無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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50.宝探しと不審と暴君

「今日は宝箱探しをしてみたいと思うんだ」

 

「宝箱探し、ですか?」

 

いつもの様に6階層。

ここ数日ワイアームを色々な形で討伐していたことによって、リゼの中でも大分あのトラウマが薄まって来たことを自覚し始めた今日この頃。2人は虫除け様の使い捨て携帯品をベルトに付けて森の中を歩きながら、そんな会話を交わしていた。

 

「ああ、宝箱さ。私がいつも道具入れに使っているこれ、見たことはあるだろう?」

 

「あ、確か物が沢山入る不思議な箱ですよね?バッグに入る大きさで便利だなぁと思っていたのですが」

 

「私はこれをマドカから貰ったんだが、実はこの宝箱はダンジョンの中にあるんだ。そして中にはスフィアが入っていることがある」

 

「スフィアが……階層主を倒さなくても手に入るんですね」

 

「ああ、階層主を倒す以外にスフィアが手に入る唯一の方法らしい」

 

行きと帰り、もう6回ほどワイアームを2人で倒したものの、ドロップしたのは最初のレイナの一度のみ。しかもそれは確定のドロップであるのだから、実質的に収穫はゼロだと言ってもいいだろう。別にそれを目的にしていた訳ではないので構わないのだが、スフィア1つにしても手は増えるし、使わないのなら売れば金になる。無くても今のところは構わないが、あった方が絶対に良い。

 

「それにレイナにも宝箱があった方が絶対にいいと思ったんだ。持ち歩く鞄の大きさも小さく出来るし、何より軽いからね。荷物は少ない方が絶対に良い」

 

「なるほど……」

 

最初の頃のリゼの様に鞄の中に最低限の荷物を入れて背中に背負っているレイナ。しかしそれでもそれなりの大きさがあり、これでは確かに不便だろう。リゼの宝箱に入れてもいいが、片方が全ての荷物を持っているというのは緊急時に困る。だからリゼはこれを提案した。

 

「とは言え、やはりと言うべきか宝箱というのは早々見つかる物ではないらしい。それにこの森林地帯では木の上にあることも多く、かなり見つけ難いらしいんだ」

 

「それは……絶望的なのでは?」

 

「ああ、だから本当にそれだけを目当てにはしない。ついでにこんな依頼も受けて来たんだ」

 

「……スライムジェルの納品?あ、なるほど」

 

なんとなくリゼの言いたいことを理解したレイナ。

以前にここに来た時に、2人はこの階層を簡単に攻略するためにまずはスライムについて知るべきだと話した。

どんな風に行動しているのか、どんな風に攻撃を仕掛けて来るのか……スライムは生態系の関係で森の中央部に多く集まっている上に、その中央部を通ることこそが階層攻略の最適解である。だからこそスライムとの戦闘は避けられず、その為にはとにかく経験を積むしかないと結論付けた。

 

「以前に言っていたことを試すんですね」

 

「ああ。レイナが先陣を切って、私が頭上に目を向ける。そこまで深くに行くつもりはないけど、宝箱を探しながら襲って来るスライムの討伐といこう。幸いにもこの依頼は期限がまだあるからね、安全第一で地味に進めても大丈夫さ」

 

「流石はリゼさんです、明日のリゼさんの首が心配ですけど」

 

「そ、それは言わないで欲しいな……」

 

リゼが宝箱の中から松明を取り出す。

火を苦手とするグリーンスライムはきっと逃げ出してしまうだろうが、それでいい。偶然にも複数のスライムに群がられてしまう可能性があるのに、そんな危険な橋は渡れないから。松明を付けていても腹を空かせたスライムなら勝手に襲い掛かってくる、討伐するのはそんな個体だけでいい。

 

「さあ、行こうか」

 

「はい!」

 

仮に松明が思っていた以上に効果を成さず、2人ともグリーンスライムに囲まれてしまった時のために、火炎瓶だって持って来ている。使い方を誤れば自分達も怪我をする可能性はあるが、この階層のモンスター達ならば先ず逃げるし、この程度の炎では森も焼けることはないという触れ込みで売っていた物だ。……何より命を大切に、最大限の準備を行う。リゼはそれを徹底する努力をする、探索者としての成長を見せ始めていた。

 

 

ただ一つ、想定外だったのは。

 

 

「……嘘だろう、流石に」

 

「あ、あはは……」

 

30分後。

 

ダンジョン"8階層"。

 

損傷、軽微。

消費、軽微。

疲労、極少。

 

 

総戦闘回数……2回。

 

 

「全然モンスターと出会わないじゃないか!」

 

「ま、まさか私もここまでとは思いませんでした」

 

ダンジョンの中央部を松明を持って突っ切るというこの攻略法は、2人が思っていた以上に、否、本当に心の底から想定外だというくらいに、安全だった。

 

それは当然だ。

だってまだ6〜9階層の話なのだもの。

まだまだ入口付近でしかないのだもの。

そんなに難易度が高い筈がない。

 

「それに、何組か他の探索者の方々ともスレ違いましたね……」

 

「ああ……」

 

あまりの呆気なさに呆然とし、それならばと7階層から8階層に歩き始めて数分後くらいに、2人は他の探索者の一団とも遭遇していた。

彼等は疲れた様な顔をしつつ、けれど周囲に全くと言って良いほどに警戒をしておらず、不思議に思ったリゼがそれを尋ねるとこう言ったのだ。

 

『襲って来ないよ、モンスター達は。パワーベアもハウンドハンターも、中央部での戦闘はなるべく避けたいからね。三つ巴どころか四つ巴になる可能性もあるし、彼等だって中央部はスライムの溜まり場になっていると知ってるし』

 

それはもう本当に、目から鱗の話だった。

以前にレイナを助けた際にパワーベアとハウンドハンターに襲われた経験のあるリゼは、てっきり彼等は獲物を見つければ中央部まで攻めて来ると勘違いしていた。ハウンドハンターから逃げた際にパワーベアに待ち伏せされた経験のあるレイナは、彼等は度々敵の領域に侵入して来ることもあると思っていた。

しかし彼等も知能のある獣。

待ち伏せもするし、弱った獲物を見つければ危険も侵す。しかしそれはあくまで短時間で獲物を仕留められる状況が整った場合のこと。

スライムが潜む中央部で長時間の待ち伏せなんて絶対にしないし、様々な種族と争いになる可能性のあるこの場所で生き生きとした獲物に襲い掛かったりなんか絶対にしない。

 

『つまり松明さえしておけばいいんだよ。……ああ、確かに腹を空かせたスライムは襲って来るかもしれないけど、そう滅多には居ないよ。居たとしても落ち着いて松明で炙っていれば逃げ出すし。数秒触れただけで人を溶解させられるほどの力はグリーンスライムにはないから、包み込まれて拘束されない様にだけ気をつければ大丈夫さ。2人以上居るならそもそも焦る必要もない』

 

そんな風に色々と教えてくれた一団の長は、2人に『頑張って』と手を振りながら地上へと帰って行った。彼等はどうもレッドドラゴンと戦っていたらしく、いつかはああなりたいとリゼは思ったが、今はそれどころではなく。

 

「警戒しすぎていた、という訳ですね」

 

「グリーンスライムは確かにパワーベアやハウンドハンターの天敵……ただ、それが私達に対しても脅威かと言うと、そうではなかったという訳だね。結局、力の強さでは無く、相性の良し悪しでしかなかったと」

 

「ま、まあ当初の攻略法の解明には至った訳ですし。これで良かったと思いましょう」

 

「ああ……ただ中央部では宝箱も見当たらなかったし、やはり新たな物を見つけるためには危険を犯してパワーベアかハウンドハンターの領域に入るしか無さそうだね」

 

よくよく考えてみれば、木の上にある様な宝箱はスライムに溶かされている可能性も十分にある。中身のスフィアまで溶かされてしまうのかは分からないが、少なくとも多くの探索者が通るこの道沿いに宝箱が残っている可能性なんて0に近い。

聞くに階層更新が出来ない探索者の中には宝箱目当てに手当たり次第に荒らし回っている者も居るそうだし、こんな浅い階層で経験の浅い自分達がそんな彼等を出し抜けるとも思えない。

 

「宝箱探しは現実的では無さそうだね」

 

「まあ……そもそも私達、LUKも高い訳ではないですから」

 

「LUKは宝箱の中身だけではなく、見つけられる可能性にも干渉するのだったかな。肝心なところを調べ忘れていた自分が恥ずかしいよ」

 

「一応、これからも目だけは配っていきましょう?簡単には見つからないと思いますが、探そうとしないと見つかりませんから」

 

しかしまあこうなると、自分達の中だけで完結して物事を考えるという危うさがよく分かる。森の攻略法を探すのは面白みがあったが、同時に危険でもあった。予め他の経験のある探索者に話を聞いておけば無駄な時間を掛ける必要もなかったし、思わぬ落とし穴がある可能性だってあったのだ。

マドカが居ない今、先生役は他に探す必要がある。

とは言え、実力のある探索者達が近頃何やら忙しそうにしていることもリゼは知っていた。マドカでさえも街の外に出ているというのは、それなりに異常なことでもあるのだろう。

 

「……やはりダンジョンに潜っているだけでは駄目か」

 

「何か考えが?」

 

「いや、考えという程ではないよ。ただ、先輩探索者との関係を築くのも必要なことだと改めて思ったんだ。緊急時には嫌でも関わることになるのだし、早いに越したことはない」

 

「それはそうですけど、私達の今の立場はかなり怪しいですよ?クラン未所属で証明書もない。それこそマドカさんの弟子、くらいしか使えそうな肩書きがありません」

 

「むしろマドカに拾われていなかったら私には何があったんだ……」

 

「その場合は適当なクランに入れて貰えてたかもしれませんし、たらればは余計な思考です。それより、知り合いの探索者に心当たりとかありませんか?」

 

「一応、私と同じマドカの教え子だったという2人組のクランがあるが、昨日見た時には大量の資料に埋もれながらギルドの書類を作っていたよ。今は頼れないかな」

 

「……なぜ探索者がギルドの仕事を?」

 

「委託業務だそうだ。元々そういった関係の仕事をしていたからか、職員よりも手際がいいらしい」

 

「委託業務って……公的機関のものですし、普通は入札制度で組合単位で仕事を取るものじゃないんですか?私もあまり詳しい訳ではありませんが」

 

「……"入札制度はあっても、その条件まで細かく取り締まる法はまだ不出来だから"と言っていたよ」

 

「なるほど、つまり法の穴を突いて絶対その人達しか取れない様な条件で発注したんですね。まあ仕方ないことだとは思いますけど、入札制度の意義を完全に無視していると言いますか……」

 

とは言うものの、その実態は2人が考えている様な汚いものではなかったりもする。

それなりの高待遇な仕事ではあるが、その内容は普通の人間では出来ない様な頭のおかしいもの。一時は都市貴族の当主として仕事をこなしていたエルザと、その補佐をするユイでさえ必死になっているという時点で普通ではない。

基本的に数年をかけて連邦中枢と何度もやり取りを交わして進める事業でも、彼女達が行えば2〜3度程度のやり取りで済む。それほどに優秀な彼女達を雇うのだから、ギルド側がここぞとばかりに溜まりに溜まった厄介な仕事を押し付けるのも当然の話。それこそ他の組合からすれば"正気か?"と思い、思わず代表が確認をしに来るほどの質のものである。

 

「他に知っている時間がありそうな探索者となると……マドカの母親くらいか」

 

「マドカさんのお母さん?現役の探索者なんですか?」

 

「ああ、一応はこの都市でも最高クラスの探索者になる」

 

「そんな人が時間があるというのは不思議な話ですね、カナディアさんも最近はギルドの会議室に篭り切りになっているくらいなのに」

 

「……人格に問題があるんだ」

 

「あっ」

 

その一言で理解してくれるだけ、彼女が察しの良い女性で良かったとリゼは心から思う。

 

「正直に言うと、彼女の手を借りるのは本当の本当に最終手段にしたい。確かに強くなりたい思いはあるが、自ら死地に飛び込もうとまでは考えていないからね」

 

「……具体的には、どんなことが」

 

「多少の助けはあったとは言え、単独で階層主相当のカイザー・サーペントと戦わされた」

 

「よ、よく生きてましたね」

 

「まあ彼女も見捨てるつもりは無かったようだからね。……とは言え、彼女は基本的に鉄を叩いて熱する様な人間だ。容赦がない。何が何でも今すぐに強くなりたい、という時でもない限りは頼るべきではないと思う」

 

「お、覚えておきます」

 

そうなると、本当に心当たりが無くなった。

ダンジョンの8階層と9階層を繋ぐ階段に辿り着き、腰を下ろして休息を取りながらリゼは頭を悩ませる。単純にダンジョンの攻略法を知りたいというだけならば、ギルドの職員や本を買ってもいいだろう。しかし細かなモンスターの生態や分布図などはまた別の話だ。そこについては自分で調べるか先輩探索者に聞くしかない。そして自分で調べるということに対する危険性はよく知っているし。

 

「せめてパワーベアの生態が分かれば、領域に踏み込む事も考えられるのだが……」

 

 

 

 

 

「なんだ、パワーベアの生態を知りたいのか。物好きな奴等もいるもんだ」

 

 

 

 

「「!?」」

 

その人物は、不意にそこに現れた。

思わず武器を取り出して振り返り、警戒心をもって構える2人。2人は階段に腰掛けて話していた、だから後ろが見えていなかったのは当然の話。しかしそれでも足音すら聞こえなかったというのは、単純に異常だ。

大槍と銃を向けられていても、少しも表情を崩すことなく赤いマフラーの下で微笑を浮かべている背の高い男。黒の帽子に、白のシャツ、サスペンダーまで付けているその様子はまるでダンジョンに潜るのに相応しくない服装だというのに、半袖の先から見える細くとも引き締まった筋肉が言わずとも彼の実力を証明している様にも見えた。

……見たことがない。

少なくともリゼは知らない。

あまりに奇妙な見た目をしたその人物を前にして、2人はただただ困惑していた。

 

「そう警戒するなよ、ただの探索者だろ」

 

「い、一体いつからそこに……」

 

「今来たところだな。取り敢えず武器下せって、ほら。怖くてお兄さん近付けないだろ?」

 

「「………」」

 

敵意は感じられない。

見た目は怪しいが、悪意も無さそうに見える。

しかし、果たして信用していいのだろうか?

リゼは万が一のために右手に【投影のスフィア】を隠し持つ。

 

「……なるほど。ま、及第点だな。女の探索者だ、それくらい警戒心があった方がいい」

 

「!」

 

しかしその程度のことすらも見破られ、リゼは改めて眉を顰める。もし彼がもう少し探索者らしい格好をしていたのならここまで警戒はしなかっただろうに、やはり格好というものは大切なのだなと妙に冷静に考えてしまう。

一方で彼はもう警戒を解くことは出来ないと諦めたのか、微笑を苦笑いに変えながら2人の間を通って9階層へと降りていく。下の階層から見上げて、これでいいだろ?と身振りで示す。地形的な有利を明け渡した、ということなのだろう。レイナの警戒は解けないが、そこでようやくリゼは武器を下ろす。

 

「……すまなかった、どうも警戒しすぎていた様だ」

 

「いやいや、それくらいで丁度良いだろう。怪しい奴を怪しめない奴こそ問題だ。その点、お前達は正常だ」

 

「名前を聞いてもいいだろうか?私はリゼで、こっちがレイナという」

 

「……どうも」

 

「アルファだ、好きに呼んでくれ」

 

「……では、アルファさんと」

 

なんとなく上から目線を下から向けられている気もするが、恐らく探索者としての実力は彼の方が上。リゼは彼の言動には特に何も言わず、思惑を探る。

何がしたいのか。

何をする気なのか。

言葉ではああ言ったが、当然まだ警戒はしていた。

 

「パワーベアの生態、知りたいんだろ?」

 

「!」

 

「着いてきな、俺が実地で教えてやろう」

 

思わず視線を合わせるリゼとレイナ。

信用していいのか。

信用するべきなのか。

分からないが、渡に船だというのは間違いない。

丁度こういったことを相談できる先輩探索者に飢えていたのは言うまでもないが、特にパワーベアの生態については早めに知っておきたいと思っていた。恐らく実力のある目の前の男、味方に出来るのなら頼もしい。

……ただ、どうにも話が美味すぎる様にも感じる。

そんなこと言ったらリゼとマドカの出会いの方がよっぽど美味すぎた訳であるが、流石に性別の違う相手となるとその辺りの事情も変わる訳で。

 

「なんだ、行かないのか?」

 

「……それは」

 

 

「それは不要な提案だ、腐れ男」

 

 

「「っ!?」」

 

そしてまた、リゼとレイナの背後から声が掛かる。

もうなんなのだこれは、と。

後ろを取られてばかりではないかと。

レイナはまたもや咄嗟に槍を構えて後ろを向いたが、リゼだけは首すら動かすことなくジッと目の前の男を見つめていた。それは後ろを向いた瞬間に男がおかしな行動を取らない様にと監視するためでも、仲間として背後をレイナに任せからでもなんでもない。

 

……単純に、動けなかったのだ。

その声に、その言葉に、聞き覚えのあり過ぎる声色に、身体が恐怖で硬直してしまったから。

 

「マドカ、さん……?」

 

「ほう、お前も私とマドカが似ていると思うクチか。その様なことは決してないが、天地が割れようとも断じてないが、大変に気分は良い。愚図に付き纏う愚鈍な塵という評価を少しばかり改めてやろう」

 

「ち、塵……?」

 

「………」

 

この不遜な言動。

この世全てがゴミクズだとでも言いかねない様な傲慢さ。

リゼはよく知っている。

むしろよく分からされている。

目の前の男が明らかに嫌そうな顔をしていたが、今のリゼの方がよっぽどとんでもない顔をしていたことだけは間違いない。どうして彼女がここに、どうしてこんなところで出会ってしまったのか。やっぱり噂話なんかするもんじゃないと、リゼは心の底から後悔している。

 

「……ところで、そこの愚図はいつまで背中を向けているつもりだ?あれだけ面倒を見てやったのにも関わらず挨拶の一つも無しとは、良い身分になったものだな?」

 

「お……お、おひさしぶりです、ラフォーレさん……」

 

「どうした、何をそんなに怯えている?以前の意気の良さはどこにいった?如何にも怪しいあのゴキブリを今この場で灰塵にしてやれば、少しは腹を抱えて笑えるか?」

 

「初対面の人間を相手によくそんなことを言えるな貴女は!?」

 

思わずツッコミを入れてしまったリゼに対して、ラフォーレは鼻を一度鳴らしただけで後は気にも留めない。レイナもまた呆然と彼女の方を見ていて、間違いなく『話には聞いていたが、これがあのマドカ・アナスタシアの母親だとは信じられない』といった思いを抱いているのが良くわかる。

……ただ現状での一番の問題は。

 

「初めて顔を合わせる人間をゴキブリ扱いとは、聞きしに勝る傲慢さだな、ラフォーレ・アナスタシア。正直少し引いてるぜ」

 

「誰の許可を得てその名を呼んでいる、薄汚い虫ケラ如きが。貴様がその家名を口にするだけで私とマドカの繋がりが穢れる、死して償え」

 

「おいおい、マジで話通じねぇのか?だったらなんだ、お前の言うその繋がりとやらはその程度の事で穢れるほど安いものってことか?」

 

「口を慎め、貴様の粗末な脳から出力された戯言を頭に入れる気は毛頭ない。というか貴様の声が既に私は嫌いだ、2度と呼吸をするな」

 

「なんだこいつ、最強かよ」

 

最強かどうかは分からないが、最凶であることは間違いない。呆れた様に顔を背ける男、目の前の女が言葉ではどうすることも出来ない存在であると分かれば、そういった反応になるのも仕方のない話だろう。それにこれ以上なにかを言えば、本当に攻撃を仕掛けてくるような雰囲気もある。

別に彼は今のところ悪い人物ではないし、言動や容姿が妙に怪しいというだけで、リゼとレイナも不審な男性に話しかけられて警戒していただけだ。ここまで言われているのを見ると流石に過剰と思ってしまうというか、むしろちょっと申し訳なくなるというか。

 

「やれやれ、せっかく久しぶりに出て来たってのに散々だな。はいはい、大人しく消えますよ〜っての」

 

対話を諦めて9階層へと歩いていく彼を見送る。

何か声をかけようとも思ったが、特に何も浮かばず、少し手を上げるだけに留まった。……彼が最後に一言、残したその言葉を聞くまでは。

 

「ま、けど確かに良い粒ではあった。流石はマドカ・アナスタシア、あれなら邪龍討伐の良い駒になる」

 

「「「!!」」」

 

「貴様待て!!」

 

その名を聞いて、ラフォーレは凄まじい勢いで階段を飛び降りる。未だ足元が見えていたはず、しかしラフォーレが地面に着手した際には既にそこに男の姿はなかった。

僅か1秒にも満たない時間で、男は姿を眩ました。

動き出したのは間違いなくラフォーレが先、それなのに姿を確認出来なかったということは、森の木々までの距離から考えるに……単純計算で、DEXの値がラフォーレのおよそ2〜3倍はあると考えても良い。

 

「ラフォーレ、あの男は……!」

 

「チッ、何者だあの男。マドカの知り合いか?」

 

「ラ、ラフォーレさん……でしたよね、貴女もあの方をご存知ないのですか?」

 

「知るかあんな屑石にも劣る愚物!!」

 

「ひっ」

 

「何故あの様な輩がマドカのことを知っている……!マドカはあの男と知り合いなのか!?否、まさかマドカを狙う不埒な輩か!?ああああぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!なぜ殺さなかった!なぜ見逃した!やはり殺しておけば良かった!……いやまだ間に合う!まだ殺せる!ここから最深層まで焼き尽くす!!奴に力があるとは言え所詮は愚図!20階層でも30階層でも徹底的に追い詰めて追い詰めて追い詰めて殺し尽くしてぇぇえええ!!!!!」

 

「待て待て待て待て待て!!待つんだ!待つんだラフォーレ!そんなことをしたらまた強化種がぁあ!」

 

「離せ駄女ぁぁああ!!貴様ごと爆破してやろうかぁあ!!」

 

「矛先をこっちに向けるなぁぁあ!?!?!?」

 

……まあ何にしても、宝探しなんて大人しくしていられないということだけさ確実である。

 

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