「くっ!?相変わらず数が……!」
「リゼさん!頭上です!【雷斬】!!」
「っ!?あ、ありがとうレイナ!今のは危なかった……!」
「いえ、それより……また囲まれました」
「ああ、その様だね」
鬱蒼とした森林の中で飛び回る白い影。
頭上から降って来たグリーンスライムを焼き焦がし、何体も何体もその白い影を潰しているというのに、一向に減る事のない獣の姿。
「どうやらここはハウンド・ハンター達の縄張りだった様です。倒しても倒しても復活して呼ばれて戻って来てしまいます」
「だとしたら、一度ここを離脱するしか無いかな。……レイナ、君が今向いている方角から突破を狙おうか。どうもそこが一番手薄の様に見える」
「本当にどうしたらこんな場所で高速で動き回るハウンド・ハンター達の位置を把握出来るんですか……ですがまあ、分かりました。最高威力の攻撃で突破した後、先導します。フォローをお願い出来ますか?」
「ああ、任せて欲しい。レイナの事は私が必ず守るよ」
「!……そ、それでは、お願いします」
「いつでも構わないよ」
「っ、【雷斬】【雷斬】……【雷散月華】!!」
最大威力の攻撃を持って視界を遮る薮をぶった斬る。そこに陣取っていた白狼が不意を突かれて両断され、レイナはそのまま一心不乱に前へと走った。リゼの言う事を信じていて、リゼの援護を信じているから。
「【炎打】」
両断された薮の左右から更にまた別の二体のハウンド・ハンターが現れる。しかしレイナの後方目掛けて凄まじい速度で飛び出したそんな2体を、飛び出す以前から完全に見切っていたリゼが銃のただ一振りで撃ち落とす。
尋常では無い眼力、速度を生かすハウンド・ハンターにとって最も最悪の天敵と言えるのがリゼなのかもしれない。事実ここに来てから彼等を最も屠っているのは近距離戦闘を得意とするレイナではなくリゼであるのだから、彼等がレイナを狙う様に動き始めたのも当然の事である。レイナが頭上から落ちて来るスライムに気づく事ができたのも、単純にリゼのおかげでその余裕が出来、リゼを見ていてその必要性を感じたからに過ぎない。
「リゼさん!一先ずこのまま6階層に戻りましょう!何より森を抜ける事が先決です!」
「そうだね、それがいいだろう。……そろそろハウンド・ハンターが追いついて来るから、私が指示を出したら従ってくれるかい?」
「大丈夫です!お願いします!」
森の中での単純な移動速度であの狩人達に勝てる筈もない、数十秒も走っていればいくら元の速度が早いレイナと森の中の移動に慣れているリゼであっても容易く追い付かれてしまう。リゼの言う通り背後から聞こえて来る幾つもの足音は凄まじい勢いで2人に近付いており、それに対してレイナの焦りは増していく。……それでも、この状況でも普段と変わらず優しい声色を保っているリゼは、単純に優しいのか、それともレイナの為に冷静を保っているのか、もしくは彼女も色々と壊れてしまったのか。
「【星の王冠】【視覚強化】」
スキルとスフィアの同時発動。
リゼの思考が高速化され、視覚が強化される。
大きな薮を跳躍する際、一瞬だけ顔を背後に向けて前へと戻す。僅かそれだけの動きに関わらず、リゼの脳に入り込み処理を完了した情報と思考量は膨大だ。ただ顔を動かしただけであっても、強化された視覚によって茂みや木々の間を走る全てのハウンド・ハンターの位置を完全に把握し、特に最も近く今正に攻撃を仕掛けようとしている個体に目星も付けた。
「【炎打】」
茂みを飛び超えた着地の瞬間、リゼは着地を意図的に片足だけの物にし、炎を纏った大銃を構えながらその場で一回転する。飛び掛かり、顔面に小爆発を起こす様な凄まじい打撃を叩き込まれるハウンド・ハンター。吹き飛ばされたその個体は背後を走っていた別の個体に打ち当たり、更に近くにいた別の個体の走りの邪魔をした。他者から見ればあまりにも偶然が重なり過ぎた様に見えるその現象も、大体半分くらいは、あまりにもマッチし過ぎた生来の眼とスキルとスフィアがあったからこそ実現した必然。そしてそれだけの離れ業を見せながらも、リゼは無駄な動きの一つもなく平然とレイナの後ろに追い付く為に走り始める。
逃げている立場であるというのに、近接武器で追手を完全に封じ込めるその姿は、チラと背後を確認して偶然にも目撃してしまったレイナからすれば、もう頼もしいと言うどころの話ではない。
彼女が期待されている理由も分かるというか、マドカという有名人がわざわざ弟子に取った理由が分かるというか、誇らしくもあるし、尊敬もするし、その隣に立つに見合う存在にならなければという圧も感じてしまうと言うもの。
「っ、レイナ!そのまま前方の薮に向けてもう一度最高威力の【雷斬】を打ち込んでくれないか!」
「は、はい!分かりました!【雷斬】【雷斬】……【雷散月華】!!」
言われるがままに森を抜ける寸前である大きな薮に向けて、最高威力の雷突きを放つ。レイナの目には何も見えていない、その藪の奥に潜んでいる物については何一つとして理解出来てはいない。それでももう大体わかる、彼女が言うのであれば間違いなくそこに敵は居るのだ。十数年付き合って来た自分の五感が何も気付かなくとも、そこには何かがあるのだ。そして当然の様に、当たり前のように、彼女の突きは薮に隠れていた認識出来ていなかった存在を穿つ。
「っ、パワー・ベアが隠れて!?」
「そのまま入口まで走るんだ!」
「は、はい!!」
今正に藪の中から姿を表そうとしていたパワー・ベアの頭部を、レイナの槍撃が吹き飛ばした。焦げ臭い匂いを残しながら力なく倒れ伏す巨体、まさかこれほどに大きな存在が自分の近くに潜んでいたとは夢にも思わなかった。隠れていたとしても待ち伏せをしていたハウンドドッグ程度だと思っていたが、本当にこの森というのは何処に何が潜んでいるのか分からない。それこそ探索能力……例えば獣人の鼻、エルフの耳、リゼの目、そういったものが無ければまともな探索など出来ないのではないかというほど。むしろ他の探索者達はどうやってこの森を抜けているのか、ラフォーレの様な異常を除いた普通の探索者の攻略方法が知りたいと思うのは当然の事だ。
……とは言え、結局こうして振り切れてしまったのだから、本当に感覚器官の優れた人間がこの森には必要な気もして来る。まあそればかりは天の授かり物。今更鍛えようとしても意味の出る物ではないので、レイナ個人でこの階層の探索の役に立ちたいと思うのならば、別の方策を考えるしかない訳だが。
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫でしょうか」
「ああ、そうだね。……とは言え、7階層の西部がハウンド・ハンターの縄張りになっていたとは思わなかったよ。パワー・ベアをあの一帯に近付くに連れて見なくなったのはそれが理由だったのか」
「……むしろ東部に行くに連れてパワー・ベアの数が増えていると言う考え方ってどうでしょう?いえ、これもただの想像でしかないのですが」
「いや、レイナの言う通り、西部がハウンド・ハンターの領域ならば、東部がパワー・ベアの領域の可能性は高い。グリーン・スライムは森全体に広く分布しているし、マッチ・モスは自由気まま。縄張りを作るのであればこの2種しか居ないからね、左右に分かれて対立している可能性は十分にある」
「それって、リゼさんが山に住んでいた時の知識ですか?」
「うん、山に住んでいたモンスター達がね」
だとすれば、7階層において最も安全な道はど真ん中。中央。ラフォーレが突き進んだ最短路。
「そこがモンスターが最も少ない道。当然多少は居るだろうけれど、それも互いの領域の境に配置された数少ない見張り番くらいだろう」
「つまり、7階層の突破は簡単だと言うことですか?」
「それが実はそうでもない」
「?」
7階層から6階層に繋がる階段に隣り合わせで腰掛けながら、リゼはそっと7階層の森の入り口付近を指で示す。一見すればそこに何かがある様には見えないが、リゼが再び7階層に降りて小石を手に取り投げてみれば、ドサリと落ちて来た存在を見て、彼女が何を示していたのかがレイナにも直ぐに分かった。
「……グリーン・スライム」
「そう、これも私の予想だけれど、恐らく中央の縄張りの境界線はグリーン・スライムの数が最も多い」
「でも、さっきはグリーン・スライムは森全体に広く分布していると」
「ああ、それは群を作ることのないスライムの特徴でもあるからね。……ただ、スライムにとって何処が最も安全に狩りが出来るのかを考えれば、自然とそこに多くのスライムが集まるんだ」
「安全に……あっ、つまり私達と同じ」
「そう。普段は群を作っている2種族は、境界の番の為に何体かの個体を中央部に送り込んでいる。スライム達にとってはそれは絶好の餌だ。いくら物理攻撃で分裂するスライムでも、分裂し過ぎれば消滅してしまうからね。なるべく1体1に持ち込むのが彼等の基本なんだよ」
つまり中央の道を走っていくのであれば、何より警戒すべきはグリーン・スライム。逆に言えばグリーン・スライムによって中央のモンスター達は狩られている可能性が高く、そこについては殆ど考える必要はないということだ。
「それどころか、彼等の境界を分けているのがグリーン・スライムの住処で、この森の二大巨頭だと私達が考えていたハウンド・ハンターとパワー・ベアは、むしろグリーン・スライムに脅かされて東西に逃げ込んでいるという可能性まである」
「そんなことが……」
「私も最初はグリーン・スライムは森に広く分布していると考えていたけれど、そもそも生息しているモンスターの種類の少ないこの環境では、単純にそういった別れ方をしていてもおかしくはないからね。実に興味深い現象だと思うよ」
リゼは思い出す。
ハウンド・ハンターの群れから逃げたはいいが、それから後をついてきた追手の数が想像していたよりかは少なかった事を。一度は何故かとも思ったが、思い返せばその寸前にリゼはグリーン・スライムに襲われかけていた。その際には辛うじてレイナの雷斬によって難を逃れたが、それを見ていたハウンド・ハンター達の考えは違っていた。
……つまり、あのグリーン・スライムはまだ生きていると。その可能性を考えて、ハウンド・ハンター達は群れの半分にリゼ達を追わせ、もう半分でスライムの死体を八つ裂きにしていた。彼等にとってスライムとはそれほどまでにしなければならないほどの脅威だと。
「東西に分布している彼等が最も恐れるのは、壁から新たに出現するスライム達の存在。見つければ何よりも優先して排除しているのかもしれない。下手に分裂されて縄張りを荒らされても困るからね、正に私達が家の中で虫を見つけてしまった時の様な反応さ」
「……モンスター達も色々と考えているんですね」
「考えているというよりは、刷り込まれているんだろう。長く生きている個体から、生まれたばかりの個体へ。この森の中で長く生き残るコツを、本能的に」
そうして長く生きた個体は、強力な個体に変わり、何れはこの階層の分布を大きく変える存在となる。この階層一つでも、それほどの生態系が完成されている。……本当に残念なことは、そういった繋がりと努力をただ気分で舞っているだけのマッチ・モス達に定期的に燃やされて、全滅andリセットに持ち込まれている事なのかもしれない。それでも時間が経てば自然と元の配置に戻るのだろう。そう考えると、なんだかんだでこの階層の生態系の頂点に存在しているのはグリーン・スライムでもカイザー・サーペントでもなく、マッチ・モスなのである。それもまた理不尽な話だ。
「だとすれば、7階層を通り抜けるには……」
「結局、ラフォーレの行っていたことが大正解だったという訳だ。つまりグリーン・スライムが苦手としている炎属性の魔法を発動させながら森の中央を歩く」
「ですが、流石にそんなことをしていたら私達のステータスでは通り抜ける頃にはヘトヘトになってしまうのでは……」
「そうだね、だから必要なのは松明かな。それでもグリーンスライムを完全に寄せ付けない事は出来ないけれど、遭遇する可能性は十分に減らせるだろう。相当にお腹の減っている個体くらいしか襲っては来ない筈だ」
「私が前に進みながらリゼさんが後ろから上方を見ていて下されば大丈夫そうですね、リゼさんはどうにも戦闘中は上方への注意が疎かになるようですから」
「あ、あはは、なんだか恥ずかしいな……やっぱりバレていたか……」
「当たり前です、まあその分私が見ているので問題ないですが」
「それは安心だね、心強いよ」
「っ、私が助けられない時もあるんだからしっかりして下さい」
「ああ、気をつけるよ」
「……もう」
レイナのおかしな様子にも気付くことなく、リゼはこれからのことを思案する。まだ自分達の実力では策を巡らせて階層を踏破することは出来ても、依頼にあった行方不明者の捜索やダンジョンのもう一つの出口を探すことは難しい。
探索を初めて2日目、人数が増えたことによる進歩の大きさも感じているが、目的のための道のりの長さもまた感じている。
(そういえば、マドカも以前この階層を1人で探索していたな……)
それは例のワイアームと戦う前のこと。
リゼがユイに戦闘技法を教え込まれている間に、マドカはたった1人で様々なモンスターを下しつつ依頼をこなしていた。
今になってあれがどれほどとんでもないことをしていたのか思い知らされるが、マドカの攻略法は単純に自身の速度に任せた強引な突破だったと記憶している。速度さえあれば同じ事が出来る訳でもなく、単純な地形への理解やモンスターの習性の把握が出来ていなければならない。
……しかし、別にこの森では速度が重要と言う訳では決してないのだ。むしろ生半可な速さではハウンド・ハンター相手に目が追いつかない。知識と理解さえあれば、方法はいくらでもあるはず。
「リゼさん?」
「……よし、取り敢えず少しずつ調査を進めて行こうか。グリーン・スライムが好みやすい木の形、パワーベアが身を隠せる薮の位置、ハウンド・ハンターのパトロールルート、マッチ・モスがこの森に与える影響。この辺りが把握出来れば階層の攻略も簡単になる筈だ」
「ふふ、なんだか探索者というよりは研究者みたいですね」
「ああ、でも続けていればレベルも自然と上がるだろうからね。それに私はレベルに見合った実力のある探索者になりたいんだ、その為に地道な努力もしていきたい」
「一般的にはレベルだけ上げて実力は後でつける……というのが、効率の良い方法だと思いますが」
「……そこは憧れの問題かな」
「はいはい、マドカさんですね」
「むぅ、悪いか」
「いいえ、リゼさんがマドカさんのことをそれはもうとびきり慕っているのは分かっていますから」
「うっ」
「いいですよ、付き合います。……まあ、レベルが高くて強いよりも、レベルが低いのに強い方がカッコいいですもんね」
「そ、そうだろう!私もそう思うんだ!」
「はぁ……単純な人」
実際は本人が思っているより遥かに茨の道であることは今は言わないでおいた。それにリゼという人間であれば、そんな茨の道も最後には潜り抜けてしまいそうで、レイナは息を吐く。
急いだところで10階層のレッド・ドラゴンには敵わない。ならばここで徹底的に調査を行なって、強くなって、カイザー・サーペントを倒せるくらいまで籠るというのも普通の選択肢として有りだ。
才能ある優秀な探索者ならばクランの上位陣に守られながらより深い層に潜りレベルと実力をマンツーマンで引き上げられるのだろうが、リゼ達の自力でのし上がるという選択も決して悪いものではない。
後は密度と努力……
きっと今の2人の姿を見れば、マドカはニコニコ笑顔で肯定するだろう。徹底的に基礎を叩き上げる、それこそが探索者として長く生きていくのに何より重要なものなのだから。