無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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42.消えない情景

『まさかリゼ、君にも身分証明出来る物が無いとは思わなかった。流石に両人とも証明証が無いクランの設立など認められない、悪いがもう1人身分が証明出来る人間を連れて来て欲しい』

 

カナディアにそう言われてから、2人はギルドの食堂のいつもの席で互いに頭を抱えて落ち込んでいた。てっきりこれで全てが解決する、そう思っていたところに突きつけられた事実。

いや、まあ少し考えれば当然の話なのだが。

どう考えても当たり前の話でしか無いのだが。

それでも落ち込む時には当然に落ち込む。

 

「私の身分証明書が出来上がるまで、短くとも半年……過去の居住証明が出来ないレイナの場合はもっと時間がかかる。なんということだ」

 

「クランに入っていると、税率とかも変わってくるそうです。半年の間は他のクランに入れて貰うという事も考えますか?」

 

「むぅ……そう、か。それも選択肢としてはあるが……」

 

「とは言え、リゼさんはともかく、私を受け入れてくれそうなクランは少なそうですね。余計な爆弾は何処も抱えたくないでしょうし」

 

「だからと言って半年間何の活動しないというのも……出来るなら私もレベルの近いレイナとは共に実力を高め合っていきたいと考えているんだ」

 

「「……ううん」」

 

悩んでいても解決する問題では無いが、かと言ってクラン団員を探すことは困難を極める。書類関係の勉強ならばカナディアを通じて2人でいくらでも頑張れるが、団員探しを頑張るというのは不毛となる可能性の方がずっと高い。既に十分な数のクランがあるこの街では、未だクランにすらなっていない様な仮初の集団に入りたがる様な人間は下心を抱えた者以外には居ないのだから。

 

「……仕方ありません、暫くはこのまま2人で活動しましょう。税率とかの優遇措置は受けられませんが、生きていけないという訳でもありません。リゼさんが私の監視を続けている限りはカナディアさんからの支援も受けられますし」

 

「そう、だね。それが一番か。別に今の状況に不満がある訳でも、急いでクランを作る必要に迫られているというわけでも無いからね」

 

「まあ、私はリゼさんと一緒に居られればそれでいいですけど」

 

「うっ……そこまで言われるほど、まだ頼れる人間では無いことが残念かな。私もマドカくらい出来た人間なら良かったのだけど」

 

「私が見てるのは良く出来ていないリゼさんですし、いきなり良く出来たリゼさんになったら私の方が反応に困ってしまいそうです」

 

「ふふ、褒めているのか貶されているのか分からないな」

 

元々薄い茶髪だった彼女は今はそれを更に白に寄せ、紺色の長い上着を口元までボタンを止める事で顔の下半分を覆い隠している。

彼女はリゼのことを好ましく思っている。

選んだ上着の色はリゼの髪色によく似ているし、後ろで縛る髪型だってリゼを意識しているのだろう。それくらいはわかる、というより直接教えてくれたのだから知っている。

 

「ただ……やっぱり少しむず痒いかな」

 

「え?」

 

「いや、こうして他人から好意をぶつけられるのは少しむず痒いという話だよ」

 

「別に今は私だけですが、少しすればもっと増えると思いますよ?リゼさんはその、カッコいい、ですから……」

 

「いや、そんな事はないだろう。とてもカッコいいと言われるほどでは……」

 

「つまりリゼさんをカッコいいと思った私は異常だということですか?」

 

「そ、そうは言わないが……」

 

「じゃあリゼさんはカッコいいです、それでいいじゃないですか。きっとそのうち分かりますよ、みんなリゼさんの魅力を。リゼさんだって自覚することになると思います」

 

「あはは、どうやら私は君に口では勝てそうにないらしい」

 

「ふふ、分かってて言ってますし」

 

「意外と悪い子だね、レイナは」

 

軽く食事を取りながら話を深める。

何より現状、稼ぐ手段はダンジョンに潜る事しかない。いくらカナディアから多少の信頼を得て、リゼと一緒にならばある程度の自由は許されたとは言え、カナディア意外からの信頼を得ている訳ではなく、やはり活動は大きくすべきではない。人身売買の組織などが本当にあれば尚更。顔や髪色を誤魔化す工夫も続けるべきだろうし、例え許可したとは言え、ダンジョン探索以外の目的であまり外を出歩いているのはカナディアも良い顔はしないだろう。一度信頼を得られたなら、これからもその信頼を維持し続ける努力が必要になる。当初の約束とは既にかなり違った状況になっているが、だからこそより気持ちを引き締めるべき。毎日の報告書もカナディアにいつでも提出できる様な形にしておく必要がある。

 

「だがダンジョンに潜るにしても、それより先にレイナには色々と勉強や戦闘訓練が必要だ。まあ私が出来る事なんて、マドカから教わった事をそのまま伝えるくらいしかないのだけど」

 

「記憶を失う前の私はそれなりに戦っていた様なので、慣れればそこそこ戦える様になるでしょうか」

 

「どうだろう、記憶の喪失の程度にもよるかもしれない。ただ、ダンジョンの中が本当に危険なのは確かだよ。少なくとも私はまだ7階層以降を自信を持って歩く事が出来ないからね」

 

「という事は、一先ずの私の目標は5階層の突破という事ですね。そこから先はリゼさんと一緒に少しずつ探索を進めて行く感じで」

 

「ああ、武器や防具はどうしようか?カナディアからスフィアは貰ったのかい?」

 

「ええ、リゼさんがギルド長とお話しされている間に。私のスキルに合う様にと、雷属性のスフィアを3つ頂きました」

 

「……見せて貰っていいかな?」

 

「ふふ、興味深そうですね」

 

「スフィアに興味津々なのは否定しないよ、今も毎晩自分のスフィアを密かに眺めていたりするからね」

 

リゼはレイナに手渡された3つの黄色を宿したドラゴンスフィアを見つめる。

左から順に【雷斬のスフィア☆2】【雷斬のスフィア☆2】【体盾のスフィア☆2】。どれもが雷属性のスフィアであり、そのうちの2つはレイナのスキルに合わせて同じ物だ。リゼが初めて見る物としては、【体盾のスフィア☆2】。リゼは早速いつもの初心者探索者用の一冊を取り出して調べ始める。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・体盾のスフィア☆2【雷】-盾-

パッシブ:盾の防御力を【小】UP

アクティブ:かばう…対象の味方1人の前に高速で移動する。

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「こんな物もあるのか……やはりスフィアは面白い」

 

「これ、高速で移動ってどうするんでしょう?身体が勝手に動いてくれるんでしょうか?」

 

「待ってくれ、詳細が書いてある。なになに……対照を定めて、スフィアを発動。その後は勝手に身体が動き、対象の正面に防御姿勢で出現。スフィア発動中はSPDが3段階上昇するが、完全な無防備状態となるため注意」

 

「……つまり、防具を持っている事が前提という事ですか?」

 

「武器でも防御姿勢にはなるらしい、だからこそ武器選びも慎重にすべきなのかもしれない。レイナは何の武器を使うつもりなんだい?」

 

「大槍です、なんとなくしっくり来たので」

 

「……そういえば、レイナを発見した時にも君の隣には槍が落ちていたな」

 

「あの槍はカナディアさんが調べるとかで……新しく別の槍を後で送ってくれるそうです。必要な装備も含めて一式」

 

「それはまた、いたせり尽せりというか」

 

まあなんというか、本当に途端に協力的になってくれたというか。あんな風に一度は"応援しない"と言われたのに、レイナが来た途端にこれほどの協力を得られたという事にリゼは困惑しかない。……とは言え、実際にはカナディアが協力しているのは本当にレイナに対してだけ。リゼへの協力はそのついでであり、あくまで報酬として。

まあそれでも、彼女本来の気質として結局は思わず手を貸してしまっているという所もあるだろう。彼女はこの街の指揮陣営の1人として数えられている人間、有望な探索者に手を貸すのは常である。特に彼女が言っていた、容姿の良い女性探索者は生き延び易いというもの。あれもまた理由の一つだろう。

カナディア・エーテルはマドカ・アナスタシアに並々ならぬ思いを抱いている、しかしそれでも彼女はこの街を指揮する人間の1人なのだ。

 

「……それなら取り敢えず、今日はモンスターの出ない2階層まで行ってみようか。1階層の戦闘は私が引き受けるが、それでも私の指示に従って欲しい」

 

「は、はい、お願いします」

 

「……正直に言えば、そんなに自信がある訳ではないんだ。だから本当に、気を付けてほしい。私はマドカほど戦闘に慣れてはいないし、誰かを守りながら戦う事なんて……んむ」

 

色々と頭で考えながらそう言おうとしたリゼを、レイナが急に身を乗り出して人差し指を口に当ててくる。それは真剣な目で、それは深刻な目で。それまでの彼女の雰囲気とは全く違った、全く変わった、別人の様な顔で。

 

「……何回言わせるんですか」

 

「?」

 

「私は、マドカさんは求めていません」

 

「!」

 

「リゼさんの、リゼさんのままでいいんです。私がリゼさんに求めているのは、リゼさんなんです」

 

「それは……」

 

明らかに怒りを表情に浮かべた彼女は、片頬を膨らませてリゼを叱りつける。そんな事は今の今まで何度も伝えて来たというのに、どうやったってそれが治らないからこそ。それが気に入らないと、それは求めているものとは違うと、何度言えば分かるのかと。

 

「別にリゼさんがへっぽこでも何でも、私は構いません。むしろ私は、へっぽこなリゼさんの方がいいです」

 

「へ、へっぽこ……」

 

「私に上手く教えられる自信がないのなら、必死になって教えて下さい。私をうまく守れる自信がないのなら、必死になって守って下さい。完璧なんて絶対に求めないので、必死になって私を見て下さい」

 

「レイナ……」

 

「受ける身なのに生意気を言っていることは分かってます。でも、本当に私が完璧を求めているのなら、それこそ最初からリゼさんじゃなくてマドカさんやカナディアさんの方に行きます。それでも私がリゼさんに、リゼさんを選んだ理由を、少しでもいいので考えて欲しいです」

 

「私を、選んでくれた、理由……」

 

薄々気付いていた。

リゼの視線の先にはレイナが映っている様で、その実本当にそこに映っていたのはマドカであったということを。

だから怒る。

だから訴える。

一体誰を見ているのだと。

誰よりも今目の前にいる自分を見ろと。

それこそ理不尽であると自覚はしているが、彼女にそれほどの意識を植え付けたマドカ・アナスタシアを憎らしく思うほどに。

 

「同じ内容を教えて貰うにも、例えその質が落ちようとも、例えより時間がかかってしまったとしても、私はそれをリゼさんに教えて貰いたい」

 

「……ああ」

 

「リゼさんがマドカさんのことを尊敬しているのは、憧れているのは、知っています。……分かりはしませんけど、理解はしています。それはきっと私が今こうしてリゼさんに抱いている気持ちと一緒だから」

 

「……」

 

「……ふふ、また理解出来ないって顔してますね」

 

「ああ、いや……」

 

「理解しなくてもいいです、今は分からなくとも構いません。ただ一つだけ、お願いします。……どうか自分を他の人と比較して、卑下しないで」

 

「……!」

 

「私の好きになった人を、他の人と比較して悪く言わないで。他の何を許す事が出来ても、他の何を見て見ぬ振りする事が出来ても、例えそれが誰にであっても……私は、私の憧れた人を馬鹿にされたくない」

 

まあ本当に、出会ってまだ数日だというのにリゼの何が一体彼女の心をここまで掴んで離さないのか。そればかりはリゼには分からないし、きっと彼女自身もそれには気付けてはいないだろう。

……だが同じ立場であるとすれば、レイナだって同じことを思っているのだ。まだ出会って少しのマドカの何が、一体なぜリゼの心をここまで掴んで離さないのかと。それもまたレイナには分からないし、きっとリゼ自身も気付けてはいない事であって。

 

「……努力は、してみるよ」

 

「簡単に治りそうではなさそうですね」

 

「まあ、一度良い先生を持ってしまうと、どうしてもね。そもそもの話、私はまだ他人に何かを教えられる立場じゃない。まだ教えて貰う立場の人間なんだ」

 

「だったら丁度いいじゃないですか。誰かに何かを教えるという事は、教える側にとっても改めて物事を理解する良い機会です。私は学べて、リゼさんは学び直せる。そして私が学べば、今度は2人で学べる様になる」

 

「……君は凄いな、レイナ」

 

「物事、もっと良い方に考えていきましょうよ。今の状況、私にとっては何もかもが最高ですよ?リゼさんにとってはどうですか?」

 

それをそんな風に満面の笑みで言われてしまったら、もう返す事が出来る言葉なんて一つしかなくて。

 

「……最高かもしれない」

 

「ふふ、いつか絶対に断言させてみせますから。今この瞬間が最高なんだって、リゼさんの口から」

 

「それは大変だ、私も頑張らないといけないね」

 

「別に頑張らなくてもいいですよ、私が勝手に頑張りますから」

 

彼女は強い。

強い女だ。

それを何度も感じさせられる。

それに比べたら、自分は弱い女なのだろう。

けれど彼女はそんな弱い自分を肯定してくれる。

誰かと比較することを否定してくれる。

それに甘えるのは容易い。

その耳心地の良い言葉に頷くのは容易い。

 

……だが、それでも。

 

(私は、もっと強い人間になりたい。それは実力だけじゃなくて、探索者として、女として……そして、人間として)

 

一先ずはエルザの様に、ユイの様に……マドカの教え子として、相応しい人間に。そしてそれを超えたのなら、その更に上へ、マドカの隣へ。

……リゼの目に映っているのは、やはりその情景でしかなかった。

 

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