそれに対して無防備に飛び出して、即座に確認へ走ってしまった。もし近くにマドカや他の探索者が居れば叱っているであろうその行動だが、今日は悉く運に見放されていたリゼ。それが報いたのか、今ばかりは彼女の運は悪くなかった。

 

「……少女?」

 

草むらの陰で木を背中に預けて横たわっていたのは、1本の奇妙な形状をした銀色の槍を手にした、ただ真っ黒のローブを身体に巻き付けているだけの羊毛色の髪の少女。土に汚れ小さな切傷がいくつか生じている素足の彼女は、疲労故になのか静かに寝息を立ててそこに居た。

 

「っ、取り敢えずは森を抜けて入口の方へ!安心は出来ないがここに居るよりはマシだ!」

 

いつフォレストスライムが落ちて来て、いつハウンド・ハンターが群れで襲い掛かって来てもおかしくない現状。今はとにかくこの視界の悪い場所から抜け出す事が最善。

リゼはそう考えて彼女を肩に抱えると、彼女の持っていた槍を右手に立ち上がった。槍など使った事もないが、何も無いよりはずっと良い。

入口への方角は覚えている、少し深くへ入ってしまってはいたが、そこまで遠い訳でも無い。リゼはとにかく走り、森からの脱出を目指そうとする。

 

『『グルルル……』』

 

「っ、ハウンドハンター……!やはり来たか!」

 

けれどやはり、森の中で大声を出すなどという愚行をした人間を住人達は簡単には逃してくれない。

見た目は狼と変わらない姿をしていても、身体に赤い線がいくつも走っている白色のモンスター。群れで行動し、口内から風弾を射出する力を持つ異形の生物。

リゼが走る獣道を、2体のそれが立ち塞がる。

人1人を運んでいるこの状態で風弾など撃たれてしまえば、無事に避けるのは至難の業となってしまう。

 

『ハウンドハンターに対しては先手必勝です、決して相手のペースを作ってはいけません。風弾による消耗作戦に移行される前に、勝負を付けるんです』

 

リゼはマドカのそんな言葉を思い出す。

森の茂みと俊敏な動きを利用した風弾による消耗作戦、それがハウンドハンターの主な戦闘スタイル。それを封じ込めるには何より、先手で敵を殺すのが手っ取り早い。

 

「ふっ!!」

 

自身の筋力を極限まで発揮し、その重たい銀色の槍の尻を掴みながら、攻撃範囲をギリギリまで伸ばして片方のハウンドハンターの頭部目掛けて突き込む。予想もしていなかった攻撃範囲はさしもの森の狩人達でさえも反応する事は出来ず、突き込まれた片割れは何の抵抗もする事なくその場で息絶えた。

 

『グルァァアッ!!!』

 

「俊敏な動きなど……!!」

 

木々を跳ね返る様にしてリゼの周囲を飛び回りながら風弾を放とうとする、もう片方のハウンドハンター。なるほど確かにその速度でそれ程細かに動かれれば、視界の悪いこの空間では対処出来る者は少ないだろう。特にまだ低レベルの探索者程度ならば、ハウンドハンター単体でも簡単に狩れるはずだ。

……しかし、今目の前にいる探索者は違う。

彼女にしてみれば、その戦闘スタイルは格好の的でしかない。あまりにも目の良い彼女にとって、その程度の動きはむしろ自分にとって都合の良い物でしかなかった。

 

「……そこだ!!」

 

『キィウンッ!?』

 

背後に現れ風弾を射出しようとしたハウンドハンターの口内に向けて、完璧に全ての動きを目で追っていたリゼは容易く振り返り槍を突き入れる。

仮にハウンドハンターがもう一体いれば話は別だったかもしれないが、最初に1体になってしまった時点でリゼに敵う筈は無かったのだ。パワーベアの様なタイプが相手ならば話はまた変わっていたかもしれないが、速度重視の相手にリゼが負ける事はそうそう無い。

 

『グゥォオオオオ……』

 

「……などと、思った先から現れるのか。参ったなこれは」

 

少しの休みを与えてくれる事もなく、大きな足音と共に木々の間から姿を表したパワーベア、そして仲間の死をかぎつけてか続々と集まって来るハウンドハンターの群れ。幸いにもフォレストスライムの姿は無いものの、自分が次第に囲まれ始めているのをリゼは察知する。退路が着実に減らされている。

 

「……絶体絶命、か」

 

肩に背負った少女はまだ起きない。この状態では大銃も撃つ事は出来ない。頼りになるのは右手のこの奇妙な槍だけ。

 

「まあ、やるだけはやってみるとしよう」

 

それでも、やはり生真面目なリゼが諦めたり見捨てたりする事は決してない。バッグと大銃をその場に降ろし、少女を筋力と体格の良さを利用して強引に抱き抱えながらも、槍の矛先をスッとパワーベアに向けて突き付けた。

 

「カイザーサーペントと1対1でやり合わされるよりは、随分と楽な状況かな」

 

リゼのその言葉と同時に、モンスター達は一斉にリゼに向かって襲い掛かった。




風弾……ワイアームやハウンドハンターが得意とする攻撃であり、空気弾とも呼ばれる。単に息を強く吹き付けているのではなく、魔法の一種である。殺傷能力は低いがノックバック効果が強く、無色であるために防ぐのが難しい。ワイアームはこの攻撃によって敵を怯ませ、直後に体当たりなどで本名の一撃を叩き込む。ハウンドハンターは最初の一撃で隙を作った直後、複数の個体で集中攻撃を行う。敵のモーションなどから発射タイミングや着弾位置の大凡の予想が出来るが、強化ワイアームはその弱点を克服しており、対処が難しい。
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