ダンジョン6階層。
7階層以降と同様の森林地帯にも関わらず、一切のモンスターが存在しない事もあり、何となく静かで、何となく穏やかで、5階層から流れ出る風に揺れる木々の音でさえも心地良く感じるこの空間。
そんな階層の入口近くで簡単に火を焚きながら傷の手当てや事情聴取を行なっている3人は、少なくともリゼは、マドカも信頼する様な上級探索者が救援に来たという事もあって素直に心を休めていた。
「……そう言えば、君は薄着だったか。私の上着をどうだろう?」
「いえ、そんな……!」
「そんなボロボロで泥や血に濡れた上着を渡されても困るんじゃないか?」
「え、あ……!す、すまない!私とした事が……」
「あ!違うんです!私別にそういう意味じゃ!」
「くくっ、なかなか初々しい反応をするな、君達は」
「あ、あまり揶揄わないで欲しいのだが……」
「いえ、その……」
カナディア・エーテル。龍殺団の副団長であり、あのマドカと恐らく最も親しい探索者の1人。
しかし意外と意地の悪い所があるらしい彼女は、けれどもしかしたら空気が重くならない様に努めてくれていたのかもしれない。
思いっきり切り傷だらけのリゼはさておき、薄着の彼女はマントの下に大きな怪我をしているという事もなく、カナディアも色々と確認をしていたが特に何の問題もない健康体の様だった。
ついでにリゼも効能の高いポーションを受け取り傷口に塗り始めるが、パワーベアの投石によって負傷した左足は骨に少しの損傷があるらしく、カイザーサーペントによる内臓損傷はやはり悪化している。恐らく戻れば直ぐ様に治療院行きだろう。その事も見越してなのか、カナディアも今は何か特別な処置をするつもりは無いらしかった。そもそもVIT(耐久力)が高いのだから、帰りを歩くくらいは出来るのだし。
「さて、一応聞くが、他に救助が必要な人間は居ないのだな?」
「私が認識しているのは彼女だけかな。君は何か……ああいや、まだ名前も聞いていなかったか。自己紹介を頼めるかい?」
「えっと……」
「「?」」
何故か自己紹介を促すと困った様な顔をする少女。
ふんわりとした羊毛色のミドルヘアは先の方に行くに連れて白色が混じり、一重の目が特徴的なこれまた美人顔。着実にリゼの周りに増えていく美人達の中にまた1人増えた様な形になるが、それより何かしら事情を抱えている方が気になる彼女。
カナディアが言う通り、リゼは案外トラブルに巻き込まれ易い体質の様だった。そうなれば、きっと彼女が抱えている事情もそれなりのはずで。
「私、記憶が無いんです……」
「「!」」
困った様にそう言う彼女は、けれど申し訳なさの方が大きい様な表情をしていた。
「記憶が無い、と来たか……」
「具体的にはどの程度の話なのだろうか?」
「……分かりません。何かこう、思い出そうとすると頭に靄が掛かると言いますか」
「ここが何処かは分かるか?」
「ダ、ダンジョンですよね?多分、オルテミスの」
「何故そう思う?」
「モンスターが居るダンジョンはオルテミスかグリンラルの物しかありませんから。それに……カナディア・エーテルはオルテミスで活動している探索者だと」
「その知識が何処から得た物か思い出せるか?」
「……ごめんなさい、思い出せません」
「ふむ……」
話を聞いて考え込むカナディアを他所に、リゼはなんとなく視線を合わせてくれない少女に首を傾げる。どうにもこう、チラチラと相手の方から視線を向けて来る事はあるのに、それにこちらが目を合わせようとすれば即座にそっぽを向いてしまう彼女。嫌われているのか、警戒されているのか、少し顔が赤く見えるのは焚火のせいなのかもしれない。
ダンジョン内の光量は少しのタイムラグを伴って地上と近い状態へと変わっていく。
それ即ちリゼが夕暮れに部屋を出てから既に1時間半、ダンジョン内の光量が急激に減り始め、地上の夜よりも若干の明るさが伴っている状態へと変わり始めたという事でもある。
マドカとダンジョンに潜っていた時にはほとんど見た事が無かった夜のダンジョンの姿、そこに何となくワクワク感を感じてしまうのは当然の話だろう。真っ白な床と天井に囲まれた広大な空間、しかし所々から漏れる様に溢れている微かな白い光は見ようによっては星空の様にも見える。
「……リゼ・フォルテシア」
「ん、何か力になれるだろうか?あと呼び方はリゼで構わない」
「ならばリゼ。悪いが少しの間、彼女の世話を頼めないだろうか」
「「えっ」」
カナディアの思わぬ言葉に目を見開く2人。
果たしてその言葉がどういう意味で発せられたのか、同時に隣の少女もどういう意図で驚いているのか、リゼが知りたい事は多くある。
「理由はこれから説明する。まず単純なものから言えば、恐らく彼女はこの街の人間ではない」
「そうなのかい?」
「えっと……」
「私はこれでも指揮陣営の1人だ、この街の探索者達の詳細については一度は全て目を通している。特に見目の良い女性探索者については殆ど記憶している筈だ」
「え……それは、その、そういう趣味が……?」
「……そんな筈が無いだろう。私とて怒る時には怒るからな」
「それなら何故……?」
少し話はズレてしまうが、持ち前の好奇心でそこが気になってしまったリゼは首を傾げて尋ねる。彼女の様な人間が何の考えもなく美人の女性の顔を覚えている事もないだろう、そこに理由があると分かっているからこそ聞きたかった。
「……有力な探索者として大成し易いからだ」
「え、そうなのかい!?ステータスの伸びやレベルの上がりに影響を!?」
「いや、そうではない。そもそも探索者の大成とは単純に経験が多く、レベルが高いという事だ。いくらステータスの伸びが理想的でも、死ねば何の意味もない」
「それは……ならばどういう……」
「……生き残り易いんだよ、見目の良い女性探索者は」
「!!」「!!」
けれど好奇心で聞いたその理由は、思いの外この探索者という職業に備わっている闇に触れる様な物で。
「探索者人口の大半は男だ、そして当然死亡する探索者も男性の方が多い。……しかしこれを率で換算した時、明らかに性別による死亡率に大きな差が生じる。例えば無作為に男性探索者に選ばせた容姿の良い女性探索者群の数年間の死亡率については、あまりに極端な値を示してしまった」
「なぜ、そんな事に……」
「……リゼ。お前も容姿の優れた女性探索者であるのなら、何れは必ず経験する事になるだろう。親しい男性探索者が、お前の為に命を張る瞬間を」
「っ」
それは数百年も昔、それこそ種族大戦が行われていた頃から変わらず続く非愛と男の性(さが)の結果。
「女探索者は生き残り易い。そして長く生き残った探索者は強い。街全体で見れば男性探索者の方が多いにも関わらず、上位の探索者に女性が多いのはそれが理由だ。納得したか?」
「……貴女も、経験が?」
「まあ、な…………私も、エリーナも、ラフォーレでさえもそうだ。長く探索者を続けていれば、1度や2度は地獄を見る。そしてその地獄の最中に、男という生き物はどうにも馬鹿な事を考えるものだ。それが本当に必要な行動だったかどうかは別としてな」
「ラフォーレも……」
それ即ち、あのラフォーレでさえも恋慕を抱かれた物好きな男が居たという事だ。それに対して彼女がどう対応し、どう接していたかは分からなくとも、その男が今はもう命を落としているという事だけは確実な話。
……祖父の書物の山にはそういった探索者達の恋愛を書いた物も多くあったし、それ等もしっかりと読んでいたリゼだ。中には悲恋の物も多くあったが、それは単に架空の話ではなく、現実でもありふれた話だったということ。そして物語とは違い、現実では結末の後にもそれぞれの人生は続いて行く。悲恋が齎す影響は1時だけのものではない、そこに本人の気持ちがあろうとも無かろうとも。
「まあ、そういう訳で私は見目の良い女性探索者については把握している。そしてこの少女については顔の見覚えがない。探索者以外の関係者という可能性はあるが……少しいいか?」
「龍の秘石……?」
「あ、なるほど、ステータスを見れば」
カナディアが自身の秘石を取り外し、少女の腕にそれを付ける。龍の秘石のステータスが記録されるのは石そのものではなく肉体か魂にだとされている。つまり秘石自体に特別性は無いため、こうして他人の物であっても本人のステータスはそこに示される訳だ。
彼女に取り付けられた秘石から黒色の帯革の様な物が発生し、自動的に彼女の腕に装着される。リゼとしても毎度見ている見慣れた光景ではあるが、よくよく考えればどの様な原理でそういった現象が起きているのか不思議な物だ。
「見せてくれるな?」
「は、はい。もちろんです……えと、どうぞ」
一度腕に巻きついたそれを彼女は自身の手で取り外し、裏面を向けて2人に見せる。
そうすればやはり、そこに彼女のステータスは示された。彼女の名前や年齢と共に。
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レイナ・テトルノール 15歳
Lv.10
武器:
スフィア1:
スフィア2:
スフィア3:
ステータス30+9
STR:F+6
INT:E8
SPD:D-10
POW:F+6
VIT:F+6
LUK: G+3
スキル
・【雷散月華】…同種の雷系スフィアの同時使用数に応じて攻撃の威力が向上する。
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「れ、レベル10……!?この街に来た時の私より高いじゃないか!?」
「やはり、単なる一般人のものとは考え難い。……調査が必要だな」
「調査、というのは?」
「リゼ、最初に彼女を見つけたのは7階層の入口付近だと言ったな?」
「え、ああ、私も投影のスフィアで見ていただけだったけれど……確かにフラフラとゆっくりとした足取りで歩いていた」
「レイナと言ったか、記憶は?」
「ありません……ごめんなさい」
「……だとすれば」
カナディアは1人で納得した様にレイナから返された秘石を腰に付け直して目を瞑る。彼女の言いたい事が分からない2人にとってはただ首を傾げるばかりだ。リゼが彼女の世話をしないといけないというのも、未だに理由がよく分からず。
「貴女が何を考えているのか、教えてもらう事は可能だろうか?」
「……そうだな、関係者である以上は知っておくべきだろう。これは決して外部に漏らしていい話ではないが、ダンジョンにはギルド本部の物とは別に入口が存在していると言う噂話が存在する」
「「!!」」
「勿論未確認な話ではあるが、実際に何件か事例があってな。ダンジョンに潜った筈の人間がギルドの記録に残らず地上で姿を確認されるという事が過去の記録に幾つかあった。単純にそれを手違いだと考える事も可能ではあるが……」
「彼女が、その入口を通って7階層に来たと……?」
「加えて、記憶を消された状態で、秘石や衣類すらも剥がれた状態で、だ。……これを単なる迷い込んだと片付けるのは無理があるだろう。間違いなくそこには第三者の存在がある」
リゼが気付かなければ少女はあのまま死んでいた。むしろそのまま死ぬ様に仕向けられていた様にも考えられる。だとしても、それならば直接手を掛ければ良かった筈だ。死ぬ可能性が高いのに、それでも殺しはしていない。無事に帰れる可能性など殆ど無いとは言え、そこには僅かながらにでも彼女が生き残る可能性が存在していた。
それはつまり……
「何者かがその入口を利用して彼女を逃した、という仮説を私は立てている」
「私を、逃した……」
「一体誰が何から逃し、どうすれば記憶も身ぐるみも全てが剥がれている様な状態になったのか。そこまでは私も想像が付かないが」
「……人身売買?」
「その可能性は大いにあるだろう。……とは言え、これも全て想像だ。彼女が現れた周辺にクラン勧誘を行なっていた探索者達が居た以上、彼等に保護する様に仕向けられた間者の可能性もある」
「!」
「そ、そんな……」
「故に、私は君がこの少女を保護するのが最善だと判断した。都市の内情に詳しくなく、知名度も低く、しかしコネはある。今は良くも悪くもマドカとも距離を置いているしな。……そして、クランメンバーを探している。隠し場所としては十分だ」
「それは……しかし、こう言う場合には先ずギルドに判断を伺った方がいいのではないだろうか?」
「当然報告はするが、ギルドに正面から伺いを立てた所で最低限の支援しかされず、むしろ彼女の存在が公表される事でその人身売買組織(仮)に追われる危険性が生じる。ギルドには正式な手続きを踏まず、ギルド長クラスに情報共有をしながら極秘で調査を行うべきだ。……少なくとも、ダンジョンのもう一つの入口が関わっている可能性がある以上はな。そしてその入口を何者かが使用している可能性がある以上は、私達は大きく動くべきでは無い。変に警戒されては尻尾が掴めなくなる」
それは彼女やリゼという個人の都合よりも、この街全体の、そして全探索者の都合を優先した話。
彼女は言葉自体は濁しているが、それはリゼに対してクランメンバー候補となる少女を預ける代わりに、マドカに対して極力接触させる事が無い様にと言っているのと同じ事だ。マドカが此度の関係で狙われていたと言う話はリゼもエルザから聞いている、彼女がその一味である可能性を考慮すればマドカに近付かせる訳にはいかない。
「……とは言え、私もそこまで生活に余裕がある訳ではないのだが」
「問題ない、そこは私達が何とかする。これでも強引に物を頼んでいる自覚はあるからな、そこは相応の報酬が無ければならないだろう」
「その……すみません……私ではお話の内容はよく分からないのですが、迷惑を掛けてしまっているのは分かるので……」
「え?あ、いや!別に私は君を受け入れる事を拒んでいる訳ではないんだ!ただその、私もこの街に来たばかりの人間でね、どうしても不安を感じてしまう」
だってリゼは、美人に弱いのだから。
彼女の様な美少女の面倒を見て欲しいと言われて拒むつもりは最初から殆ど無い。これはただ本当に自分でいいのか、それは本当に現実的な話なのか、そしてその結論に至った理由を聞きたかっただけだ。
そこがハッキリとしていて、少なくとも自分が納得出来る話なのならば何の問題もない。マドカとの接触については何を言われようとも最低限はさせて貰うつもりでいるが、そこだけは譲れない事ではあるが。
「それで、具体的な支援というのはどういう物になるのだろう?」
「支援については単純に金だな、これについては君ならば必ず彼女の為だけに使ってくれると信じている」
「と、当然だ!そんな事をしたりはしない!」
「ああ、そうだな。それでその金についてだが、月に30万Lといった所でどうだ。取り敢えず期限は6ヶ月、それ以降の延長は要相談だ」
「……そ、それは少し多いのでは無いでしょうか?」
「さ、流石に私もそれは受け取り難いというか……」
「そうか?君の世話をして貰う以上は広めの部屋を借りる必要があり、生活費も単純に2倍。加えて暫くは外出も許可出来ないだろう。暇をしてしまう君の趣向品等を考えれば妥当ではないか?」
「なるほど……まあ、それなら妥当なのかな。不自由の代償としてなら、それくらいは享受すべきなのかもしれない」
「そ、そんなことないです……!ほんとに、多過ぎます!」
「まあそう気にするな、月に30万L程度ならば大した額でもない。私の私財でも充分なくらいだ」
「じょ、上級探索者というのはそこまで稼ぎがいいのか……!」
「単純に深層のドロップ品は価値が高いというだけだ、そして私のクランは頻繁に地下に潜る。スフィアに困っている訳でも無いのでな、金ならある」
何と羨ましい事か、一度は言ってみたいそんな台詞。しかし彼女ほどの探索者となればそれくらい金に余裕が出てくるというのは、むしろ他の探索者にとっては夢があるというもの。ここは彼女の快適な生活の為にもその支援を受け入れるべきだ、そもそも支援自体もカナディアから直接受けるものでは無いのだから。
「次に君への報酬についてだが……」
「あ、私にもあるのか」
「金でいいか?」
「な、なんだかお金ばかりだな……い、いや、別に不満があるという訳ではないのだが」
「くく、冗談だ。……そうだな、先程と同じ条件で月に10万L、それと彼女に合うスフィアを3つ見繕おう。それは彼女の利ではあるが、君の利でもあるだろう?」
「ああ、とてもありがたい」
「加えて、週に一度君の為に私が時間を作ろうか」
「?それはどういう……」
金額については素直に有難いという所。これならば十分にクラン結成の為の金額も賄えるし、普段生活でも困らない。少女が実際にクランに入ってダンジョンに潜ってくれるかは分からないが、スフィアについても無いよりはあった方が絶対にいい。1つあたり数万Lは確実に超えるであろうスフィアを3つも得る事が出来る、これも相当な報酬だ。彼女が使わないのならば、単純に自分が使えばいいのだし。
……ただ、最後の言葉だけはリゼもよく分からなかった。つまり彼女がどういう意図を持ってそれを報酬にしたのか。
「単純に、君の悩み相談だったりに付き合うという話だ。それこそ彼女の事だったり、ダンジョンの事だったり、困る事は多くあるだろうからな」
「なるほど、それは助かるが……」
「……それに、クラン申請の為に必要な書類に関する知識。悩んでいるんじゃないか?」
「!!それについても聞いてもいいのか!?」
「当然だ、何をそんなに驚いている」
「いや、だって以前に会った時は……」
「助力はしない、だったか。……まあ、本当は今もそう思ってはいる。しかし、それでは不公平だろう。私達は私達の都合を君に押し付けている、ならば同じ様に君の都合も受け入れなければ公平ではない」
「……しかし、貴女のその行動は最後には同じ探索者である私にも関係する物だと知っている」
「そんな事は関係ない。私達は私達がそれを今解決したいから行動しているだけであって、それはただの我儘だ。別に後でもいい事を、私達の個人的な思いで今直ぐに解決しようとしている。それに付き合ってくれるのであれば、君の個人的な我儘だって解決しよう」
「……」
誠実なのだなと、そう思った。
彼女の立場ならば、そしてリゼが相手ならば、その辺りはいくらでも誤魔化しが効くであろうに。別にその報酬の中にクラン申請の助力を入れなくとも、リゼならば受け入れていただろうに。それでもこうして、ある意味で最もリゼの報酬足り得るそれを入れてくれたのは、単に他に報酬として思い浮かぶ物が存在しなかったという理由だけではあるまい。
「この条件で、受け入れてくれるだろうか?」
「ああ、私としてはそれで構わないよ。ただ、その前に……」
「?」
「レイナ、君はそれでいいだろうか?」
「え?」
リゼはもう一度顔を彼女の方に向けてそう尋ねる。
ポカンとする彼女だが、リゼはその確認が何より大切なことだと思っていた。少なくとも、彼女の意思を確認しなければこの話は成立しない。
「君は少しの間、それこそ私達の事情で身を隠す事になる。そしてそんな君と生活を共にするのは私だ。正直に言えばそこまで出来た人間でもない。苦労も多くかけてしまう事だろう。……君はそれでも構わないかな?正直に言ってくれて構わない、困るのであれば別の人間にお願いするだけなんだ」
「……まあ、そうだな。他に候補が居ないという訳でもない。ただクランに所属していない人間の方が正直に言えば扱いやすい、怪しまれ難いからな。マドカに頼めない以上、次点でその条件に適した人間がリゼしか居なかったというだけで、その気になれば他の人間を紹介する事も出来る。その場合、制限が多くなってしまう事は否めないが」
「わ、私……リゼさんが、いいです」
「!」
「……ふふ、愚問だったか」
「え?」
身を乗り出す様な勢いでそう言った彼女にリゼは驚く。カナディアはそれを想像していたかの様に笑っていたが、リゼはそれにただ驚くばかりだ。そこまで行動を制限されるのが嫌だったのかと、おかしな勘違いをしてしまうくらいには。
「その、本当に私でいいのか……?」
「わ、私の最初の記憶は、貴女に助けられた所からで……絶対に悪い人では、ありませんから。他の誰かの所よりも、見知らぬ私を助けてくれた様な、そんな人の所に、居たいんです」
「……!」
そしてそれは、奇しくもリゼがマドカに伝えたものと似た様な話だった。
最初に絶対的に信頼出来る人を見つけた。
自分に自信がないから、その人から離れて出会いのクジを引き直す事はしたくない。
……他に身寄りも、知識も、実力も足りていないから。出来るならばずっとその人の側に居たい。
単純な憧れだけではなく、そうした少しの邪念が入り混じった考え。けれど人であるならば当然抱くであろう弱音。それに気付いてしまうと、リゼはなんだか不思議な気持ちになった。マドカの側になって漸く気付く事もあるのだ。
(……例えば、ずっとは側に居られない申し訳なさ。そしてそれ故に、自立の手助けをしなければならないという責任感)
これをマドカも感じていたのだろう。
だから、彼女はきっと自分を直ぐにでもクランに入れようと思ったのだ。その依存が、より強くなってしまう前に。手の施し様が無くなる前に。それはなにより当然に、リゼの為に。
「……分かった、それなら私も出来る限りの手助けをしよう。これからよろしく頼むよ、レイナ」
「!……はい、よろしくお願いします!」
リゼは、彼女をどうすればいいのか。
マドカの様に距離を置くべきなのか。
それとも依存を受け入れるのか。
そもそも彼女が依存に溶けこまされる様な弱い心の持ち主であるかどうかも分からないのだから、それを論じる事は愚かな事だ。
リゼの心が弱いという事だけは、紛れもなく確かな事であるが。