無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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55.緑の都の空の下

新緑の都:グリンラル。

マドカとエミがこの街に来てから3日が経過していた。都市への出入りを一時的に完全に封鎖し、都市内で徹底的に行われた消毒活動。マドカのスキルによる極大効果の【解毒のスフィア】は集められたほぼ全ての患者の病を取り除き、消毒活動も効率化され、今も常に更なる警戒はされているが、都市の活気は少しずつ元のものを取り戻し始めていた。

 

「……ふぅ、ご馳走様でした」

 

「相変わらず食べるねぇマドカちゃん、変わらない食欲だ」

 

「すみませんキャリーさん、食料も限りがあるでしょうに毎日こんなにも……」

 

「はっはっは!そう気にするなマドカ!此度の功労者を労うのは当然の話よ!」

 

「そうそう、マドカさんは何も気にしなくていいんだよ〜!倒れるくらい頑張ってくれたんだし、当然だよ〜♪」

 

「あ、あはは……流石に使い過ぎました」

 

食堂の片隅に積み上げられた大皿。

見慣れていないグリンラルの探索者達はその様子を信じられない様な顔で見ているし、そのことをよく知っていた彼女の周りの者達もまた基本的に苦笑う。

都市の出入りはあと2日間は禁止されているし、そんなことを知らずに来てしまった商人達は近くの村に滞在しているとのことだった。それまではマドカ達だって街の外には出られないし、食料だって限られている。だからこそ最初は彼女も遠慮していたが、流石に一度気を失って倒れてしまうほどこの都市のために魔力を使った少女に食事を我慢させるほど心の狭い者はここには居なかった。

 

「それにまあ、キャリーのことだ。こういう時のために食料の備蓄は欠かしていないんだろう?」

 

「当然だね、当然過ぎる。あらゆる物資の貯蓄は都市運営の基本だからね、運営者としての仕事はしているさ」

 

「キャリー様、その備蓄についてですが現状で既に全体の6割が消費されています。回復の手筈を整えてはおりますが、金銭的には二度の怪荒進の影響でむしろプラスとは言え、その買い付け先に難儀しそうです」

 

「まあ、今直ぐに元に戻す必要はないからさ、今直ぐじゃなくていい。それより君達は本当に無償で良かったのかい?無償だよ?」

 

「わ、私はもう十分なくらいご馳走して貰っていますし……もしそれでもということであれば、ステラさんとリエラさんにお渡しして欲しいです」

 

「……またマドカが教え子にお金渡そうとしてる」

 

「も、もう!そんなことしなくても大丈夫ですから!ありがたいですけど!」

 

「リスタニカとアタラクシアはいいのかい?要望があれば聞くよ、聞くからには努力もする」

 

「必要ないよ」

 

「……連邦軍は民の税で動いている、許可なき報酬の受領は懲戒の対象だ」

 

「これだからねぇ」

 

「むぅ、此奴等だけで一体何人分の人件費が浮いていることか。これは十分な復興が出来なければ面目が潰れるぞ、キャリー」

 

「やめろよゼグロス、変な圧を掛けるのはやめてくれ」

 

基本的にお金がないのに遠慮し教え子にばかり金銭を回そうとするマドカに、生きていくに十分な金銭を持っているが故にそれ以上を求めない英雄アタラクシア、そして職務に忠実な連邦軍長リスタニカ。

言ってしまえば、この3人が集まれば小規模の怪荒進なら簡単に対処出来る。都市への被害を飲み込めば中規模の対処すら出来るはずだ。そんな3人を殆どタダ同然で使ったのだから、それに見合ったお金の使い方を求められるのは当然と言えば当然か。

実際マドカの実力は他2人に比べれば格段に低い方ではあるのだが、スフィアで出来ることであれば大抵の事が出来るのが彼女だ。今回の解毒の様に1人で持てる役割があまりにも多い。これは明確に彼女かカナディアだけの強みだと言えるし、こればかりは英雄にも軍長にも出来はしない。

 

「にしても、マドカちゃんがこの街に来てくれたら助かるんだけどなぁ。他じゃないこのグリンラルに」

 

「現実的に考えてはいますよ、もう少し時間がかかると思いますが」

 

「「「え」」」

 

「え?」

 

ただ、会話の繋ぎになんとなくキャリーが吹いたその冗談に対する答えが、それまで和気藹々としていたこの空間を完全に停止させる。それについてはエミやリエラにステラ、吹いたキャリーだけではなく、アタラクシアやリスタニカでさえも驚いた様子で目を開いていた。

 

「ま、ま、待ちなマドカ!グリンラルに来るって、あんたそれどういうことだい!?」

 

「そ、そうですよマドカさん!?そんなのあたし達も聞いてないです!そうだよねステラ!?」

 

「うん、聞いてない」

 

「ええと……まあその、オルテミスではそろそろ私の役割も終わりそうなので。都市間の戦力差があまりに開いても困りますし、次はグリンラルで探索者育成に貢献するのもいいかなぁと」

 

マドカのその言葉に、反応は3分される。

絶望の表情を浮かべるオルテミス組に、明らかに嬉しそうな顔をするグリンラル組、そして感心して頷いている英雄と連邦長。マドカの言葉は的確であったし、その思考も納得出来るものである。

実際3都市の中で元より強かったグリンラルの探索者の実力がより増して来ているのは事実であったし、そこに都市に献身的な協力を続けるマドカ・アナスタシアの影響は間違いなくあった。

スフィアの発掘も出来ず、オルテミスに対して大きく遅れをとる他の都市にしてみれば、マドカ・アナスタシアが協力してくれると言うのであれば、その食費をどうにかするくらいくらいのことはむしろ条件としては安過ぎるくらい。

 

「ルメール!ルメール!これはもうどうしたらいいと思う!?どうしたら!?今からマドカちゃん用の宿舎でも建てておくかい!?もう今直ぐ!」

 

「流石にそれは早計かと思われますが、ギルドでの正式な採用が出来るように法改正等の手続きを進めておくことは有りかと。オルテミスでも同様の改正が進められていると聞きます、それを参考に手配を進めましょう」

 

「うえ〜ん!マドカさん行っちゃやだぁあ!それなら私もグリンラルに来る〜!」

 

「……リエラ、それだとマドカが役割を分担した意味がない」

 

「う、うむ、それは我々にとっても非常に、非常に喜ばしい提案ではあるのだが。オルテミスのことは本当に良いのか?カナディアもラフォーレも居るだろう?」

 

「なに心底嬉しそうにしながら言ってんのよ気持ち悪い。……いやでもマドカちゃん、それラフォーレとかカナディアは知ってるのかい?」

 

「お母さんには伝えてあります、その時には自分も引っ越すからいいと」

 

「「「え」」」

 

「まあ龍の飛翔が近付けば戻りますし、こちらに滞在する時間の方が多くなるだけと考えて頂いた方がいいと思います。まだまだオルテミスでやらないといけないことも多いですから」

 

そして再び反応が3分される。

勿論その原因はマドカの母親、ラフォーレ・アナスタシアの存在だ。

彼女の悪名はもちろんこのグリンラルにも届いているし、この場にいる様な者達は実際に会ってその横暴さをよく知っていた。

あのラフォーレがグリンラルに引っ越してくる?気に入らないことがあると、ギルド長のエリーナでさえも殴り飛ばすあの女が?グリンラルのギルド長であるキャリーはエリーナと違いステータスは本当に低い、腹部に一撃でも入れられてしまえば内臓が破裂してもおかしくない。

そんな相手を街に引き入れるというのは、あまりにもリスクが高い。それはマドカという人材を引き入れるメリットと天秤に掛けられるほどのものだ。

 

「あー、マドカちゃん?マドカちゃん。もしあれなら、逆に必要な時にだけ連絡して来てもらうって形でもいいんだよ?むしろ必要な時にだけ来て欲しい」

 

「えっと、もしかしてご迷惑でしたか……?」

 

「そ、そうではありません。キャリー様は3都市の中で最も危険度の高い"龍の飛翔"を警戒なされているのです。此度の様に各厄災が連続して発生する状況が今後も続くことを考えた場合、マドカ様には拠点をグリンラルに構えて頂いた方がいいと思われます。結果的に今回もグリンラルの危機に駆け付けて頂きましたし、私達としてもオルテミスの敗北は望むところではありませんから。ステラ様やリエラ様の次戦力として活躍していただければと」

 

「そ、そーそーそー!そういうことだよ!そういうことだ!流石はルメール!私の最高の秘書だ!もう完璧!」

 

「恐れ入ります」

 

「なるほど……」

 

必死にキャリーをフォローするルメールの言葉に、マドカはなんとか納得出来たらしい。今この瞬間、2つに割れていた意見は1つに纏まっていた。アタラクシアとリスタニカはそんな2勢力を可哀想な目で見ていた。……ラフォーレ・アナスタシア、彼女はやはり一般人からはただの災害だと認識されていた。

 

「そ、それにマドカちゃん?今回はこうして来ちまったが、暫くは外に出たら駄目なこと忘れてないかい?帰ったらエリーナ辺りにまた怒られるのが目に見えるさね」

 

「あっ……そ、そういえばそうでしたね。ど、どうしましょう、これではグリンラルにもアイアントにも行けません……」

 

「そ、それならマドカちゃんに他の探索者を紹介して貰おうかな!教えるのが得意な探索者を寄越して貰いたい!教師役が足りてなくてね!うん!」

 

「そ、そうですねキャリー様。現状で居なければ、これからオルテミスで育てて頂くという形でも良いかもしれません」

 

「なるほど、育成者の育成ということですか……そうなると今の知識だけでは足りませんね。もっともっと勉強して、私自身も経験を付けていく必要があります。先の長そうな話になりますが、大丈夫ですか……?」

 

「構わないとも!ああ構わない!受け入れる準備はしておくからね!準備だけは!」

 

「そういうことでしたら……」

 

とまあ、こんなところでキャリーとエミは互いに隠れて合図を送り合いながらこの話を打ち切った。オルテミスとしては今マドカを手放す訳にはいかないし、グリンラルとしては耐性のない状態でラフォーレを受け入れることなど決して出来ない。ラフォーレだけはオルテミスに閉じ込めておかなくてはいけないのだ。他の街では何が起きた時に、アレを封じ込めることなど絶対に出来ない。並の探索者が100人居たところで止められないのがあの怪物なのだから。むしろ全滅させられる。

 

「む、そういえば……」

 

「ん?なんだいゼグロス」

 

「マドカよ、1人紹介したい人物がおるのだ」

 

「紹介したい人、ですか?」

 

話を逸らすための意図的なのかどうかは分からないが、ゼグロスが突然そんな事を言い出す。他の者達も首を傾げていたが、キャリーだけはなんとなく話を察したらしく目を向けていた。

他でもないマドカに紹介したい探索者、それが意味することは"特殊"でしかない。

 

「うむ、数ヶ月ほど前に北東部の森林で見つけた女子なのだがな。当初は錯乱して訳の分からぬことを話していたのだが、其奴の持っていたスキルがなかなかに奇妙だったのだ」

 

「というと……?」

 

「他者のスフィアの発動を打ち消すスキル……とでも言うべきか。どうやったところで人間相手にしか使えない様な前代未聞のスキルを所持していた」

 

「!」

 

「今は部屋に閉じこもって何かを書き殴っているが、今後龍神教と事を成すのであれば使えるかもしれん。ここに居るよりは狙われておるオルテミスに居った方がよかろう」

 

「……そういうことでしたか」

 

軽く話されたその特徴に、マドカが興味を持ったらしい。口元に手を当てて何かを考え込んでいる。そんな彼女をステラはジッと見ているが、エミはなんとなくこれが単なる厄介払いであると想像が付いた。

明らかにまともではない精神状態の人間の保護というのは、公的な機関の人間として倫理的にはしなければならないと分かっていても、その世話まで含めれば実際には単なる重荷でしかない。マドカであるならばどうにか出来ないだろうか、どうにかしてくれないだろうか。そんな思惑が見て取れる。まあ確かに妙にマドカを気に入って正気を取り戻す〜なんてこともこの子を近くで見て来た身としては想像も付くが、あまりいい気分ではない。……まあそれでも、この様子では答えは一つだろうが。

 

「分かりました。ただ、お会いするのは午後からでも大丈夫ですか?実はこれからアタラクシアさんと一緒にダンジョンの様子を見てくる予定なんです。それなりに深い場所まで行ってくる予定なので、夕方辺りがいいかなと」

 

「ふむ、伝えておこう」

 

「っていうかマドカさん!ダンジョンに行くんですか!?」

 

「それなら私達も……」

 

「あ、いえ、今回は速度重視で移動するので、少人数の方が好ましいんです。ごめんなさいリエラさん、ステラさん」

 

「むむむむ……そ、それならエミさんは行かないんですか」

 

「あたしかい?あたしはこれから都市外のモンスターを見てくるから駄目だよ。例の病気を持ってるモンスターが居ないとも思えないからね、消毒役のエルフを連れて夜までは帰って来ないつもりさ」

 

「リスタニカは一度帰るんだろう?連邦に報告に帰るらしいね。ゼグロスは都市内の罠の修理、治すところは沢山ある」

 

「……私達、もしかして暇?」

 

「も、もっとDEXがあれば……やっぱり世の中はDEXの値で決まってたんだ……!」

 

「そ、そういう訳ではありませんが……その、こういう機会ですしグリンラルのダンジョンに潜ってみるのはどうでしょう?勉強になると思いますよ、オルテミスとはまた違った特徴がありますから」

 

……と、暗に自分は何度も潜った経験がある様に話しているマドカだが、実際には片手で数えられる程度しか経験がないのが事実だ。それでもアタラクシアと共にとは言え、日帰りで深層まで潜るなどと言っているのだから、ブローディア姉妹は未だ届かない師の遠さに嫉妬と尊敬の入り混じった複雑な感情を向けるしかなかった。

 

 

 

「さて、行きましょうか」

 

「ああ」

 

ダンジョン1階層に続く洞穴の前で、2人は装備を整えて立つ。入口の雰囲気は多少植生があるくらいで基本的にはオルテミスのものとほぼ同じ。病み上がりで殆どの探索者が現在はダンジョンに潜っておらず、僅か数日の空白期間とは言え、内部で何が起きているのか入口に立つ守衛や受付のギルド職員ですら戦々恐々としているのが見て取れた。

 

グリンラルのダンジョンには階層主と呼ばれる存在が居ない。10階層ごとに階層内の環境は大きく変わるが、モンスター達が階層間の階段すら自由に動き回るため、階層ごとの分布図等の特徴があまりにも掴み辛い。加えてオルテミスのダンジョンの様なモンスターが存在しない休息エリアがここには無かった。オルテミスが強大な龍種によって階層攻略を阻まれるダンジョンであるのなら、グリンラルは純粋なモンスターの巣窟として探索者を追い詰めて来る。

 

「今回の目的はダンジョン内の異常の調査、それと……」

 

「強化種の討伐、だね」

 

「はい、強化種の捜索は私が行います。アタラクシアさんには討伐をお願いしたいです」

 

「うん」

 

マドカの秘石に収まっているのは【視覚強化のスフィア】【聴力強化のスフィア】【速度上昇のスフィア】の3つ、完全な探索スタイルの装備である。

互いに持ち物は武器と鞄1つだけ。アタラクシアすら普段付けている鎧も外して、一般の探索者の様な身軽な服装で聖剣と腰に小さな鞄を付けているのみ。なかなかに見ることのできない珍しい姿であることは言うまでもなく、ついでに普段の白いコートを脱いでアタラクシアと同じ様な格好をしているマドカもまた、最近出来た彼女の新しい教え子が見れば思わず鼻息を荒くしてしまうくらいには珍しい事は言うまでもない。

 

「一応ですが、定期巡回をしていたギルド職員さんが8階層でグランドタイガーのものと思われる咆哮を聞いています。他に強化種の情報はありませんが、基本的に遭遇したモンスターは全て討伐するくらいのつもりでいきましょう」

 

「分かった」

 

「目的は25階層です。かなり飛ばさないと夕食に間に合わないと思いますので、申し訳ありませんがよろしくお願いします」

 

「任せて」

 

25階層?日帰りで?何を言っているんだこの人達は?

そんな顔をしていた守衛が瞬きをした瞬間、既に2人の姿はその場から掻き消えていた。聞こえてくるのは遥か暗闇に遠ざかっていく2人分の足音だけ。

スフィアの効果でDEXの値がS23まで上がっているマドカと、元々の異常なステータス故にDEXがマドカより更に早いSS-25まで到達しているアタラクシア。そんな彼女達にもう一般的な常識など通用する筈がなかった。

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