無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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43.肉の大狼

「チッ!なんだいこのモンスターの量は!」

 

「エミさん!一旦降りて戦いましょう!このままでは馬車の方が先に沈みます!」

 

「仕方ないねぇ……マドカちゃん!とにかく数を減らすんだ!馬を守るのはあたしに任せて、好きなだけ暴れてやんな!!」

 

「はい!」

 

何処を見ても巨大な木だけが並んでいる様な空間で、狂乱状態に陥った様々なモンスター達が襲い掛かってくる。馬を守る為に一度馬車から降り、敵の数を減らす必要があると判断した2人は即座に戦闘態勢に入った。

既に"怪荒進"は終わった筈、これほどのモンスターが残っている理由がない。それもこの精神状態は明らかに異常であった。マドカは持ち前の速度を生かして最低限の攻撃だけでモンスター達を無力化していき、エミはそのマドカよりも早く正確な攻撃で命を奪う。そもそも高速戦闘を最も正しく扱えていると言えるのがエミであり、加えてエミはステータスやスキルの関係で誰より高速戦闘と暗殺に優れている。高速戦闘に長けている彼等2人が並び立てば、数の暴力はさしたる脅威ではなくなってしまうほどだ。あっという間に数を減らし、次々と魔晶に変わっていくモンスター達。それでも追加で走り込んでくるモンスターの数が減る事はない。

 

「チッ、キリがない!馬車を引きな!やっぱり強行突破しか無さそうだ!」

 

「エミさんは!?」

 

「あたしは馬車の前を走って道を開く!遠慮は要らないよ!全力で走らせるんだ!」

 

「分かりました!!」

 

「「【光斬】!!」」

 

一旦周囲のモンスターをスフィアを使い最高速度で処理すると、マドカは馬に乗り、エミはその前方を走り始める。いくら馬車を引いているとは言え、馬よりも早い移動速度。加えて走りながらも前方から迫ってくる数多のモンスター達を斬り殺し、決して馬に当たらない様にと吹き飛ばす。レベルによるステータスの上昇があるとは言え、その芸当は単純な身体能力だけでは出来ないだろう。圧倒的な高速戦闘への慣れ、驚異的な眼力、そして冷静な思考、何を取っても一流なエミだからこそのものだ。

 

「オラオラオラオラオラァ!道を開けな雑魚共!!」

 

モンスター達は強さ的には恐らくオルテミスの龍の巣穴ならば7〜9階層辺りで出現する様な者達。数体を相手にリゼがあれ程に苦戦していた事を考えれば、片手間でその軍勢を片付けている彼等上級探索者の強さが分かるというもの。

そうして落ちる魔晶に目もくれず、新緑の都:グリンラルへと走る2人。確かにこの辺りはモンスターが多く、常に警戒が必要な場所ではあった。しかしそれにしても今回はあまりに数が多過ぎる。倒しても倒しても追撃は減る事なく、むしろグリンラルに近付くにつれて増えていくようだった。

……確実に何かが起きている。

自分達が想像もしていない何かが。

そして同時に、グリンラルの探索者達すらも予想出来なかった何かが。

 

「っ、エミさん!!」

 

「馬車は破棄するんだよ!……流石にこの質を相手に、守ってられる余裕なんかない!」

 

「……はい」

 

木々の開けた大きな広間で、それは居た。

脈打つ肉塊、走る血脈、異様なほどに膨れ上がった肉の花。その中央に聳え立つのは、なんと醜く悍しい存在だろうか。皮膚の溶け落ちた女、左腕の無い女。瞳もない、心もない、そして女には……理性が無い。

 

【キィェェェェエエエエエエエエ!!!!!!!】

 

「っ、モンスターを呼びやがったね!?」

 

「エミさん!周囲のモンスターを!」

 

「いいや!そっちはマドカちゃんが片付けるんだ!数が多過ぎてあたしじゃ手に負えない!」

 

「っ……分かりました、お気を付けて!!」

 

360度、全ての方向からモンスター達が殺到してくる音がする。その中央で叫び散らすのは肉の女。まるで大きな花から生まれた物語の精霊の様な姿をしている癖に、その構成している物質が他の全てを最低へと変える異形の怪物。

 

「【光斬】……2連!!」

 

マドカが先に戦闘を始める。

得意の高速移動でより近い相手に向けて光の斬撃を放ち、速度と的確な範囲攻撃によって敵を葬る。【光斬】は他の属性と比べて切れ味が良く、代わりに他の属性と比べて打ち消され易い脆さを持っている。【属性斬】のスフィアで斬撃を飛ばすには相応のINTが必要になり、特に【光斬】はその切味と斬撃速度の速さからかなり相性が良いスフィアではあった。今回マドカがそれを装備していたのは正しくこういった状況を想定していた故の物ではあったが、それでも流石にこの量までは想定していない。

 

「っ、マドカちゃんでも対処は難しいかい……だとするとやっぱり」

 

アレを殺すしかない。

 

【キィェェェェエエエエエエエエ!!!!!!!】

 

「うっさ……」

 

片耳を小指で塞ぎ、ナイフを構えるエミ。

瞬間、ユミの足元を抉る様に放たれる肉の鞭。エミはそれを後ろに跳ね飛び回避し、直後に全速力で特攻を仕掛ける。狙うは人間体の首、そこに核があるかどうかは分からなくとも急所である可能性は高い。敵意を持つ相手に対して半自動で放たれる高速の鞭、そしてまるで指揮をする様に異様に長い指を振るう肉の女。そのあまりに無防備、けれどまともな意識すらないにも関わらず妙に人間味のある姿に、エミは舌打ちを切って突入する。

 

「【致突】」

 

クリティカルストライク。

【致突のスフィア】を使用した蒼のオーラを纏った刺突は、最高速度の乗ったエミによって、あらゆる障害を潜り抜けて無防備な肉の女の首へと迫った。一瞬の肉の鞭の動きの鈍り、そして歪み、意図的にそれ等を作り出したエミはより意識の内へと入り込み、完全に女からの気配を断ち切る。そこまで来ればもう……

 

「終わりだよん」

 

【ギッ……ィイッ!?】

 

煌めく閃光、響き渡る空気を打つ音。黒のナイフに集約された蒼のオーラが一瞬の小爆発を起こして女の首ごと頭の半分を撃ち貫く。極極極稀に生じるとされる致命の一撃(クリティカル・アタック)、【致突のスフィア】はその可能性を現実的な確率まで引き上げるとされ、加えて都市で最も致命の一撃を放った回数が多いのが他でもないエミ・ダークライトである。彼女が【致突のスフィア】を使用した際のクリティカル率は驚異の62%、その際の威力は通常の約2.5倍。STRがE8しか無い彼女でさえ、レンドと同等の攻撃を敵の甲殻や防御を無視して放つ事が可能であるというのだから、それはあまりに驚異的なものだった。

故に最凶、故に致突。

例え鎧に身を包んでいようとも必ずやその命を奪い取る、例えどれほどの巨体を有していようとも、ただの一撃で葬り去る。

 

「……筈だったんだけどねぇ」

 

【ゴァッ……ギッ……】

 

「そこに核は無かったかぁ、もしかして手探りしかない?」

 

【コカカァッ……グェッ……オグォルルゴポッ……】

 

「気持ち悪いなぁ、本当に」

 

肉体を再生させながら漏れ出る大量の血液に気管を詰まらせ、悍しい音を立てて踠き苦しむ肉の女。何をどうしたらここまで悪意のある存在を作れるのか。

 

【アッ、ガッ!?ギィィイヤァァァァォイッァァア!!!!!!!!!!!】

 

「っ、こいつら……!」

 

「エミさん!ごめんなさい!もう抑え切れないです……!」

 

「くっ!!」

 

遂にマドカが抑え切れなくなったモンスター達が肉の女に向けて殺到し始める。直後に始まったのは捕食、捕食されるのはモンスターではなく肉の女の方だ。悲鳴を上げてモンスター達に食われ始めた女を、エミとマドカは未だにこちらへと寄ってくる新手を尽く潰しながら見ることしか出来なかった。

 

「「っ」」

 

……そして、変化は起き始める。

 

多くのモンスターに捕食された女の身体は既に殆ど残って居らず、女だったと思われる肉塊がピクピクと動くだけ。しかしその女を食べた筈のモンスター達が、今度は凄まじい勢いで苦しみ始めるのだ。肥大化する身体、抜け落ちる体毛、皮膚が溶け、目が落ち、それはあまりにも見覚えのある姿へと変わっていく。

次第に肉の花弁に溶け込み混ざり始めたそれ等を尻目に、マドカとエミはただ只管にモンスターを狩る。何を優先すべきかは分かる、今はとにかく数を減らす事が先決。しかしようやく終わりが見えてきた群勢とは対照的に、中央で生じた異形はより明確な進化と変化を始めた。

花弁の中央に出現した5つの肉の球体、それは各々に形を変え、徐々に人の形を模していく。5つの花弁にそれぞれ乗る様にして起き上がる各々で様々な欠損を生じている肉の女達。それでも変化はそれだけでは終わらず、女達は強引に押し込められる様にして蕾の様に閉じた花弁の中へと引き込まれる。

響き渡る5つの悲鳴。

肉をかき混ぜる様な醜音、花弁の隙間から漏れ出す赤液、近寄ろうにも近寄り難いそんな悍ましい物体を前に、エミもマドカもただ呆然と立ち尽くすしか無い。

 

「……そういうことかい、よぉく分かったよ。こいつを生み出したのが何処のどいつかってのが」

 

「……はい」

 

グバァッと勢いよく花開かれたその先に、現れたのは獣の姿。役割を果たした様に花弁は枯れ、溶け、異臭を放って崩れ落ちる。

残ったのは巨大な狼を模した肉の怪物。それまでの様な柔らかな皮膚ではなく、強引に固められ、引き締められた、全身が筋肉で出来ている様な外見。しかし身体の所々に元となった女の腕や頭が僅かに残っているのを見れば、最早あれと無関係とは絶対に言えない。

 

「龍神教……ここに居ましたか」

 

「あーあ、こりゃ頑張んないといけないね。マドカちゃんに傷一つでも残そうようものなら、あたしがラフォーレに殺されちまいそうだ」

 

「………」

 

「……?マドカちゃん?」

 

「いえ……なんでもありません、やりましょう」

 

「お、おう」

 

マドカにしては珍しく反応の悪い受け答えに、あまり見た事のない妙な無表情。けれどそれも一瞬で、一度瞬きをすれば彼女の表情はいつも通り優しいものに戻っていた。一先ず勘違いだったと考えて、エミはナイフを構える。

 

「取り敢えず相手の攻撃を全部把握するよ!いいね!」

 

「はい!行きます!!」

 

最初から全速力で飛び出した2人に、肉の狼も凄まじい速度で襲い掛かる。穿たれた地面に大きな穴が空き、それが速度だけではなく単純な力すらも尋常ならざる物である事が直ぐに分かる。

挟み込む様にしてエミと別れ、タイミングを合わせて左右からほぼ同時に攻撃を当てるも、互いの攻撃は大きなダメージになることは無い。爪すらも肉を硬化した物であり、剣を当てれば僅かな傷しか付けられず、それすら即座に再生する。

見た限りでは特殊な力は持っていないらしいが、そもそもの基礎戦闘力の異常な高さ。都市でも最速に類する2人の速度に当然の様に対応し、自身もまたほぼ同等の速度で戦闘を行う。もしこれが仮にSPDのステータスの高くない探索者が相手をしていれば、他のステータスがどれほど高くとも簡単に屠られていただろう。

……むしろ、オルテミスの最上位の探索者2人を相手にほぼ互角に渡り合うモンスターが、グリンラルのダンジョン外に居る。これが何よりの問題だ。もしこれが少しでも間違えていれば、果たしてどれほどのグリンラルの探索者が殺されていた事か。

 

(……いや、それにしてもこの広間に来てまで他の探索者が居ない事の方がおかしいね。まさかもう)

 

今グリンラルにはマドカの2人の弟子と、英雄、そして連邦軍の長を張っている男が居る筈。他にもグリンラルの数多の探索者が居るにも関わらず、どうしてグリンラル入口に繋がるこの広間にこの様な存在が住み着いていたのか。考えれば考えるほどに嫌な予感は広がっていく。

 

(だからこそ、とにかく今はこいつを……!)

 

マドカとエミはアイコンタクトを交わす。

マドカもエミと同じ事を考えていたらしく、早急な排除を肯定する。

高速移動による同時攻撃、しかしそれだけでは永久に倒すことは出来ない。以前の肉の巨人の事を考えるならば、必ず敵の何処かに核がある筈で、そしてそれは身体の中央部に位置している可能性が高い。とは言えそれがどれほどの大きさで、狼の身体の中央というものがどう定義されているのかは分からないが……

 

「それも撃ってみればわかる事、ってねぇ!今だよマドカちゃん!【致突】!」

 

「はい!【光斬】、【属性強化】……【狂撃】ぃッ!!!」

 

エミの【致突のスフィア】による防御無視の貫通攻撃と、マドカの【光斬のスフィア】【属性強化のスフィア】【狂撃のスフィア】による自身の防御をかなぐり捨てた最高威力のぶった斬り。

肉狼が着地をした瞬間に攻撃を当てる様に動いた2人は、その一撃を確実に打ち当てた。単純なステータスでならば劣っているだろうが、そもそもの話、彼等はそんじょそこらの探索者と比較しても話にならない程の戦闘経験の持ち主だ。

モンスターと戦った、龍種と戦った、そして人間とも戦い、果ては邪龍候補ともなり得る大敵とも命を奪い合った。

それに比べれば、知能も低ければ理性すらまともに働いているのかも分からない狼など、時間と手間さえ掛けてしまえば、今更怯える様な相手ではない。

 

【ゴェッ……ガッ、カッ……】

 

「……致突、入りませんでしたね」

 

「まっ、なんだかんだ10回やったら4回は発動しないからね。けどマドカちゃんの攻撃だけで充分さ。……どうやらその核ってのは、相当大きい物だったらしいし」

 

バックリと切り裂かれた狼の身体。そこから垂れ流されるドス黒い血液と臓物、そして今もなお再生をしながら何事もなく立ち上がろうとしている獣とは対照的に、開かれた傷口から見える弱々しい"誰かの目"。

 

「エミさん……」

 

「さて、どう伝えたらいいもんか。敵は単体であたしやマドカちゃん以上の速度と攻撃力を持つ個体も存在する、それと多分状況によっては無限に強化が可能だ」

 

「……倒し方は、明確ですが」

 

「ま、そうだねぇ。……中に核として入っている"人間"を殺せばいい。単純明快、これ以上に分かりやすい答えもないだろ」

 

「……小さく弱い個体は例外としても、大きく強い個体は間違いないですね。つまりこれは、決して特殊な生物や、モンスターではなく」

 

「着ぐるみ、龍神教徒の強化アイテムってとこか」

 

【アッ……ガァッ……ぁぁぁあああぁ……』

 

臓物と共に零れ落ちる1人の人間。

衣服すら来ていない全身の皮膚が爛れた姿のそれは、腹部を7割ほどまで切り刻まれ、残り僅かな命を自覚しても這い寄ってくる。

彼が見つめる視線の先にあるのはマドカだ。

それ以外には見向きもせず、ただただ震える右手をマドカに差し向けて呻き声を上げ続ける。

 

「っ、マドカちゃん……!」

 

「大丈夫です、エミさん。……もう、大丈夫です」

 

その大丈夫はきっと、エミでも、自分でもなく、目の前で命を終わらせようとしている男に向けて放った言葉。

蹲み込み、右手を取り、優しく微笑む。

マドカの言う通り、男には既に敵意がなかった。

それどころかむしろ、彼の瞳に宿るのは……

 

『ぁ……ぁ……だっ、い……ま……』

 

「もう……大丈夫です。貴方はもう、苦しまなくていい」

 

『わ……た、……は……』

 

「おやすみなさい、そしてごめんなさい。無知で、無力だった私を、どうか許さないで」

 

『ぁ……あ……』

 

男の身体もまた、狼の肉塊と共に崩れ落ちて溶けていく。肉も、骨も、何もかもが消えて、灰となる。マドカの掌に残ったのも、風に吹かれて飛んで行く僅かな灰だけだった。

それに対して怒りは抱かない。

悲しみも抱かない。

ただ呆然とした虚しさがあるだけだ。

 

「……マドカちゃんのせいじゃないよ。マドカちゃんだけのせいじゃないさ」

 

「いえ、私の責任ですから。全部背負って、それでも私は前に進みます。……だからそれより、今はグリンラルへ。もし同じ個体が他にも居たら……エミさんの速度に匹敵する様な個体が、もし複数存在していたら」

 

「……急ごうか、とにかく」

 

「はい」

 

マドカはエミを先導するように走り出す。

マドカが今、どんな顔をしているのかはエミには分からない。ただ、確かに彼女の言う通り、今立ち止まっていられないという事だけは確かだ。……立ち止まっていられた時間なんて、今日までどれだけあったかという話でもあるのかもしれないが。

 

 

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