静まり返った森の夜。
アレだけの事があったからか今日ばかりは妙に静かな暗闇の中で、彼等は一際大きな建物の中へと案内されていた。
都市グリンラルは元はダンジョンを管理していたエルフ達の里であり、その特徴は徹底的な木造建築。加えて圧巻なほどに並び立つ高層建造物。まるで建物そのものが木の様にも見えるこの場所では、当然高所恐怖症を患っている様な人間に居場所は無い。そうでなくとも建物を繋ぐ通路には簡素な物が多く、中には手摺すら付いていないどころか風によって常に揺れて居る様な物まであるのだ。
……とは言え、ここに居る人物達は今更その程度では顔色一つも変えない。単に登るだけならば恐ろしくもない、それどころか廊下から別の廊下に飛び移りだってするかもしれない。それくらいイカれてないとダンジョンを潜る探索者という生き物はやっていけないのだ。
「やあやあ、やあやあ、久しぶりだね、うん、久しぶりだ。元気にしてたかな?元気にしてたといいんだけど」
「やあキャリー、相変わらず面倒臭い話し方してるねぇ。……それにゼグロスも、こうして顔を合わせるのは久しぶりかい?」
「がっはっは!ああ、最近はなかなかオルテミスに行く機会も無かったからな!元気そうで何よりだ!エミ!そして……マドカもな」
「はい、お久しぶりです。ゼグロスさんもキャリーさんも、お元気そうでなによりです」
入口から入ってきたマドカ、エミ、リエラ、ステラを待ち構えていたのは、5人の男女。その内の都市の代表者である2人は、笑顔を浮かべてマドカ達を迎え入れた。
短い金髪を後ろで纏めた中性的な彼女は、キャリー・テーラムというこの街のギルド長を務めるエルフの女性である。
一方でその横で腕を組んで座っている橙髪の獣人の男性は、ゼグロス・ルナフォルド。その筋肉量と威圧感から分かる通りにグリンラル最強の探索者であり、探索者代表を務める男だ。
もう1人キャリーの後ろに彼女の秘書であるラメール・デイというエルフの男性もいるが、彼は特に何かを言うこともなく頭を下げるのみ。彼はそういう人物であるからして、そこに特に何かを言う者も居ない。
「それに……アタラクシアさんとリスタニカさんも、お久しぶりです。2年ぶりになりますが、こうして再び会うことが出来たのを嬉しく思います」
「ああ」
「……うむ」
「相変わらずそこの2人は口数が少ないねぇ、強い奴は口数まで少なくなるのかい?辛気臭いよ」
「エ、エミさん……」
そしてそんなゼグロスよりも遥かに強い存在感を有している2人が、この場には居る。
"英雄" アタラクシア・ジ・エクリプス
"軍長" リスタニカ・ゼグレスタ
都市最強どころの話ではなく、この世界における実質的なNo.1とNo.2。
ふわふわとした長い紅髪を纏い、人形の様に整った顔をした彼女は、この世界最強の実力を持つ"英雄"と呼ばれる様な人間だ。最低限の笑み、最低限の言葉、しかし纏っている覇気は本物。マドカは当然、レンドですら彼女には敵わない。世界中を単独で回り、平和の為に戦い続けているのが彼女で、英雄だ。英雄、アタラクシア・ジ・エクリプスだった。
一方で黒色の肌に髪を剃り、ゼグロス以上の筋肉量に、座っているにも関わらず立っている誰よりも高い位置に頭のある巨大な体躯を持つドワーフの男。ドワーフにしてはあまりに身長が高過ぎるその彼こそが、連邦直属の軍を取り纏める最強の精鋭。街単位の災害に、軍よりも先に単体で送り込まれる様な単一の化け物。それが軍長、リスタニカ・ゼグレスタ。
「いやぁ、うんうん、今回は本当にありがとうね、本当にありがとう。2人にはとても助けられちゃったからね、助けられちゃったんだ」
「ああ」
「……うむ」
「……ゼグロス、こいつらに会話任せてたら話進まない気がするよ」
「あー……まあ!とにかく本題入るとするか!」
同じことを2回言うおかしな癖のあるキャリー、一言二言しか決して話そうとしないアタラクシアとリスタニカ。そして全く話そうとしない秘書のラメール。こんな奴らに会話を任せていたらいつまでもまともな会議は出来ない事は明確なので、こういうことはあまり好きでは無いにも関わらず誰よりも前で喋るのはゼグロスでしかない。
「それと……リエラ、ステラ!」
「は、はい」「………」
「お前達も良くやってくれた。この都市を守れたのはお前達の働きが大きい、心から感謝をしたい」
「い、いえ、そんな……!」
「お金……」
「ああ!報酬には期待してくれていいぞ!恐らく契約の倍は払うだろう!キャリーがな!」
「殺していい?殺していいよね?殴って、蹴って、転がし回して、その上で殴って蹴って殺し回しても許されるよね?許されない?許されるよね?」
「やった」
「ちょ、ちょっとステラ……!」
話は逸れたが、別にそんな世間話をするためにここに集まった訳ではない。
4人は四方形に形作られた長机の一辺の席に着き、主にエミとマドカとゼグロスが中心になって話を進めていく。具体的にはこれまでに起こった事を、本日起こった事を。
「……なるほど、一先ずはこれでこっちは収束って思っていいんだね?」
「流石にな!今も夜通し調査隊が外を探索しているが、今のところは問題はない!というかこれ以上来る様ならば本当に都市が滅ぶ!俺も限界だ!」
「別にそれは大丈夫でしょ、マドカちゃんも居るんだし」
「あの、私にも限界はあるので……」
「足りる」
「ア、アタラクシアさんまで……!」
「それで?この街の探索者が少ない理由ってのは本当にただの毒のせいなのかい?」
「………」
「やっぱり違うのかい」
「ふむ、ふむ、毒ではないよ、毒ではね。でも寝込んでいるのは確かなんだ、みんな寝込んでいる」
「それはどういう……」
マドカがアタラクシアにまで弄られている横で、エミが話を進めていく。あまりにも足りていないグリンラルの戦力、少なくとも探索者の数だけならばオルテミスとそう変わらないこの街がこれほどの人手不足に陥るとは普通ならば考えられない事だ。
だからこそ、恐ろしくも感じる。
そうなった元凶についてが。
「私達は"獣熱病"と呼んでいるよ、"獣熱病"と」
「"獣熱病"、ですか」
「1度目の怪荒進の際にモンスター共が持って来た病……より具体的に言えば、獣人族にだけ感染する奇怪な病だな!」
「症状は?」
「圧倒的な感染力!そして驚異的な薬効耐性!致死率は低い!症状は単純!熱が出て身体に力が入らず寝込む程度のものだ!」
「治療の方法は確立しているんですか?」
「薬はないかな、薬はね。ただ【解毒のスフィア】を3つ同時使用すれば治るよ、【解毒のスフィア】を3つ、同時にだ」
「ああ、道理で……」
納得して頷くエミとマドカ。
【解毒のスフィア】を3つと簡単には言うが、治療系のスフィアは☆2の物であっても凄まじく希少価値が高い。そもそもオルテミス内であってもそう多くは出回っていないそれが、スフィアを好まないエルフも多いこの街で十分にある筈がない。
つまり治療が行き詰まっている理由というのは、単純に治療の手が追いついていない。それに尽きる。
「……解毒のスフィアはいくつありますか?」
「ラメール、ラメール?」
「はい、現時点でグリンラル内では【解毒のスフィア☆3】は4つ存在しております。その内の3つは現在もエルフ達が使用中です」
「マドカちゃん、いくつあればいける?」
「個人的に1つ持っていますが、念のためにもう一つ貸してください。ただ私が【範囲強化のスフィア☆3】を一つしか持っていないので、それも1つお貸し頂きたいです。後は私に魔法を放つ事が出来る役割の方もお願いします」
「ラメール、ラメール?」
「はい、問題ありません。しかしより効率を高める為に患者の移動を行う必要があります。明日の朝までには全ての準備を完了させましょう」
その言葉と共になんとなく雰囲気の明るくなる一同、治療の目処がたったことへの安堵はグリンラル側の彼等にとって間違いなくあった。そうでもなければ本当に各地から【解毒のスフィア】をかき集めて来なければならなかったし、それに掛かる金額も彼等が試算していた限りでは凄まじい物になっていたからだ。誰よりも胸を撫で下ろしているのはギルド長のキャリーであるだろうし、その秘書であるラメールだって少しだけ無表情を崩している事から確かにそれを喜んでいた。
「いやはや、いやいや、やっぱりカナディアが気に入っているだけあるね、流石はカナディアのお気に入りだ。オルテミスから呼ぶしかないと思っていたんだよ。カナディアをね、呼ぶしかないって」
「カナディアさんの代わりになれるなら嬉しく思います、カナディアさんほど効率良くは出来ないと思いますが」
「居ないカナディアより居るマドカよな!はっはっは!」
「……ところで、ゼグロスはその病にかかってないのかい?あんたも獣人だろうに」
「はっはっはっはっ!!……ふぅ」
「あ、これ掛かってんね」
「掛かっておらん!」
「ゼグロスさん、額がすごく熱いのですが……」
「……マドカよ、主は少し体温が低いのではないか?冷え性か?」
「冷え性なのは否定しませんが……ただ、それにしてもこれは、むしろよく平気で立っていられるなというくらいの」
「なぁに!この程度の熱など!普段俺が纏っている灼熱の方が何倍も熱く燃え滾っている!!」
「熱い、熱くない?換気しようよ、換気。ラメール開けて、窓開けといて、ラメール」
「はい、かしこまりました」
よく見れば今も疲労からか立ち上がるとフラフラと若干の重心がズレている彼を見るに、なかなかに辛い状況だという事がよく分かった。それならばそもそも何故探索者の中心ともなる彼が未だに治療されていないのかという話にもなるが、どうせ彼のことである。他の誰よりもこの病の影響を受け難い自分を治療している暇があるのなら、他の者を治療する様にと訴えたのだろうとエミは予測する。加えて、もしかしたらの話ではあるが……
「……この病、再発するのかい」
「……そうだね、その通りだ」
「1度罹れば2度目はない、などという生易しい病ではなかった!既に3度罹った者も居る!」
「あの、それは……もしかしなくても、ここから……」
「君の言う通りだよ、言う通りだ。獣人しか罹らないこの病、獣人だけの限られた病。……間違いなく広まる事になる、この場所からね、広がるよ」
「っ」
症状は熱と脱力感のみ、しかし治療法は【解毒のスフィア】を3つ使う方法のみ。致死率は低くとも治療しないのならば何れは力尽きるであろうし、仮に今の状態でこの病が世界中に広まればあまりにも多過ぎる獣人族の人々が命を落とす事になってしまう。……加えて治しても再び罹ってしまうという事を考えるに、マドカの力で多くの人を一斉に治癒しても根本的な解決にはならないだろう。
「必要なのは、感染経路の把握」
「ラメールよ!その辺りはどうなっている!」
「……一先ずは全ての獣人族に部屋からの外出を禁止しています。他のエルフ達を総動員してその管理を行なっておりますが、試験結果を見るに恐らく感染経路は飛沫でしょう。根本的な治療には【解毒のスフィア】が3つ必要ですが、部屋や器物の消毒には【解毒のスフィア】1つで十分でした」
「分かりました、それでは一先ず明日は全ての獣人族の方を広場に集めて下さい。念のため、治療を終えている方々も含めてです。その隙に全ての【解毒のスフィア】を使用して都市内の全面清掃をお願いします、それと絶対にこの都市から誰も出さない様に徹底して下さい。獣人族だけでなく、エルフの方々にも」
「かしこまりました」
いい加減に話の進まないこの空間に疲れてきたのか、ラメールもキャリーを通す事なくマドカの言葉に頷く。一方で空気になっている"英雄"と"軍長"の2人は決して寝ていたりはしていないが、そんなマドカの言葉に小さく頷くだけ。この件に関して自分達では何の役にも立てないと分かっているからなのか、彼等はそれは静かな物だった。……いや、そもそも彼等は常に静かな者達であるのだが。
「……あの、いいですか?」
「ん?どうしたんだいリエラちゃん」
「いえ、その……そういえばマドカさん達がここに来た理由をまだ聞いてなかったなぁって」
「あ、そういえばそうでした。グリンラルの事ばかりでうっかりしていました」
そして今の今まで言葉を全く発していなかった者は他にも2人居る。
この病について知りつつも何も出来なかった自分達とは事なり、たった1人でこの件を解決出来るという自分達の先生をキラキラと目を輝かせて見ていたリエラ。その一方で話には耳を傾けつつも机にうつ伏せて眠そうに目をしょぼしょぼとさせているステラ。
しかし彼等としてもそれについてはずっと気になっていた、まさかマドカが自分達を信用していなかったなどと言う事はあるまいし。
「……なるほど、なるほどね。オルテミスでも同じ事があったんだね、龍巣の都でも」
「えっと、つまりマドカさんがグリンラルに来た理由っていうのは……」
「そうです。アタラクシアさんやリスタニカさん、それにゼグロスさんを含めたグリンラルの探索者さん達に協力をお願いするため……それと、たくさん頑張ったであろうリエラさんとステラさんを迎えに行くためですね」
「も、もう!マドカさんってば!」
「マドカ、眠い……」
「あっと……私の膝上で眠るのはいいですけど、落ちない様に気を付けて下さいね?」
「あー!いいなーステラ!」
「うーん、話が進まないねぇ」
マドカの隣に座って居たステラはそのままマドカの膝上に倒れ込み寝息を立て始め、それを見て居たリエラはそれを羨ましそうに指を咥えているが、エミの言う通り話が進まないのでマドカは苦笑いをしながらもアタラクシアの方へと顔を向ける。
「どうでしょう?」
「行こう」
「あ、ありがとうございます!……リスタニカさんは」
「……連邦報告後、直ぐに」
「良かった!ありがとうございます!」
即決する2人。
まあ現世人類最後の希望とでも言うべき彼等は、その名前に相応の価値観を備えている。人類の危機に対して彼等が動かない筈もなく、世界の危機に彼等が目を背ける筈もなく、そもそもこうして会って事情を説明出来る機会を得られた時点で協力は取り付けられた様なものではあったのだ。
問題はグリンラル、そこの探索者達についてで……
「正直に言えば、難しいかな、正直に言えばね。困難な話だ」
「……はい、分かっています」
「ただ、ここまでして貰っている。こんなにも助けて貰ってしまった。だから最低限の援助を、最大限の補助をしよう。具体的には……ゼグロスと物資とエルフ達を、最強と特別と魔法部隊を」
「ありがとうございます、十分過ぎます」
「がっはっ……がはっ!がふっ!ぐふっ!」
「ゼグロス、あんたもいい加減に痩せ我慢はやめて寝てな」
「な、ならん。この場で……彼女の前で、みっともない姿は見せられん」
「……ったく、あんたら2人は揃いも揃って、このマザコンが」
「?」
ゼグロスとエミの会話の内容はさておき、グリンラルからも今出来る最大限の援助が受けられる。戦力の数自体はまだまだ足りていないが、単純な質だけで見ればもう十分なくらいだろう。それこそ以前の様な数が必要な相手でもなければ対処は出来るだろうし、多少の数が相手ならば何とかなる。……邪龍候補が出て来る事を考えれば、話はまた変わって来るだろうが、これ以上は望めまい。
「今日はこれでお開きにしようか、終わりにしよう。この階層の部屋は好きに使ってくれていいよ、全部ね。アタラクシア、部屋の案内をお願い出来るかな?君達の使ってる部屋とか、空いてる部屋とか、全部の案内」
「分かった」
「今日は本当にありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」
「うんうん、期待しているよ、楽しみにしている」
「はい。……ゼグロスさんも、あまり無理をなさらないで下さいね」
「ほら、言われてんぞバカ」
「むっ、むぅ……善処する」
叱られた様に露骨に落ち込むゼグロスを見てマドカは一瞬微笑みながら、今も膝の上で寝息を立てているステラを抱えて立ち上がる。そんな彼女を今も羨ましそうに見ているリエラは精一杯のアピールなのかマドカの服の裾を掴みピッタリと引っ付いているが、彼女は知っていた。ステラは本当はまだ眠ってなどいないということを。
「それと……アタラクシアさん、後で少しだけお時間頂けますか?お話ししたいことがありまして」
「構わないよ」
「ありがとうございます」
そうしてリエラと笑顔を交わしながらアタラクシアとリスタニカに先導されて部屋を出て行くマドカを見つめながら、エミは漸く力を抜いて座り込んだゼグロスの隣の席に腰掛ける。キャリーとラメールもそんな2人を取り残して、立ち去った。残ったのは2人だけ、昔から親交のある2人だけ。
「ふぅ……私達の時代も、そろそろ終わりかねぇ。頼もしいばかりだよ。アタラクシアも、マドカも、その教え子達も」
「……元より、我々の時代など陳腐な物だ。誇れる事など何もなく、現状維持と再興に努めたのみ。終われるのなら早急に終えた方がいいに決まっている」
「うん?どうしたんだい、珍しく弱気じゃないか。やっぱり馬鹿も病気になると少しは変わるもんかい?」
「……痩せ我慢が下手になった」
「……」
「お前の前だからこそ話し方を戻すが、俺は元々人を惹きつけられる人間ではない。学もなく、頭もなく、レンドの様なカリスマもない。だからこそ話し方を作り、声も張って常に最前線を走り続けて来たが、それも年々難しくなってきた」
「………」
「そろそろ、引き時なのかもしれん。余計な役に立ち、余計な存在になる前に、一線を退くのもありなのではないかと最近は……ぶっ!」
ゼグロスの後頭部を思い切り引っ叩くエミ。
病に侵されたゼグロスはそのまま力なく机に倒れ伏すが、エミはそんな彼を引き起こそうともしない。むしろ自分で体を起こせと、そう言う様に。
「あの人は最後まで戦ったじゃないのさ」
「!」
「手も足も欠けて、何年も戦いから身を引いていたのに、あの人は最期の最後まで変わらず奮闘していたよ。それなのにあんたはここでもう辞めるのかい?」
「……そもそも、最初にこの話を持ち出したのはエミだろう」
「そうだったかい?もう覚えてないよ、弱音ばっか吐いてる情けない馴染みを見てたら忘れちまった」
「それに、俺は別に一線を引いても戦いをやめるとまでは言っていない。最後まで戦うつもりだ、あの人の様に」
「だったら最後まで頑張んな、全部」
「ぐふっ」
「中途半端にして後進に心配掛けさせんじゃないよ、だったら最後まで精一杯痩せ我慢しな。それこそ、あの人は弱音を吐く相手も居ないのに見ず知らずの私達のことを育ててくれたじゃないか」
「………」
辛くても苦しくても無理をしろ、そんな事が言える関係もなかなかにあるまい。とは言え、年齢的に衰えを感じ始めているのも事実。新しい風が吹き始めた今、それを遮ることのない様に身を引こうとするゼグロスの考えも間違っていない。エミの言い分にも、いくらでも反論する事は出来る。
「……だが、まあ、そうだな。せめて世間が一度落ち着きを取り戻すまでは頑張ってみるか。一先ずは目先の"龍の飛翔"、後進に先頭を任せるのはそれからでもいい」
「まあ、これが最後の踏ん張りだと思って頑張りな。あたし達の時代が陳腐な物だって言うんなら、せめて見られる様な形にしてから退きな。……あたしは今でも思ってるよ、あたし達の時代が最高だったって」
「……そうか」
小さく頷くゼグロスに対して、エミは立ち上がり背中を向けながらも笑みを浮かべる。だってそうだ、間違いない。確かにマドカやアタラクシアを筆頭に、若い芽は急激に伸び始めているけれど、確かにリエラやステラ、それに"青葉の集い"の者達も含めて、更に新しい芽達も生まれ始めているけれど、それでもエミにとっては自分達の時代こそが最高だった。だから自分の意見を切ってまでもゼグロスの意見をへし折りたかったし、それならば最後まで責任を持って整えろと無理に言う。だって負けてないから、エミはそう信じているから。
「うちの街には140超えても探索者やってるジジイも居るんだ、それくらいの気概持ちな」
「くくっ、そんな例外中の例外を獣人の俺に持ち出すな。カナディアの奴に言え、全く」
ゼグロスもエミに笑みを返す。
全くどういうことか、同期の彼等は揃って未婚の独身という妙な奇跡。恋人も居らず、その年齢はもう40を超えている。そんな今だからこそ成り立つ絆だったりとか、腐れ縁だったりとか、そういう物は強いのだ。もちろん、最高の世代だとは言いつつも、誰一人として結婚していないし子供も居ないというのは流石に問題であるとエミだって理解はしているのだけれど。