探索を初めて3日目。
しかし2人は珍しく午前中からダンジョンには潜っておらず、部屋の中で机を挟んで向き合いながら座っていた。机の上にあるのはそれぞれの秘石、表示されているのはステータス。
「ふむ、上がっているね」
「なんだかんだで、昨日はそれなりに危ない橋を渡っていましたから。一歩間違えればリゼさんはスライムに、私はパワーベアにやられてましたよ」
「それもそうか……」
レベルが上がっている。
色々とあったものの、昨日の探索はそれなりに多くのモンスターを倒したという事実に加えて、互いがいなければ命の危機に陥っている様な乱戦も乗り越えた。それくらいの褒美はあってもいいだろう。
「私のステータスはこれだよ、レイナも確認しておいてくれ」
「は、はい。……いいんですよね?本当に」
「ふふ、何を今更。私達は一心同体の身だろう?」
「!そ、そうですよね……!い、一心同体……ふふ、一心同体」
その言葉を嬉しそうに何度か噛み締めながら、リゼの秘石を覗き込むレイナ。なんとなくは知っているが、それでもこうしてマジマジと見るのは初めて。他人のステータスをこうして見るというのは、互いに深い信用が無ければ難しいことだ。もしかすればリゼにはそこまでの考えはないかもしれないが、レイナの心は舞い踊っていた。
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リゼ・フォルテシア 17歳 女性
Lv.13
スフィア1:回避☆1
スフィア2:視覚強化☆3
スフィア3:炎打☆2
武器:大銃『マーキュリー・イェーガー』
-ステータス-初期値30+12
STR:D11
INT:G+3
SPD:E-7
POW:F-4
VIT:D-10
LUK:E-7
-スキル-
【星の王冠】…精神力と引き換えに意識・思考・認識能力を高速化する。
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「……如何にも近接戦闘型って感じのステータスですね。普通に剣を持って戦えば強そうですが」
「今のところそのつもりはないかな、短剣くらいは持っていると便利そうだけれど」
「私もそれでいいと思います。そんな銃を使えるのはきっと世界でリゼさんくらいでしょうし、その唯一性を捨ててまで取る必要がある程の選択肢でもありません」
「そう言ってくれると助かるよ。……勿論、いざとなればこの拘りも捨てるけどね。この銃よりもレイナの方がずっと大切だ」
「……口説いてるんですか?」
「え、くど……?」
「いや、まあ、もういいですけど」
リゼの自然な口説きは一旦置いておくとして、ステータスに目を戻す。
魔法関係のステータスが伸び難いのか、その辺りはからっきし。せいぜい今の様に付与魔法として物理攻撃の威力の底上げ程度にしか期待は出来ないだろう。
しかし反面、それを補えるほどの筋力と武器の性能。速度も平均的にあり、耐久力も高め。全体を見れば偏っている様にも思えるが、実際に戦闘を始めてみればリゼはかなりバランスの取れた探索者だ。遠距離戦闘ではまず負けないだろうし、仮に近距離に持ち込まれたところで最低限は戦える。
(特にスキル……内容と名前が合っていない気もするけど、普通に誰が持ってても便利な類のもの。それにリゼさんの眼とスフィアが合わされば、高速戦闘を仕掛けられてもむしろ有利を取れるくらい)
開けた場所で戦うのならば速度と筋力に期待したかったが、ダンジョン内で戦うのならば今のステータスがベストとも言えるだろう。
結局ダンジョンの中で一番活躍するタイプというのは、バランスの取れたなんでも屋か、あまりに極端な尖った人員だ。耐久力があるだけでなく、マドカによって回避のスフィアを利用した戦闘法を教わり、ラフォーレから単独戦闘を叩き込まれているリゼは、同レベルの他の探索者と比べても1人でやれる役割はそれなりに多い。
成長としては非常に順調だ。
精神的な弱ささえ克服出来れば、よりその強みを引き出す事が出来るだろう。
「次はレイナのものを見せてくれないかい?」
「あ、はい。確かリゼさんには以前にも見て貰いましたよね、あの時からあまり変わってはいませんが……」
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レイナ・テトルノール 15歳 女性
Lv.11
スフィア1: 体盾☆2
スフィア2:雷斬☆2
スフィア3:雷斬☆2
武器:普通の大槍
-ステータス-初期値30+10
STR:F+6
INT:E+9
SPD:D-10
POW:F+6
VIT:F+6
LUK: G+3
-スキル-
・【雷散月華】…同種の雷系スフィアの同時使用数に応じて攻撃の威力が向上する。
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以前に見た時よりもINTが1上がっている。
長所が伸びており、彼女の強みが更に増した形だ。
「改めて見るとなかなかバランスの良いステータスをしているね」
「そうですね、ただまだレベルが低いので器用貧乏という感が否めないです。今のところ有効な戦法がスキルと速度を使った突撃くらいしかまともなものがありませんから」
「それだけで大抵の敵は深傷を負ってしまうから、暫くは十分だと思うが……しかしこのステータスだと、やはりマドカに意見を聞いてみたいものだ」
「……またマドカさんの話ですか?」
ほおを膨らませて見るからに機嫌が悪くなったレイナを見て、リゼは咄嗟に手を振って弁明する。別に今のはそういう意味で言った訳ではないのだから。
「いや、違うんだ。今のは単純にレイナの戦法がマドカのものと似ているからという意味で言っただけで」
「私が、マドカさんとですか……?」
「ああ、恐らくステータスの傾向も近いと思う。主に速度を生かした戦闘を得意としていて、付与魔法による強力な攻撃で敵を打ち倒すというのが私が見た限りの彼女の戦法だ。……特にマドカは筋力と耐久力が強い様には見えなかったし、きっとレイナよりその傾向は極端だろう」
「……つまり、私の完全上位互換ということですか」
「そ、そういう訳ではないんだが……レイナならマドカ達の様な一部の上級探索者が使う高速戦闘を身に付けられるんじゃないかと思うんだ。普通高速戦闘をするにはSPD以外にも最低限のSTRやVITが必要になるそうだけれど、レイナはその辺りも平均的にあるのだし」
「………」
そもそも高速戦闘とは何かと言われれば、単に早い戦闘という訳ではない。地形や大槍等の武器を利用して3次元的に縦横無尽に駆け回り、大きく早い動きで敵を攻撃する戦闘方法のことを指す。
単に早いだけの攻撃ならばSPDだけで十分だが、跳躍や着地、そして腕力が必要になるこの戦闘法は十分なSTRとVITが伴わなければ非常に危険なものだ。故に高いレベルに到達し、且つバランスよくステータスが育っていなければ成り立たない。
そんな常識を破壊したのがマドカ・アナスタシアであり、彼女独自の謎の技法を、更に唯一彼女の最初の教え子達だけが再現出来ているとされている。
ここまで全部、リゼも他人から聞いただけの話。
「……確かに、それが出来る様になれば森の中でも便利かもしれませんね」
「ああ、そう思うよ」
「ただ、正直に言えば一朝一夕で身につく様なものではないので、あの森の中で活かせるとは思いません」
「え」
リゼの話を聞いて、レイナは冷静にそう伝える。
別にマドカを否定したい訳ではなく、単にそれが不可能だとレイナは判断した。
「まず高速戦闘と呼ばれるその技法は、単純な身体能力以外にも周囲の地形把握能力や判断能力が必要です。そして何より慣れがなければいけません」
「あ、ああ」
「前者2つは簡単に身につくものではなく、才能と経験によって少しずつ出来てくるものです。そして慣れに関しては、仮に実際の戦闘で使える様になるまでは相当なレベルを要求されます。一歩間違えれば自滅する技ですから、半端な状態では使えません」
「そ、そうか……確かに危険ではある……」
「高速戦闘と呼ばれるその技法を使用する探索者が少ないのは、単にステータスの問題ではないんです。単純に会得に時間がかかり、危険だから。十分にステータスがあっても危険なのに、ステータスが不足している身体でそれを再現しているマドカさんは正直例外が過ぎて参考になりません」
「よ、よくよく考えたら……」
言われて初めて気付いたのか、リゼの顔が青くなる。こればかりは速度を生かして戦う探索者にしか分からない感覚なのかもしれないが、正直自分の身体だけで出せる速度以上のものを地形を活かして出すというのは、それなりに恐ろしい。レイナだっていざとなれば壁なり天井なりを蹴って必殺の一撃を狙う時だってあるが、それを連続して絶え間なく行えと言われると絶対に嫌だ。着地を考えるだけで思考が滅茶苦茶になるし、そんな状態で戦闘なんて無理に決まっている。最悪、普通に足が砕ける。
「いや、だが……マドカはそれを強化種のワイアームに対してずっと……」
「言っては悪いですが、正直狂ってるとしか思えません。マドカさんが常識を破壊したのではなく、マドカさんが常識を逸脱しているんです。広めないのも広まらないのも当然です、真似をしようとすれば探索者生命を失う可能性だってあるんですから」
「………」
待ってくれと、リゼは言いたかった。
だってマドカは単に戦闘だけではなく、移動にだってそれを使っていたはずなのだ。失敗すれば命に関わる様な技法を、あれだけ当然のように扱っている。……単純に自分の技術に自信があるのだろうか。それともレイナの言う通り、本当に。
「これ以上は私が言うと妬みの様に聞こえてしまうのでやめておきますが、そういった理由で今のところ私はその技術を身につける気はありません。確かにリゼさんのお役には立ちたいですが、それが原因で隣に居られなくなる様な事はしたくありませんから」
「あ、ああ、そうして欲しい。すまない」
「いえ、その、リゼさんの常識が壊れているのはリゼさんだけのせいではありませんし」
最初に見たものが悪かった、としか言いようがない。メリットだけの物などこの世には存在しない。一見素晴らしい物事にだって、何処かにデメリットは存在する。
確かにマドカは教える側の人間としてはそれなりに優秀であったかもしれないが、本人が異端な存在であるが故に教えた人間に常識を誤解させてしまうところがあったということだ。
結局、新人に対する教官役として最も優れているのは、何をするにしても極めて平凡な人間であるのだろう。そもそもそんな人物は滅多に居らず、普通という基準も時勢によって様々であるのだから、存在しないと言ってしまってもいいのかもしれないが。
「ま、まあとにかく、リゼさんの言う通りしばらくはこのまま頑張って行こうと思います。あとはスフィアですね、リゼさんの手持ちにはどんなものがありますか?」
「ええと……」
レイナに言われた通り、リゼは自身のスフィアを取り出す。
【回避のスフィア】【炎打のスフィア】【視覚強化のスフィア】、これがリゼの持っている全てだ。そのうち2つはマドカから授かったものであることは、その気の入り用に拍車を掛けている。
「私はこんな所です」
そしてレイナの持っているスフィア。
【回避のスフィア】【雷斬のスフィア】【雷斬のスフィア】【体盾のスフィア】、この4つ。リゼが持っている数より多いことはさておき、属性が偏っていることを考えるに自由度はかなり低い。恐らく【回避のスフィア】を使うことは滅多にないであろうことが想像出来る。使えると便利ではあるのだが。
「ふむ……スフィアの面からしてもやはり柔軟性が足りないか。そもそもの数が少ない上に、やはり無属性のスフィアがもう一つは欲しい」
「……私はよく知らないのですが、スフィアってそんなに取り替える物なんですか?色々な組み合わせで使っていると、咄嗟の際に間違えて使ってしまいそうですが」
「ええと、相手次第で属性だけは変えるということはあるみたいだ。ただレイナの言う通り誤発の可能性がある以上は、複数のセットを作ったとしても、配置場所には気をつけるべき……と聞いているよ。攻撃系は手前、回避や防御系は後ろ、みたいにね」
いくら優秀な探索者と言えど、やはり緊急時や格上の敵と戦う際には感覚に頼る。感覚に頼れば、普段と違う配置にしていた時にミスが起こる。これが原因で命を落としている探索者はかなり多いとマドカは言っていた。
故に基本的にスフィアは間違えてもいい組み合わせでセットを作ること。……例えば、普段は【回避のスフィア】を入れている場所に【炎打のスフィア】を入れたりしない。しかし同じ防御系の【堅盾のスフィア】ならば入れても良い。加えて発動前には少しでもミスに気付く可能性を上げるために、必ずスフィアの名前を叫ぶこと。これを徹底する様にと教えられた。
「……ただ、私は基本的にスキルの影響で自由枠が1つしかありません。雷系統の同スフィアが2つとなると、もう1枠には無属性か雷属性のスフィアしか入れられませんし」
「そもそも柔軟性が取り難い、ということか。……ん〜、少し待っていて欲しい」
そうしてリゼが取り出したのは、いつもお世話になっている新人探索者用のヘルプ冊子だった。全てという訳ではないが、基本的なスフィアは殆ど網羅されているその一冊。レイナに合う様なスフィアが無いか、リゼはそれを広げて探し始める。
「ふむ……雷系統にはどうも盾を使うスフィアが多いみたいだね。だから雷を得意とする探索者は小楯を持つ傾向があるようだ」
「さ、流石に大槍に小楯は……」
流石に星3のスフィアは現状では手に入らない。
一方で星1のスフィアはそもそも3種類しか存在しない上に、どれもレイナのスタイルには合っていない。
よって星2のスフィアの中から一つ一つ説明文を確認しながら探してみると、2人は丁度良さそうなスフィアをいくつか見つけることが出来た。もちろん同じ星2のスフィアの中にもレア度の違いはあるが、それは今は置いておくとして。
「【刺突のスフィア】、これは槍専用の無属性スフィアらしい。効果は前方への高速突進、空中でも使用できる事から愛用する探索者は多いようだ」
「この【盾壊のスフィア】も良さそうですね。打撃系ですけど槍でも使えますし、相手のVITが強いほど攻撃力が上がるというのが……あ、ただこれ、自分のSPDが下がってしまうんですね」
「同じ攻撃系ならこっちの【狂撃のスフィア】の方がいいかもしれない。VITが最下位まで落ちるというデメリットは怖いが、その分、速度を落とす事なく凄まじい攻撃力を発揮出来る」
「単純なステータス上昇系のスフィアでもいいかもしれませんね。私なら速度や魔力を上げて長所を伸ばすのも……」
「いや、待ってくれ、確かステータス上昇系のスフィアは秒数管理が必須だと聞いたことがある。途切れなく発動する必要がある上に、属性付与系のスフィアの様に目では切り替わりが分からないと」
「そ、それは困りますね……常に思考を割いていられるほど出来の良い頭ではないので。使ってる人も少なそうです」
もうこうなったら雷斬のスフィアを3つ入れておいた方がいいのでは?むしろカナディアから受け取った【体盾のスフィア】が最適解なのではないか?
そんな風に2人の議論は盛り上がった。
最適が分かったところで手に入るとは限らないのに、手に入れようとするにも十分なお金もないのに。
……それでも、こういう時間が一番楽しいと感じていたのは2人とも同じだった。探索者の醍醐味、理想の自分を描いてみる。新種のスフィアが発見された際にオルテミスが大きく盛り上がるのは、それこそ誰もがこういう会話が好きだからに違いない。