無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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52.決死

『マーキュリー・イェーガー!!』

 

ズドンッと、巨体が落ちる。

地面に平伏したのはワイアーム。侵入者が階層に入り込んだ直後に放たれた超高速の弾丸は、彼の眉間のやや右側にズレた位置に着弾し、それでも当然の様に脳を吹き飛ばしたことで絶命させられた。

肉体は灰となり崩れ落ち、中から侵入者達が見慣れた大きさの魔晶が現れる。今日もスフィアが落ちることはなかった。しかし同じだけの収穫はここにあった。

 

「む……やはり形にズレがあったか」

 

「弾丸作りって、そんなに繊細な物なんですね」

 

「ああ、ガンゼン殿のおかげでこの街でも作成出来るようにはなったけれど、型の出来がイマイチだったみたいだ。これはまた工房に行って調整させて貰わないといけないね」

 

「付き添いますよ。……ただ、ご実家からは持って来なかったんですか?」

 

「持って来れる様なものではなかったんだよ、材料さえ揃えれば全部自動で作れる様な大掛かりな物だったからね。一応、全部手作業で行えばこれまでも作ることは出来たんだけれど、流石に型がないと工芸品の様にこう、部品の全てをヤスリで削って形を整える必要が……」

 

「そ、それは地獄ですね……」

 

「1発作るのに最短でも1週間はかかるんだ、流石にそんな事もしてられないからガンゼン殿には感謝しかないよ。工房の一角を貸してくれたのだし」

 

魔晶を拾い上げながら、そんな雑談に興じる。

今日まで滅多に弾丸を使って来なかったリゼが、緊急時でもないのにワイアームなんかに放ったのはそれが理由だった。作ってみた弾丸の試し撃ち、どうやら今日のそれは失敗だったらしい。

型を作るにもリゼだって初めての経験で、完全な物を作るには何度も何度も試しと修正が必要になる。しかし1度目のトライにしてはなかなかに精度の高い物が出来たと言えるくらいだろう。放たれた弾丸がズレたとは言え、それでもしっかりとワイアームの頭部を吹き飛ばしている。近距離狙撃だけで言えば使える程度のものだ。暴発したりしなかっただけ十分。

 

「さて、これで今日の私の用事の半分は終わったけれど……レイナは何か試したいことはあるかい?」

 

「いえ、特には。あの槍について私への確認は不要とお伝えしておきましたから。私が使うことで何か特別性が発揮される事もありませんでしたし、あの件について私はもうノータッチです」

 

「そうなのか……」

 

「まあ、そもそも所有権が私にあるというのもおかしな話でしたからね。そう言われた以上はその権利を有効に利用させて頂くつもりとは言え、正直に言ってしまえば記憶を無くす前の私もあの槍は使っていなかったと思います」

 

「そこはまあいいんじゃないだろうか?あれだけが君の唯一の持ち物だったことは事実なのだし、ただ使っていなかっただけで、作って貰ったばかりの物かもしれない。体一つで放り出されていたんだ、近くにあった槍の1本くらい貰っても誰も文句は言わないさ」

 

「……まあ、もし検証の最中に壊れてしまったら金銭と引き換えに所有権を譲り渡せば良い話ですし、戻って来るのなら便利な武器が使えるというだけですし。確かに悪いことはありませんもんね」

 

「そういうことさ、運が良かったと思えば良いよ」

 

「そうですね、運はいいと思います。……本当に」

 

「?」

 

なんだか優しげな表情をして見つめて来るレイナに、少しの恥ずかしさを感じながら首を傾げるリゼ。とにかくその視線から自分を逸らすために今日受けて来た依頼の内容を確認するが、どれもいつも受けているものと変わらない面白味のないものだ。

ハウンド・ハンターのドロップ品の収集に、薬草の納品、後は見慣れた花の採取に……ギルドから頼まれていたカイザー・サーペントの行動調査。特別性があるのはこれくらいか。

 

「カイザー・サーペントの行動調査……つまりおかしな行動をしていないか確認を行う、ということですか?」

 

「ああ、先日ラフォーレに森ごと焼かれただろう?森の方も再生して、カイザー・サーペントも新たな個体が生まれている筈なんだ。用はその個体が現状9階層のどこを根城としているのかを把握しておく必要がある、それを知っておかないとうっかり足を踏む入れてしまって襲われる危険性もあるからね」

 

「なるほど……」

 

仮に中央部を根城にしていた場合、それこそラフォーレにでも依頼してもう一度焼き払って貰う必要がある。本当は復活した直後に生まれた個体に高威力の炎弾を撃ち込むなどして角の方へ追い出す必要があったのだが、そんな事まであのイカれた女がする筈もない。

知らなかったとは言え、多少は関わった身。それくらいするのはまあ当然と言えば当然というか、報酬は普通に良いので提案されて即決して来たわけだ。中央道を根城にしていたとしても、排除しろとまでは言われていないのだし。

 

「それにしても……ギルドの方は相変わらず慌ただしいですね。何が起きているのかは教えて貰えませんが、明らかに商人さんや上級の探索者さん達が走り回っているのが目に見えます」

 

「うん、何かは起きているんだろう。それも都市全体で対処しなければならない、"龍の飛翔"、いや、"都市成立際"に匹敵するほどの何かが。マドカも未だ帰って来ていないようだし」

 

「……まあ声を掛けられないということは、必要ないということですから。そんなことに巻き込まれないで済んだ、と考えましょう。それに多分ギルドの反応を見るに、私達は別の役割を求められているようですし」

 

松明を片手に、6階層の中央部を歩くいていく。6階層にはモンスターは出現しないが、そこまで明るい道でもなく、持っていて悪いこともない。寄って来る虫は居るが、防虫剤の効果で次第に勝手に離れていく。

少し不機嫌そうなレイナの顔も、一列になって歩いているリゼからは見えない。2人の会話は淡々と続いていく。

 

「恐らくギルドとしては私達にこうして小さな依頼を普段通りにこなしていて欲しいんだろう。マドカも居ないし、私達がしなければ溜まっていく一方、ギルドの職員や上の探索者達にはそんなことをしている暇もないからね」

 

「というか、いくら報酬が低いからって他の下位の探索者さん達は本当にこういう依頼をやらないんですね。むしろそんな依頼自体、もう殆ど破綻している様に思えますが……」

 

「裏を返せば破綻していても出さざるを得ない依頼、ということだよ。むしろそういう依頼を日々消化しているからこそ、こうして割りの良い依頼を回して貰えるのさ。職員の方々も、私達にはかなり丁寧に接してくれていると思わないかい?」

 

「……確かに」

 

これも全て、マドカから学び、引き継いだもの。

同じ階層の依頼でも、本当はもっと朝早くに来れば割りの良いものがいくらでもあるのだ。わざわざそれを無視してこうして残り物の処理をしているのは、単純にリゼのマドカの教え子としての我儘。

その我儘が結果的に功をなしているのだから、リゼのマドカ信仰は増していくばかりで。

 

「そもそも身元不明な私達だ。こうして少しずつ信頼を勝ち取っていこう。いつかきっと報われる日は来る」

 

「……ふふ、いいんですか?そんな不純な考えで。マドカさんなら"困っている人が居るから助けた"なんて聖人のような答えを出すんじゃないんですか?」

 

「うっ、それはその……」

 

「冗談ですよ、リゼさんは素直ですね」

 

「レ、レイナ……!」

 

リゼがマドカの代わりにされていると考えるとあまり気分は良くないが、リゼがマドカに取って代わっろうとしていると考れば応援出来る。

この人が本当は凄くて、本当にカッコいい人だということは今は自分だけが知っていればいい。後で多くの人が気付いたとしても、その時にはもう自分に追い付ける者は居ないだろう。……マドカ以外には。

もしかすればレイナの中にあるマドカに対する警戒というか不満の根本は、そこにあるのかもしれない。自分より先にリゼを見初め、間違いなく誰よりも視線を集めている。もしかすれば自分よりもっとリゼの良い所に気付いているのかもしれないのだ、彼女は。それが気に食わないし、羨ましい。

 

「……代わりになるんじゃなくて、取って変わる、か」

 

「ん?何か言ったかい?」

 

「いえ、なんでもありませんよ」

 

奪い取りたいと心から思う。

彼女の視線の行き先を。

 

 

 

 

 

 

 

9階層、一際高い木の上。

8階層への入口付近に都合よくあったそれに登って、長身のリゼが付近を見渡す。女性にしてはそこそこ大きなあの身体で、よくもまああれほどスルスルと木を登るものだとレイナは素直に感心した。

勿論大銃はレイナが持っているが、彼女はスコープの一つも持たずに肉眼だけで周囲を見て巨体を探している。頭がおかしい。

それも見難いと感じれば不安定で細い木の枝でも足場にして躊躇なく立ち上がるのだし、レイナからすれば僅かにしか見えなくとも彼女の行動一つ一つがハラハラものだ。別にここから見えなくとも手段はあるのだし、無理をして欲しくないというのが本音。

 

「よし……レイナ、今から降りるよ」

 

「え?あ、はい……って、うわぁっ!?」

 

突然飛び降りて太い木の枝を両手で掴むと、更に次の枝に手を伸ばして、数秒足らずで地面へと着地してくるリゼ。そこらのモンスターでもこんな降り方はしてこない、曲芸でもしているのかというほど。

一瞬本当にバランスを崩して落ちてしまったのかとレイナは驚愕してしまったし、その後はもう信じられないようなものを見て呆然とするばかりだった。

 

「あ、危ないから普通に降りて下さい!!」

 

「え?あ、ああ、すまない。木登りは幼い頃からしていたから、慣れというのかな……そんなに危機感が無かった」

 

「枝が折れたりしたらどうするんですか、曲芸師じゃないんですから」

 

「ん、一応それも確認して飛び移っているつもりだけれど……確かに危険ではあったかな。ただこの降り方は、それこそ曲芸師の女性に教わったものでね」

 

「ほんとに曲芸師の技だったんですか……」

 

まあ、それならもう何を言っても無駄だ。

レイナに出来ることはもしもの事が起きた際に、リゼをフォロー出来る準備を整えておくだけ。とは言え、まさか彼女がこんなことをしてくるなんて思いもしていなかったのだ。やはりまだまだ理解が足りていないと自覚する。もっと色々なことを知っておかなければならない、彼女の助けになりたいのなら。

 

「それで、見つかりましたか?カイザー・サーペントは」

 

「ああ、それらしき木の動きは見つかったよ。ただ悪いことに、根城は中央部から少し東に寄った位置にあるみたいなんだ。包囲を確認しながら真っ直ぐ9階層に向かうだけなら問題ないが、一歩間違えたら襲われてしまうかもしれないね」

 

「……そもそも一歩間違えるような探索者は間違いなく実力が不足している探索者ですし、このままでは大きな問題になるかもしれません。今は実力のある探索者は殆どダンジョンに潜れてはいませんし、早急にギルドに報告しましょう」

 

「ああ、この地形だと私も狙撃は難しいからね。急ごう」

 

狙撃をして追い払うなりなんなり出来ればいいのだが、この階層は平坦な地形の上に草木が生えているという単純な構成。狙撃には全く向いていない。

10階層のレッドドラゴンとの対決の直後にカイザー・サーペントの縄張りに入ってしまう若い探索者が居てもおかしくないので、対処は早急に必要だろう。リゼでさえも初対面時には弄ばれた程の知能を持つ厄介な相手だ、楽観視だけは決して出来ない。

 

依頼はもう全て済ませてある。

あとはもう帰るだけだ。

だからリゼとレイナは走りながら出口を目指した。

階層を繋ぐ階段へはそこまで離れている訳ではない、長く見積もっても30分もあれば地上に帰る事が出来る………筈だった。

 

「!?リゼさん!!」

 

「っ、なんだこれは!」

 

そう、帰れる筈だった。

8階層と9階層を繋ぐ階段。

そこについ数分ほど前までには決して無かった筈の岩石の壁さえ無ければ。

 

 

 

――――――――――――ッ!!!!!!!!!!

 

 

 

「っ、今の音は!?」

 

甲高い悲鳴のような、楽器のような、高い音。

それが自分達の背後から鳴り響く。

咄嗟に振り返り、しかしリゼが見えたのは森の奥深くへと消えた黒い人影のみ。

それを追い掛ける暇はない、余裕はない。

なぜならその直後、凄まじい轟音と振動が階層内に響き始めたからだ。

 

……来る、あれが来る。

 

リゼはそれが聞こえて来た瞬間に悟っていた。否、リゼの身体がよく覚えていた。この街に来て、探索者になって、リゼが敗北した存在はいくつか居るけれども。それは正しく本気の戦闘で負けたと言っていい相手だった。

 

「……っ、レイナ!走るんだ!」

 

「な、な、な、なにが起きて!?」

 

「カイザー・サーペントが来る!恐らくさっきの音はアレを誘き寄せるための何か、この壁を作り出した相手と同じだ!私達は嵌められたんだ!」

 

「そ、それなら壁を壊せば……!」

 

「っ、やってみるか……?」

 

リゼの大銃とレイナの【雷散月華】、この2つを同時に放てば確かにあれが普通の岩壁ならば破壊出来るだろう。しかし問題はそれが破壊出来なかった時、例えばあの壁が想定以上に分厚かった場合だ。

最高威力で2つを同時に放てば、リゼは身体的に、レイナは精神的に多大な消耗を受けてしまう。そのままの状態でカイザー・サーペントと対峙するとなれば、負けは必然だろう。

かと言って、そもそもそんな壁をこの短時間で作り出せるのか?という疑問もあるが、それを言うならばそもそも、この規模の岩壁ですら簡単には作り出せないだろう。つまりこれが出来ている時点で、自分達の知らない未知の何かが働いていると考えてもいい。少なくともこんな効果を発揮するスフィアをリゼは知らない。

……だとするのなら、最善の選択は。

 

「……ここでカイザー・サーペントを討つ!」

 

「!」

 

「私の判断を信じてくれるだろうか、レイナ!」

 

リゼはレイナの横を並走しながら、断言する。

固い意志、決死の表情。

リゼはもう、覚悟を決めていた。

その判断が本当に正しいかは分からない。

ラフォーレと挑んだあの時から自分がそれほど成長しているとは思えないし、ラフォーレが居ない現状では簡単に騙されて殺されてしまう可能性だってあるだろう。

……けれど、それでも、言葉にした。

だからもう後には引けない。

後には引けないように、言葉に出したのだ。

引く気なんてもうこれっぽっちだってない。

 

そしてレイナの返答もまた、決まっていた。

 

「私はリゼさんを信じています!全身全霊で、何が起きてもリゼさんの力になります!だから使ってください!私のことを!」

 

「……!」

 

レイナがそんなリゼの言葉を断れる筈がないのだ。

そんな風に、そんな表情で言われた言葉を。

胸が高鳴る、気分が高揚する。

嬉しい、カッコいい、力になりたい。

だって仕方がない。

この人に憧れたのだ。

この人の、こんなところに見惚れてしまったのだ。

レイナの心にもう恐怖なんてなかった。

冷静な思考もぶっ飛んでいる。

でもそれでいいとも思っている。

今はただ、この人の力になりたい。この人の側で戦いたい。この人の役に立ちたい。ただそれだけしか考えられない。

 

『キシャァァアア!!!』

 

「レイナ!作戦は単純、二手に分かれて一撃を叩き込む!片方が胴体に一撃を入れたら、その隙を見てもう片方が頭部を破壊するんだ!出来るかい!?」

 

「やってみせます!!絶対に!!」

 

何処の誰がこんなことを企んだのか、何のためにこんなことを仕掛けて来たのか、そんなことはどうでもいい。今はただ生き残る。敵を喰らって、生存する。頭の切り替えはもう済んでいた。リゼの頭の中は、もうそれだけにしか集中していなかった。

……そして奇しくもそれがとんでもない状況にばかり放り出されて来たラフォーレとの訓練が齎した慣れだと気付いたのは、一先ず今ではない。

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