「あっ、ぐっ……!?」
「リエラ、大丈夫……?」
「だ、大丈夫!私、お姉ちゃんだから……!そ、それよりステラ、援軍はまだ来ないのかな」
「多分、来ない。来たとしても、時間かかる」
「そ、そうだよね……今はなんとか、堪えないと……!」
大きな扉が聳え立つ、グリンラルの入口。
殺到するモンスターの数は決して減る事はなく、既に全身に裂傷を負いながら精神力も底をつき始めている双子の姉妹が、対になった槍を構えて立ち塞がる。
リエラ・ブローディア。
ステラ・ブローディア。
今年で19になる2人は、何を隠そうあのマドカ・アナスタシアの最初の教え子であり、彼女が扱う特殊な高速戦闘術を唯一会得した者達である。
互いの身体と槍を使い、完全な意思疎通の元に繰り広げられる曲芸染みた高速戦闘術。本来ならば十分なVITが無ければ決して実現することのないそれを、それこそマドカと比べれば未だ拙く速度もかなり落ちているものの、彼女達はそれでも都市で"唯一"模倣した。
本来はダンジョン内という狭い空間であるからこそ実現するそれも、槍を使い、互いの身体を使い、彼等は擬似的な物として迫り来るモンスター達を退け続ける。……息は荒い、体力も精神力も出血量もそろそろ限界に近い。
「「【刺突】【水斬】……!」 」
それでも彼等の速度だけは衰える事なく、むしろスフィアを使う事でより激しさを増していた。【刺突のスフィア】による前方への高速突進に、【水斬のスフィア】を合わせる事で、範囲の広い水圧によって強引に道を開いて内部から蹂躙する。
より戦闘力に重きを置いてマドカに師事を請うていた彼等は、こうしてグリンラルへたった2人で戦力として貸し出されても十分に受け入れられる程には強い。レベルに比例しない強さとでも言えばいいのか、良い意味で強さがレベルに見合っていない。だからこそ彼等は誰よりもマドカの教え子らしい、と言えるのだろう。
緊急の他街への戦力の貸し出し、以前はマドカが担っていたその役割を今は2人が担っている。だからこそ、負けられない、意地がある。任せられたからには、その位置を奪ったのであるのなら、最後までやり通す義務がある。……師の名前を落とす事をないように、師の弟子を名乗るに相応しい位置であるために。
「っ……でも、流石にこれはっ!」
「リエラ、一回退こう」
「でも……!!」
「街の中にも罠はある、それを利用して減らすしかない。私達が動けなくなったらそれも使えない」
「っ!……わ、分かった」
「ん、それじゃあ……」
思わず意地が勝ちそうになってしまったリエラは、一瞬マドカの顔を思い浮かべて気持ちを落ち着ける。妹のステラの方が冷静で、姉の自分の方がこの有様なのだから恥ずかしいばかりだ。
……それでも、いくら街中に罠があるとは言え、それは街の民が総員で迎え撃つために使う物だ。今は動ける民の大半が反対側の門を守る為に動いている、こちらに割ける戦力は殆ど無いだろう。果たしてこの数を自分達は本当に押し込める事ができるのだろうか?その疑問を抱いているのはステラも同じで……
「【水斬】【水斬】【属性強化】……!」
だからこそ、その声を聞いた瞬間に、2人の顔からは思わず笑みが溢れた。
「【闇弾】【闇弾】【闇弾】!!やぁっちまいなぁ!マドカちゃん!!」
「「マドカ(さん)……!!」
「リエラさんもステラさんも気を付けて下さいね!!滝水斬!!!!」
2人の前に降り立った彼女が、流星の如く光り輝く巨大な水の柱で薙ぎ払う。抉れる地面、薙ぎ倒される森の木々、そして水圧によって魔晶ごと粉々にされる大量のモンスター達。特殊な機構を持つ白と黒の2本の剣を重ね合わせて大剣として扱う彼女は、以前に見た時と変わらず、正しく都市最高の属性使いとして相応しい馬鹿げた攻撃を見せつけた。
今も雨の様に降り注ぐ水飛沫に、森の深くへと流れていく流水とモンスターの灰。あれほどに犇いていたモンスター達は僅かの1匹すら残っておらず、目の前にいるのは一息を吐いて大剣を双剣に分解して収納する彼女と、そんな彼女を呆れた様に苦笑いをして見つめる聖の丘の副団長だけ。
「マドカさ〜ん!」
「わわわわっ!も、もう、リエラさん?いきなり背後から抱き付いたら危ないですよ?」
「えへへ、ごめんなさい!でも来てくれたんですね!ありがとうございました!!」
「ふふ、どういたしまして。リエラさんもステラさんも、どうやらたくさん頑張ったみたいですね」
「はい!頑張りました!」
「ん、頑張った。褒めて」
「あはは、お二人共よく頑張りました〜!」
「にへへ」「ん」
桃色の髪を撫でられて微笑む2人を、マドカは慣れた様にして受け入れる。まさかこの3人の中で最も年下なのがマドカだとは誰も思うまい。未だ17のマドカに対して、ブローディア姉妹は共に19。当初こそ年齢の違いから諸々のトラブルはあったものの、それが今ではこの関係なのだから人間の関係というのは面白い物だ。2人の治療を始めたマドカを、エミも隣に蹲み込んで手伝い始める。相当無茶をしていたのか、姉妹は見た目以上に酷い状態だった。
「さて、一体ここで何が起きたのか、お姉さん達に教えて貰えるかい?一応ここに来る途中でも変な奴にはあったけどさぁ」
「アタラクシアさんとリスタニカさんも、まだグリンラルに居るんですよね?お二人は何処に居るんですか?」
「……それが」
粗方の治療を終え、近くの倒れた木からマドカが片手間で切り取った丸太の上に座った2人は、時々顔を見合わせながらも説明を始める。
"怪荒進"が終わった筈のグリンラルで、何故これほどの数のモンスターが発生しているのか。そしてこの街にいる筈の英雄と連邦軍の長は何処に居るのかを。
「"怪荒進"が連続した……?それは本当なのかい、リエラちゃん」
「は、はい……実はその、私達が1度目の怪荒達を対処した本当にその直後に、また別の場所で大量のモンスターが出現したんです。調査の結果、殆ど同時に2箇所で予兆が起きていたらしくて、私達はそのうちの片方だけを見つけて最初の調査を打ち切っていたので……」
「それで戦力が足らずに抑えきれなくなったと」
「はい……2度目の規模は1度目の数倍の物で、人手が足りずグリンラルは一瞬で包囲されてしまいました。今はこの街の4つの入口をそれぞれ防衛していまして、南を私達が、西を英雄が、東を軍長が、北を街の他の探索者達全員が担当しています」
「そりゃまた大役を任されたねぇ」
「1度目の怪荒進で、知らない毒を持ってるモンスターがたくさん出てきた。その治療も遅れ気味、動ける探索者がとても少ない」
「それでも一番数が少ない場所を任せて貰ってた筈なんです……筈なんですけど」
「……アレが呼んでたのかねぇ、マドカちゃん」
「分かりませんが、可能性はあります。そもそも地形も分からず別種同士では群れる事もないモンスター達が、それほど迅速に街を取り囲んだ。司令塔的な役割が居てもおかしくありません。……逆に被害を抑えていた可能性もありますが」
「……マドカ、なんの話?」
「えっとですね……」
そうして今度はマドカがここに来るまでの事情を話し始める。どうしてグリンラルに来ることになったのか、そしてここへ来る間に出会った奇妙な怪物。加えてオルテミスの街が一度襲撃されてしまい、その際の敵の目的が恐らくマドカであったということまで。
「だ、大丈夫なんですかマドカさん!?そんな、こんな、出歩いたりして!?」
「大丈夫大丈夫、そのためにあたしが見てんだから」
「はい、それにむしろ来られて良かったです。……思っていたより状況は悪い様ですから」
「……ん」
英雄と連邦軍長、この2人に関しては恐らく何の問題もない。むしろ彼等がやられるのであれば、それはマドカとエミでも対処出来ない相手であるということを意味している。こちら側ももう暫くモンスター達は来るだろうが、マドカ達が来た以上は何の問題もない。問題があるのはむしろ、反対側の探索者達が居る方……恐らくそちら側では正しく戦争が繰り広げられているのだろう。ブローディア姉妹が動けない以上、マドカ達がこの場を離れる事は出来ない。心配ではあっても、あちらはあちらに任せるしかない。
「ま、なんだかんだこの街を守り続けてる探索者共だ。あんまり出しゃばるのも良くないさ」
「エミさん……」
「にしても、龍の飛翔も2連続、怪荒進も2連続と来たかぁ……こりゃ本当に何か起きてるね。しかも怪荒進は1度目より2度目の方が規模が大きかった、龍の飛翔も今のところ2度目の方が明らかに前兆が大きい部類のもの」
「……ってことは、アイアントでも同じ事が起きてるってことですか!?"紅嵐"が2回来てるとか!?」
「ええ、その可能性は極めて高いと思います。世界に存在する4つのダンジョン、それぞれが共鳴していると考えるのが妥当でしょう。……原因は分かりませんが」
「……龍神教の動きが多いのも、そのせい?」
「だろうね、あいつらは何かを知っている筈だ。それこそ、ダンジョンで長く活動しているあたし達すら知らない様なことを」
チラとエミはマドカの表情を伺う、しかしそこにはやはり少しの悲しそうな表情が見受けられるだけ。
今回の件で何かしら龍神教との関わりがあるという事が示唆された彼女、それはつい先程の肉狼の中に入っていた男への反応の違和感もまた証明していた。
……それでもエミは、マドカが敵だとは考えない、考えられない。もし彼女ほどの人間が龍神教側のスパイなのだとすれば、それこそ本当に他の誰を信用出来るのかという話になってくる。それはつまり、何か大きな理由がある訳でもなく、単純にエミがそれを信じたくないというだけ。
(レンドの話だと、ラフォーレとカナディアはこの子の何かを知っている……ただ、ラフォーレはともかく、カナディアが知ってるならスパイの可能性は無いと見ていい。全く、何も一番疑い難いマドカにこんな容疑が掛かってくるなんて)
それでも彼女がそれを話そうとしないのは、それだけの理由があるのか、はたまたラフォーレとの約束を忠実に守っているからなのか。
とは言え、そもそも都市の多くの見る目のある人間が彼女を信用していることもまた事実。唯一レンドだけが彼女を疑っている所はあるが、それもまた彼自身の方に理由がある事だから仕方がない。それについてマドカに非は無いし、むしろマドカの方が被害者だと言ってもいい。故に大きな問題はないだろう、それこそ今直ぐ解決すべきほどでは。
「っふぅ、流石にそろそろ落ち着いて来た頃合いかね」
「そうみたいですね。ごめんなさいエミさん、任せっきりになってしまって」
「いいのいいの、ここに来るまでマドカちゃんには頑張って貰ったし」
「あ、あの、この件の報酬とか……!」
「あー、お姉さんは要らないよ?金なら腐るほどあるからねぇ」
「私も必要ありませんよ、お二人で受け取って下さい」
「……マドカは、お金に困ってる」
「こ、こら!ステラ!」
「ふふ、大丈夫ですよ。グリンラルには野生動物も多いですから、その気になれば狩りに行く事も出来ますから」
「……悪いけど2人とも、この子の食事代くらい出してやってくれないかい?流石にあたしも今は手持ちが少なくてねぇ」
「と、当然です!任せてください!というか出させてください!」
「報酬、いっぱい……ステラ、うはうは……だから、大丈夫」
「そんな……ごめんなさい、先生として情けないです」
むしろ自分達の先生が街の外で野生動物を狩って食べている方が問題というか、情けないというか。
そもそもこの女が大体金欠な理由は食事代だけではなく、他人への施しというか、自分以外へ使う事の方が多いというのが大き過ぎる。リエラとステラもその恩恵を、むしろ教え子達の中では最も受けて来た立場。今でも思い出せば頭が痛くなる様な贈り物の数々、あれと比べればこれくらい何とでも無いというか、それくらい出させろというか。
「……一先ず、私は他の箇所の様子を見て来ようと思います。エミさん、もう暫くここをお任せしてもいいですか?」
「構わないよ、行っておいで」
「あ!マドカさん!私も行く!」
「怪我が大丈夫なのでしたら……ステラさんはどうしますか?」
「疲れた、寝てる」
「ふふ、分かりました。それなら行きましょうか、リエラさん」
「はい!」
東側と西側は問題ない、マドカは北の方角へ向けてリエラを伴い走っていく。そんな2人を見送ったエミとステラは、特別親しい訳ではなくとも気不味い雰囲気になる事もなく、同じ丸太の上に腰掛けた。一見閉じこもりがちに見えるステラも、別に人見知りという訳ではない。どころか誰に対しても同じ様に接する彼女の方が、姉よりは気軽に接する事が出来て。
「強くなったじゃないか、あんた達」
「……皮肉?」
「いいや、あたしがそう思っただけさ」
「マドカに助けられたのに?」
「マドカだってあたしがサポートしてたろ?」
「………」
納得行かないと言った様に寝そべる彼女の身体を、エミはポンポンと叩く。こんなにも可愛らしい彼女達ではあるが、その根本となっている物は酷く悲惨なものだ。マドカが拾いでもしなければ、こうまで丸くはなっていなかったであろう2人。それを知っている今だからこそ、それを知る事が出来たからこそ、気に掛ける。所詮それが本当に彼女達のためではなく、その他の全てのもののためであったとしても。
「ま、死なずにいれば強くなれるさ。いつかは」
「……マドカより?」
「あの子はあれ以上強くなる気なんてサラサラないからねぇ、あんた等が追い抜いてくれる事しか考えてないよ。だからそんな事気にしてないで、さっさと追い付いて安心させてやんな」
「……ん」
強くなるための動機は、優しいものであって欲しい。そう思うのは我儘なのか、それとも願いとして許される範疇なのか。……それでも、悲しみと無力感で強さを求めて来た人間を誰よりも側で見続けて来たエミにとっては、何十年経ってもそれに苛まれる様な人間になって欲しくないというのは、決して譲る事の出来ない事の一つでもあるのだ。