翌日、ダンジョン5階層。
万全に防具を整え、武器を持ち、スフィアに手を添えて2人はその階層に踏み込む。高鳴る胸の音は果たして恐怖か、緊張か、期待か。
以前と変わらず部屋の奥で唸り声を上げる相手に対峙しながらも、ふと震えていたその右手を握られる感覚を覚えた。横を向けば彼女がいる、今も笑って、大丈夫だと、まるでそう言っているかの様に。
「……さあ、行こうか」
「はい、行きましょう」
『グルァァァア!!!!!』
同時に飛び出した3者。
しかし最も早く動くのはSPDのステータスの高いレイナだった。槍を利用して大きく飛び上がり、壁や天井を利用して近づいて行く彼女はまるで雷の様。
その変則的な動きに驚愕し、咄嗟にその場から離れる事で様子を見ようとしたワイアームは流石の対応力を持っていた。……しかし彼女ばかりに目を取られてはいけない、ここにはそのワイアームを倒すことに並々ならぬ執念を抱いている女が別に居るのだから。
「【炎打】……!」
『グルァッ!?』
間一髪、尾を壁に打ち付けて強引に頭の位置をズラした事でワイアームは振り下ろされたその攻撃を避ける。直後に着地を刈る様に空気弾を放つ準備をするが、その背後からはもう一つ忍び寄る影もあって……
「【雷斬】」
『ーーーーッ!?』
背部を大きく切り刻まれたワイアームは全身の空気穴から全力で空気を吐き出し、凄まじい風圧を撒き散らしながら空へと逃げる。
【雷斬】は切れ味はもちろん、何より敵に与える痛みと麻痺が効果的な一撃だ。麻痺自体はそう長くは続かないとは言え、本来ならリゼが追撃出来る程度の時間は稼げたはず。……にも関わらず動かない思考の中でもひたすらに空気を噴射して自分達を吹き飛ばそうとした所を考えるに、リゼは思うのだ。やはりこの相手は、例え2対1であっても少しの油断もしてはならない相手なのだと。例えリゼのレベルがどれほど上がろうとも、決して舐めてかかってはならない相手なのだと。感心すらする。
「どうしますか、リゼさん」
「……私が叩き落とすよ」
「えっと、どうするんですか?」
「敵の突撃を待って、すれ違い様に叩き落とす。だから最後のトドメはレイナに任せるさ」
「え、何言ってるんですかリゼさん?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?……え?本気なんですか?」
「……ええと、私は何かおかしなことを言ったかい?」
「え?なんですかこれ、私がおかしいんですか?」
リゼの提案に本気で困惑するレイナ。当然である、他人からすれば本当にこいつはいきなり何を言い出したのか、頭がおかしくなったのかと思うような話なのだから。
「……わかりました、お任せします」
「ああ、任せて欲しい」
しかしそれでもレイナはそれなりにリゼの実力は認めているし、彼女が色々と普通では無いことも知っていた。特に今は彼女は自分の先生であるのだから、従わない理由はないだろう。こんなにも自信満々に言っているのだし、元々はワイアームと1人で戦おうとしていたような人間でもある。レイナは指示通りにリゼの後ろの方に待機することにした。
「さあ、ワイアーム。……今度の我慢比べは、負けないよ」
『グルゥゥ……』
大銃を肩に担いで、もう片方の手でスフィアへと手を伸ばす。リゼはこれでしかワイアームに勝てない、否、これしか勝つ方法を知らない。以前の時には恐怖のあまりラフォーレの前だというのにそれは時間をかけて悉く失敗してしまっていたが、今日は後ろにラフォーレは居らず、むしろカッコいい所を見せたい少女がいる。
……ここでミスはしたくない。カッコいい所を見せて、凄いと思って貰いたい。一緒に組むのに値する人だと思って貰いたい。今のリゼの背中を押しているのはその想いだけだ。
そのためなら、少しの怪我くらい。
「……来い!ワイアーム!!」
『グルァァァアアァァァァアア!!!!!!!』
「【視覚強化】!【星の王冠】!【炎打】!!」
同時にスキルを発動し、スローになった世界でワイアームの動きを予測する。逆にワイアームからこちらの動きを読み難くさせる為にリゼは前へ前へと走り、大銃に炎を纏わせた。
恐ろしい形相、凄まじい勢い、思い出すのはかつて見た強化種。……だがもう、怖くない。今はもう、そんなに怖くない。あの後に見たカイザー・サーペントの勢いの方が今より断然凄かった。断然恐ろしかった。一撃で命を奪うほどでもないただの突進でしかないワイアームのそれは、不思議といざ前にすれば少しの余裕があって、手の震えだって小さくなる。……ラフォーレに向けられたあの酷い経験は確かに、意味のあるものだった。
「ふっ……!!」
直撃の僅か瞬間、リゼは身体の向きを変えてワイアームを避ける。掠める事もない、けれど余裕があった訳でもない。そのギリギリの瞬間を見極めて動いたリゼの姿は、それこそワイアームやレイナから見れば突然実体が無くなったかの様にも見えた。
振り下ろされた炎を纏った大銃はワイアームの空気穴の一つを叩き潰し、内部に存分に炎を注ぎ込む。身体の内部からの火傷、それはワイアームに尋常ではない苦痛を与え、浮遊のバランスを崩した事もあってか勢いそのままに落下した。床を滑る様にして落ちたワイアームが向かう先にはレイナが待っており、彼女はそれまで【体盾のスフィア】を据えていた手を少しズラし、リゼの無事を確認してから槍を構え直した。
「【雷斬】、【雷斬】……」
凄まじい量の雷がレイナの槍から迸る。
同種の雷系スフィアの同時使用数に応じて攻撃の威力が向上するレイナのスキル、本来同じスフィアを同時使用した際に起きる威力の向上が更に勢いを増して膨れ上がる。先端部から放たれる尋常ならざる青白い雷の束は、まるで闇夜に開く花の様にも見えて。
「【雷散月華】」
『ーーーー!?』
壁を駆け上がる様にして大きく飛び上がり、滑り込み衝突したワイアームに向けて突き立てる。
雷を纏った彼女の槍はワイアームの鱗を何の苦もなく貫通し、その脳天を叩き割った。脳を焼き、血を焦がし、全身を走った雷は僅か数秒にしてワイアームを絶命に至らしめる。
「……まさか一撃とは」
いくら階層主とは言え、ワイアームは5階層の階層主。ワイバーンをどう解釈するかにもよるが、ある意味では最初の難関とも言える存在であるが故に、ステータス自体はそう大したものではない。レイナの様な一定以上の火力があれば、それを当てるだけで簡単に倒せる様な存在だ。だからこそ重要になるのが、それをどう当てるのかということ。
ワイアームの簡単で確実な討伐に必要な役割とは、『空から地上に撃ち落とす役割』と『ワイアームに一切の抵抗を許さず撃破する役割』の2つだ。そして2人はそれを自然と担っていて、互いに当然の様にそれを成した。故にこの結果は当然のものであると言えるだろう。
……勿論、ここは最浅層。チームワークとしては初歩の初歩の技能といったところであるが。
「凄いなレイナ、驚いたよ。まさかワイアームを一撃で倒すとは思わなかった」
「いえあの、驚いたのは間違いなく私の方だと思います」
「?」
「さっきのその、何したんですか?いきなりワイアームが擦り抜けた様に見えたのですが……」
「えっと、避けただけだけれど……」
「どんな避け方したらあんな事に……」
「私は元々眼が良くてね。それにスキルと【視覚強化のスフィア】を使えば、見えない物なんて滅多にないくらいさ」
「……例えば今から私がこの槍でリゼさんを攻撃したとしたら、避けることは出来ますか?」
「避けるどころか掴むくらいの自信はあるかな」
(……ああ、この人も色々とおかしな人なんだなぁ)
それも本当に今更の話ではあるのだが、むしろおかしくなければここまで期待される事も無かったであろうに。まあそもそもこんな巨大な銃を軽々と抱えて笑っている様な女を、なぜ一時でもまともな人間だと考えていたのかと人は言いたいくらいである。
そしてそんな女は灰を掻き分けて目当ての物を探す。マドカから教わった事が本当なのであれば、まず間違いなくアレが落ちているだろうから。勿論それはリゼの物ではなく、レイナの物として。
「ああ、あった」
「はい?」
「レイナのスフィアがあったんだよ。ほら、水属性だし……【回避のスフィア】かな。私とお揃いだ」
「……貰っていいんですか?」
「当然だ、これを使って今後も私を助けて欲しい」
「私の属性とは合わないと思いますけど……」
「しかし戦闘スタイルとは合うだろう?もしレイナが1人で戦わざるを得なくなった時、それはとても役に立つ筈だよ。なにせ私自身相当に助けられているからね、とても便利だ」
「……それもマドカさんからの知識ですか?」
「むしろダンジョン探索に関して私がマドカから受け取っていない物の方が少ないよ。それは私にとって重要な事で、それは私にとってとても大切な事実さ」
スフィア1つ、魔晶1つ。
これから先もこれくらい簡単に倒せるのであれば稼ぎの量も安定してくるのだろうが、実際こうして覚ました顔をしているリゼの中では声高く心臓が鳴っている。それほどにワイアームに対する苦手意識は未だ根強く残っているし、出来るならば戦いたくない相手である事は変わらない。
まあ探索者を続けていくのなら今後もこの5階層は死ぬほど通る事になるだろうし、ワイアームとも死ぬほど顔を合わせる事になる。そのうち慣れるだろうとは言え、最低でもこの動揺を周囲に知らせない様にはしたいものだ。少なくともレイナには、カッコいいところを見せておきたい。
「まあ、それはともかく、一先ずは6階層で休みを取ろう。……ああいや、そうなると帰る時もまたワイアームを倒さないといけないのか。だとすると一度1階層に戻って」
「……リゼさん、本当にワイアームが苦手なんですね」
「うっ」
まあ、その人だけを見続けている人間からすれば、その様な些細な変化は簡単に見抜けるものではあるのだけれど。特にリゼとは違い、鋭いレイナには。
「構いません、このまま6階層に行きましょう。帰りは私が前に立ってワイアームを倒します。そっちの役割も経験しておきたいですから」
「そ、そうは言うが……」
「それに信用させないといけませんからね」
「信用……?」
「はい。少なくとも私と一緒にいる時は、ワイアームなんて怖くもなんともないという信用を」
「!」
それを慢心と取るか献身と取るかは人によるかもしれないが、レイナからしてみればワイアームはそこまで脅威ではないように見えたのは事実だ。それはもちろん1人で討伐しろと言われれば話は変わるかもしれないが、2人でならば簡単に討伐できる様な相手にしか思えない。……どころかむしろ、アレは元々2人以上で戦う事が前提としてある様な、そんな存在の様にも見えている。そもそも最初から1人で戦うという選択肢こそ間違っているくらいに感じて。
「ありがとう、レイナ」
「はい…………そ、それより、今日はこの依頼について調査も少しだけ行いましょうか。モンスターの出ない6階層の様子を見るくらいはしてもいいと思います」
「ああ。行方不明者の捜索、だったかな」
「はい。まだ10階層のレッドドラゴンに挑む事もない、それこそ私達と同じくらいの新人探索者がある日突然ダンジョンから戻って来なかった。不審に思ったクランメンバーが総出で捜索したものの、遺品の一つすら見当たらないと」
ギルドから持ってきた詳細をレイナが読み上げる。
……だとしたら、その人物は一体どこへ行ってしまったというのか。全くの手がかりもなく、今も一部のクランメンバーが探し続けているというのに、ギルドでも情報収集を続けているというのに、影も形も出てこない。
しかしその予想は、今この場にいる2人なら出来る。
「ダンジョンのもう一つの入口……レイナが運ばれて来たであろうその場所から、外に出てしまった」
「もしくは攫われてしまった、でしょうか」
「そうなると、ますますこの6〜10階層辺りにそれがある可能性が高くなってくるね。とは言え、見て分かる通り……」
6階層へと繋がる階段を降り、目の前に現れるのは光り輝く真っ白な壁と床によって照らされた緑溢れる森林地帯。……何かを探すのに決して向くことのない、迷いの森。
「6階層だけでこの大きさ、この4倍以上もの空間からそれを見つけ出すのは至難の業ですね……」
「加えて9階層はカイザー・サーペントの領域になっているからね。こうして生えている草木にも毒が混じっているし、危険な虫類も多い。一応対策はしてきたとは言え、探索に向かない地帯であるのは当然、長時間の滞在もあまりお勧めされないかな」
毒や病に対する耐性もVIT(耐久力)の向上によってある程度は上がるものの、やはり解毒のポーションは欲しい。それに毒を持っているだけならばまだしも、裂傷となるほどの傷を与えてくる虫も居るのだ。ここでキャンプを貼るのであれば、カナディアが使っていた様な虫除けの香材は必須であるし、探索をするのなら人数が居る。
死角からモンスターに襲われやすいこの地形、1人ではそれこそ以前のリゼの様に頭上からスライムが落ちて来たりハウンド・ハンターに知らぬうちに囲まれたりと、簡単に命を落とす事になるだろう。
「……こうして色々と知識が付いてくると、なんだかんだラフォーレの進み方が最も安全だったのだと分かるのが悔しいかな」
進行方向を爆撃し、出口まで強引に道を作り出す。
一見単なる精神力の無駄遣いであり、あまりに野蛮過ぎる突破方法ではあるものの、死角を破壊し、虫類を殺し、爆音と威力でモンスター達を追い払う。こうなればただ歩くだけで無傷で突破する事が可能という、豊富な精神力があればあまりに効率的な進み方。出来る人間は限られるだろうが、出来るのならば進んですべき事だろう。……それに幸い、どうやらこの階層は森をいくら焼いた所で強化種が出る事は無いらしいのだ。そもそも定期的にマッチ・モスが全焼させている様な場所であるのだから当然の措置ではあるのだが、そうなればむしろその突破方法が正攻法の様にも見えてくる。
「どうしますか?リゼさん」
「……一先ずは他の依頼を片付けよう、今日は様子見と採取依頼を終わらせて帰還だ。帰りのワイアーム戦もある事だし、あまり探索を急いで大怪我をするのも違うからね」
「分かりました、そうしましょう。……あっ、その前にお昼にしませんか?作って来たんです、休憩にしましょう」
「ああ、それは助かるよ。レイナは料理が上手いからね、今日も楽しみだ」
「ふふ、褒めてもお弁当しか出ませんからね」
そろそろこの生活にも慣れてきた2人。
それでもダンジョン探索が順調に進むのはここまでだと分かっている。ここから先はリゼもまだ慣れておらず、1人での探索など未だ出来ない領域。この広大な場所で人探し、物探しなど以ての外だろう。だが逆に言えば、ここでそれが出来る様にならなければこれから先の階層など話にならないという事でもある。