今だけはワイアームに感謝したいと、場違いにもリゼはそう思った。
襲い掛かって来るハウンドハンターを串刺しにし、直後にそれを風弾を溜め込む個体に向けて投げ付ける。力任せに腕を振り下ろすパワーベアから距離を取り、カウンター気味にその腕を突き刺すと、今度は槍と筋力で強引にその場から飛び上がり、パワーベアの身体を踏台に飛び回るハウンドハンターの一体を蹴り付け、風弾をもう一つ叩き潰す。木々による視界の悪さも決してリゼにだけマイナスに働くものではなく、むしろ山育ち故にこの環境に慣れている彼女にとっては知能の無い獣達相手にはプラスに働いていた。
ただ目に付く相手を殴り付けるパワーベア。
馬鹿の一つ覚えの様に木々を飛び回り、風弾ばかりを撃って来るハウンドハンター。
風弾の使い方ひとつにしたってワイアームの方がよっぽど厄介だった。パワーは同じでも、ワイアームの方がパワーベアよりよっぽど上手い使い方をしていた。数は居ても、能力はあっても、目の前のモンスター達にはそれを十分に活かすことの出来る知能が無かった。
『貴様は才能をドブに捨てる天才か何かか?』
ふとラフォーレのそんな言葉が頭を過ぎる。きっと彼女からすればリゼも目の前の獣達と同じ様に見えていたのだろう。力はあっても、それを有効に活かす頭が足りていない哀れな存在。
もしかすれば単純な力の使い方で言えばリゼよりもワイアームの方が上手いかもしれない。そう考えると先程は兵器の力で強引に殺してしまったものの、やはり彼は何よりリゼの好敵手に相応しいのだろう。
しかしリゼがそんなくだらない事を考えている内にも、敵の勢いは増していた。
「くっ!パワーベアは二足歩行が基本、狙うのは金属のない関節部……!!」
以前にユイから直接教えて貰ったそれを、リゼは今正に実行し、パワーベアの右足の関節部をすれ違い様に引き裂く。
槍など生まれてこの方一度も使った事は無かったが、十分な筋力のあるリゼにとっては思いの外使いやすい武器だった。そもそも大銃を鈍器のように使っているリゼにとっては大抵の武器が使い易いに決まっているのだが、それでも大振りの出来ないこの環境であっても槍は十分に仕事をしている。
「これでパワーベアは実質的な戦闘不能、あとはハウンドハンターのみ。敵の数は……6かな」
『グゥォオ!!』
「っ!?」
顔を掠める石の弾丸。
間一髪の所で避けたそれは、今丁度戦力外に加算してしまったパワーベアが放った物。単なる石であってもパワーベアが放れば弾丸と変わらない。これならばむしろ近接戦闘にしか頭を割けない様にしておいた方が楽だったのかもしれないと思う程の威力で、それは飛んで来た。
(落ち着け、落ち着くんだ……大丈夫、まだ何とかなる。炎打のスフィアは使えない、炎打は汎用性は高いが刃物には付与されない。かと言って拳も今の状態では使えない。そもそも炎打のスフィアがあっても何の意味が……っ!)
『グルァァアッ!!』
「くそっ!」
幾つもの風弾が四方八方から放たれる。木を盾にして、全速力で飛び退いて、それでも対処出来ない物を強引に槍で叩き落として吹き飛ばされる。幸いにも致命的な怪我にはなっていない、しかしカイザーサーペント戦での怪我はまだ治っていないし、動く度に痛みが強くなって来ているのが感じ取れる。
背後から近接を挑んで来た1匹のハウンドハンターに回し蹴りを叩き込み、木に打ち付けた所を槍で刺す。
「ぐあっ!?」
しかし直後にパワーベアが放った石の弾丸がそのコントロールの悪さ故に思いもよらぬ跳ね返りを見せ、幾分か威力を弱めた物であってもそれがリゼの左足に直撃した。
思わず膝を突き呻くリゼ。
そして動きを止めた獲物へと残った5匹のハウンドハンター達が襲い掛かる。
「……!!『回避』!!」
こういう時のために取っておいた、しかしこの狭い木々の中では使いたくなかったそのスフィアを、リゼはここぞとばかりに使用する。
左足を負傷し蹲み込んでいようとも容赦なく自身の身体を後方へと吹き飛ばす『回避のスフィア』。
「うぐっ」
抱担いでいた少女を胸に抱き抱える様に持ち方を変え、背中を木に強打した衝撃を一心にその身に受け止める。一瞬息が止まる程の勢いで衝突したリゼは、そのまま倒れそうになる身体を無理矢理に叱咤して立ち上がった。
幸いVIT(耐久力)には恵まれている。
苦痛さえ我慢すればまだやれる。
消耗して来ているのは敵も同じだ。
常に飛び回り続けるハウンドハンター。
足から大量の体液を垂れ流しているパワーベア。
先に気を逸らした方が負ける。
そんな事はこの場にいる他のモンスター達ですら理解している。
「う、うぅん……」
「……あ、あはは、今目を覚ますのかい?」
「あの……私、あれ……?」
「すまないが、今はそのまま大人しく私の腕の中で眠ってくれていると助かるかな、お姫様。何分私も余裕が無くてね」
「えっ?あ……モンスター……!?」
「っ、『炎打』!!」
「ひゃっ!?」
何故かこの最悪のタイミングで腕の中で目を覚ましてしまった少女に構っていられる余裕も無く、リゼは一瞬目を背けた瞬間に襲い掛かって来たハウンドハンターの攻撃を地面に突き刺した槍で防ぎ、そのまま『炎打』を纏った右の拳で顔面を撃ち貫く。
しかし左足の踏ん張りが効かず十分な威力が出ていなかったのか、その命を絶つ事までは敵わなかった。
もう一度槍を引き抜き、別個体の追撃を逸らしながら背後へと下がっていくリゼ。
「くっ、流石にそろそろキツいか……!」
「あっ、あの!あの!ど、どうして私はこんな所に!?それに私、あの、えっと、あれ……?」
「すまない!その話はまた後で聞かせて欲しい!……リロードは済んでる、最低威力なら片手でも1発は撃てる。直後の腕の痺れは回避と蹴技で誤魔化すとして、いや、それよりポーションを飲んだ方が早いか?そういえばポーチに予備のポーションがまだ幾つかあったな、この際それも全て使い切って逃げるのも視野に入れて……」
極限の命の取り合いの中、リゼの集中力は増していく。脳の中では整理できない事を言葉にして組み立て、スキルを使って周囲の木の位置から敵の位置まで見据えルートと動きを作り込んで行く。足の痛みも必死さ故に忘却し、スキルも利用して全力で頭を回していた。
彼女のそんな様子に、抱き抱えられていた少女も思わず困惑を隠して口を閉じる。
「耳を塞いでくれ!しっかりとだ!」
「は、はい!!」
「『回避』!」
作り上げたルートに沿って、背中を向けて回避を発動させる。吹き飛んだ場所に聳え立つ木に今度はしっかりと受け身を取り、直ぐに方向転換をした。捨て置いていた自分の鞄と大銃のある場所へと槍を放り投げれば、空いた右手で回復に努める。
腰に付いていたショルダーから予備のポーションを全て取り出して飲み、左足にも雑に振り掛け、とにかく足を動かし目的の場所に辿り着いた。コンディションは悪くない。状況もまだどうにかなる。
「狙いはパワーベア……だけじゃない」
慣れた手付きで大銃の調整を行い、その凄まじい大きさの銃を片手で持ち上げて更に位置を変えていく。
パワーベアを狙う事は間違いない。
しかし、この1発でただパワーベアだけを狙うなどという大盤振る舞いなど誰がするものか。
残り5体のハウンドハンター。彼等がどう行動し、何処に追い込めば釣られてくれるのか、リゼはそこまで見据えてここに居る。極限まで追い詰められた彼女は今やもう探索者ではない、1人の狩人だ。
「………」
パワーベアと自分の間にハウンドハンター達を挟む様に位置取り、いつでも木々に引っかかることのない様に銃口を下げて走り続ける。事前に木の位置を確認して、ある程度自由に動ける範囲は頭に入れていた。とは言っても時間の余裕も確認しておいた範囲もそう大きくは無い。後は正直もう全部運任せだ。
……だだ、それほどに余裕のない状況であったとしても、彼女はここで焦って全てを台無しにしてしまう様な程度の低い狩人ではない。機会がなければまた作れば良い、この機会を活かす事ばかりを考える必要はない。狩人の彼女はそう考える。
それでももし、その機会が狙い通りに巡って来てくれるのであれば。
「マーキュリー・イェーガー」
その機会を逃す事など、絶対に有り得ない。
――――――――――――ッ!!!!!!!
「っ!?す、すごい……」
僅か一瞬。リゼとパワーベアの間に3匹のハウンドハンター達が偶然にも入り込んだその一瞬を、リゼは決して逃す事なく自身の愛銃で撃ち抜いた。
木々の間を走り抜ける為に下を向けていた大銃を蹴り上げ、全身の筋肉を限界まで振り絞りながら銃口を安定させ、胸に抱えている少女の存在すらも利用する様に強く抱き締めて。正に神技とも言える様な曲芸染みたそんな一瞬の銃操作を、リゼは今この瞬間に完璧に成功させたのだ。
普通の人間から実際にその目で見ても信じられない様なその技術、決して知能の高くないモンスター達では避けられる筈も無い。狙撃銃で抜き撃ちを行う様なバケモノに、獣である彼等が敵う筈もない。
『……ッ、クゥウン』
『グルルルゥゥ……』
「まだやるのかな、いくら私でもたった2匹を相手に負けたりはしないよ」
『……………』
「……………」
残った2匹のうち、恐らくはリーダー格である1匹に銃口を突き付けてリゼは睨み合う。
正直に言えば身体は限界に近い。
弾丸ももう入っていない。
それにいくら最低威力とは言え、これほど酷使した腕で撃ち放った。ポーションを飲んでも、そこまで効能の高い物では無い。全身はガタガタで、実際に目の前の2匹が襲い掛かって来れば本当に腕の中の少女を守っていられる余裕も無くなる。
……故に、これは威嚇でも警戒でもなく、交渉と駆け引きだった。
獣と人が交わせる、唯一の意思疎通。
死ぬか、生きるか。
最も原始的で、最も単純な、そんな話。
『グルッ……』
「……そうか、助かるよ」
そして幸いにも、本当に幸いにも、ここまで生き残った彼がリーダー格の存在であったが故なのか、彼は冷静な判断を下してくれた。
もう一方のハウンドハンターに目を向けて、そのまま森の茂みの中へと去っていく。しかしリゼもその姿が完全に消え失せるまでは気を抜く事はない。
「あの……ひゃっ!」
「もう少しだ」
そうして草木の揺れる音が消えると同時に、入口へ向けて全力で走り始める。大銃を肩から掛けて鞄を拾い上げ、突き刺さったままの槍も持って、ただ森から抜け出す事に尽力する。
この森の中でゆっくりと歩いていられる時間など無い。せめて入口に行けば何とかなる筈なのだ。援軍となる探索者も、追って来ている筈なのだから。
「っ、漸く、出口……!!」
「リゼ・フォルテシア!頭を下げろ!」
「うっ……!」
「『雷弾』!!」
『ーーーーーッ!!!』
森の出口に足を掛けたその瞬間、叫び込まれた言葉に従って頭を下げたリゼの頭上に、一発の『雷弾』が凄まじい勢いで叩き込まれる。
『雷弾』特有の攻撃速度、何の声もなく自身の後方へと吹き飛んでいく何か。振り返ればそこにあったのは、焼け焦げた緑色の流動体。
「フォレスト、スライム……」
「……フォレストスライムは通りの出入口付近に巣を作る事が多い、最も獲物が通る場所でもあるからな。人通りが少ない時には気を付けるといい」
「貴女は……」
「まずはこっちに、そっちの少女の怪我は?」
「い、いえ、私は……」
「とにかく診せてくれ」
水色の長髪、整った美貌、そしてエルフ特有の少し長めの耳。リゼはその人物を知っている。その優しくも厳しい人物を、そしてただ聖人ではないその人物を、リゼは知っている。
「カナディア・エーテル……」
「ああ。……どうやら君も、大概トラブルに巻き込まれ易い性をしている様だな。まさか昼にラフォーレに捕まったかと思えば、夜は森の中で大乱闘とは」
「な、なぜそれを……?」
「あのラフォーレが君を担いでダンジョンから戻って来たんだ、少しくらい噂にはなる」
「そ、それはもしかしてマドカにも……?」
「当然だな」
「うわぁ……」
「くくっ、そう恥ずかしがる事でも無いだろうに。よく頑張ったな、なかなか駆け出しの探索者に出来る事ではない」
「……!」
雷弾と少しの火薬を使い、小さな焚火を作って薄着の少女を温めるカナディアは、同時にリゼのボロボロの様子を見て笑う。
そこには少し前に見た時の様な堅い表情の彼女ではなく、まるでマドカの前で話している時の彼女の様な柔らかい顔を浮かべていた。それが少しだけ意外で、そんな惚けた顔を見られてしまったのか益々笑われてしまうのだから恥ずかしい。やはりカナディア・エーテルは美人なのだ、美人揃いのエルフの中でも相当に。そしてリゼは分かっている通り、美人に弱い。
ポーション……回復薬(ポーション)には色々なものがあるが、1つだけ気を付けなければならないことがある。それは液体のポーションは即効性があり様々な使い方が出来るが、保存しておくガラス管の方が割れ易いことである。もちろん普通のガラスは使っていないが、強力なモンスターの攻撃に対しては無力である。しかし保存期間や状態、諸々の条件を考えた上で現在の保存方法が最適であり、一時期金属容器での保存も流行ったが、容器が数日で腐食し始めることが発覚してからは元の保存方法に戻った。固形のポーションも存在しているが、クソほど不味い。